所員日誌   

2016年

1月30日(土)

 高山先生をしのぶ会の会場がやっと決定して、所員会議のあとで会場見学を兼ねて、夕食を食べに行きました。会場はJR塚口駅から徒歩5分の「ひろ田」というお店です。元庄屋屋敷の古民家で、なかなか素敵な所でした。これまで会場探しで、異人館街やポートアイランドなどに行きましたが、決まってみれば、おさなご保育園のすぐ近く。
 この日は、「私も行きたい」というので、妻も連れて行くと、徳永さんと小西さんと3人で盛り上がって、今度は女子会やりましょうなどと、ほんとにもう、呑み助3人組に、あきれてしまいました。



2015年

6月12日(金)

 しのぶ会の会場探し第2回目、神戸空港の近く「ラ・ヴィマーナ」に行ってきました。三宮のポートライナー改札口で待ち合わせて、ポートライナーで神戸空港まで。空港へ行くのは初めてなので、気分は遠足。

 ところが、空港から「ラ・ヴィマーナ」までは遠く、タクシーで。レストランに着いた頃には、ここでしのぶ会は無理、遠すぎる、と三人の意見がまとまりました。が、しかし、食事のあと施設を案内してもらうと、コテージ風の独立したパーティ会場が素敵ですっかり気に入り、海に臨んだ結婚式場も見せてもらい、こりゃあいいなあと、大いに盛り上がりました。しかも、帰りは送迎バスに乗せてもらったので、三宮まで二十分。ううん、これを利用してもらうなら、やれるかも、とおおいに迷い、来月もう少し検討することになりました。続く。




5月21日(木)
 
 来年予定しているしのぶ会の会場を探しに、三宮の異人館、「レストラン花の館パラディ北野」に行ってきました。近くまでは行きついたはずだけど、待ち合わせに遅れそうなので案内所に入って聞いてみました。案内所のおじさんが親切で、その店ならサービス券があったはずやでと、探してくれて、案内所の外まで出て、行き方を教えてくれました。それでも僕は間違えて、急な坂を上まで登ってしまいました。おかしいと引き返して、坂をおりたあたりで徳永さんから携帯。「今どこですか」「近くです」とやりとりの15秒後、2分遅れでお店に到着。ランチは上品で、とってもおいしくて、3人とも大満足。
でも、迷う人が出るかもしれないし、三宮から歩くと結構坂道を歩くことになるので、年配の人にはきついかも、などの観点から、会場としては無理かなと結論を出しました。で、来月は神戸空港の近くの海の見える店を見に行くことになりました。
 帰りには、ラインの館を見物したり、異人館通りをぶらぶらした、「のんびり所員会議」でした。




4月13日(月)

 3月に宇治の「キッズいわき ぱふ」に行った時、岩城さんから、「絵本大学」担当だった松本さんを紹介してもらいました。松本さんとメールのやりとりをしているうちに、松本さんの先輩、後輩のスタッフの方にも集まっていただいて、高山先生の話を聞くことになりました。

 で、今日、おさなご保育園のプレイルームで、高山先生をしのぶ会ミニを実施。
 「ぱふ」での、高山先生の様子を聞いたり、写真を見せていただいたり、懐かしい話に花が咲きました。

 高山先生のDVDを上映しようと、入念に準備していたのですが、何故かスピーカーの音が出ず、あわててしまいました。おかしいなあ、パソコンが壊れたのか、スピーカーが壊れたのか、といろいろ操作しましたが、うんともすんとも、音が出ません。しかたがないので、映像だけ上映して、しのんでいたのですが、突然小西さんが、あっごめん、そっちのブレーカー落ちている。

 まさかの電源ダウンにやっと気付きました。(同じテーブルタップに接続していたパソコンは、実はこの時内蔵のバッテリーで動いていたのです。パソコンも起動しなかったら、これは電気が来てないとすぐに気付いたでしょうが)。というわけで、なんとか高山先生の声も聞けて、良かったよかったと胸をなでおろしました。

教訓 機械が動かない時はまず電源を疑え。バッテリー内蔵にまどわされるな。







3月1日(日)

 今日は高山先生のビデオ「旬の絵本さがし、第三回」2005年10月9日」の初め30分ほどを3人で見ました。
 このビデオは「ぱふ」さんから入手したビデオの中で、最も新しいもので、高山先生もちょっとしんどそう。話でも病院を抜け出しては講演に行っていることを語っていて、二階の会場へ上がることが難しい……。
 新刊紹介では『それはひ・み・つ』(エリック・バトゥー作、石津ちひろ訳、講談社BOOK倶楽部、2005年)をとりあげていました。図書館で借り出してみてみましたが、なかなか素敵な絵本で、3人とも気に入りました。なんだか、改めて、高山先生から絵本を教えてもらった感じです。
 
没後10年の企画はまだまだ動いています。DVD編集、ビデオ上映会は、ちょっと計画を見直し(DVDの音が少し聞き取りにくい)。『はるちゃんのぼんぼりぼうし』の中国語出版はまだ契約が完了していないそうで、実現までにもう少し時間がかかりそう。
 でもパーティはやるぞ、ということで4月に会場の検討をし、5月の所員会議は会場でランチを、と、こちらは着々と計画進行中です。

 今回のDVDを観ていて、高山先生が「マイ・ヒストリー、絵本カレンダー」ということを提唱し、「ぱふ」の講演会の参加者に呼びかけていることを知りました。大人にとっての絵本、自分の人生をふりかえるものとしての絵本、今の自分を励ます絵本、など、高山先生が踏み出そうとしていた分野が少しわかりました。「すべての子どもに読みきかせを」「赤ちゃんからの読みきかせ」とは違う角度からの絵本へのアプローチで、この点については、ビデオの中で語っている話しを文字化しようかと、考えています。


 

1月11日(日)

今年最初の所員会議2016年は高山先生没後10年になる。そこで、研究所としてどんなことをするかを話し合いました。

⑴高山先生の講演ビデオが大量に手に入ったので、まずこれを編集して3~5巻のDVDセットを作る。
⑵ビデオ上映会を各地でやる。ゆかりの人に声をかけて。
⑶2016年6月18日(土)に「高山智津子先生をしのぶ会」をやる。できれば神戸のお洒落な店を借り切って、パーティを。
⑷『はるちゃんのぼんぼりぼうし』の中国語版出版の祝賀会を東京で行う。

以上の計画を実施するために、2015年は、絵本講座、文学講座は実施しない。

次回は3月1日。5月頃までに企画プリンを作りト、呼びかけを始める。9月頃までに⑴から⑷の具体的な計画を立てる。
ということで、来年6月に向けて、研究所始動。

会議の最後に、今回入手した「高山先生の講演」を30分ほど見ました。絵本と人生というテーマで、お父さんやお母さんの話もされていて、これまであまり聞いたことのない話しでした







2014年

12月7日(日)

 ビデオのダビング作業完了!わかりやすいリストも作った。

 家でDVDにしたものは全部で58本(暫定的なリストを作った時に数え間違えていた、一本リストにないテープを最終段階で見つけた)、業者に頼んだ10本とあわせると、68本になる。

 これから、個々の内容をチェックする作業が待っている。

 ダビングしながら、時々覗いてみていたのだが、最終の日付「2006年2月5日」のテープが2本あり、一本は「旬の絵本さがし講座」の参加者たちが発表したり、「絵本カレンダー」づくりの相談をしていた。もう一本は宮川ひろさんの講演だった。その講演の冒頭を見ていると、この日高山先生は会場に来ていないことがわかった。この頃には、もう講演をするのがきつかったんだな。亡くなる4カ月前だ。

 これが最後だなと思っていたテープに、高山先生の姿がなかったので、ちょっと複雑な気分になった。



 12月6日(土)
 
 昨日図書館で借りてきて、確認しました。『サンタクロースを探し求めて』の中に高山先生の文章が引用されていました。「こんなもの発見」のページに載せておきます。



12月4日(木)

 ビデオのダビング作業は、あと9本という所まできた。

 今日たまたま聞いていた箇所で高山先生がこんなことを喋っていた。
 『サンタクロースってほんとにいるの』を話題にしてあちこちで話してきたが、この前(2004年)暉峻淑子(てるおかいつこ)さんから手紙が来た。てるおかさんが『サンタクロースを探し求めて』(岩波書店、2003)という本に、高山先生の話を引用している、とか。
 さっそく、明日にでも伊丹の図書館で借りてきて見てみよう。

 57本もビデオテープをDVDにダビングしていると、いつの講演か、すぐにはわからないものが出てくる。「講座名、何回目、年月日、AM、PM、何本のうちの何番目」という情報を丁寧に書いてあるものもあれば、ほとんど何も書いてないテープもある。そこでシリーズの講演なら何回目か、推理しながら並べていく、気分は「探偵」。
 今日の三本の「情報」は、こうだった。

  ⑴ 
第4回読みきかせ講座 土よう②―1
 ⑵ 第4回読み聞かせ講座 日よう AM
 ⑶ 041031 AM

 ⑴と⑵には日付がない、⑶には「日付とAM」しかない。読みきかせ講座というシリーズが2004年にやられていて、第3回が9月であったことは他のテープの情報でわかっていた。カレンダーを確認したら、⑶の日付は日曜日。しかし⑵が10月31日(日)のテープならこの二本は連続したものだろうか。
 いちおう冒頭と最後を確認。⑵と⑶は同じ服装なので同日と判断。そして⑵の冒頭では上着を着ていたのに途中で脱いでいるのでたぶん⑵が先。さらに見ると、⑵の最後で昼休みの案内を係の人がしている。つまり⑵で午前の部は終了だ。そしたら⑶の「AM」と矛盾する。
やはり別の日なのか。
 さらにさらに調べると、午後は誰から発表(絵本のよみきかせ)するかと、高山先生が会場の参加者に問いかけて、私がと手を挙げている人の後姿を確認。青いトレーナーで袖口が赤。そこで⑶のテープの冒頭を見ると、その服の人が絵本を読んでいる所から始まっていた。

ということで、⑶の「AM」が「PM」の書き間違いであることが証明された。

気分は犀川創平、「命題は証明された」。





12月1日(月)

 「きっずいわき ぱぷ」さんから譲り受けた高山先生の講演ビデオのうち、Hi8の10本は梅田のダビングスタジオに頼んだ。ちょうどセール期間中ということもあり、1本480円、ケース1枚50円、で10セットで5300円だった。家に帰ってちらちらと確認してみると、結構いい出来だった。

 ミニDVの方は家でせっせとダビングしている。今日現在で37本分完了。あと20本ほどだ。この二週間ほどダビング漬けの毎日、一日三本の日もある。もちろん機械をセットして、別の仕事をしているのだけど、時々はちゃんと出来ているか、確認してみるので、毎日高山先生の話を聞いているようなものだ。

 ときどき、僕を話題にしているので、ちょっと聞いてみると、まあ話しを面白くするためか、思い込みか、嘘ばっかり。いつの間にか、僕は学生時代に高山先生の読み聞かせ実践を見学しに行っていることになっているし、ロシア語の小野先生から大学院に残るように勧められていたり、ほんまにもう勝手に話を作りすぎや。一回きちんと、講演の内容について正誤表を作らねばなるまい。




11月15日(土)

 所員会議で「ジョン・バーニンガム」読んだ。
 そのあと、「きっずいわきぱふ」の岩城さんから譲ってもらったビデオテープをどう活用するかの話しをした。実際にいくらか見てみて、今まできいたことのない話があったりして、きちんと整理して、みんなにも紹介しようということになった。ビデオをDVDにするのに時間がかかるのだが、僕の家でコツコツ変換している所です。現在11本完了。先は遠い。なにしろミニDVだけで57本ある。Hi8は10本あるが、これは業者に頼むしかない。必ずしも一本のテープに二時間の講演が入っているわけではないが、それでも100時間以上はあるはずだ。画質も悪くないし、バストサイズで撮っているので、高山先生の表情もよくわかる。何だかすごいものを手に入れたという思いでいっぱい。研究所の事業として何かちゃんとした形にしたいものだ。

 
来年は、このビデオにもとづいて、高山先生がとりあげた絵本について、あらためて検討していこうということになった。


10月25日(土)

 
秋の文学講座は全然参加者が集まらないのではないか、と心配していたが、10名来てくれた(おさなご保育園の若い保育士さんが3名も)ので、僕としてもほっと一安心。去年は20名ほどだったが、なぜ半減したのかな。
 

9月13日(土)

 
今日の所員会議は、盛り沢山の内容でした。秋の文学講座について、高山先生の蔵書の整理、ノンタンについて、などなど、それに「おさなご保育園」に分園の認可が下りたことなど、これから園長の小西先生は大忙しになるようです。



8月27日(水)

 今日は堺市にある大阪健康福祉短期大学まで、高山先生の本をとりに行ってきました。
 高山先生の日和佐の家には、高山先生と夫の藤三氏の蔵書が収められた「藤の木文庫」という書庫がありました。先生が亡くなられ、この蔵書をどうするかという大きな問題がおこった時に、すべて一括して引き取ってくれたのが、この大阪健康福祉短期大学(2002年開校)でした。高山先生は、この短大の前身である大阪総合福祉専門学校で1997年から講師をしていました。そんなご縁もあってのことでした。
 つい先日、この短大の図書館の司書の方から、高山先生の蔵書をリサイクルするのため展示するという連絡があり、出かけていきました。若い司書の方は、当時の事情を前任者から引き継いでいないらしく、困っていたようです。

 絵本は図書館に登録され、配架されているのですが、一般書は利用の可能性が低いこともあり、処分するようです。そういうわけで、引き取れるものは研究所で引き取ろうということになり、今日行ってきたのです。
 ざっとダンボール箱10箱分、引き取って来ました。整理するのは所長がベルギーから帰ってきてから、9月の所員会議のあとになりそうです。


7月12日(土)

 6月は『どろんこハリー』と『あかいぼうし』(あまんきみこ/すずきよしはる)の検討をしました。
 今日は『うさこちゃんシリーズ』(ディック・ブルーナ)と『100万回生きたねこ』(佐野洋子)の検討をしました。

 「うさこちゃん」は目に入ってはいても、ちゃんと調べたり、丁寧に読んだことがなかったけれど、今回検討してみて、とても面白かったです。

 作者のブルーナはオランダの人で、オランダでは「ナインチェ・プラウス」というのだとか、「ミッフィー」というのは英語版を作る時に決めた名前だとか、日本では福音館は石井桃子、松岡享子の訳で「うさこちゃん」シリーズとして30数冊全て出ているとか、後発の講談社は舟崎靖子・角野栄子の訳で「ミッフィー」シリーズとして12冊ほど出ているとか、わかりました。僕は『うさこちゃんときゃらめる』『うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん』に驚きました。またどこかで丁寧に論じたいです。
 8月は『ノンタンシリーズ』と『ガンピーさんのふなあそび』です。


4月20日(日)

 久しぶりに所員会議をやりました。気がつけば5か月ぶりでした。みんな忙しく、いろんな日程調整もつかず、6月に予定していた絵本講座は中止することにしました。
 それで、これからは定期的に所員会議をすることにし、1年間の日程を決めました。来月から第2土曜は所員会議です。当面の勉強のテーマはロングセラーの絵本の再検討です。

4月19日(土)
 僕の所に、金楽寺小学校時代の高山先生の教え子の方から、メールが来ました。インターネットで検索しているうちに、研究所のホームページを見つけたそうです。『ひょうたん池の子ら』を読んでみたいが、どこかの図書館にないだろうか、という問い合わせでした。それで調べてみると、この近くなら、西宮市立図書館、大阪府立図書館にありました。私家本なので、どこにもないかもと僕も思っていましたが、ありました。やはり、本が図書館にあるということは、大きいですね。いつかたどり着いてきてくれる人があるかもしれないので。HPもそうですね。

2013年

12月21日(土)

 絵本の勉強会をする。今回は「笑い、滑稽」を描いた絵本ということで作品を探したが、なかなか適当なものが見つからなかった。民話絵本の中では、『へっこきあねさ』(岩波書店)、『へっぷりむすこ』(第一法規)、『おならのしゃもじ』(教育画劇)など、《おならもの》。
 柳田國男の「笑いの文学の起源」を紹介。あと、『おどります』(高畠純、絵本館)が徳永さん小西さんにうけた。これは動物たちが布を持って次々登場し、踊るというもの。感動も、優しさも、思いやりも、メッセージも、あんまり関係なくて、ただただその踊る姿が楽しい、可笑しいというもの。「これどう読み聞かせるんやろ」「お母さんたちは、買わないだろう」とのこと。僕も図書館や書店でいくつか絵本を眺めてみたが、本当に絵本は何か心温まるものという、暗黙の了解がそこには浸透しているようで、ちょっと辟易した。深いメッセージやなにか教育的なものを求め過ぎではないのかな。単純におもしろい、おかしいというのが、僕は好き。で、今回本やで見つけたお薦めは『ニャンともクマったもんだ』(新井洋行、えほんの杜)。だじゃれがこれでもかと連発されて、子どももきっと気に入るものがひとつやふたつはあるはず。「いつもつちにウマっているウマ」「みんながシマウマでかたづけないシマウマ」「ウシろをむいてぶきみにわらうウシ」なんてのが出てくる。絵も素敵だ。

 さて、来年の活動をどうするか相談して、あれやこれや考えて、次のように決まりました。
⑴絵本講座(6月14日、14時~16時半、おさなごプレイルーム、定員20人)
  ・所員3人がそれぞれ研究発表する
   ①最近の赤ちゃん絵本について 徳永
   ②おいしい絵本、食べ物絵本   小西
   ③長谷川集平の世界        藤本)

⑵文学講座(10月18日、会場等未定)
  ・藤本が報告、テーマは未定

 あと、所員3人で講座に来てもらうだけでなく、一緒に研究してくれるメンバーも欲しいねという話で、所員の枠を広げようかという話になりました。具体的には、6月以降に、研究のテーマ・日程を決めて、募集ということになりそうです。

 会議のあとは忘年会をやりました。


10月19日(土)

 秋の文学講座。今年度初めての、研究所主催の行事になる。尼崎の「トレピエ」の視聴覚室。参加者は20名だったが、新しい参加者がいて、賑わった。「現代文学は働く女性をどう描いたか  絲山秋子と津村記久子」というテーマで、僕が話した。
 作品を読んだことのない人でもわかるようにという注文なので、できるだけ内容と文体を理解してもらえるように、いくつか工夫した。紹介する作品は、2作品ずつ(芥川賞受賞作とデビュー作)に絞り込み、①登場人物をボードに書く、②冒頭は必ず読む、③あらすじをわかりやすく話す、④大切な箇所は朗読する、⑤タイトルの意味にふれる、などを意識した。結構笑ってもらえたので、成功だったかな。
 『ばかもの』も一部見てもらったが、「もっと見たい」という声があがったので、よかった。ただ、やはり時間が足りず、一番語りたかった『君は永遠にそいつらより若い』は少しふれるにとどまった。いつも欲張りすぎて、時間が足りないのが、僕の悪い癖だと、反省。この反省一体何回したことだろう。
 
 県立伊丹の元同僚や卒業生も来てくれたので、よかった、よかった。



10月12日(土)

 久しぶりに所員会議を行う。19日(土)に秋の文学講座をやるので、その打ち合わせ。この日、おさなご保育園は運動会だったらしい。打ち合わせは簡単に済んで、近くの焼き鳥屋で「事前打ち上げ会」。来週の講座当日、終了後に徳永さんは大分へ移動するので、打ち上げができない。それでこういうことになった。この日はちょうどこの辺りの秋祭りで、店の前にも山車が現れ、居ながらにして、祭り気分を味わえた。


8月15日(水)

 連日、記録的な猛暑です。日中は外に出ず、家の中にいることにしました。それで、久しぶりに研究所のホームページを点検して、追加、改変をしてみましした。例えば「著作一覧」、徳永さんも小西さんもここ一、二年のうちに次々と新しい本を出版。それを追加しました。それから「文学講座」、新しいページを作って、そこから各年度へ飛べるようにしました。他にも、手直しした方がいい所があるので、ちょっとずつ修繕していきます。とにかく、全体の見取り図なしに、増築、改築を繰り返してきたので、迷路みたいなホームページになっています。まあ、これはこれで面白いかもしれないけど、作った本人でさえ、「あれ。あのページどこから飛ぶんだっけ」と道を見失うことがあるのはやはりまずいでしょうね。

 8月の初めに、奈良から高校生が僕を訪ねてきました。大阪にある清教学園高校の三年生で、秋までに四万字以上以上の論文を書くそうです。スポーツ小説の面白さとは何かというテーマに取り組んでいて、図書館の先生に薦められて、『人気のひみつ、魅力のありか』を読み、作者である僕に会って話を聞きたいと思ったとのことでした。取材申し込みの手紙が丁寧でしっかりしていて、好感を持ちました。実際に会ってみると、物おじしないはきはきした子で、僕もあれこれ話しました。いい論文ができるといいなあと思います。高校生で原稿用紙百枚書くというのは、すごいことですね。



7月7日(日)

 6月に予定されていた所員会議を延期して、七夕の日15時に久しぶりに所員3人、おさなご保育園のプレイルームに集合した。「滑稽譚、笑話」を扱った昔話絵本について、報告を受けたが論点がうまくかみ合わず、「笑い」を論じるのは難しいと感じた。
 秋の文学講座については、「絲山秋子と津村紀久子」で行こうということにまとまった。
 そのあと、鳥越信先生が亡くなったこと、ジブリの新作「風立ちぬ」のことなど、高山先生の「×のついたカレンダー」を研究所としてどれだけ買い取るかとか、いろいろ雑談、最後は徳永さんの文学学校の課題小説に対する感想を話したりして、気が付くと20時だった。


3月30日(土)

 「絵本の勉強会」は昔話絵本について、今回は「かちかち山」を取り上げました。何種類も集めて比較してみると、違いがくっきりわかります。今回特に「松谷みよ子/瀬川康男」のコンビが2種類の「かちかち山」を作っているのを発見。柳田國男の『桃太郎の誕生』からも参考になる箇所をピックアップして報告。結構密度の濃い内容になりました。
 で、次回は6月15日(土)14:00から、「滑稽譚、笑話」を扱った昔話絵本をテーマに。その日は「ミニ高山先生をしのぶ会」として、講演ビデオを一緒に見ようという企画もあります。
 あと10月19日(土)は研究所主催の文学講座を計画しています。「絲山秋子、津村紀久子」という現代社会で働いてきた女性作家の作品をとりあげるつもりです。
 4月から徳永さんは大阪文学学校へ通うそうです。小西さんはおさなご保育園の園長になります。藤本は「つかしんカルチャー」で「おもしろ文学講座」を始めます。

1月27日(日)

 昨日、小西先生のおうちで新年会を兼ねて、久しぶりに所員会議をやりました。昨年は秋に絵本講座をやってからは事実上活動休止状態でしたが、やっぱり「高山智津子・文学と絵本研究所」は続けて行こうということで、各自がこれからやりたいことを出しあいました。
 それで当面、「絵本の勉強会」を再開。次回は3月30日(土)15時、おさなご保育園で、テーマは昔話絵本、特に「カチカチ山」。各自が「カチカチ山」の絵本を集めてじっくり読んでみようということになりました。太宰治の中期の作品『御伽草紙』の中に「カチカチ山」があるので、これについては藤本が報告します。


2012年

10月3日(火)

 インターネット回線をADSLから光に変えました。プロバイダーも変えました。なにがどうなるのかよくわからんけど、とりあえずこれまで使っていたメールアドレスとHPのアドレスは継続できるようにはしてもらいました。だから、メールもHPも、新しい(so-net)のと古い(DION)のと二重になるのですが、やむをえません。
 この直前に3台目のパソコンを購入。これに初代のパソコンからHPの内容を移し替えるという大工事を頼んでやってもらいました。これで作業は早くなります。
 やるときはやるんだぜ、とちょっと威張ってみたいような、でもうまく動くかちょっと心配なような。



7月21日(土)

 暑い日が続きます。今日は3時から絵本の勉強会、『ようちえんがばけますよ』が課題でした。ところが、この作品にしようと提案した徳永先生は「今日は何をするんでしたっけ」と言うし、小西先生はなかなか姿を見せず、家に電話をすると、病院へ行ったとのこと。うーん。
 しかたがないので、僕が伊丹図書館で借りてきた『ようちえんがばけますよ』を真ん中にして、集まった三人でわいわい言う。小西先生はまだ来ない。ひょっとして入院せなあかんということになったのでは、と心配していると、もうすぐ行くと家から連絡あり。現われたのは5時半すぎ。なんと一週間先だと勘違いしていたとのこと。
 まあ、みんな忙しいのと、暑いのとで、(年もあるかも)ポカをやることもあります。でも手作りの鮭のほぐし身を貰ったので、寛大な気持ちで、こんなこともあるよね、と許す。(結構沢山あるので毎日食べてもなくならない。シャケコロッケも作りました。)
 徳永先生の「プールちゃん」も出来上がり、小西先生の『おいしくたべておおきくなあれ』(かもがわ出版)も出版されました。


7月8日(日)

 昨日、西宮へ劇を観に行こうとして、塚口に車を止めて、阪急の駅に向かった。いつもなら北改札から入るのだけど、どこかで早めの晩御飯食べようと、踏み切りを渡って南改札口の方へ行こうとした。ちょうど遮断機が下りていて、ふと見ると向う側に小西さんが立っていた。僕に気づいてなかった。遮断機が上がり、声をかけて、踏み切りの真ん中で話す。何か連絡することあったんやけどなあ、と小西さんが思い出そうとする。踏み切りの真ん中で、次の電車来たらどうするんや、とちょっと気にしながら、「絵本ワールドのことじゃないですか」と尋ねると、「あっ、そうそう、それそれ。こちらへの連絡は遅れているけれど、向うでは着々と進行しているそうよ」、「僕これから劇、観に行くんです」「どこまで」「西宮まで、野村萬斎の『藪原検校』、次の所員会議は21日の土曜でしたね」「そうそう」「ではまたその時」ととあわただしく話して、別れました。踏み切りで立ち話をしてはいけません。電車が来なくて良かった。


6月30日(土)

 今日も別荘の片付けをしていた。大学時代のノートや資料が出てきたのでパラパラと読んでいると、いろんなことが思い出されてくる。忘れていた人の名前もノートの中にある。そんなのをゆっくり読んでいると、全然片付けははかどらない。そして、またまた見つけてしまった高山先生の貴重な資料。僕は大学生の時、兵民教で初めて高山先生とであったのだが、その分科会のレポートが出てきた。
 表紙は「一九七三・八・二七 於 兵庫県氷上郡 兵庫サークル協議会 『あるハンノキの話』ー授業報告ー(六年) 尼崎・金楽寺小 高山智津子」別冊で子どもの感想文集もある。
 毎週30分ずつぐらいのペースでは、トランクルームはなかなかからっぽになりません。


6月22日(金)

 今日もちょっとだけ裏の別荘(トランクルーム)の片付けをした。一年かけて、空っぽにするつもりなので、のんびりと作業している。古い雑誌の中に『教育』1984年11月号(特集 教育実践とユーモア)があった。ここに高山先生の「教師や親や子どもに求められている楽天性について」という原稿が載っているのを確認。ここにあったんだ。看護学校での授業の話、将棋大会の話、児童文学や絵本の中の楽天性、ハイジ、清光館哀史などが出てきます。また、近々「こんなもの発見」のページで紹介します。


6月6日(水)

 先日、特別の所員会議をしました。エフシーミュージックの中村さんから、「絵本ワールドinけいはんな」という催しについて相談を受けて、いろいろ案を出したのです。まだ企画段階ですからどうなるかわかりませんが、研究所総出で(といっても三人ですが)、一仕事することになるかもしれません。本決まりになったらまたお知らせします。
 
 今日は久しぶりに山歩きをしました。手術後、山からは遠ざかっていたけど、体力もだいぶ回復したし、時間もあるし、よし、山に行こうと思いました。再開の第一歩なので、近場で、比較的楽なコースをと、神戸市の水源である千刈水源池のそばの大岩岳へ。JR福知山線の道場駅は無人の駅だった。三時間のコースなのに、分岐点を見落として、二時間ぐらい歩いて、どうもこれは迷ったと気づき、引き返しました。正しい分岐点まで戻って、どうしようかと考え、無理はせずに、そのまま帰ることにしました。帰り道、右ひざの腱に痛みが、「そのまま帰るという判断」の正しさを噛みしめました。結局、四時間半ほど歩いたなあ。完全復活とはいかんなあ。


6月1日(金)

 定年退職して二ヶ月がたち、少し時間もできたので、裏の別荘(トランクルーム)の整理をしようと思った。いらないものはどんどん捨てていこうとまず雑誌に手をつけた。で、見つけた。高山先生が初めて海外旅行をした時に自費で作った報告書。高山先生からもらって、どこかに置いておいたことは確かなのだが、その場所がわからなかった。なんだ、ここにあったのか。
 報告書のタイトルは『第15回 ボローニヤ国際絵本展視察報告/ボローニヤ公立学校参観印象記』。五十四ページのちょっとした小冊子。一九七八年五月五日発行、編集発行日本子どもの本研究会高山智津子(尼崎市立城内小学校) 印刷所ファースト印刷(尼崎市杭瀬…)とある。
 内容については、近々「こんなもの発見」のページで紹介します。

 実は、講演テープも一本発見。兵庫文学教育の会の県大会で広瀬恒子さんに記念講演をお願いしたことがあった。一九九〇年秋、第十六回大会でのことだ。この時、記念講演の前に、高山先生が「アンとローラの旅」について報告している。そのテープがあったのだ。
 高山先生は一九九〇年夏に《高山先生と行くアメリカ・カナダの旅 『大草原の小さな家』『赤毛のアン』とカナディアンロッキー11日》というツアーを企画実現し、四十数名の仲間と旅に出かけている。その旅行については、翌年九月発行の『赤毛のアンと大草原のローラ』(清風堂書店)に詳しく描かれている。つまり、このテープの報告は、旅行から帰って間もない頃、本もまだ執筆されていない時期のものなのだ。
 本当に、資料は自分の家の倉庫にいろいろ眠ってるなあ、と再認識


5月20日(日)

 絵本研究の報告
 ①3月24日(土) 藤本がレポート報告。絵本の文法をふまえながら、ジョン・バーニンガム、きたむらさとし、長谷川集平などの作品を紹介しました。
 ②5月19日(土) 兵庫短期大学に勤めている徳永さんが、学生達の作文をもとに「子どもにどんな絵本を読んであげたいか」という問題を報告しました。

 そのあと「絵本講座」の相談をしました。一応、10月13日(土)に植村(上野さん)さんに話してもらうことにしています。詳しくは改めて。


1月24日(火)

 昨年の暮れ、12月24日に2回目の「絵本の研究」をやりました。松谷みよ子/瀬川康男の『いないいないばあ』がいかにすぐれているかを再確認しました。ヒゲやシッポにも力がこもっていました。後半はかがくいひろしの絵本をいくつも読んで一同(総勢四名でしたが)大感激。次回は3月24日、藤本がレポートします。
 
 しのぶ会を終了し、文学講座も絵本講座もやらないので、なんとなく活動のモチベーションがないなあと感じていたのですが、徳永先生も同じように感じていたらしく、また講座をやりましょうということになりました。詳しい計画は次回立てるということです。


2011年
12月3日(土)
 
 しのぶ会ファイナルをやり終えてから、研究所は活動を縮小しています。そのせいもあり、HPの更新もストップしていたのですが、久しぶりに所員日誌を書くことにしました。
 「絵本の研究」は、第一回を10月8日(土)にやりました。とりあげたのは、①なかやみわ『くれよんのくろくん」、②『もものこたろう』でした。参加者は6名で、結構好きなことがいえてよかったです。ほかに『こびとづかん』
も話題に上がりました。次回は12月24日(土)で①まつたにみよこ『いないないばあ』、②かがくいひろし『だるまさんが』の予定です。

 しのぶ会を終えて、8月から、予定していた原稿書きを再開。11月はフル稼働で執筆の日々。で、出来上がりました。発表します。
 
 現代日本児童文学論第三部・完結編
 『人気のひみつ、魅力のありか 21世紀こども文学論』
 2011年12月12日、久山社
 
 第一章 かいけつゾロリ徹底分析
 第二章 児童文学はスポーツをどう描いたか
        Ⅰ バッテリー
        Ⅱ DIVE!!
        Ⅲ 一瞬の風になれ
 第三章 岩瀬成子2010
        Ⅰ オール・マイ・ラヴィング
        Ⅱ まつりちゃん
 あとがき、あるいは{21世紀こども文学論」のための走り書き

という内容です。
 かいけつゾロリについては研究所の文学講座で報告したことがありましたが、今回はさらにパワーアップ。パラテクスト、メタフィクション、トリックスターなどの概念を使いながら論じました。
 バッテリーについても、報告したことがありますが、今回分析しなおして、自分でも満足できる出来になりました。佐藤真紀子の表紙・イラストの変化、あさのあつこの文体の変化などを絡めて書きました。物語から小説に舵を切るというのがキーワードです。
 DIVE[!!、一瞬の風になれ、は初めて論じることになりましたが、まあ読んでみてください。
 第三章はもともとは岩瀬成子で一冊と考えていたのを、編集者の意向もあり、この形になりました。出来上がってみれば、2010年の最新作で岩瀬成子を語るという方法も、なかなか正解だったなあと思います。

 この 『人気のひみつ、魅力のありか 21世紀こども文学論』についてどこかで報告したいと思います。もし、注文があれば、藤本まで。宣伝でした。


8月20日(土)

 心臓の手術をして8ケ月たったので、三日間検査入院する。四本入れたステントはどれもきれいで、
今の所心配ないとのこと。

 病院から帰り、家の中のテープの整理をする。タイトルをつけていない録音テープを聴きなおしていくうちに、高山先生のテープを発見した。ちょうど講演4000回突破の祝賀会直前、銀杏庵で、徳永さん、小西さんと三人で、高山先生に講演の裏話を聞いたことがあった。そのときにテープを録っていたのを、すっかり忘れていた。最後のあたりは電池がなくなり、声が小さくなって、消えてしまうのだが、なかなか貴重なテープだ。沖縄で一日に五回話をしたとか、全国で行っていないのは青森と岩手の二県だけとか、病院から抜け出して講演に行ったとか、……。

 今日は、6月のしのぶ会ファイナルのビデオテープをDVDにコピーする。
この日誌を作りながら作業する。


8月2日(火)
 所員会議をするために、おさなご保育園に行く。保育園の子どもたちから、「だれのじいちゃん?」ときかれてショックを受ける。
 研究所のこれからの活動をどうするか、改めて相談して、次のように決めました。

  ①2ケ月に1回ずつ、絵本の研究をする。
  ②絵本の歴史や、絵本を読んだときの子どもの反応について語るのではなく、
   自分たちの「絵本を読む力」そのものを鍛えたい。
  ③新しい作品と古典的な作品を一つずつとりあげる。
  ④三人だけでやるのでなく、関心のある人の参加も募る。(10人程度)

で次回は10月8日(土)15時から、おさなご保育園で。

 しのぶ会で配った、「高山智津子講演全集」のDVDの評判がいい。注文もあった。で、手持ちのものがなくなったので、新たに20枚焼くことにした。作ってよかった。

6月18日(土)

神戸酒心館で最後の「高山智津子先生をしのぶ会」を開催しました。

この五年間に、高山先生の縁で知りあえた人々も多く、これで終わりかと思うと、少し寂しい気もします。二次会では、「しのぶ会」はこれで終わるにしても、また何らかの形で集まれないだろうか、という希望が何人もの方から出され、「七回忌」案や、「高山先生ゆかりの地を訪れるツアー」案などが提案されました。今後の研究所の活動をどうするかについては、6月26日(日)の所員会議で話し合うことにしています。結果はHPに載せる予定です。

今回参加された方から、高山先生の資料(写真やビデオやプリント)の提供の申し出がありましたので、とりあえずは、それらを整理して行く作業が必要になります。提供された新しい写真はアルバムのページに掲載していくつもりですので、ときどきは覗いてみてください。





6月5日(日)
 一時はどうなることやらと心配した高山先生の追悼の本ですが、3日(金)にすべての原稿を印刷所に渡し、あとは出来上がりを待つだけになりました。250ページほどのしっかりした本になりました。

 そして、もう一つ、「高山智津子講演全集」DVDを今せっせと作っています。これは研究所の所蔵しているDVDを四本使って、110分ほどに編集したもので、高山先生の講演のエッセンスというか「十八番」の話をまとめたものです。しのぶ会の当日お土産として配布する予定です。ぼくのパソコンで一枚一枚「手焼き」しています。一枚焼くのに20分ほどかかるので、ご飯の準備をしながら、洗い物をしながら、あるいは洗濯物をたたみながら、はたまた間にお風呂に入りながら、せっせと焼いています。ビデオの編集は何日か前に終え、試しに焼いてみたら、パソコンでは再生できるのに、DVDプレーヤーでは再生できないなどというトラブルがあり、一時は業者に発注しようかと考えました。でも、昨日日本橋へ行き、電気屋のお兄ちゃんに聞いてみると、古いタイプのDVDディスクなら大丈夫と教えてもらい、生産中止のアナログ放送録画用の8倍速のディスクを80枚買いました。家でやってみると大成功。やっぱり専門の人に相談するのが一番です。
 
 日本橋では、中古のビデオカメラも買いました。これまで研究所主催の「しのぶ会」や講演会を撮っていたビデオが壊れたので、テープの再生ができなくなりました。電機店には新しいタイプの機種は並んでいても、ミニDVテープの使える機種はもう生産中止で、店にはありません。本当にもうという感じです。中古品屋のおじさんは親切で、これがしっかりしているというのを薦めてくれました。


4月5日(火)
 もうこうなったら、俺がやるしかない!!と強く決意し、コツコツ、ガシガシ原稿作りをしました。その結果、一人で130ページ分ができた。実はこのホームページを徹底的に活用して作ったのです。初めはどうすればよいか、よくわからなかったけど、情報処理の若い同僚に訊ねてホームページをコピーして単純にワードに「貼り付け」るのではなく、「形式を選択して張り付ける」(テキスト形式)にすればいいということを教わりました。おかげで、これまでこのホームページでコツコツ作ってきた原稿を活かせることになりました。やっぱり教えてもらうことってだいじですね。また一つ賢くなりました。


3月19日(土)
 所員会議
 三人で「高山智津子先生をしのぶ会」の案内チラシを完成。そのあと高山先生の追悼記念の冊子の原稿の出来具合を確認をしました。なんと徳永さん小西さんの原稿が全然進んでいないではないか。さすがに、こんなのでは間に合わない!!とあわてました。これから一ヶ月が勝負です。

3月5日(土)

 3月から職場に復帰。まだ本調子ではないけれど、慣らし運転のつもりで少しずつ仕事をしています。2カ月半休んで、一年はやく退職することも頭をよぎったけれど、まあできるだけ頑張ることにしました。この間高山先生の本を読み直したり、講演テープを聴きなおしたり、高山先生に伴走してもらった気分です。高山先生も晩年は入院生活が続いたけど、どんな気持ちだったのだろうと考えたりしました。高山先生の年譜も少し詳しくまとめたので、HPにアップします。著作解題も現在作成中。こうした仕事が、僕自身をささえてくれたようです。カロリー計算もするようになり、食事も弁当も自分で作っています。魚を食べるようになり、野菜を今まで以上に食べるようになりました。ウオーキングもし、インスリン注射もベテランの域に達しました。かかりつけの内科の先生に復職のための診断書を頼んで、血液検査をしたら、先生いわく「できすぎや」。ヘモグロビンA1Cもぐっと下がり、順調です。入院した12月中ごろと比べれば体重も5キロおち、精悍な身体になったと自負しています。気分は映画『SP』の岡田准一です。


2月19日(土)所員会議再開
 藤本が入院していたため、所員会議がとまっていましたが、ようやく再開することができました。そこで、6月18日(土)の高山智津子先生をしのぶ会の企画を確認。今回はお昼ご飯をちゃんと出して、それから報告等をやろう、元アリス館編集長の後路好章氏に絵本「ゆうちゃんシリーズ」を共同で企画していったときに高山先生がどのようであったかを語ってもらおう、徳永さんと小西さんは日和佐・文学と絵本研究所の誕生からその活動を語るべし、藤本はこの間に勉強した児童文学のこと(岩瀬成子ほか)を報告しようという話になりました。そして追悼の記念の本はタイトルを『ありがとう、高山智津子先生』として、サイズはB5版、活字の組み方は『たばかぜの中を』に倣おうということになりました。あとは、各自が原稿を仕上げるだけです。徳永さんがいよいよ、これは書かなければとあせり始めましたが、たぶん徹夜が必要になるでしょう。


緊急報告

 藤本が入院・手術しました。以下がその報告です。

 20101216日の午前2時頃、なにやら息苦しくなり、家の近くの伊丹市民病院に車で駆け込みました。酸素マスクをあてられ、少し落ち着きました。若い当直医が病棟に居た専門医に連絡、循環器の専門医が心臓のエコーをとり、心筋梗塞と判断。救急車で心臓専門の東宝塚さとう病院に搬送されました。足の付け根の動脈からカテーテルを入れて、検査・手術をし、心臓の血管にステント(網)を3つ入れ、心不全をおこしている個所はバルーンでマッサージをしてもらいました。手術そのものは1時間半ほど、部分麻酔で、身体的な負担はあまりありませんでした。

 その後、15日に右手首からカテーテルを入れて、再検査・再手術でステントをもう1か所入れました。10日に退院し、現在自宅療養中です。また糖尿病の精密検査・治療方針の見直しのため24日から2週間ほど別の専門病院に入院する予定です。

 入院中も心臓リハビリを行いましたが、最初は200m歩行からでした。今日は家の近くの昆陽池を半周、20分ほど歩きました。予想以上に体力、とくに心肺機能が落ちているのがわかります。でも徐々に回復しつつあるのも実感しています。

 今回のことは、結果的にはきわめてラッキーだったと思っています。我慢せずに自力で病院まで駆けつけたことも幸いしました。東宝塚さとう病院は近畿でも有名な心臓専門の病院らしく、素人の目にも設備・技術とも優れていると感じました。

 2月末まで、学校は休み、病気療養に専念します。

ご心配をおかけしましたけれど、幸運に拾った命を、できるだけ大切にしたいと思います。

2011年1月  藤本英二



2010年

11月20日(土)
 しのぶ会の企画を立てる。今回は13時から食事をしてもらい、会は16時までやること、いつもやっている高山先生の講演ビデオは終わりにやること、研究所のこれまでの取り組みを発表すること、他を決め、今後の所員会議の日程を決める。


11月6日(土)
 最後のしのぶ会の場所の検討をする。三宮周辺でもいくつか候補を探してきたが、なかなかぴったりの所がない。結局、時間、広さなどを考慮して、「酒心館」でやることに決定。年内にまずハガキでお知らせすることにする。


9月22日(水) 久しぶりの所員会議
 第4回の高山智津子先生をしのぶ会は、大成功でした。それで気がゆるんだわけでもないのでしょうが、所員会議が3ヶ月ほど開かれませんでした。久しぶりに9月18日(土)に所員会議を行いました。
 まず、最後のしのぶ会(高山先生に関する本も作る)の準備のために、秋の文学講座と春の絵本講座を一本化することにして、冬の文学講座(2011年1月29日(土)藤本報告)を行うことにしました。
 次に年内にしのぶ会の案内を出すことにして、その企画について話し合いました。まだ詳細は未定ですが、とにかく所員三人が高山先生についてまとまった話をしようということになりました。そのためにも、高山先生に関する本の原稿を早く書くことにしました。次回は10月9日(土)に会議です

 藤本の眼は完治し、映画見まくり、本読みまくりの毎日です。児童文学三部作の第三作目に取り掛かり、今は『一瞬の風になれ』を再読している所です。寝る前には『かいけつゾロリ』を一、二冊読んでいます。
 夏には近代文学館主催の「夏の文学教室」に行ってきました。15人の話を聞いたので、勉強したなあという感じ。一番おもしろかったのは詩人の伊藤比呂美で、現代語訳の般若心経の朗読に感動しました。それ以後伊藤比呂美のまとめ読みしています。



4月5日(月) 今日は14000歩歩きました
 3月の初めから左目の調子が悪い。斜めに傾いて見えるのだ。右は正常だから、当然両目の像がずれてしまう。こういう症状は十年前にも経験しているので、心配はしていないが、不自由なことに変りはない。現在ビタミン剤を飲みながら気長に回復を待っている。車の運転は片目では危ないので、なるべく控えている。で、通勤だが、バスと電車を乗り継ぐと、四角形の三辺をなぞることになり、一時間半近くかかる。ところが、四角形の残りの一辺をバスと徒歩でたどると35分ほどで学校まで行ける。(バスは7分、そこから徒歩25分ほど)ただこの経路は帰りの時に困る。最終バスが10時15分なので、乗れないのだ。だから、今日も宝塚小林の学校から伊丹の昆陽池まで夜道を45分歩いて帰ってきた。夜桜がきれいだった。結果、今日の歩数は14000歩。万歩計を見るのが楽しみな
毎日です。映画も読書も控えて寝る前はFMでジャズを聞いたりしています。

3月30日(火) 「日和佐だより」を発見
 高山先生の講演ビデオを見直していたら、雑誌「子どもと読書」に二年間、「日和佐だより」を連載したという話が出てきました。以前にも聞いていたはずなのに、あまり意識していなかったので、今回ああそうか、この時期の「子どもと読書」のバックナンバーを探せば見つけることができるはずだ、と気づきました。さっそく大阪市立図書館で探してみたら、発見!92年の4月号から94年の3月号まで24回分の連載がありました。久しぶりの新発見でした。


3月20日(土) 徳永先生の退職を祝うパーティに行ってきました
 研究所の所長、徳永先生はおさなご保育園の園長として28年間勤めてこられました。60歳を迎えて、退職されることになり、そのパーティがライクスホールで開かれました。この日は朝から、卒園式、謝恩会、そして夜はこのパーティと大忙しだったようです。もう朝から泣きっぱなしで、化粧が流れてしまったという発言もありました。
 徳永先生は理事長となり、市枝先生が二代目の園長となるそうです。徳永先生は兵庫大学の教員となり、若い世代を育てることになります。もちろん、研究所の所長は変りありません。


3月6日(土) 所員会議で「大きな変更」を決定
 2/20の所員会議は徳永先生の旦那さんの退職記念のパーティがあるので、中止にしました。

 で、今日の所員会議。藤本から、『高山智津子先生の軌跡(仮題)』の編集をめぐってある提案をしました。当初、この本の企画をを出版社に持ち込み、きちんとした出版物として刊行する予定でした。ところが、先日清風堂に出かけてみて、藤本はやや愕然。高山先生の本がほとんどないのです。一方であふれるばかり、新しい教育関係の本は出ているのです。そうか、今から高山先生をしのぶ本を出しても市場のニーズはないのか、と思いました。そこでその現状を話し、『高山智津子先生の軌跡(仮題)』は研究所の本として作り、最後のしのぶ会で参加者の皆さんに配布しようと考えました。(つまり、売る本としての出版はめざさないということです。)徳永所長、小西さんも賛成してくれて、出版計画は大きく変更されました。
 

1月10日(土) 今年最初の所員会議、年間の会議予定を立てる
 これまで、所員会議はそのつど次回の会議日程を決めていましたが、これではなかなか日程を確保できない(徳永先生が結構忙しくて、いろいろ予定が入ってしまう)ということに、やっと気づいた所員一同は、年間の所員会議の予定を立てることにしました。これは場当たり的、出たとこ勝負、泥縄方式の我々としては、画期的なことです。

 
今後の所員会議予定は次の通り。
   2/20、3/6、4/10、
   4/17絵本講座、
   5/8、6/5、 
   6/19第4回しのぶ会、
   7/10、8/21、9/11、10/9、
   11/20文学講座、
   12/11


2009年

 11月21日(土)秋の文学講座開催


 10月31日(土)所員会議、最大の危機に立ち向かう
 秋の文学講座の会場がおさえられないという事態が発生。案内はすでに出しているし、新しい会場を探さないといけないし、と研究所始まって以来のピンチにたたされました。おさなご保育園のプレイルームではいくらなんでも狭すぎるだろうとあちこちあたり、結局公民館をかりることになりました。それにしても、案内状を早く配るのはリスクがあると、学習しました。


 7月18日(土)所員会議で秋の文学講座と第4回のしのぶ会の方針を決める。


 6月12日しのぶ会の準備確認


 
5月28日()しのぶ会の打ち合わせをしました。


 
4月18日(土) 絵本講座、大盛況
 今年の絵本講座は「赤ちゃんにどんな絵本を読もうかな」というテーマで徳永先生が話しをしました。若い保育士さんを中心に35名もの参加があり大盛況でした。

 3月30日(月) 石田さんにインタビューしました
 所員三人うちそろって、石田さんを訪ねて行きました。高山先生との出会い、最初に編集した本、読みきかせ入門シリーズの編集の舞台裏、『心をたがやす保育』を作るときに高山先生が見せた編集者としての姿など、興味深いお話が聞けました。しのぶ会当日は、徳永先生、小西先生が石田さんに話を聞くという形式で話していただくことになりました。ようやく、見通しが立って、所員一同ほっと一安心です。

 3月21日(土) 所員会議で、第3回しのぶ会の案を練る
 第3回のしのぶ会のテーマを何にするかについては、昨年来いろいろ案を出して検討してきましたが、なかなか実現の見通しがたたず、困っていました。この日、清風堂の石田さんに話を聞こうということになりました。

 1月10日(土) 新年会をひらきました
 HAT神戸の近くのロイヤルホストで、吉住さんを囲んで、新年会をひらきました。劇団四季の「夢から醒めた夢」の京都公演が1月20日から始まるとかで、研究所にも招待状が来ました。(高山先生の原稿がパンフレットに再掲載されています
 新年会のあとで、「高山智津子の軌跡(仮)」の編集計画について所員会議を行いました。単なる追悼集や記録集ではなく、高山先生がいきいきと蘇ってくるような本にしたいね、という点でまとまりましたが、これから2年ほどかけて実現して行かなくてはなりません。


2008年

 10月13日(月) 児童文学学会に行ってきました

 HPの容量を増やしたというのに安心して、更新をさぼっていました。でも何もなかったわけではありません。所員会議で来年の「しのぶ会」の計画を立てて、大変盛り上がったのですが、(なにせ、その案が出たときに雷鳴がとどろき、あっ高山先生も喜んでるんやと三人で笑いました)その案の計画を実現できるかどうか、現在交渉中なので、内容についての報告はもう少し待ってください。9月には徳永さんはアフリカに旅行にでかけたので、なかなか連絡がとれませんでした。10月11日、12日と名古屋で日本児童文学学会が開かれ、僕も参加しました。「リアリティのありか」という大会テーマで、東浩紀氏の講演もあり、ライトノベルやアニメの話もいっぱいで、刺激にはなりました。「涼宮ハルヒの憂鬱」ぐらいは読んでいたのですが、アニメの「電脳コイル」や「ほしのこえ」はこれから見てみようと思っています。
 で、18日(土)の研究所主催の秋の文学講座、準備は着々とすすんでいます。梨木香歩が英国留学したときに下宿した先のウェスト夫人(すなわち児童文学者ベティ・モーガン・ボーエン)の絵本も英国から届きました。当日紹介するつもりです。「からくりからくさ」の文庫本などはもう傍線と書き込みだらけになりました。「りかさん」との関係も分析・整理し、フラクタルな構造というのもだいたいわかりました。資料はこのままでは10枚以上になりそうで、かえってわかりにくいと思うので、これから削る作業にはいるところです。

 8月28日(木) HPの容量を10倍にしました

 8月中旬、アルバムのページを増やそうと考えて、コツコツ作業してサーパーに転送しようとしたら、何度やっても失敗。おかしいなあと思って調べると、どうやら容量が不足しているらしい。そこで、容量を変更することにしました。これまで5MBだったのを50MBに増設(料金は同じ)。もちろん、新しいアルバム2ページも転送完了。ちなみに現在の使用量は6MB。まだまだ余裕があるのでこれからはどんどん写真をアップできます。手塚治虫の「鉄腕アトム」は10万馬力でしたが、「地上最大のロボットの巻」で100万馬力に改良されました。今ほとんど、そんな気分です。

 8月3日(日) 徳永さんの新しい絵本ができました今年は忙しい夏です。

 しのぶ会で予告していた徳永さんの新しい絵本『よしよしなでなで』(アリス館)が7月10日に発行されました。絵は入山さとしさんです。TOPページに表紙の写真を載せています。あたたかい色調の絵本に仕上がっています。もっと早くホームページでお知らせすべきでしたが、忙しくてなかなか更新できずに遅れてしまいました。所員一同いろんな研究会に出かけたりで大忙し、実はしのぶ会以後、所員会議がもたれていないのです。(6日にやることになりましたが。)
 僕も、高校でやっている文学講座(全3回)が昨日終わったところです。「現代児童文学の傑作を読む」というテーマで、西の魔女が死んだ、バッテリー、精霊の守り人を取り上げました。いろんな資料をさがして、奈良県立図書情報館や大阪府立図書館、大阪府立国際児童文学館、大阪市立図書館などを回りました。梨木香歩さんの貴重な写真もついに入手しました。ふふふ、誰も見たことないだろうなあ。
 8月1日には日本作文の会の全国大会で、谷川俊太郎さんの話も聞いてきました。「二十億光年の孤独」の謎がとけました。今週は井上ひさしさんの講演を聞く予定。そのあと京都で村上春樹の「バースデイガール」の授業報告を聞くつもりだし、研究会のかけもちで今年は忙しい夏です。
 

 6月23日(月) しのぶ会が終わって、ほっとひといき

 しのぶ会が終わりました。詳しい報告を作ろうとしているところですが、なんだかちょっと虚脱状態に落ち込んでいます。6月に入ってから、会場のトレピエにビデオの試写に二度出向き、連日のように小西さんとメールで参加者の人数を確認。普段メールなんかこないのに、参加申し込みやキャンセルのメールがあちこちから来たり、とにかくせわしなかった。当日14日(土)は1時から会場を借りていたのだけど、少し早く会場に入り準備をしていたら、係りの人に怒られるし、(結局午前中から借りることにしましたが)、机と椅子を運び出してセッティングするだけで大仕事でした。小西さんのだんなさんと息子さんが手伝いに来てくれていなかったら、どうなっていたことやら。
 会そのものの様子は改めて報告するとして、まあ大成功だったと思います。参加者も65名ほど来てくれたし、四人の編集者のかたがたの話もめったに聞けない貴重なものでした。書画ビデオ付液晶プロジェクターも大活躍しました。第二部の参加者からのスピーチも爆笑の連続。高山先生の姿がはっきりと浮かんでくるものでした。
 軽い打ち上げを近くの「一膳」でしたのですが、この次は「読みきかせ大会」をやろう、参加者から出場料をとって、編集者と保育園の先生の対抗戦にしよう、などと大いに盛り上がりました。
 終わってみれば、あっという間のことのように思えます。まだ、お金の清算とか、報告書の作成とか、第3回の企画準備とか、ビデオのコピー、録音CDの作製とか、いろいろやるべきことはあるのですが、ちょっと休憩しています。
 
 

 5月31日(土) しのぶ会にむけて、所員会議をしました

 6月14日(土)の第2回高山智津子先生をしのぶ会の準備打ち合わせのために、所員会議をしました。参加申し込みの出足が悪くて、小西さんと何度もメールのやりとりをしていたのですが、今日現在で48名でした。去年が94名だったので、もう少し増やしたいということで、さらによびかけ、お誘いをすることにしました。後、当日の仕事の分担、配布物の確認などをしました。当日の参加者のスピーチをどうするかについても、いろいろ思案して、何人かの方に依頼することを確認、相談していくうちに、なんだか楽しくなってきて、元気になりました。リレートークの時に、話題になっている本や絵本をプロジェクターで映し出そうという計画で、その話をしているうちに、おさなご保育園で「書画カメラ付の液晶プロジェクター」を購入したということがわかり、当日はそれを使おうということになりました。家に帰るとメールが3件、しのぶ会の参加申し込みが届いていました。小西さんからも電話で申し込みがあったとの報告があり、結局参加申し込み51名になりました。


 5月7日(水) カセットテープのCD化に成功

 
 古いカセットテープをCDにするためにUSBオーディオ・キャプチャーというものを購入。GW中、ああでもないこうでもないと触っていた。何とかCD作製に成功。どのくらい音がよくなったのか、もう一つピンとこないのだけれど、まあ、これでカセットテープをCDにする方法は手に入れたから、これからはせっせと、高山先生の講演をCDにしていこう。



 4月12日(土) 絵本講座のあと、インタビューをやりました
 
 福岡の前園さんを招いての絵本講座は、大成功でした。(報告は「絵本講座」を見てください)そのあと、前園さんたちを囲んで夕食。場所を宿舎のアルカイックホテルに移し、ホテルのロビーで、一時間半にわたって高山先生の思い出について前園さんにインタビューしました。
 この日の毎日新聞の夕刊一面に「おさなご保育園」の食育の記事が載っていました。


 3月27日(木) 高山先生の古いテープ発見

 家のすぐ裏にライゼボックス(トランクルーム)がある。僕はその一室を借りて本や資料の置き場にしている。家の者に「ちょっと、別荘に行ってくる」などと言って、時々資料を探しに行ったりしている。今日、行ってみて、ふと棚を見ると、昔カセットテープを入れていた箱があった。何を入れてたかなとあけてみると、なんとテープに高山先生とメモってある。1975年頃のもの、2本発見。聞いてみると、まだ現職の小学校教員として喋っている。1本は「母として、教師として」というタイトルで、どうも神戸のサークル協議会の集会で話したものらしい。冒頭、本岡さんが紹介をしていて、講演の中身もちょっと珍しい内容のものだった。いやあ、全国の皆さんに高山先生の講演のテープやビデオありませんか、と呼びかけている自分の「別荘」にこんなものが隠れていたとは、びっくり、びっくり。というわけで、この文を読んだ人は、自分のテープ置き場、ビデオ置き場に高山先生の講演が眠ってないか一度、その気で探してみてください。


 3月18日(火)だったかな、 徳永さん、毎日新聞阪神版に登場

 朝おきて、新聞をひらくと、徳永さんの写真が目に飛び込んできた。びっくり、びっくり。つい二、三日前に所員会議したときには、新聞の取材のことなんか言ってなかったのに。何があったんや、とよく読んでみると「わたしとおかあさん」という記事。でも最後には、『今考えると、お互いに絶妙のパートナーだった両親のもとで育ったことが、▽食育▽絵本読み聞かせ▽(看護士さんが常駐する)健康教育 を中心にすえた「おさなご保育園」の実践につながっていることは間違いないですね。』と、ちゃんと保育園の宣伝もしていて、さすが園長!と感心しました。


 3月15日(土) 所員会議 絵本講座としのぶ会の計画をたてる

 
絵本講座の細かな所を打ち合わせする。せっかく九州から前園さんに来てもらうのだから、高山先生との交流についてのインタビューもしようということになり、その場で電話をして、都合をつけてもらった。考えてみれば、吉住さん、宮川ひろ先生、後路さん、徳永・小西さんとインタビューを続けてきてCDに録音しているんだけど、文章化の方はなかなかめどがたたない。ウーン、どうしたものか。
 6月のしのぶ会の会場もおさえることができた。去年の会場はAV機器の設備に問題があったので、今回は会場を変えて尼崎市女性センタートレピエにした。司会をどうするか、の話になり、僕としては裏方でビデオをまわす役をやりたかったが、小西さんがビデオならわたしにもまわせるから、ということで、今年は僕(藤本)が司会をすることになった。参加者の皆さんに何かお土産を、と考えて、高山先生の雑誌原稿をいくつか印刷してパンフレットにしようということになる。
 


 2月9日(土) 第2回しのぶ会の打ち合わせのため、東京へ

 
6月に予定している第2回「高山智津子先生をしのぶ会」の打ち合わせのために、所員全員(三人ですが)新幹線に飛び乗って、一路東京へ。ところがこの日は新大阪ですでに雪が舞い、新幹線は五分遅れ。京都を過ぎる頃には車窓から見えるのは一面の銀世界。この列車東京につくのやろかと心配していたところ、豊橋を出たあたりから雪もやみ、東京にきてみれば、雪の片鱗もなし。
 飯田橋の「北海道」で四人の人に会いました。元アリス館編集長の後路さん、鈴木出版の波賀さん、チャイルド本社の植村さん、公文出版の長谷さん。第2回のメイン企画は、高山先生が親しくしていた出版社の編集の方々に集まっていただいて、「児童書の出版社にとって高山智津子はどういう存在だったか」というテーマで語り合ってもらおうというものです。企画の趣旨を説明し、四人の方に引き受けてもらうことになり、この場でも高山先生の思い出のあれこれを話してもらいました。五時間にも及ぶ長時間の会議で、この企画はきっと成功するぞ、と確信を持つことが出来ました。(まあ、五時間のうちには、自分のうちの猫自慢、ウーパールーパー自慢など脱線も多々ありましたが、それはさておき)後路さんからは、高山先生が「ゆうちゃんシリーズ」を作るときに船長としてどのようにふるまったかを語りたいとの提案もあり、それは即決で第3回以降の企画として採用させていただきました。
 この打ち合わせの中でも、高山先生は、本と読者をつなぐ仕事だけでなく、人と人とをつなぐ仕事をされてこられたのだなあと改めて実感しました。


 1月某日

 年末に家のパソコンを買い換えた。五年も使って、だいぶ動作が遅くなっていたので、思い切って新しいのに切り替えようと思ったのだ。問題はこの研究所のホームページだ。うまく引っ越せるかなと、恐る恐る旧「ソニー・バイオ」から新「東芝・ダイナブック」へ必要なファイルを移動させようとした。結果、なんか違う。よくわからんけど、どこかがちょっとおかしい。小西さんの本の表紙をスキャンして、トップページに転送しようとしたら、なかなかうまくいかない。あれこれさわっているうちに、なくなってしまったページもでてきた。ぎゃあ、どうしようとあせったが、そうや古いバイオにはまだ情報がのこっているはずと気がつく。そこで、バイオから転送して壊れかけたホームページを修復した。そんなわけで、1月にホームページを見てくれた人の中には、あれうまく表示できないぞ、と思った人がいるはずだ。それはあなたのパソコンのせいではありません。みんな、僕が悪いのです。


 1月12日(土) 所員会議でふぐを食べる

 小西さんの家で新年会を兼ねて所員会議をする。小西さんの新しい本ができあがっていた。(トップページに写真を載せています)約一時間研究所の歩みについて二人にインタビューする。そのあと、小西さんの手作りの料理の数々をご馳走になる。最後に「河豚の白子の塩漬け・ぬか漬け」のお茶漬けを食べる。三年漬け込んだものだときかされても、ちょっとびびった。笑いながら食べていた徳永さんが、「なんか口のあたりがちょっとしびれてきたような気がする」などというものだから、よけい心配になった。




2007年


 4月14日(土) 絵本講座「赤ちゃんは絵本の何を喜ぶか」

徳永満里さんが講演。園児のビデオがとてもかわいくて、参加者から何度も歓声があがりました。

5月某日 メッセージ集の原稿をつくる

G・W(ゴールデンウィーク)中に、メッセージ集の印刷をする予定だったが、原稿の打ち込みがなかなか終わらない。打ち込みを引き継いでみて、前任者の苦労のほどがしのばれる。読めない字が多すぎる。上手な字、達筆ほど、素人には判読が難しい。(みなさん、できれば楷書で書いて下さいね。)なんとか名前だけは、読み取ろうとするが、……ネットで名前の一覧を探して、名前を推定したり、団体名がある場合はそこのホームページを訪ねていって、該当しそうな人を探したり、もう半分「探偵」みたいなものでした。

 5月19日(土) 所員会議

しのぶ会の計画を詰める。参加申し込みが締め切りの段階で88人だったので、なんとか100人にしたいね、と話し合う。当日参加もあるはずだから、大丈夫ということで話を進める。

 5月12日(土) メッセージ集を印刷、製本する

 なんとか原稿が出来上がったので、印刷をする。これまで何度も印刷してきたので、中質紙の両面刷りはお手のもの、44ページを二時間ほどで完了。

なじみの辰巳印刷に製本を頼む。表紙の色は高山先生が好きだった紫(藤色)にした。紙代・表紙印刷代・製本代をあわせて一万円程度。会計担当の小西さんに喜んでもらいました。(全部印刷屋さんに頼んで30万円ほどかかるだろうと小西さんは覚悟していたらしいけど、打ち込みから印刷まで自分達でやれば、まあこんなくらいでできます。)

 

 6月某日 岩立氏より講演カセットを借りる

 岩立哲治氏より、高山先生の講演カセットテープ「子供の背中が語るとき 親と子のひびきあい  1998年6月20日」を送っていただき、ダビングさせてもらう。

 

 6月27日(水) 所員会議

 しのぶ会の反省会をする。話しているうちに来年の第2回の構想がどんどん膨らんできて、「こどもの本の出版業界にとって、高山智津子とはどのような存在であったか」というテーマで編集者の方に座談会(あるいはパネルディスカッション)を行なってもらおうという企画が生まれました。その打ち合わせに12月頃には所員全員(といっても3人だけど)東京に出張することにしました。

 

 6月某日 しのぶ会の記録をDVDにする

 高山先生をしのぶ会の記録ビデオを、東京の業者に頼み、DVD化した。当日話してくださった方に差し上げる予定で15枚作る。DVDのタイトルは自分で印刷することにし、山田電器にタイトルプリンターを買いに行く。

 

 7月某日 竹内氏より講演カセットの寄贈

 竹内加代子さんから高山先生の講演カセットテープ4本(うち2本分①③はテープ起し原稿付き)の寄贈を受けました。

  ①幼児教育講座「子供と絵本の楽しい出合い」1989年(平成元年)1月25日

 ②高砂公民館にて講演           1989年(平成元年)2月26日

  ③幼児教育講座「子供の心と絵本」     1992年(平成3年)3月6日

  ④読書シンポジウム            1992年(平成3年)9月23日

 

7月19日(木) DVDタイトル印刷成功

しのぶ会の記録DVDのタイトル印刷に成功した。プリンターを買ってから何度も試行錯誤を続け、毎回ちょっとずつ作業して、四日から五日かかったことになるけれど、まあやればできる。また一つパソコンを使ってできることが増えた。

 

7月21日(土) 酒心館で所員会議

吉住さんも誘って、灘の酒心館で所員会議を行なう。ここは高山先生お気に入りの店。名簿の整理をするのが目的だったが、料理がうまく、酒がすすみ、なんとなくお互いの慰労会の雰囲気もあり、高山先生の思い出話に花が咲いた。

 

7月某日 研究所所蔵の講演ビデオをすべてDVDに

ビデオDVD一体型の機械がうちの学校にもあったことを思い出す。説明書を取り出して、確かめてみると、DVDにダビングできる。これを使って現在手元にあるビデオはすべてDVDにしました。

 便利なので、自分でも東芝のビデオDVD一体型レコーダー2万8千円を購入。もうこれで、大丈夫。講演ビデオをお持ちの方は研究所に貸して下さい。DVDに変換して保存します。(提供してくださった方にも1部DVDを差し上げます。ビデオテープは劣化が早いです。)

 

 8月某日 ホームページビルダー11を買う
 
 研究所が新しく発足してからずっと考えていたホームページの作成をついに決意し、ホームページビルダー11を買う。本当に一人でできるんだろうか。

 8月26日 研究所発足の話をきく

 小西さんの自宅で、徳永さんと小西さんに、日和佐・絵本と文学研究所のことについてインタビューをする。そもそも高山先生とどのように知り合ったかから始めて、尼崎のピッコロシアターで公演した「紙の花」、アルカイックホールで実施した「野田淳子コンサート」、日和佐移住の顛末など、一時間半でやっと研究所設立にたどりついたというありさまで、とても一回では無理ということがわかり、日を改めて研究所ができてからの活動について話をきくことにした。

 9月4日 ホームページ完成
 
 試行錯誤の末、長く苦しい道を、一人でとぼとぼと歩き続け、やっとホームページが完成した。人間、やればできる。
 しかし、アドレスを打ち込んだけど、ホームページが見つからないという苦情が、徳永さんからくるし、大槻さんからも手紙でくるし、もうどうしたらいいんだろうとあせる。それに、自分のパソコンでもアドレスを打ち込めば見つかるけれど、「検索」しても出てこない。いちおう、グーグルにもホームページの登録したんだけど。何故なんだ。審査に時間がかかってるのかな。
 グーグル活用術という本を見ているうちに、リンクを張ってないホームページは検索にかからないらしいということがわかった。リンクなんか考えてもいなかったんだ。
 リンクを頼めるところはないかと考えて、「日本児童文学学会」に会員のホームページが紹介してあったことを思い出す。一応、研究所所員はみんな会員だから、頼んでみることにした。するとメールを送った翌日にはもう紹介されていて、大感激。事務局の川勝泰介さん(京都女子大)からメールも届いて、大学院生の頃に、まだ小学校に勤めていた高山先生に会ったことがあるとのことだった。

 10月10日 ホームページが検索でヒットするようになった

 何が功を奏したのかよくわからんが、検索でヒットするようになった。やった!これでネット社会で認知されたぞ。ですから、みなさんこれからは、ややこしいアドレスをうちこまなくても、「高山智津子・文学と絵本研究所」を検索するだけで、ホームページにたどり着けます。まわりの人に教えてあげてください。

 10月13日 秋の文学講座をやりました。

 詳しい報告は「講座」のページを見てください。みんながよく笑ってくれたので(ときどきは涙ぐんでたようにも思うが、これは未確認)、報告者としては大変やりがいがありました。終わってからの所員会議はたこ焼きをつまみながら、次はあれをやろう、こんな企画もと、盛り上がりました。
 


 10月28日 九州からDVDの注文が来る

 「九州から高山先生の講演のDVDがほしい」という電話があったんよという報告が小西さんからありました。今まで研究所と何のつながりもない方だったのに、HPを見て注文してくれたようです。HPの力が少しずつ発揮されているのかな。「おさなご保育園」もHPを作ったようです。業者に発注したそうですが、この研究所のHPは所員の手作りです。画面がうごくわけじゃないし、レイアウトもバラバラだし、まあ確かにミバは悪いかもしれませんが、心がこもっていると思いませんか、みなさん。なにしろ、出勤したら職場のパソコンで見て、帰ってきたら家のパソコンで見て、と毎日二回はHPに異常がないか確認しているのですから。

 10月31日 「ひょうたん池の子ら」から転載

 活字認識機能の「本格読取2」というソフトを購入。ついにOCR(紙の原稿を読み取ってWordなどに変更)に挑戦。やってみたのが、「発見」のページ。
高山先生の幻の文集「ひょうたん池の子ら」から子どもたちの文集を一つ転載しました。高山先生が再婚するときのお祝いの文章ですが、小学校の教師としての先生の姿が活写されています。ぜひご一読ください。


 12月8日  研究所の歩みを振り返る

 久しぶりに所員会議。これまでの研究所の資料を整理。HPの「研究所の歩み」を全面改定する。高山先生が雑誌などに連載していた記事の整理にも取り掛かる。