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中学生時代から演劇にうちこむ。1988年8月、坂東玉三郎演出「ガラスの仮面」にオーディションを経て出演。玉三郎さんの感性、主演の大竹しのぶさんのプロ根性に感動。本格的に舞台をめざしたいと決意。同じ年、「オペラ座の怪人」を観劇し、いずれミュージカルをやるには!と音大受験を決意。同じ1988年、親戚の方に連れられ、エディタ・グルベローヴァというコロラトゥーラ・ソプラノ歌手のコンサートに行き、雷のようなショックを受け、オペラの変な先入観を一新させられる。それもあって、ますます音大志向に。 武蔵野音楽大学声楽学科入学。まわりのオペラや歌曲に打ち込む友人の横目に、ミュージカルの曲ばっかり練習したり、ダンスに通ったりしていた。(あの時はもっとクラシックに集中すればよかったと後で後悔しています。)オペラ研究部在部中は歌った記憶もあるけれど振り付け担当だった。以前バレエでチャールダッシュ(ハンガリアンダンス)を踊った事があったので、オペレッタ「チャールダッシュの女王」の振り付けなどをした。 その他に舞踊研究部、ESSにも所属。英語劇では外部のMP(モデル・プロダクション=OBに中村雅俊、芥川英司、藤田朋子、別所哲也ら。)英語劇ミュージカル「ザ・ウィズ」や、音大楽祭では英語劇ミュージカル「ファンタスティックス」を上演。 この頃、ソシアル・ダンス(社交ダンス)を始める。ほんの一瞬、競技ダンスのプロを夢見るが、 リーダー(ダンスの相手)を見つける自信がなく、また見つけても迷惑をかけそうなので、断念。いまだに、憧れてはいるのですが・・・。(ちなみに私はラテン派です。でも、モダンも踊ります。) 音大卒業後、苦手なダンスをきちんとするべく、日本女子体育短期大学舞踊専攻へ入学。年下の同級生に混じって、踊りつづける日々。2年になる前に文学座付属研究所に合格し、日女体の卒業を断念。(卒業公演だけは日舞で出演しました。)
文学座の研究所では週6日びっしり、芝居芝居芝居。この年は芝居尽くめで、伝統の「わが町」「女の一生」や「ガラスの動物園」「かもめ」シェイクスピア等々かたっぱしから勉強した。 その後、山本健翔演出「I do! I do!−結婚物語−」を自らプロデュース出演。フリーで二期会オペラや文化庁オペラ研修所の助演、日本オペレッタ協会の合唱、合唱団のゲスト、コンサート等で多数舞台に出演。 その傍ら、パソコン・インストラクターとしてのキャリアも積む。(パソコンが好きで人前に出れるのなら大丈夫、との声に惑わされました・・・) 1999年、渡米。ニューヨークに2ヶ月滞在する。レッスンに通いつつ、一生の思い出に、と受けたミュージカル「王様と私」のオーディションに合格。オハイオ州、アクロンでのミュージカル「王様と私」公演に2ヵ月半出演。この頃からアメリカ行きを徐々に計画し始める。 2000年〜2001年、ニューヨークの演劇学校にて、ミュージカル、演劇を学び、その後帰国。 2002年、オーディションを経て劇団四季に所属。「ハムレット」「ミュージカル李香蘭」「オペラ座の怪人」「嵐の中のこどもたち」などに出演。 その後、ソロライブ活動、合唱団(東響コーラス、企業の合唱団などに所属)として活動。 現在、企業に勤めつつ、二期会オペラ研修所にて研修中。
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