注釈の多い写真館 

注釈の多い写真館  長い前置き


 古い写真はおもしろい。なにげないスナップでも、30年40年と歳月を経ると、かえって生き生きとしてくるものがある。 まるで齢を重ねた古道具が百鬼夜行の列に連なるように、写っているモノ、写っている光景が自己主張を始めるのだ。
 特に、日本社会が古い景観を保存することにながらく関心がなく、「つくっては壊す」を繰り返してきたために、いまでは 都市でも農村でも、あらゆるところで「昔はこうだった」ということが、わからなくなってしまっている。
 そうなると、 写真の中にしか「存在しない光景」は、俄然存在感を増す。撮ったご本人は「おもしろくもなんともない」と思っていても、 現場を見たことのない世代にとっては、「別世界への扉」に見えたり、「知っているはずの光景が 違ったふうに見えてくる」きっかけになることもある。

 1950年代末から青山東男氏が撮影した大量の鉄道写真をデジタル化し始めて、ディスプレイ上で眺めているうちに、「これは 良いなあ」「こんなだったんだ」「友人たちにも見せたいね」と思うカットに、たくさん出会った。作品化するに至らなかった、 あるいは何らかの理由で作品に使用されなかった画像の中にも、一度見たら忘れないものがいろいろある。
 ご本人に尋ねれば、若い頃の写真については、「珍しい機関車だから撮った」とか、「ただ汽車が走ってきたから撮っただけ」 という答えが返ってくることも多い。のちに「けむりプロ」の提唱した鉄道美学の精神が意識的に反映されているのは、1962年の 北海道旅行より後のようであるが、それ以前の撮影分にも、きらりと光る原石のようなシーンが多数見つかる。
 それはたぶん、車両や列車だけでなく、その時代その瞬間の空気のようなものが、写しこまれているからではあるまいか。

 60年代前半には、カメラを持つ人の数が飛躍的に増えたので、鉄道を素材とする写真も、戦前戦中と比べれば、はるかに多く 残されている。しかし、ここで紹介する写真は、当時の鉄道ファンの撮影したものとしてはかなりユニークな視点のものが 多いのではないかと思う。写真の選定とコメントは、Milkyway Workshop の「かねた一郎」「高田三郎」「山猫軒主人」が担当し、 撮影者本人のチェックを経たものである。なお、良い写真であっても、過去に「けむりプロ」の作品の中で使用されたもの、 今後何らかの形で作品化される可能性があると思われるものは除外した。

 さあ、それでは若き日の青山さんと一緒に、50年前の日本を旅してみよう。



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