cookin'
セカンドアルバム「でめきん」

2009年4月8日発売
品番 kero-012
定価¥2,300


1、灯台守 試聴
2、故郷へ戻らない
3、神田川ワルツ 試聴
4、霧 試聴
5、クローゼット
6、モロッコ市場
7、らくだの涙
8、風の散歩道 試聴
9、「よるのひるね」
10、皆殺しの天使
11、髭
12、Lion
13、「でめきん」
14、NNEKKO

(全14曲収録 total time 45:44 )


Produced by cookin’

熊谷 剛 / 歌・ギター 他
きく川 えいじろう / ハーモニカ・ピアニカ 他
藤 健介 / ノコギリ・フルート・三線・バンジョー・リコーダー 他
津田 貴司 / ギタレレ・三線・なりもの 他
門田 克彦 / 蓄音機・なりもの 他
吉田 悠樹 / 二胡
録音:2006年「冬」〜2008年「秋」 藤家食卓
録音/ミックス:津田 貴司
マスタリング:庄司 広光 (皿ディスク)
監督:山田 味平(ヤマダプロ)
デザイン/イラスト:きく川えいじろう


【 cookin' 2009年度版profile 】

cookin’2002年結成
主な活動の場はライブハウスではなく、カフェやギャラリー等。
井の頭自然文化園(動物園)では野口雨情の書斎を移築した、
「童心居」という場所でキモノを着て演奏するなど、
奏でる穏やかな音楽性に、適した場所や空間を意識しての、
演出も聴く人の興味をひきつける一つの要因。
cookin’のメンバーに「荻窪:cafegalleryひなぎく」のオーナー(藤健介)
と「阿佐ヶ谷:よるのひるね」のオーナー(門田克彦)がいる、
カフェブームが最も盛んな頃にオープンしたカフェの、
オーナーが2人も参加しているのも、cookin’のフィールドが
生活空間に馴染んでいる事を物語っている。
2007年には、オフノートレーベル(神谷一義氏)のコンピアルバム
「Our Aurasian Things!」に参加。
大工哲弘・大城美佐子・船戸博史(ふちがみとふなと)・田中亜矢 等と
沖縄ツワーに参加。
同アルバムでは関島岳郎(栗コーダーカルテット)指揮のレコーディング等にも、
メンバー個別に参加している。
同年、YanooRecords(矢野忠氏)より発売の、
オムニバス企画アルバム、「Shout baby Shout」にも参加。
結成当初二人だったメンバーも現在は6人へ、
独特で緩やかな感性を見出しながら、 何時までも懐かしい音楽。
セカンドアルバム「でめきん」は、「行った事のない町並みが思い出せる」
そんなアルバムです。

■cookin'「でめきん」発売イベント「風の散歩道・東京ミニツアー」

2009年3月8日(日)
開演:15:00open〜15:30start
料金:1,500円
会場:高円寺 ラビアデッソ(盆栽屋さん)
出演:tene-guit&萬年将人/fockea crispa


2009年3月29日(日)
開演:19:00open〜19:30start
料金:1,500円+1ドリンク
会場:経堂 ロバロバカフェ
出演:高橋ピエール+ヤスコexアコースティックダブメッセンジャーズ


※会場の都合により混雑時はご入場いただけない場合がございます。
2009年4月19日(日)
開演:18:00open
料金:2,000円+1ドリンク
会場:江古田 cafe FLYNG TEAPOT
出演:ふいご/シネルパ



【 cookin'「でめきん」によせて】
初めて来た町を歩く。霧のかかった坂を下ると煤けた路地がある。家々の軒先から漂う夕餉の匂い、聞こえてくる物音や声、玄関脇のひび割れた金魚鉢。懐かしさに似た心地好さを感じた。

関島岳郎(栗コーダーカルテット)


「母に焦がれて娼婦を抱くような、そんな男の子のかわいらしさといじらしさ。泉鏡花の描く街と人、はたまた、リスボンの夕暮れの港の路地か、自分の中に他人を彫り上げる人形の瞳?さまよう心が音程を傾けずにはいられない、失い続ける人々の空想の種。一粒心に植えてはミマセヌカ・・・」

高橋ピエール(ミュージシャン)


どこからともなく一陣の風が吹き来たり、さっと海の表面を撫でながら吹き去る。
た だ、それだけ…。本作冒頭に収録された「灯台守」を初めて聴いたときの印象だ。
彼 等の紡ぐ呂律は、風が野面を鳴り渡り、雨が土塊を叩くような「気配」と「響き」に 満ち充ちている。
作品の一つひとつを貫く鋭敏な触感と繊細な息遣い。歌声は耳元に ふっと息を吹きかけられたときのように心地良さとくすぐったさが同居した奇妙な空 気感をリアルにつたえてくる。
そう、生きものが呼吸を繰り返すように、朝吹く風が いつも新しいように、cookin´の音楽はけして古びることはないだろう。

神谷一義(オフノートレーベル)


今度のcookin'は
しっとりしていて、甘い感じがした。
さびしげだけど、それが心地いい。

経堂:ロバロバカフェ/いのまたせいこ


故郷なき望郷の歌は明るかったり暗かったりする。
心に帰る場所などないと知る声はおしなべてみな慎ましい。

西荻窪:gallery FALL/三品輝起


景気の低迷や派遣切りなどの雇用問題など暗い話題ばかりで、ますます景気は悪くなるだろう。
私はふと敗戦の翌年1946年(昭和21年)のとても暑い夏を思い出した。 焼け野原にバラックが建ち、露天が並び強烈な人いきれのなかで、真夏の青い空の続く太平洋の向こうの知らないアメリカを想った。
cookinはそんな終戦直後のどさくさの中の、あっけらかんとした貧しさのような音楽だ。 10アンペアの下のカツオブシのような音楽だ。 バブル好景気期に大量生産された音楽とは正反対だ。
繰り返すが、ますますこの国は景気が悪くなり、いままでの常識が通用しなくなるだろう。 いつも時代が貧窮すれば良質の音楽が生まれるのです。…わくわくしております。

F.L.Y / 山田民族(ミュージシャン)


cookin'の音楽を聴いて多くの人は「懐かしさ」を感じるのではないでしょうか。
その懐かしさはいったいどこから来るのかというと、恐らくそれはスピード感と演奏者との音楽との距離。
めでぃあがCDになってから特に音楽は生活を離れ、代わりにCDが生活の中に要るのだか要らないのだか分からない、奇妙な位置で生活に食い込んできました。
さて、生活の中に在った音楽はいったい何処へ?
かつて、音楽も音楽家も生活の中に存在していましたが、果たして今、特に都市の中で「音楽」は「音楽家」は存在して居るのでしょうか?
cookin'の音楽の特異さは都市の中にあって、生活者としてのスタンスをしっかり持ちながら、音楽を奏でその上、全員が音楽家である所だと思います。
『そんなのフツーじゃん』と、おっしゃる方はたくさん居るでしょう。
はっきり言いますが貴方達はもう既に頭を毒されています。
「音楽が生活にあるという意味」はこの都市の中で、本当に希少な事だという事をここで訴えたい!
例えば、細野晴臣がソロで発表した初期の作品などは、大抵は音楽的な批評に終止しますが、 彼らが米軍のハウスを拠点に『生活』をしていた事が、大きな背景にある事を忘れてはいけません。
70年代のフォーク/ロックは「食えなかった故に」ではなく、時代として生活と音楽が密接であって、 音楽家が町で生活をしていたのです。 音楽の力の源泉はここにあると僕は思ってます。
世の中で彼らcookin'は、たぶん「フツー」だと思われてしまうだろうから、このCDはあまり売れないかもしれない。
けれども僕は彼らの音楽が特別であるということを、とてつもなく回りくどいやり方で、着実に証明して行きたいと考えています。
日々の暮らしの中で虚しさ感じたら、取り合えず試しにこのCDを買ってみて貰いたい、小さな光が見えると思うので、その光に目を凝らして見てみよう。

高円寺 円盤 / 田口史人


ぼくは、音楽をやっている人たちを羨ましく思う。
音楽は全ての芸術ジャンルの中で最も自由だ。 それはたぶん、純粋芸術にいちばん近い位置にいるからだろう。
今の時代においてもなお、音楽は「楽しく」あって構わないし、「希望」すら(それが嘘八百でない限り)語ることが許されている。
その音楽がもつ「自由」を彼らは「利用」し、見事に「遊んで」みせる。
大人の玩具箱のような作品である。
これは夜更けに聴くのが良い。
妻や子や、皆が眠ってしまったあとで、大人の男が、一人聴くのが良い。
ことさら「主張」することはせず、ただ「存在」する。それもかなり確信犯的に。
そのしなやかさが、ぼくには好ましく、羨ましい。大人だね。

西岡智(西岡兄妹)/青林工藝舎 他(漫画家/ライター/イラストレーター)