藤本英二のページ

ふじもと通信


☆研究所のHPの軒を借りて、自分用のページを作ることにしました。所員日誌とは違った藤本通信です。

☆文学講座をやっています。(詳しくはクリック)
 ⑴NHK文化センター・西宮ガーデンズ教室「小説を読む」
 ⑵つかしんカルチャー「おもしろ文学講座」
 ⑶一日・短期の講座・講演
 ⑷読書のトレッキング(エッセイ)

☆ここからは気ままな日録です。


2017年


開高健記念館に行ってきました(10月13日)

 茅ヶ崎市にある開高健記念館に、行こう、行こうと思いながら、延び延びになっていたけれど、横浜の一樹の運動会が14日にあるので、それを見に行くついでに、前日に記念館に見学に行くことにした。小雨のふる中、茅ヶ崎駅から市バスに乗り、バス停から600mほど歩いて到着。門の所にclosedの看板がかかっていて、あれっと思った。HPによると、金、土、日はやってるはずなんだがなあ。門が少し開いていたので、入って行くと、玄関扉にもclosedの札が。やっぱり、今日はお休みか、でも扉も少し開いていたので、中を覗くと、人が出て来た。今日はお休みなんですか、金曜日はやっていると思ってきたのですが。実は明日から新しい展示になるので、今日はその作業をしていて、休館にしたのです、とのこと。
 どちらからお見えですか。兵庫県から。というやりとりをしているうちに、せっかくだから入ってもらったらという声もあり(館内に3人いた)、特別に見せてもらうことができた。あとで館長さんだとわかった女性が、とてもとても丁寧に展示物を説明してくださり、ライトを消していた、開高健の書斎もわざわざ扉を開けて電気をつけて見せてくれた。とにかく、フレンドリーで、とてもいろいろ案内してくれて、来てよかったと思った。若い頃の開高健や牧羊子の写真もあり、二人とも美男美女だった。牧羊子は柴崎コウに似ているという僕の説は、ここの写真で証明された。庭も見せてもらい、バーベキューができる炉もあった。(あまり使われなかったらしいが)、釣り上げた巨大な魚の剥製もすごかったけれど、トナカイの剥製にはびっくりした。こんな大きなのをハンティングしたのか。

 そして、ここにしかないという「ごぞんじ、開高健」という小冊子(講演の記録等)や特別の記念誌「開高健の世界」を紹介してくれたので、喜んで購入。いやあ、来てよかった。また機会があったら、ぜひ訪れたいと思いました。



佐々木千世子をさがしてるうちに(10月12日)

 

開高健の『夏の闇』のヒロインのモデルとされる佐々木千世子について、調べていくうちに思いがけないことが次々にわかってきた。ブリコラージュ通信にまとめるつもりだが、メモしておく。

⑴『ようこそ!ヤポンカ』を、たつの図書館から取り寄せてもらって読んでみてわかったこと。

・本文中に二箇所、開高健の名前が記されている。

   ・ずいぶん幼い頃大連にいたことがある。

   ・神戸で生まれ育った。

⑵インターネットで検索していて、「群馬の森美術館ニュース」に出会った。その161号、162号に谷内克聡氏が「研究小話」という文章を載せている。

・岡本唐貴の「みどりの石」という絵は佐々木千世子がモデルである。

☆岡本唐貴はプロレタリア画家で、その長男が漫画家の白土三平、長女が絵本画家の岡本颯子(こまったさんシリーズ、わかったさんシリーズの作者)。

  ・佐々木千世子はワルワーラ・ブブノワの弟子であった。

     ☆ブブノワは、早稲田でロシア語を教えていた。画家としても有名。1958年に日本橋の白木屋で「画業50年記念展」を開催し、その後ソ連に帰国。日本に残されたブブノワ作品を管理したのは佐々木千世子。

 ⑶インターネットで、ブブノワを調べているうちに、「こどものとも」の松井直の講演記録に出会った。その中でブブノワが松井の依頼で絵本を描いたという話が出てくる。




イスを処分しにクリーンランドへ(8月3日)

 長年使ってきた事務用のイスのキャスター部分が劣化して限界なので、買い替えることにした。
 伊丹で何軒か、それから三宮ポートアイランドのイケアや東京インテリアも見て回ったが、帯に短したすきに長し、で、結局伊丹のニトリで買った。

 買ったはよいが、これまで使っていたイスを処分しなければいけない。粗大ごみ扱いなので、事前に申し込んで、回収に立ち会って、300円をその場で払うことになる。面倒なので、直接、伊丹市・豊中市クリーンランドに持っていくことにした。去年、自治会の見学会の世話をしたので、場所はわかっている。電話で申し込んで、車に積み込んででかけた。

 住民持ち込みゴミの受付所に並ぶと、処分するソファや木製家具を車に満載した人たちがいた。僕なんかイス1個なので、ちょっと気がひけた。入口で車の重さを計り、ゴミを捨てたあと出口で、もう一度車の重さを計る。その差がゴミの重さとしてカウントされるらしい。
 道の青いラインを辿って、建物を一周するように移動して、焼却場に入る。ドアは自動開閉なんだ。誘導員が何人もいて、所定の位置に車を止める。
 「そこに投げ込んでください」と言われた所は、二段階になっていて、手前の方でも二、三mはあるかな。イスをそこにそっと下ろそうと思ったが、ちょっと無理なので、結局「落した」。

 出口まで行き、精算機に入口で渡されたバーコード用紙を投入すると、金額が表示される。言われた通りに「174円」を払う。レシートが出てくる。
 よく見ると、「20kg、174円」とあった。あのイスが20kgだって。まあ10kg単位なんだろうけど、それでもあれが10kg以上あるとは思えないんだけど、…。
 まあ、再計量を申し出るほどでもないか、と大人の判断をして帰途につく。

 いやあ、なかなか楽しい体験でした。これからは何でも、持ち込んで処分できるぞ、「10キロ、87円」で。



西郷竹彦先生を偲ぶ会に行ってきました(7月29日)

 文芸研の全国大会で「西郷竹彦先生を偲ぶ会」をやるというので、三宮の神戸芸術センターまで出かけました。
 西郷先生は、文芸研を創設し50年にわたって活動をされ、今年6月に97歳で亡くなられました。
 僕は大学生の時に、明石のサークルが西郷先生を招いて講義をしてもらうと聞き、、それに参加して、本当にその講義内容に驚きました。
 教育学部のゼミナール実行委員会でも、西郷先生に来ていただいたりしました。
 西郷文芸学との出会いがなければ、僕が『現代詩の授業』(1993年、三省堂)を書くことはなかったと思います。
 
 僕は文芸研には加入してないけれど、何度か全国大会には参加しました。
 2015年広島大会での西郷先生の講演が、僕の聞いた最後のものになりました。
 
 偲ぶ会では、ビデオ上映もありました。全国各地で、小学生や中学生に授業をされている姿を見て、懐かしい想いを持ちました。
 会の最後に、娘さん(音楽家)が馬頭琴の演奏をされたのですが、これほど音色が豊かで、音量の大きいものだとは思いませんでした。


 
 阪神近代文学会夏季大会に行ってきました(7月15日)

 会場は大阪市の平野にある常磐会学園大学でした。土地勘のない所なので、たどり着くのも、帰って来るのも、一苦労、二苦労。
 発表は、芥川龍之介「お富の貞操」論、佐藤春夫と『聊斎志異』、中島敦「斗南先生」論、とどれも興味をひかれるものだったので、会員でもないけれど出かけました。発表者は3人とも中国からの留学生で大学院博士後期課程の女性でした。よく勉強していて感心しました。日本では文学部はもう消滅するのじゃないかと思っていましたが、中国の人は熱心に日本文学を研究しているので、彼我の落差を感じました。

 この会に参加する準備として、佐藤春夫の『支那童話集』を所蔵している図書館を探したのですが、一番近くても大阪市立図書館にしかない。どうしたものかと迷っていて、伊丹図書館には佐藤春夫全集があるのを発見して、きっとこの全集の中に収録されているに違いないと見当をつけて、伊丹の図書館に行きました。さてそこからが一苦労。司書の方に相談して、いろいろ調べてもらい、二人で知恵を出し合って、たどり着いたのが、「別巻に目録があること+大阪市立図書館の内容紹介に具体的な作品名があがっていること」を組み合わせて、全集を調べ、第28巻にその作品がいくつも載っているので、これを使うことにしました。全集には『支那童話集』という作品集は収録されてなくて、個々の翻訳作品が発表された年次で収録されていたのです。
 45分ほどかかりましたが、司書の方も「覚えておきます、次からは大丈夫です」と喜んでくれました。でも「佐藤春夫の『支那童話集』は全集の何巻に入ってますか」と次に訊ねてくる人はいないんじゃないかな。



藤原さんの展覧会へ、秋定くんを誘って(7月9日)

 夙川の画廊で藤原さんが展覧会をやっているので、秋定くんを誘ってみました。もう40年ほど昔、僕ら3人は新設間もない舞子高校の同僚でした。秋定くんは奥さん同伴で画廊にやってきました。久しぶりに会って、一緒に食事しましたが、話していて全然違和感がなかったです



カキナーレ塾講座に参加(7月2日)

 京都の岡崎公園にある「みやこめっせ」が会場でした。午前中は「現役若手教師とベテラン教師の集い」というフリートーク、午後は安積力也氏の講演がありました。
 久しぶりに京都へ行き、市バスに乗ると日本語だけでなく、英語、韓国語、中国語の停留所案内が流れて来て、うーむ、ここはどこなんやと思いました。



 勝手に上半期ベストDVD発表(6月25日)

 最近は映画館へ行く機会が減った。そのかわりDVDの視聴頻度が上がりっぱなし。1月から今日までにDVDは55本観た。そこで、勝手にベストを発表。
新旧とりまぜてだけど、レンタル店で何かないかな、という時の参考にしてください。(順不同だけど、5段階評価でどれも5です)


  ・ガーディアン・オブ・ギャラクシー
  ・セトウツミ
  ・ハドソン川の奇跡
  ・だれかの木琴
  ・フリーダ
  ・ヨコハマメリー(ドキュメンタリー)
  ・淵に立つ
  ・湯を沸かすほどの熱い愛



今年の仕事予定(6月12日)


 今年の講演の依頼がありました。

  9月 和泉市男女参画センターでの講座(全二回)
    講座 やさしい文学講座 ~詩から聞こえてくる声ー現代詩を読む~
    第1回 912日(火曜日)①ことばあそびとライトバース
                     ②恋の歌
                     ③暮らしの中で
   第2回 926日(火曜日) ①戦争のあとで
                     ②挽歌あるいは人生の遠近法
                     ③野崎有以の詩集「長崎まで」

 9月~11月 宝塚市立中央図書館での「市民のための現代文学講座}(全三回)
     第1回  9月 谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』
     第2回 10月 開高健『夏の闇』
     第3回 11月 梨木香歩『からくりからくさ』

毎月 つかしんカルチャーの教室もやってます。6月は中島らも「白いメリーさん」、7月は開高健「珠玉」です。

 映画三昧の日々(5月21日)

 原ゆたかさんから、DVDをダンボール一箱分貰った。まずスロバキアの監督マルティン・シュリークのDVDボックス『ガーデン』『私の好きなモノすべて』『不思議の世界地図』を観て、完全にはまってしまった。次にメキシコの女性画家の伝記的な作品『フリーダ』を観て大絶賛。
 鈴木清順追悼の『ユリイカ』を読んでいて、観たくなり、レンタル店で、鈴木清順が日活で撮った『野獣の青春』『関東無宿』『殺しの烙印』を借りてきて観る。九条のシネ・ヌーヴォが追悼上映会をしているので、久しぶりに出かけて『春婦伝』(野川由美子主演)を観、上野昂志のトークショーを聴く。満員だった。
 なんやかんやで、五月に入ってもう十二本観た。今『河内カルメン』(野川由美子主演)を観ている所。このままでは映画中毒になりそうだ。



食事会が続いた

 4月、5月は食事会が続いた。まず4月中旬に先輩の中西さんと虫明けさんと3人で塚口でランチ、そのあと60年代を思わせる喫茶店へ。次に4月下旬に舞子高校の卒業生、岡田(田中)、谷山(浅利)、竹内と4人で西宮ガーデンズで食事。最後はGW明けに、宝塚良元校の同僚田中さんと塚口でランチ、喫茶(同じコース)。



『クーリンチェ少年殺人事件』を観ました(4月18日)
 
 25年ぶりに3時間56分版で上映されるというので、エドワード・ヤン監督の『クーリンチェ少年殺人事件』を梅田シネ・リーブルで観てきました。予告編で主人公の少年少女がなかなかよかったので、よし行こうと決めたのです。1961年の台湾で実際に起こった少年犯罪をもとにしているとか。主人公たちが通っているのが夜間中学であったり、学校の隣が映画のスタジオだったりで、なかなか親近感を持って観ることができました。
 で、観ているうちに、あれこの少年はひょっとして、と思い始め、家に帰って確認してみると、やっぱりチャン・チェンでした。その後『グリーン・デスティニー』『レッド・クリフ』『グランド・マスター』などに出演していて、僕にとってもなじみのスターでした。若い時に、この映画に出ていたのですね。



京都府八幡市の背割堤へお花見に(4月8日)

 
 妻と二人でお花見に出かけました。淀屋橋から、京阪電車の特急に乗りました。途中気がつくと彼女はいつの間にか眠っている。疲れてるのかと思いそのままにし、樟葉駅直前に起こして、各停に乗り換えて、八幡市駅へ。ホームに降りた時、妻が一言「意外と近かったね」。それは、きみ途中寝てたからやろ!

 曇り空が残念でしたが、桜は満開。ここの桜は一見の価値あり。

 
















岡山県美作市へ棚田を見に行きました(4月4日)

久山社の久保さんが出版した『物語る「棚田のむら」』に刺激されて、一度棚田を見に行こうと思いました。
 岡山まで行くのだから、ついでに兵庫文学教育の会のサークル仲間だった石川百合子さんに会おうか、石川さんの家はどこだったかな思って住所を調べて地図で確認して、びっくり。
 棚田の村・上村と石川さんの家とはわずか5キロほどの距離。こんなこともあるのかと、不思議な気持ちになりました。
 そういうわけで、久しぶりに中国自動車道を使って、宝塚ICから美作ICまで行き、石川さんの実家を探しながら南下。石川さんの家を見つけて、二人で上山に行きました。

 村おこしのために若者がこの村にやってきたそうで、古民家を改造した「いちょう庵」というカフェもできたとか。石川さんは、そこに行きたいと言っていたのです。この写真を撮影した場所の左手に上山神社があります。僕は一人で階段を登り 神社の上の方を見学に行き、石川さんは神社の入口で待っていました。
 僕が見学している間に、何か階段の下で人の話し声がするな、と思っていたのですが、なんと、「いちょう庵」の店主が通りかかって、話していたのです。
 そのあと迷いながら「いちょう庵」に辿り着きました。今は、店は休んでいるそうですが、4月には若い奥さんも移住してきたとか。






結構忙しい3月でした(3月26日)

 6日、久しぶりに中西さんとランチ。シニアスキーツアーに参加するとか。スキーはもう15年以上やってないなあ。
 8日、つかしんカルチャーで、浅田次郎の「ラブ・レター」を取り上げる。
 9日、藤原洋次郎さんの展覧会に行く。大学も辞めて、一日中、絵を描いているとか。
 10日、毎日文化センターの、『明暗』を読む、の最終回だった。終了後、みんなで茶話会。87歳のおじいさんや、80歳のおばあさんもいて、その若さに驚いた。
 11日、悠介とみなみちゃんの子どもがうまれた。啓太郎くんです。
 16日、東京で久山社の久保さんと会う。『物語る「棚田のむら」』の感想について話す。
 17日、新横浜で合流して、奈津子、一樹、元気と新幹線で関西に。一樹が列車に酔って、吐いたりして、大変だったが、多目的室が空いていたので使わせてもらう。
 18日、日本児童文学学会関西例会に参加するために、梅花女子大へ。宮澤賢治の「飢餓陣営」の報告やファイナル・ファンタジーの分析の報告を聞く。
 21日、奈津子、一樹、元気と横浜に。
 24日、歯科の定期検診。
 25日、久しぶりに、研究所の所員会議。まあ雑談だったけど、二人とも大忙しのようで、2018年6月以降に、研究所として何か講座をやろうという、極めておおざっぱな予定を立てる。でも時々、お互いの安否確認が必要かな。
 26日、自治会の今年度最後の会議がある。そのあと、新役員と引き継ぎ会。これで自治会の仕事は一応終了。

 4月の予定は、今の所2件だけ。かなり落差がある。

通信№8を発送(3月3日)

 製本所から届いたので、今日はせっせと発送作業をしました。近くの郵便局に三往復。一度目は、一部だけ持って行って値段を確認。三百円でした。家に帰って、余っていた切手を集めて、「82円×3+52円+2円」の組み合わせと。「50円×6」の組み合わせで、貼っていきました。久山社の久保さんが、奥さんが集めていたという50円切手のシートを何枚も下さっていたので、全部使いました。その他の方からいただいていた82円切手もかき集めて、封筒に貼りまくり。意外と趣きのあるものになりました。3度目は郵便局の方で、切手を貼ってくれるというのでお願いしました。
 そんな風にして、驚くなかれ、1日で72部を発送。ああ、疲れた。

 今回の通信は242ページの特大号。これ原稿用紙に換算したらいくらになるんだろう。一ページが52字×19=988なので。242×988÷400=597、7枚となる。原稿用紙で約600枚の大作です。

われながらよくやったと思う。これからしばらくは休憩期間に入る予定です。



 ブリコラージュ通信№8が完成(2月21日)

 しばらくこの「ふじもと通信」も開店休業中でしたが、再開することにします。

 《大江健三郎『万延元年のフットボール』を読む》という原稿をせっせと書き続けて、やっと完成。遅れていた『ブリコラージュ通信№8』を今製本してもらっている所です。全体のページ数は242ページ。特大号になりました。年末から二ヶ月ほどはこの製作にかかりきりでした。

 で、少し気持ちの余裕ができたので、映画『この世界の片隅に』を観てきました。最初の三分ほどで傑作だ、と思いました。予告編とか、宣伝を見て持っていた先入観がずれていた。今、原作のマンガを読み始めた所です。
 予告編の功罪というのがあるけれど、『君の名は。』の時もそうでした。本編の方が良かった。




2016年

森絵都『クラスメイツ』を読む(11月27日)

 11月6日に宝塚市立中央図書館で「市民のための現代文学講座」第1回として《森絵都『クラスメイツ』を読む》という講演をやりました。その内容を改めて原稿にまとめました。B5で31ページ分あります。ブリコラージュ通信№8に掲載するつもりですが、通信の発行が年明けになるかもしれないので、このHPに載せておきます。こちらをクリックしてください



『永い言い訳』を観てきました(11月2日)

 横浜に行っている間、映画もビデオも観ることがなかったので、帰ってきてすぐ西川美和監督の『永い言い訳』を観に行ってきました。とても、とても満足。本木雅弘も良かったし、子役の男の子がびっくりするくらい良かった。こんな映画を観たかったんだよね。友達同士で出かけた妻たちがバス事故で死んでしまうという話で、残された夫たちや子どもたちの生活がなんともせつなくて、……。ちょっとしかでてこない愛人役の黒木華も良かった。



日本児童文学学会に行ってきました(10月29日)

 9月の末に、娘が二人目の子どもを生んだので、10月中頃から半月ほど、横浜に家事手伝いに行きました。そのついでといってはなんですが、10月29日に日本女子大で開催された日本児童文学学会に参加しました。森絵都さんが《『クラスメイツ』を中心に》という記念講演(インタビュー形式)をするというので、ぜひ聞きたいと思ったのです。

初めて降りた東京目白は、学習院もある文教地区でした。バスの窓越しに、ハロウィンの仮装をした子供達が、お店でお菓子を貰っている姿が新鮮でした。

森絵都さんの話は、とても参考になりました。24人のクラスメイツ、それぞれの視点で描いたこの小説、一見読みやすく、読み流してしまうかもしれませんが、24の章をつなぎながら読むと話の奥行が見えてきます。



大変、大変、日程と時間を思い違い(9月23日)

 宝塚市立中央図書館の現代文学講座の日程と時間を思い違いしていた!担当の永尾さんからメールをもらって間違いに気づいた。
正しくは、11月6日(日)、12月10日(土)、1月29日(日)で、各回とも13時30分~16時でした。

 一応、下の記事は訂正して、正しい日時に直しておきました。もし昨日HPを見て、手帳にメモした人は、訂正しておいてください。(そんな人いるかな)



 宝塚市立中央図書館の講座の案内文作りました(9月22日)

 ちょっと長めになったけれど、講座案内原稿が完成したので、メールで送りました。こんな風です。

2016年度 市民のための現代文学講座  

1回 11月6日(日)13時30分~16時

森絵都の世界

―『クラスメイツ』(2015)を中心にー

  森絵都の最新作『みかづき』は塾経営者の家族を中心にした三代にわたる大河小説です。戦後教育の変遷を背景にしながら繰り広げられる家族小説は、あまりの面白さに巻をおくことができず、最終章後半では、涙がじわっ、読み進むほどに、涙がじわじわっと、あれ涙腺がゆるんでるのかなと心配になるほどでした。

 『リズム』『宇宙のみなしご』『アーモンド入りチョコレートのワルツ』『つきのふね』『カラフル』『DIVE!!』で児童文学賞を総なめにした森絵都は、2003年頃から大人向けの小説を書き始め、2006年には「風に舞いあがるビニールシート」で直木賞を受賞しました。その森絵都が久々に児童文学の世界へ還ってきました。中学一年生の一年間を24人の視点で描いた『クラスメイツ』は、ストーリーテラー森絵都の力量をいかんなく発揮したものです。

今回は『風に舞いあがるビニールシート』以降の作品を紹介したあと、『クラスメイツ』を分析し、大人の小説と児童文学の違いはどこにあるのか、またその二つの世界を貫いてゆるぎない森絵都の魅力は何か、を探りたいと思います。(『みかづき』は泣きそうなので、今回は語らないつもりですが…)

 

第2回 12月10日(土)13時30分~16時

村田喜代子の世界

―『ゆうじょこう』(2013)を中心にー

村田喜代子の小説には、夢幻とリアルが織りなされた不思議な時空間が現出します。柳田國男の「遠野物語」のわずか数行の記述をもとに、古語の匂い、響きを持った独特の語り口で、これまでとは異質の姥捨て伝説を生み出した『蕨野行』。盗掘も含めて興味津々の骨董の世界が妖しく繰り広げられる『人が見たら蛙に化れ』。癌の放射線治療体験を踏まえながら想念が宇宙にまで広がる『焼野まで』。題材も文体もひとところにとどまることなく変転していく、融通無碍、変幻自在な作家です。

読売文学賞受賞の『ゆうじょこう』は、硫黄島から熊本の遊郭に売られてきたイチが、郭で働く女たちのための学校「女紅場」で書くことを学び、世界を獲得していく物語です。何より方言(自分の日常のことば)で書かれる少女の日記が素晴らしい。話しことばの野生の息吹によって書きことばは輝きをまし、書きことばを手に入れることでイチは自分たち遊女の生活をつかみなおしていく。イチを教える鐡子先生(元遊女)は『新女大学』(福沢諭吉)を遊女たちの眼で批判し、その「啓蒙精神」の欺瞞性を暴きます。  今回は、タイトルがなぜひらがななのか、から始めて、『ゆうじょこう』の文体の秘密を解き明かし、遊女たちの心意気をたどることで、この小説の魅力に接近したいと考えています。

 

第3回 1月29日(日)13時30分~16時

津村記久子の世界

―「ポトスライムの舟」(2009)と『ポースケ』(2013)ー

芥川賞受賞の「ポトスライムの舟」を最初に読んだ時、僕はこの作者の立ち位置がうまくつかめず、面白さが半分もわかりませんでした。数年後、彼女の処女作『君は永遠にそいつらより若い』を読んで、傷ついた魂に対してさしのべられる不器用な身体と心という独自性に軽いショックを受けました。改めて「ポトスライムの舟」を再読してみて「これは傑作だ!」と思いました。この小説は主人公ナガセの自己回復の試みを描いた《病後小説》だったのです。

津村記久子は現代社会で傷つきながら働くことの実感を『カソウスキの行方』『アグレリアとは仕事はできない』『ワーカーズ・ダイジェスト』『とにかくうちに帰ります』『この世にたやすい仕事はない』などで描いてきました。また『ミュージック・ブレス・ユー』『これからお祈りにいきます』『エブリシング・フロウズ』などで、少年少女が直面する生の困難とその克服への祈りを、ユーモアを交えながら描いてきました。今僕が最も好きな作家です。新刊が出れば必ず買います。

今回は、「ポトスライムの舟」と、その五年後友人ヨシカのやっているカフェを舞台にした『ポースケ』とを取り上げ、津村記久子の魅力と小説家としての成長ぶりをお話ししたいと思います。

 



デトロイト美術館展に行ってきました(9月21日)

 7月頃からやっていたけど、8月は35度の中、外に出ていく気になれず、先送りにしているうちに、終りそうなので、あわてて、デトロイト美術館展に行ってきました。2015年に神戸で見たチューリッヒ美術館展に比べると、ちょっともの足りなかった。でもモネの「グラジオラス」、ルノワールの「白い服の道化師」、ゴッホの「自画像」、ピカソの「読書する女性」、モディリアーニの「帽子を被った若い男性」などの実物を見ることができたのは良かった。あと全然しらなかった画家だったけどアンリ・ジェルヴェクスの「パリのカフェにて」も印象的だった。

 天王寺動物園の外周を歩いて、新世界へ。確かこのあたりに東淵修さんの「銀河・詩の家」があったはずと探してみると、あった、あった。でも、玄関にシャッターが下りていて人の気配はなかった。新世界をぶらぶら歩き、ウルトラマンのTシャツも売っていて、一樹に買ってやるかと思ったが、大人用で大きいし、粗悪品のようなのでやめた。串カツ屋を中心に食べ物店のあるあたりはそれなりに賑わっているが、通天閣の下から日本橋の方へ続く本通りの商店街は、シャッターの下りている店が多かった。映画『砂の器』のロケ地で、丹波哲郎がこの辺に立っていたなあ、と思い出す。


 今年度の宝塚中央図書館の文学講座

 担当の永尾さんから、今年も依頼がきた。五回目になるので、自分の中ではちょっとしたライフワーク感が出てきた。

今年の注文は二つ。一つは来年一月に村田喜代子さんの講演会を予定しているので、村田喜代子さんをとりあげてほしい。もう一つは一か月おきに三回やってほしい。ということで、僕の立てた仮計画は次の通り。

⑴「森絵都の世界~『クラスメイツ』を中心に」         11月6日(日)14時~
⑵「村田喜代子の世界~『ゆうじょこう』を中心に」      12月10日(土)14時~
⑶「津村記久子の世界~『ポトスライムの舟』を中心に」   1月22日(日)14時~

もう少し内容を詰めなければ、これから来年1月まで結構忙しい。

10月には娘の二人めの子供が誕生予定、で横浜へ手伝いに行くことになっているし、自治会の仕事もまだ終わったわけではないし、…今年は後半も忙しくなりそう。


 『シン・ゴジラ』を観る
 
 世評が高いので、これは一度観に行くか、と一人で『シン・ゴジラ』を観に行った。なるほどね、『エヴァンゲリオン』の監督が撮っただけはある。ゴジラは「使徒」みたいだった。怪獣映画としての側面よりも、災害映画という側面が強調されていた。自衛隊が随分協力しているようだけど、あんなにかっこよく活躍する所ばかり映して大丈夫か。それに倒れたゴジラの口から薬剤をホースで入れるシーンなんて、福島第一原発の消防車による冷却水注入を連想させるなあ。
 で最後は、凍ったゴジラが東京の真ん中に立ったまま、こんなので幕にしていいのか。結論先送りの感が強い。続編作っていくのか、そんなことしてたら、完結しなくなるぞ、エヴァの二の舞になる。

 劇場版「エヴァンゲリオン」の第三部Qをビデオで見直したけれど、「駄作」としかいいようがない。あれでは完結編作れんわな。


 一樹とポケモンを観に行く
  
 横浜から娘と孫がやって来たので、この夏は毎日が忙しかった。一樹と二人で『ポケモン』を観に行った。基本的にはわかりやすい作り方だった。



 電化製品次々にダウン(八月)

 洗濯機が突然おかしくなった。ついでプリンターが壊れた。仕方がないのでヨドバシで探した。次はクーラーか、せめてこの夏は持ちこたえてくれ、という祈りは通じたようで、なんとかまだ動いている。



盆踊り無事終了(八月)

自治会主催の盆踊りが無事に終わりました。二回練習したけれど、全然身に付かず、当日は会場警備や買い出しに忙しく踊ることもなかったけれど、子供たちが子ども会の夜店やPTAの夜店を楽しんでいたのを眺めているだけで満足。
でも、老人と子どもが中心で真中の層の参加が少ないなあ、と思った。


一か月で六本観ました(7月20日)

 東京から帰ってきて、市内一斉清掃、盆踊りの練習、防火訓練、クリーンセンター見学、と自治会の行事は目白押しで、忙しい日々が続きます。こういう忙しい時こそ、と思って映画館に出かけることにしました。

 『殿、利息でござる』、『団地』、『64前編』、『64後編』、『クリーピー 偽りの隣人』、『海よりもまだ深く』と、この1か月で邦画ばかり6本観ました。で、この6本、5点満点で評価してみると、平均で4.0。なかなかの高打率でした。

 ついでに言えば、7月に入ってからみたレンタルDVDも、6本。こちらは『ナイトクローラー』、『あん』、『岸辺の旅』、『グラスホッパー』、『アクトレス』、『心が叫びたがってるんだ』、洋画が2本、邦画が3本、アニメが1本。平均で3.83。

 うーん、映画三昧の日々がもどってきたなあ。


☆最近忙しくて、日録が書けなかったので、4月から6月の分をまとめて書きました。

 東京二泊三日の旅(6月18~20日)

 18日は横浜で一樹と遊び、上野広小路で一泊。
 19日は、朝から晩まで、高校作文教育研究会の『「聞き書き」の力』出版祝賀会、学習会、2次会、に参加。編著者の中井浩一さんと古宇田栄子さんに花束を持っていて、喜ばれた。高校作文教育研究会は次の本を作る計画を立てているとか。

 その夜、お茶の水のホテルで、脚から出血、バンドエイドでも貼ればと思っていたが、じわじわと血がにじみ、止まる様子なし。フロントで病院をさがしてもらい、日本医科大付属病院へ。休日・夜間診療だが、結構患者が多くて、1時間半くらい待たされた。その間に血は止まっていて、診てくれた若い医者二人も、問題ないでしょう、ということで、とりあえず、止血剤を貰った。血液をサラサラにする薬を飲んでいるせいかもしれないので、一度かかりつけの医者に相談せよ、とのこと。ホテルに帰るとフロントのスタッフが親身になって心配してくれて、とても感じがよかった。

 20日は、久山社の久保さんの所へ。久保さんが83歳で出版した『物語る「棚田のむら」』のささやかなお祝いとしてお花を持って行った。ひとり出版社の久山社は店じまいし、ここで出してもらった僕の5冊の本は、もう流通しなくなったわけだ。久保さんは、在庫や蔵書をほとんど全部古書店にひきとってもらったそうだ。でも話を聞くと、自分の次の本を作る構想を持っているとか。

 今回は知人の出版を祝う旅になった。

 自分の原稿《『万延元年のフットボール』を読む》も、早く書き上げねばならぬなあ、と思いました。



 悠介とみなみちゃんの結婚式(6月11日)

 前日は、横浜からなっちゃん一家が飛行機でやってきて、ホテルに前泊するので、ポートアイランドまで遊びに行った。みんなでイケヤまで散歩して、一樹と二人で50円(!)のソフトクリームを食べた。
 昼の結婚式、披露宴は49名で、夜は別の友達も呼んで2次会をする、とか。スピーチは、新郎新婦の大学の恩師だけ。その代わり、友人たちが作ったビデオを上映し、その場でダンスもする、といういまどきのパフォーマンス。期せずして、嵐 VS AKBになった。


 高山智津子先生没後10年の会をやりました(5月14日)

 企画その一 絵本講座 『こどもとおとなを結ぶ絵本の世界』
    場所   尼崎ピッコロシアター中ホール
    時間   14時~16時
    プログラム  ①岡スミ子さんによる語り「じろはったん」(30分)
             ②広瀬恒子さんによる講演 『こどもとおとなを結ぶ絵本の世界』(90分)

 企画その二 高山智津子講演ビデオ上映会
    場所   尼崎ピッコロシアター中ホール
    時間   16時15分~16時45分

 企画その三 高山先生の思い出を語る10年のつどい
   場所  ひろ田(JR塚口駅徒歩5分)
 
 この日のために、高山先生の講演ビデオを編集して、五枚組のDVDセットを作りました。
 「思い出を語る10年のつどい」には、東京や四国からも来てくださった方もあり、23名の会になりました。全員に話してもらい、とてもいい会になりました。


 GWは体調が悪くなる

 例年、GWになると体調が悪くなる。今年もそうで、左半身が凝るようで、気分も滅入る。胸も少し痛むので、とりあえず、かかりつけの先生に診てもらうと、肋間神経痛だろう、と。そこで整体の病院で診てもらうと、右半身と左半身のバランスがおかしく、肩甲骨も全然動かない、とか。そうか、これが原因か、ということで、肩甲骨はがしの体操を少しすることにした。(劇的にはきかないけど)


 包丁で指を切り3針縫った(4月27日)

 毎日、調理はしているのだが、カボチャを切っていて、左中指を切ってしまった。バンドエイドでなんとかなるか、と思ったが、なんともならず、血は止まりそうにない。連休前の平日午後でやっているかどうか、わからなかったが、伊丹市立病院に行ってみると診察していて、若い女医さんに手術してもらった。


 自治会の役員になる(4月)
 
 別に、希望したわけではないけれど、順番なので、自治会の役員をすることになった。一応、役職は副会長、主に保健衛生関係、ということで、6月は町内の一斉大掃除をした。次は防火訓練。小さな町だけど、普段行かない通りも多く、ああこんな風になっていたのか、と発見もある。他の自治会との会議やなんかもいれると、多い月は7回も自治会の仕事がある。(盆踊りの練習も)



毎日文化センターで鳥井正晴先生の講座を聴く(4月8日)

 梅田の毎日文化センターで、鳥井正晴先生が夏目漱石の講座をやっておられるのは、以前から知っていたが、今期は『明暗』をやるというので、申し込みをした。毎月第2金曜の午後、一時間半の講義。『明暗』は一年、ひょっとすると一年半、かかるかもしれないとか。評釈中心で、いかにも、大学の先生の講義らしく、何か懐かしい気分になった。





カキナーレ塾読書会で『センセイの鞄』をやりました(3月20日)

 京都の深谷先生のお宅(カキナーレ庵)で読書会を始めて、もう4回目になります。
 
  2014年12月 津村記久子「ポトスライムの舟」
  2015年3月  村上春樹「バースディ・ガール」
  2015年10月 上橋菜穂子『精霊の守り人』
 
 そして今回は、川上弘美の『センセイの鞄』でした。参加者は11名、80代から20代まで、いろんな経歴。今回は意見も活発に出て、介護や墓の話にも脱線したり、とても盛り上がりました。


 『 マッド・マックス 怒りのデスロード』が予想以上に良かった
 
 最近は激しいアクションとか音響ガンガンとか、刺激の強いのは敬遠しているのだが、『 マッド・マックス 怒りのデスロード』の評判がいいので、ツタヤでDVDを借りて観てみた。刺激は強かったけど、これは映画として素晴らしかった、凄かった。なにより、妊婦たちを守って戦う女戦士が抜群。主人公のマックスよりも僕はこの女戦士の方に感心した。やっばり先入観を持たずに、他人の評価も参考にして、見るべきだと反省。



中島みゆきの映画『夜会 橋の下のアルカディア』を観てきました(2月25日)

 「MOVIXあまがさき」まで出かけて、『夜会 橋の下のアルカディア』を観てきました。映画の冒頭、最初の音が鳴った瞬間に感動してしまった。数小節だけ聞き覚えのあるメロディが流れた。映画の最後にはその曲が全曲歌われた。「インディアン・グース」だ。もうそれだけで観に行った価値があった。そうだよねえ、これだよね、という感じ。人柱にされ、生贄にされ、犠牲者にされてきた人々、その生まれ変わりの者たちが、最後に脱走兵の操縦する戦闘機で逃げるために飛び立とうとする場面でこの曲がかかる。もちろん時間も空間も物語の辻褄もあわないのだけど、感動した。東日本大震災、福島原発事故の犠牲者たちとこの曲が重なって聞こえてきたようだった。
 共演者の中で、中村中が抜群に良かったので、今CDを繰り返し聞いている。トランスジェンダーの歌手で、戸籍上は男だけど、全く中島みゆきの歌の世界と同質の歌い方で、オリジナルの歌もめちゃめちゃ良かった。ファンになりました。


 中島みゆきのコンサートに行ってきました(1月7日)

 3年ぶりに中島みゆきのコンサートに行きました。妻も楽しみにしていたのですが、前日に38、7度も熱を出し、会社を早退したほどですから、「来てはいかん」と命じ、京都の息子に連絡し、父子二人で出かけました。
 観客の平均年齢はもちろん高いけれど、若い人も目について、どうも親子連れらしき人々が結構いた。第一部「スィート」は恋歌が中心だったかな、第二部「ビター」が力のこもったもので、現代の政治風潮に抗する姿勢が感じられた。

たとえば、「阿檀の木の下で 」の時は、飛行機の爆音、機関銃の音をかぶせていた。

波のかなたから流れて来るのは/私の知らない貝殻ばかり/波のかなたから流れて来るのは/私の知らない寿歌(ほぎうた)ばかり/遠い昔のあの日から この島に人はいない/みんなみんな阿檀の木になった

波のかなたから流れて来るのは/私の知らない国歌ばかり/遠い昔にこの島は戦軍(いくさ)に負けて貢がれた/だれもだれも知らない日に決まった/波のかなたから流れて来るのは/私の知らない決めごとばかり/陽は焼きつける 阿檀は生きる/大地を抱いて阿檀は生きる/山の形は雨風まかせ/島の行方は波風まかせ/遠い昔にこの島は 戦軍(いくさ)に負けて貢がれた/だれもだれも知らない日に決まった/だれも知らない木の根の下は/主(ぬし)の見捨てた貝殻ばかり

 新しいアルバムの曲「WHY & NO」は、コンサートで聴くと、とても印象深かった。

何か変だと第六感が今うしろ髪引っ張った
だけど訊いたら気まずいようで ここで訊いたら間(ま)が悪いようで
何か変だと寒気(さむけ)のように今いやな感じがした
だけど訊いたら機嫌損(そこ)ねそう ここで訊いたらアタマ悪そうで
根拠もないし 証拠もないし 理屈では敵(かな)わない
でもだいたいそういうのが当たりなんだよね
訊くべきだったね「なんでさ」ってね
間に合わせの納得で黙り込まないで
もしかしたら世の中はそういうものかもしれないなんて
“そういうもの”なんて あるもんか
訊けばいいじゃんいいじゃん「なんでさ」ってね
訊けばいいじゃんいいじゃん「Why & No & No」

どこか痛いと心の鱗(うろこ) 無理に剥(は)がれる音がした
だけど異論は無礼なようで 進めなければ時間ないようで
どこか痛いと匂いのように疑わしさがそそけ立つ
だけど異論は間違いなようで 進めなければ仕方ないようで
いつもそうだ繰り返しだ その弱味知られてる
甘いもんだと ちょろいもんだと エサになっている
言うべきだったね「ことわる」ってね
その場しのぎのお愛想は もうたくさんだ
もしかしたら世の中が正しいものかもしれないなんて
“正しい他人”なんて あるもんか
言えばいいじゃんいいじゃん「ことわる」ってね
言えばいいじゃんいいじゃん「Why & No & No」
手抜きせんで言えばいいじゃん 「Why & No」


 中島みゆきの歌は、小さな状況の歌のように見えて、同時に大きな状況を歌った歌のように、聞き取れる。僕は家で聴いていた時は、小状況の歌として聞いていたが、コンサートで、中島みゆきが並べている曲の文脈を見れば、間違いなく大状況に対する歌に他ならなかった。


2015年

ブリコラージュ通信№7 製本に回しました(12月17日)

 8月からとりかかっていた個人誌のブリコラージュ通信の№7の原稿がやっと出来上がった。10月発行予定と№6のあとがきに書いたのに、なかなか出来ずにあせっていた。このままでは今年中には無理かも、と弱気になったりもしたが、最終段階で急に視界が開けて、ぐんぐんスピードがあがった。
 「丸谷才一『笹まくら』を読む」は、90ページを超える大作になった。

 京都の「ちょ古っ都製本工房」に製本を頼み、紙原稿も送付したので、もう一安心。今混んでいるようで、年末年始のお休みもあり、結局冊子が手元に届くのは年明けの7日ぐらいになりそう。でも、もうあせることもないので、年末は推理小説を読むぞ。綾辻行人、島田荘司、米沢穂信、などをブックオフで購入した。



高橋源一郎の講演会に行ってきました(12月13日)

 宝塚市立図書館・第5回読書講演会がベガホールでありました。今年は高橋源一郎の「「いつだって、本はぼくの味方だった」という題の講演でした。招待状を戴いてでかけてきました。350人定員のホールが満員の大盛況。話も面白かったです。高橋源一郎の講演は、『夏の文学教室』で何度も聞いているので、楽しいのは知っていたけど、今回は相当自分の私的な話、天才中学生の友人の話や、教えている大学の学生の話(ドストエフスキーの『白痴』を読ませたら、結構面白がったとか)などが聞けて楽しかった。

 午前中は、息子の婚約者が家に挨拶にきて、これはこれで楽しいひとときでした。妻は自分の結婚式の写真や息子が生まれた時の写真を持ち出して、ちょっとハイになっていました。

 ブリコラージュ通信№7はようやく仕上がりが見通せるようになった。『笹まくら』を読むの、全体構想を改めて建て直したのがよかったのだと思う。でも細部の手直しや、あとがきや表紙、目次など、もう少しかかるかな。年内発送はあきらめて1月発送にしようと思う。予定は大幅に遅れるけど、仕方ないか。年4回発行というのが無茶だったのかも。



 日本児童文学学会に行ってきました(11月8日)
 
 ここ二、三日ちょっと体調がよくなかったのだけど、せっかく近くでやるのだからと、大阪教育大学まで車ででかけました。走ったことのない西阪奈道というのを通って、柏原インターを下りたまでは良かったけれど、そこから迷ってしまった。ナビなんてつけてないから、なんとなくの勘で走るので、初めての場所ではしばしばこうなる。
 大阪教育大は学生の頃(つまり四十年ほど昔)、天王寺校に行ったことがあった。新しい柏原キャンパスは山の上。こんな急な坂を毎日登っていたら。さぞ健脚になるだろう、というくらいの所だった。

 豊川紗衣子さんの「夏の朝」の発表を聞いてちょっと話した。梅花の岸本さんともちょっと話した。二人とも梨木香歩を研究している。

 11月11日(水)には、つかしんカルチャーで向田邦子の「かわうそ」の話をする。これが終われば、大急ぎでブリコラージュ通信№7の仕上げをやるつもり。めちゃくちゃ遅れてしまった。この1カ月は忙しすぎた。ふう。

宝塚中央図書館で講演をしました(11月1日、7日)

 「市民のための現代文学講座」として
 11月1日(日) 川上弘美の世界ー「神様」『神様2011』と『センセイの鞄』を中心にー
 11月7日(土) 村上春樹の世界ー「バースディ・ガール」と二つの短編集を中心にー

と二日間講演をしました。パワーポイントで使うスライドを用意したり、結構準備に時間がかかりましたが、これを終えて秋の仕事はほぼ終了です。

村上春樹の二つの短編集、『神のこどもたちはみな踊る』と『東京奇譚集』については、これから原稿にしようかなと考えています。

 7日の講演のあと、卒業生の平山さんが顔を見せてくれたので、図書館前のベンチで、小一時間ほど話しました。



 モアいずみで講演をしました(10月20日)
 
 和泉市の男女共同参画センターで、「絵本をよむ」という話をしました。パソコンと、絵本を一杯、持っていくので、車で行きました。ナビなんかついていないので、ちゃんと行きつけるか心配でしたが、下調べをして、頑張って運転。無事に到着。参加者は20人ほどでしたが、みなさん喜んでくれました。並べておいた絵本も手に取って見てくださっていて、運んだ甲斐があったというものです。この日のために、デジカメで500枚以上写真をとって、スライドを作りました。
 来週は上橋菜穂子の話をします。これはレジメも、パワーポイト用のファイルももう出来ているので安心。

 11月1日(日)、7日(土)に、宝塚中央図書館で、川上弘美、村上春樹の話をします。これから大急ぎで、その準備をしなければなりません。



京都のカキナーレ塾で読書会(10月18日)

 上橋菜穂子の『精霊の守り人』の読書会をしました。寺井先生がシリーズ第6巻まで読んできていて、びっくり。すっかりはまったそうで、午前2時頃まで読んでいたとか。面白いと熱く語ってくれました。


 西宮東高校の木曜講座を聴きに行きました(10月15日)

 たつみ都志さんが『谷崎が愛した女たち』という題で講演をすると知って、出掛けてゆきました。道に迷って、30分ほど遅れ、なんとかたどり着きました。話は作品論ではないので、その点では物足りなかったけど、伝記的な話は上手に話されていて、聴衆を飽きさせない話術でした。、


 ブリコラージュ通信№7、製作中。(10月6日)
 
 京都の大石先生から、《晩年の様式》という資料をいただいて、刺激をうけて、通信の7号に「授業つくるー定時高校編ー」を書くことにした。これまでにも似たような原稿を準備はしていたのだが、方針が定まらず、原稿が宙に浮いていた。教材の原文をそのまま引用するという形で書き始めて、今ざっと43ページ分できた。最後まで書くと百ページほどになりそうなので、前篇ということで収めておかないと、特大号になりそうだ。
主原稿の《「笹まくら」を読む》は、四十ページ分ほどできたけど、まだ三分の一くらいかな。とにかく書き始めれば、どんどん書けるので、そんなには遅れないはずだが、発行が十一月にずれ込むかも。でも頑張る。



「首相官邸の前で」を観てきました(10月6日)

 新聞に紹介されていたので、どこかでやってないかとインターネットで探してみると、十三のセブンシアターで上映しているとわかった。それで、出掛けて行った。この劇場は行ったことなかったけど、第七芸術劇場と同じビルの五階にあったので、すぐに行き着いた。上映時間まで1時間以上あった。入場順は一番。どこでも席は選び放題やんか。いったん外に出て、あたりを散歩。夕食をとるのはもう少しあとにしようと思って、商店街の本屋さんに入った。これが小さいけれど、なかなかいい店だった。そこで『民主主義ってなんだ?』(高橋源一郎×シールズ)、『天頂より少し下って』川上弘美、『隣りの女』向田邦子、を買う。うどんが食いたいなあと探したが、いい店がなくて、結局十三駅前まで戻って、立ち食いで済ませた。客が入ってない。おじいさんはちょっと咳き込んでいた。急いで、セブンシアターまで向かう。
 『首相官邸の前で』は、素晴らしかった。2012年に二十万人の反原発デモがあったこと自体、あまり印象になかった。一つにはメディアがこれをほとんど報道しなかったからだ。社会学者の小熊英二が、多くの人から映像の提供を受けて作ったこの、反原発運動の記録ドキュメンタリーは、いろいろな点で特筆すべきだった。あらためて詳しく論じたいが、インターネットやブログの力を最大限に活用した、その作り方も面白かったが、何よりも監督小熊英二の演出力・構成力・編集力に感心した。モンタージュがきちんとできていて、飽きることなくおもしろく、見ることができたし、次第次第に運動に関わって来た人々の姿が語る中で変化してくるのには感動した。観てよかった。これがシールズの動きともクロスすることが、『民主主義ってなんだ?』を読んで少しわかった。
 観客は四人だったけど、この映画が、反原発デモの記録として、長期間見られ続けて行くことを、願っている。
 個人的には八月の国会前デモに参加した時の感覚が蘇ったようだった。


 NHKのニュース報道にあきれた(9月14日)

 まあ、最近のNHKの報道が明らかに政府・自民党よりであることは気付いていたけれど、今朝の7時のニュースを見てあきれかえった。鬼怒川氾濫のその後のニュースはともかく、安保法案関連のデモに関するニュースで、まず東京で賛成の市民集会が200人規模であった、と報じ、次に札幌で反対の市民集会が400人規模であった、と報じて、それで終わり。唖然とした。いかにも公平を装いながら、市民の動きを200人、400人といった程度の「小さな動き」のように見せかける。昨日の大阪の「戦争法案に反対する関西大行動」を何故報道しないんだ。2万人いたかどうかは知らないけれど、靫公園のグランドを埋め尽くすほどの人は集まっていたぞ。東京で賛成の200人集会を取り上げること自体は否定しないが、反対の集会を札幌の400人だけで代表させる(そして大阪や広島の集会を報じない)というのは全く「報道の詐欺」じゃないか。安保法案賛成の産経新聞や読売新聞ならともかくも、公平中立をうたっているNHKが、ここまで露骨に安保法案反対のデモを小さくみせようとするなんて。NHKの報道が権力におもねり、萎縮してしまっているというしかないな。



戦争法案に反対する関西大行動に参加してきました(9月13日)

 たまたま昨日の新聞で見かけたので、大阪の靫公園まで行ってきました。2万人集会ということで、実数はわかりませんが公園の会場は人で一杯でした。学生が中心になって運営していて、自分の言葉で語っているのが印象的でした。政治学者の山口二郎氏も挨拶されてました。4時10分開始で集会が始まり、5時頃から御堂筋をデモしたのですが、解散場所についたのは7時10分過ぎで、2時間ぐらいデモをしたことになります。さすがにちょっと疲れました。6台のサウンドカーの後ろに分れてデモするということで、どこについて行くか迷ったけれど、「ティーンズ・ソウル・カンサイ」という高校生中心のグループに混ぜてもらいました。デモをしながら、音楽を交えてラップ調でシュプレヒコールするところとか、高校生たちが自分の意見を言うというのが、昔の学生運動のシュプレヒコールやアジティションとは違って、新鮮な感じがしました。若い子が「私1週間前まで首相の名前知らなかったんです」などと自分たちの言葉でしゃべっているのを見ると、デモに参加してよかったと思いました。元気になりました。中学生も発言していました。岡山から参加したという高校生もいました。車椅子の人、子連れの人、着物で参加している人、いろんな人がいて、一色ではない、市民のデモの空気を感じました。
 テレビ朝日の報道ステーションの小川彩佳アナが会場に取材にきていたのを見かけた。目鼻立ちのしっかりしたきれいな人だった。




8月30日のデモに行ってきました(9月3日)

 娘の連れ合いが10日間ほど、海外に出張なので、家事手伝いのために久しぶりに横浜に6泊7日で行ってきました。

 ちょうどその期間中に安保法制反対の10万人デモがあるとネットで知って、こんな機会はなかなかないと思って、国会議事堂前まで、行ってきました。
 ところが地下鉄の改札口は大混雑でなかなか人が動かない。これではらちがあかんな、と一駅先の赤坂まで地下鉄で移動。でも駅を出たら、どっちの方角に議事堂があるのかわからず、迷子になりかけました。
 そんなこんなで議事堂の近くまで行ったのですが、人、人、人で全然前に進めません。仕方がないので、他の人たちと並んで、道端に立って集会参加。スピーカーが何カ所も設置してあるので、坂本龍一さんの挨拶や森村誠一さんの挨拶も聞けました。
 娘の家に帰って、夜テレビで、初めて国会議事堂前の様子がわかりました。
 翌日の新聞の扱いの違いに呆れました。まあマスコミの対応が社によって違うことは知っていましたけどね。
 集会の参加人数が主催者発表で12万人、警察発表で3万人というのも、昔からそうだったよな。でも実感として、動員されたのではなく、個人の意志で参加した女の人、若い人が、多いように感じました。僕も個人の意志で参加しました。



四国に行ってきました(8月16、17日)

 田舎の叔母さんの連れ合いが亡くなったので、葬儀に参列するために、愛媛に行ってきました。大洲市で葬儀をするということなので、田舎には寄らず、松山で前泊し、翌朝直接大洲に向かいました。骨あげまですませて、その日のうちに伊丹まで帰りました。
 四月、叔父の葬儀の際には、母(車椅子)と叔母を連れて二往復して疲れたのですが、今回は一人旅で、レンタカーを借りることもなく、新幹線・電車での移動なので、比較的疲労度は軽かったです。でも大洲~伊丹、約六時間、ほとんど坐りづめで腰が痛くなりました。


広島に行ってきました(8月8日)

 広島で開催された文芸研の第50回大会に参加してきました。西郷竹彦さんは今年95歳、さすがに老いは隠せなかったけれど、ちゃんと1時間足らずの講演をされて、あとのシンポジウムでも発言されていて、感慨深いものがあった。
 僕は二十歳の頃に、明石の小さなサークルの集まりで、文芸学の手ほどきをうけて、眼からうろこが落ちた思いがした。大学で自主講演会にお招きして、40編ほどの現代詩の講義をしていただいたことがある。数年前、神戸で文芸研の全国大会があった時にもお元気だった。(この時の記念講演は井上ひさしさんだった)
 文芸研は1985年の広島大会では2000人を超える参加者だったとか。今年は、ざっと見て300人ほどか。それでも若い人の参加が目立った。
 記念講演は、小出裕章氏(原子力研究者)と長谷川義史氏(絵本作家)の2本立て。シンポジウムもあって、盛り沢山な一日だった。


 京都に行ってきました(8月2日)
 
 日本作文の会全国大会が京都の龍谷大学で開催されました。東京の中井浩一さんや古宇田栄子が中学・高校部会を担当されているので、久しぶりにお眼にかかりに、出かけました。でも京都は猛暑で、暑い、暑い。レポート4本のうち2本は大学での作文教育についてのもので、あまり聞く機会がなかったので、面白かったです。



 東京に行ってきました(7月23~25日)

 日本近代文学館主催の「夏の文学教室」に参加するため、東京に行って来ました。東京も猛暑で、街を歩いて汗びっしょり。体調を崩し、夜に病院へ行って看てもらいました。それで予定を1日早めて、横浜にいる娘の所にちょっとだけ寄って帰って来ました。
 文学教室では、黒川創、堀江敏幸、町田康、山崎佳代子、川本三郎、荒川洋治の話を聴きました。今年のテーマが《「歴史」を描く、「歴史」を語る》だったので、戦争の話が多かったのですが、特にベオグラード在住の詩人・翻訳家である山崎佳代子さんの話と、終戦前後の永井荷風について語った川本三郎さんの話が面白かったです。



個人誌の製本を頼みました(7月9日)

 いやあ、出来た、出来た。「Bricolage(ブリコラージュ)通信」№6原稿完成。本文126ページ、よく頑張りました。今日、京都の「ちょこっと製本工房」に紙原稿を送ったので。来週の末頃には僕の手元に冊子が届くはずです。

 6月末発行の予定でしたが、ちょっと富山へ旅に出たりして、少し完成が遅れましたが、いやあ、富山は良かった。詳しくは「小さな旅の報告」に書きました。これが通信の最後の記事になりました。(これでページの調整ができたのです)。



枚方へ遠足に(5月30日)

 舞子高校の頃の元同僚、藤原洋次郎さんの個展が明日までなので、京阪電車に揺られて枚方公園駅に行きました。阪急塚口から梅田、淀屋橋経由で一時間ほどで着きました。小さな画廊で、お客さんもいなくて、ゆっくり絵を見ました。
 
 枚方は江戸時代、宿場町だったようです。画廊の近くに鍵屋資料館というのがあったので、ふらっと、入ってみました。かつて船宿であった屋敷を解体・再建した歴史資料館でした。ここもお客さんは誰もいなくてゆっくりと見て回ることができました。落語の「三十石」は淀川を下る船旅の話ですが、その中に「くらわんか舟」という食べ物を売りに来る舟が出てきます。この鍵屋資料館に、その「くらわんか舟」の展示があり、あああの落語の舞台はここだったのか、と思いがけない発見でした。そのほかにも、室町時代から江戸時代、長崎から江戸まで象が運ばれた話は、なんとなく知っていましたが、それが七度あったとか、その象行列の注意(馬の渡れる浅瀬なら象も渡れるけど……)とか、展示を見て回るとなかなか面白かったです。

 お昼は、近くの町家を改造したカフェでヘルシーな豆腐ハンバーグ定食を食べました。

 かつての街道沿いに、枚方市駅まで散策すると、古い屋敷があったり、行列のできているかき氷屋さんがあったり、淀川河川公園は広々としていて高校生たちが文化祭かなにかの練習(ダンス)をしていたり、……暑かったので、駅前のマグドナルドでソフトクリームを食べ、本屋で「富山」の旅行案内を買って……気ままで楽しい遠足でした。

 何の予備知識や目的もなく、時間に縛られず、町歩きするのもいいものだなあと思いました。ひらかたパークは線路の向こうなので行きませんでしたが、帰りの車窓から見る限り、ここもお客さんがいませんでした。




新しい個人誌を発行します(5月23日)

 少し前から、自分の考えていることをまとめるために、個人誌を出そうかと思っていました。で、やることに決めて、今原稿をせっせと整理している所です。1999年から2006年まで出していた「ブリコラージュ通信」を10年ぶりに復刊させて、「Bricolage(ブリコラージュ)通信」とします。

 一応、柱になる原稿、「市民のための現代文学講座」の十作品のラインナップも組みました。

⑴谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』        

⑵丸谷才一 『笹まくら』          

⑶大江健三郎『万延元年のフットボール』   

⑷開高健  『夏の闇』           

⑸中上健次 『枯木灘』           

⑹金井美恵子『文章教室』          

⑺田辺聖子 『花衣ぬぐやまつわる』     

⑻川上弘美 『センセイの鞄』        

⑼水村美苗 『本格小説』             

⑽津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』 

 

 この順番で10本の原稿を書きます。ベースになるのはNHK文化センターなどでやってきた文学講座です。講演口調で改めて書き直すつもりなので、結構な分量になるはず。2015年6月末から刊行を開始、3か月おきに出して、2018年3月完成予定。

 で今せっせと仕事を始めています。というわけで、「読書のトレッキング」は休載します。これまでの分は吸収して全く新しい文章にするつもりです。

☆購読希望者はメール等で申し込んでください。購読料・送料とも無料です。連絡先のメールアドレス1952@kd6.so-net.ne.jpです。


 「上橋菜穂子の世界」の講演をしました。(5月22日)

 兵庫県私立学校図書館協議会の研修会で、「上橋菜穂子の世界」の話をしました。総会が早く終わったので、予定より45分も早く始めて、予定どおり終えました。途中休憩も含めて2時間45分。話に熱が入ったのか、全身汗びっしょり。それでもいっぱい言い落したなあ、と思います。

 去年の9月、20年ほど前に猪名川高校で同僚だった森田くんから講演依頼の連絡がありました。11月には宝塚図書館で同じテーマの話をしたので、レジメもポワーポイントのファイルもDVDも出来ている。あわてることはないと、のんびり構えていました。GW明けに、元のレジメを3分の2に縮め、削った部分を集めて自分用の補助資料を作り、これでよし。
 
 当日、さあ出かけようという時に、講演用資料DVDがないのに気が付いた。2日前確認のために見直したから、部屋のどこかにあるのは間違いない。机のまわりを何度もひっくりかえし、あるはずのない棚の辺りも念のために調べたけど、どうしても見つからない。もう上橋菜穂子のコメントやアニメの一部紹介はカットしようか、とも思ったが、家を出るのにまだ30分は余裕があるので、思い切ってDVDを作り直そうと決めた。元のビデオを早送りで見直して、ダビング開始のポイントも見つけて、空のディスクはこれを使って、ケースはどれを使おうかと、部屋の端の棚に視線をやった時、眼の端に何かうつるものが……あった!!なんだここにあったのか。

 教訓   「机のまわりはきちんと整理整頓」、
あるいは 「あるはずのものがないということはない。出てくるまであわてずに待て」、
はたまた 「準備はしすぎると、それだけトラブルが起こるものだ」




 叔父の葬儀で愛媛へ。マルキーズ編集部との再会。(4月19日~24日)

 田舎の叔父さんが亡くなったので、九年ぶりに愛媛に帰って来ました。母と叔母を連れて、新幹線、特急、レンタカーで、伊方原発のすぐそばの長浜町出海まで。しばらく田舎にいるという母と叔母を残して、一旦伊丹に戻り、日を置かずにもう一度愛媛まで。二往復はくたびれました。

 松山で、「マルキーズ」編集部の高松さん、仙波さん、栗原さんと会いました。もう十年以上前、愛媛大学の先生や現場の教師向けに「国語表現」の話をしたことがあります。それを準備してくれたのが、高松さんや仙波さんでした。「マルキーズ」のスタッフが伊丹まで来てくれたり、僕が松山まで行ったりして、雑誌編集や文章の書き方について話をしたりたこともあります。
 今回、急に愛媛に帰ることになり、連絡をとりあって、再開が実現。夜の九時から十二時まで、喫茶店で熱く語りあいました。地域に根ざした雑誌「マルキーズ」は途中休止もあったそうですが再開し、60号になっていました。久しぶりに会えて、とても嬉しかったです。



 ゴローちゃんと会う(4月7日)

 NHK文化センター西宮ガーデンズ教室の最終日、事務室から、「福島先生から連絡が入っています」と伝言が。福島くんがこの教室でデジタル写真のことを教えていることは以前聞いていて、いつか会えるかなと思っていたのです。伝言は「最終回に行きたかったのですが、仕事の都合で行けなくなり残念です」、とのこと。折角だからと、福島くんに連絡して、「ラ・マンチャ」でランチしました。(この店へ行くのは、実は2週間で3回目。)

 ゴローちゃんは3年生の時の委員長で、僕の「ことばさがしの旅」の出版記念会の司会をあおちゃんと二人でやってくれました。フイルムの現像の会社に勤めていてたけれど、数年前にフリーランスになったそうです。キトラ古墳や日光東照宮、京都のお寺の重要文化財の撮影、データ処理など、貴重な仕事の話をいっぱい聞きました。ああ、現役時代なら、絶対ゴローちゃんを教室に招いて、仕事の話をしてもらうのになあ、と思いました。



会食後、背割堤へお花見に行きました(4月4日)


 お昼は、塚口のスペイン料理店「ラ・マンチャ」で、国語科の元同僚の川口さんと元教育実習生(僕の担当ではなかったけど)衣川さんとランチを食べました。二人とも最初に出会ったのは約30年前。こんな形で3人で食事するのは初めて。ちょっとだけ、「教育実践の形見分け」をしておきました。
 

 そのあと、妻と二人で八幡市の背割堤に行ってきました。2013年に一人で行って、あまりの素晴らしさに驚きました。今までで一番の桜でした。1.2キロも続く桜並木は、もう圧巻。
 
 今年は天候と桜の開花時期がうまくあわないので、無理かなと諦めていたら、4日はなんとか天気がもちそうなので、出かけることにしました。塚口から八幡市までは阪急、地下鉄、京阪と乗り継いでも70分ほどで、結構近いです。堤の上の桜並木のトンネルはどこまでも続くようで、左右に見える木津川、淀川の風景が全く違い、なんともいえぬ味わいがありました。

 


チューリッヒ美術館展に行ってきました(4月2日)

 神戸市立博物館で開かれている「チューリッヒ美術館展」に行ってきました。すごく贅沢な展覧会で、ピカソ、シャガール、モネ、ゴッホ、……、見ごたえのある作品ばかりでした。個人的には、シャガールが素晴らしかった。こんなに好きになるとは、自分でも予想してなかった。印刷されたものと実物では全然印象が違う。
 

 NHK文化センター西宮ガーデンズ教室の講座が終了しました(3月19日)

 二年半続けて来たNHK文化センターの「小説を読む」という講座が終了しました。受講生が少なくなったのが理由ですけれど、僕の方も、どんな作品をとりあげるか、悩んでいた所なので、ちょうど一つの区切りかなと思います。特にこの半年は、川端康成「眠れる美女」、谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」、三島由紀夫「金閣寺」、安部公房「砂の女」、大江健三郎「万延元年のフットボール」、中上健次「枯木灘」とやってきたので、結構ハードでとても疲れました。でも自分としては充実感はありました。このまま続けると、野間宏「青年の環」とか大西巨人「神聖喜劇」とか大岡昇平「レイテ戦記」とかをやりたくなりそうでした。、いくらなんでもそれでは受講生は一人もいなくなるだろうと思います。まあ潮時かな。つかしんカルチャーは短編中心でまだ続きます。



宇治、京都、二日連続で遠出(3月14日、15日)

 14日(土)は、「キッズいわき ぱふ」に行き、岩城敏之さんに会ってきました。高山先生の講演ビデオを60数本頂いたお礼をいいと、その講演会場になったお店のホールを実際に見てみたいと思ったのです。お昼をご馳走になり、二人であれこれ高山先生の話をしました。
 そのあと、せっかく宇治まできたのだからと、平等院と興聖寺を拝観、すっかり遠足気分に浸りました。
 翌15日(日)は、カキナーレ塾の読書会(村上春樹「バースディ・ガール」)で京都の深谷先生のお宅まで行きました。去年の3月から、授業実践の「形見分け」を2回、読書会を2回と、4回もカキナーレ塾で話をしたことになります。



映画『幕が上がる』を観てきました(3月12日)

 図書館でキネマ旬報を借りてきたら、ももいろクローバーZ主演の映画『幕が上がる』の特集記事があった。その中に、劇作家平田オリザのインタビューがあり、この映画はひょっとしたら、面白いのではないか、と思った。今日は、兵庫県の公立高校の入試日なので、学校が休みの高校生が一杯いるのではないかという予想ははずれ、観客は5人だけ。ももクロは人気ないのか?

 映画は、個人的には絶賛。高校国語教師必見、演劇部顧問(特にかつての僕のように、舞台経験のない名前だけの顧問)必見。黒木華ファン必見。ええっと、それから、それから、もちろん映画好き必見。宮沢賢治が好きな人にはお勧め。青春映画好きな人にもお勧め。

 ももいろクローバーZって、全くその辺の高校生と変わらない、普通の子だった。おじさんは、そういう意味では全然惹きつけられなかった。かつてのアイドル映画は、薬師丸ひろ子や原田知世や冨田靖子がスクリーンに映っているだけで、魅力的だったが、この『幕が上がる』はそんな映画ではなかった。

 原作の平田オリザの力か、監督の本広克行の力か、映画の魅力満載だった。こういう映画が観たかったんだよね。



川西高校宝塚良元校に行ってきました(3月10日)

 定年まで勤めていた川西高校宝塚良元校が、この三月で閉校になります。3月8日(日)に、本校の川西高校で、「川西高校・川西高校宝塚良元校の卒業式・閉校式」がありました。県の統廃合計画が着々と進行して、県の予定通り閉校になったことは、かえすがえすも残念です。宝塚良元校は、1クラス規模の小さな夜間定時制で、阪急小林駅から歩いて10分足らずの交通の便のいい場所にありました。僕はここで10年勤めたことをとても大切に思っています。
 僕の資料ファイルが残っているからと告げられて、確かめるために、久しぶりに学校へ行ってきました。結果的にそれは僕のものではなかったのですが、図書室の本がすべてダンボール箱に詰められているのを目にして、感慨がありました。尼崎南高校(かつての良元の本校)が廃校になった時、図書室の本を全部貰ってきたのです。当時の職員が総出で運び、ひと夏かけて整理したことを思い出しました。毎年、宝塚中央図書館で廃棄される本を貰って来たりもしたなあ。


「ハムレット」を観てきました(2月25日)

 蜷川幸雄演出、藤原竜也主演の「ハムレット」を観てきました。チケット発売から日がたっていたので、もう無理だろうとあきらめていたら、新聞に追加公演の広告が出たので、すぐに申し込んだ。前から11列の真ん中というすごくいい席でびっくり。
 蜷川演出は、けれん味たっぷりで、19世紀末の日本の長屋を舞台セットにし、能や歌舞伎のテイストを加え、巨大な雛壇をしつらえたりと、もう満腹ですという感じだった。最後四分の一ほどは、スピーカーの雑音が耳ざわりだった。昼夜二回公演だったせいか、声が十分に出ていない役者もいたように思う。
 まあ、あの長い「ハムレット」をわかりやすく見せてくれたのは良かったし、満島ひかりのオフェーリアが見れて満足。家に帰ったら、たまたまNHKBSで満島ひかりのドキュメタリーをやっていて、ついさっき見たばかりの舞台の練習風景が!こんな偶然もあるんだなあ、と思いました。




 大江健三郎からうさこちゃんまで、 ハードな一日でした(2月19日)

 今日は午前が西宮、午後が京都というハードな一日でした。先週ちょっと体調不良が続き、ダブルヘッターをやりきれるか不安でしたが、何とかクリア。

 午前中はNHK文化センターで、大江健三郎の『万延元年のフットボール』について話しました。40年前からこの作品を論じることが自分の課題だったので、今回思い切って取り上げたのですが、やはり一回で論じきれるような作品ではありませんでした。六回ぐらい必要かな。一カ月で三回読みなおしたけど、まだ自分でもすっきり整理しきれない所もあり、「この項続く」ですね。

 午後は、若いお坊さんに「人をひきつける話し方、書き方」というテーマで話しました。大学時代、一緒に文学教育研究会をやっていた福井の加藤さんから、「法話」のための研修として、こんなテーマで話をして欲しいと依頼があったのが、去年十二月。加藤さんの頼みならと何も考えずにひきうけたのですが……話したことのないテーマで、聞き手が若いお坊さん(いまだかつてお坊さん相手に話したことはないし)、何を話そうかと、あれこれ迷いました。でも結局、自分の話せることを話すしかないなあと決めて、自分の経験からあれこれ引き出して話しました。「うさこちゃん」の絵本や、現代詩の紹介(ぺんぎんの子が生まれた、ブラザー軒、居酒屋にて、父の死、など)もしました。意外と、これがうけました。終ってから、詩の紹介がありがたかったと言ってくれた若い人がいて、よかったよかった、とほっと胸をなでおろしました。
 「正しい教えの白蓮」(サンスクリット語からの現代語訳、一応全部読んだぜ)、「寂聴あおぞら説法」(これは三冊読んだぜ)、などこっそり自習(予習)もしたんだけど、まあ所詮は一夜漬けなので、講義では触れませんでした。

 ふうっ、一月、二月は良く勉強したなあ。


 今宮戎に行ってきました(1月11日)

 一年に一度の行事なので、今日を逃すと一年間待たねばならぬし、思い切って朝から今宮戎に行ってきました。いやあ、これが福娘かと感心。屋台も一杯出ていて、堪能しました。時代は妖怪ウォッチ、ピカチューはあまり見かけず、ジバニャンがいっぱいいました。
 小学生の頃は、兵庫区の柳原神社のえべっさんによく行っていました。そこでさざえのつぼ焼きも食べた思い出もあります。
 定時制に勤めていた時は西宮神社にも行きました。クラスの生徒がテキ屋の仕事を手伝っていました。人人人で、子どもたちとはぐれないか、心配していたのを思い出します。年中行事は、何年か経つと大切な記憶になるようです。

 柳田邦男さんの講演会に行ってきました(1月10日)

 宝塚市立図書館主催の柳田邦男さんの講演会に行ってきました。前半は柳田さんが出会った無名の人々の紹介、後半は絵本の読み聞かせの話でした。しっとり、しんみり、いい話でした。時間を30分くらい超過して喋ってくれました。


2014年

京都・カキナーレ塾で読書会をしました(12月21日)

 京都の深谷先生のお宅で、津村記久子「ポトスライムの舟」の読書会をしました。一方的にこちらから講義するのではなく、最初に感想を聞いて議論してという本来の読書会のかたちが成立して、白熱した話し合いになり、面白かったです。30代から70代までの男女10人でした。3時間があっというまでした。用意したレジメとメモはこちら。
 そのあとは、忘年会でした。。


清水真砂子さんの講演を聞きました(12月13日)

 「ひょうご子ども読書活動推進フォーラム」が、三宮の神戸勤労会館で開催され、『ゲド戦記』の翻訳家でもある清水真砂子さんの基調講演があるというので、行くことにしました。「『ゲド戦記』から学ぶ 今、大切にしたいこと」という講演は、清水さんの人柄や考えが伝わるものでしたが、個人的にはもっと岩瀬成子のことを聞きたかったです。


谷崎潤一郎賞受賞記念講演会に行ってきました(11月26日)

 今年の谷崎賞は奥泉光の『東京自叙伝』。きっと講演会があるはずと思って、ネットで見ていたのだけど、気がついた時は直前だった。あわてて申し込みの往復ハガキを出したら、自宅に電話があったらしい。母親が言うに、来てもらって結構ですということのようだ。谷崎潤一郎記念館のHPをよく見ると、いろいろ要項が書いてあるページにポスターの写真があって、そこに11月10日締切とあった。そんなとこまで、見てなかったので、締切を過ぎてたのに申し込んだことになる。でもハガキは前日に届いたし、行ってみるとまだ空き席があったし、まあよかったとするか。
 奥泉光は初期の作品はよく読んでいたのだが、最近はご無沙汰していた。講演は悪くはなかったけど、ちょっと食い足りなかった。去年の川上未映子の方が講演としては面白かった。川上未映子の『きみは赤ちゃん』はおススメです。



 「さよなら原発1000人集会」に行ってきました。(11月24日)

 大江健三郎氏の講演があるということで、でかけてきました。
会場は満員で別会場でビデオを見る人もいたようです。
参加者は1450人にものぼったそうです。
2011年の3・11で、大きな国民的な流れは「反原発に傾いた」と思ったの、いつのまにか、原発再稼働容認の路が敷かれるようになった。
こんなことでいいわけはない。
僕の人生最後の関心は「原発廃止」です。



宝塚市立中央図書館で「市民のための文学講座」をやりました(11月1日、8日)

 今年で3度目になりますが、宝塚市立中央図書館で「市民のための文学講座」をやりました1日は「上橋菜穂子ー『精霊の守り人』を中心に」、8日は「水村美苗ー『嵐が丘』から『本格小説』へ」というテーマで話しました。1日は、きっと上橋菜穂子ファンの人だろうなという若い人も何人かいて、50名ほどの参加だったでした。8日は、参加者の平均年齢が少し上がった感じで、人数も半分くらいだったかな。
 両日ともパワーポイントを使い、「もう黒板にチョークの時代ではないなあ」、と自分でも思いました。久しぶりにボイスレコーダーで録音し、あとで少し聞いてみましたが、ああなんてへたなんだ、高山先生のように滑らかに話せてないなあ、と反省。

 和泉市、研究所、宝塚図書館と、この秋は、五回特別の講演をして、一年で一番忙しい時期でした。とにかくこれらをやり終えて、ほっと一息。


 田辺聖子について、話しました(10月21、25、28日)

 モアいずみ(和泉市男女共同参画センター)で、21、28日の2回、高山智津子・文学と絵本研究所で25日の1回、合計3回、田辺聖子について文学講座で話しました。中心は『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』だけど、今回はパワーポイントも使って田辺聖子の文学の世界全体の紹介もし、『道頓堀の雨に別れて以来なり』からいくつか川柳も紹介したりしました。
 25日には、舞子高校で一緒に働いていた藤原洋次郎さん(美術)も来てくれて、終了後の反省会(飲み会)は大いに盛り上がりました。


日本児童文学学会に行ってきました(10月18、19日)

 京都女子大で学会が開かれるので、プリンセス・ライン(姫バスっていうらしい)に乗って、行ってきました。学園祭が近いようで、その練習してる学生たちがいました。


神戸アートビレッジセンターへ行ってきました(9月29日)

 マルコ・ベロッキオ監督の『肉体の悪魔』を観るために神戸の新開地まで出かけていきました。少し時間があったので、昔住んでいた東出町のあたりを散策したり、新開地を下から上まで見て回ったりしました。半世紀という時間が経っているので、昔の賑わいはすっかり消え、町も街もさびれてしまったという感を強く持ちました。神戸アートビレッジセンターは、僕の父親がやっていた店(炭や薪や氷を売っていた)から、すぐの所にあります。もちろん僕が小学生の頃にはなかった建物です。『肉体の悪魔』はとても素晴らしく、わざわざ足を運んでよかったのですが、客は5人で、寂しさがひときわ身に染みました。



 梅田の丸善・ジュンク堂で10冊買いました(9月27日)
 
 久しぶりに大阪へ出てみると、欲しい本がいっぱい。買ったのは、上橋菜穂子『鹿の王』上下、上橋菜穂子『物語ること、生きること』、津村記久子『エブリシング・フロウ』、絲山秋子『離陸』、金井美恵子『お勝手太平記』、高村薫『四人組がいた。』、岩瀬成子『くもりときどきハレル』、川端康成『山の音』、日本児童文学9・10月号。買わなかったけど、梨木香歩、川上弘美の新刊もあったし、深作欣二のインタヴュー、『増村保造の世界』上、もあった。十月、十一月は、和泉市や宝塚図書館や研究所などの文学講座もあって結構忙しいのに、読みたい本が目白押し。



 九月はシネ・ヌーボオ通いの日々だった
 
 増村保造監督の特集が面白くて、シネ・ヌーヴォに五日も行った。三十本のうち『巨人と玩具』『偽大学生』『からっ風野郎』『大地の子守歌』『曽根崎心中』を観た。もっと観たかった。来年の二月に特集の第二弾をやるらしい。きっとまた通うことになるだろうなあ。



『巨人と玩具』を観ました(9月1日)

 8月の初めに、マルコ・ベロッキオ監督の映画を観に、シネ・ヌーヴォに行った時、いろいろ特集のチラシを貰ってきたのだけど、その中に「生誕90年 増村保造監督の世界」というのがありました。細かく見ていくと、開高健原作の『巨人と玩具』とか大江健三郎原作の『偽大学生』とか三島由紀夫主演の『からっ風野郎』とか、結構興味深い作品がラインナップされています。それで、まず『巨人と玩具』を観に出かけていきました。びっくり、びっくり、めっちゃ面白い!!原作よりもずっといい。1958年制作だけど、今見ても(今見るとという感じもあるが)新鮮な映画で、全然飽きなかった。野添ひとみがジャングルダンスを踊るシーンなんか最高だった(原作にはないんだけど)。伊藤雄之助のアクの強さもうまく活かされていて、小説のほんの脇役が、映画ではめちゃくちゃ魅力的だった。増村保造やるやんか。また行こう、何本観れるかな。


バルテュス展に行ってきました(8月28日)

 東京でやっていた時から、興味があったのだけど、京都でもやるというので、待っていました。暑い日はいやだなあ、雨の日はやめとこう、と思っているうちに展覧会も終わりそうなので、よし、と気合を入れて、京都市立美術館まででかけていきました。
 やっぱり、絵は実物を見ないとだめだなあと痛感。ポスターや写真やネットの画像と全然違う。絵柄では「地中海の猫」がいいなあと思っていたけれど、色合いが思い描いていたよりもずっと淡いものだった。個人的には「トランプ遊びをする人々」も好きです。ポスターでよく見かける「夢見るテレーズ」は実物が圧倒的に良かった。色や質感が見事でした。
 あと「嵐が丘」の挿絵も参考になりました。
 全体的には、バルテュスは「奇妙な不均衡さ」が魅力でした。



郡山先生を囲む会に行ってきました(8月23日)
 
 県立伊丹高校で一緒だった英語科の郡山敦子先生が、この春退職されました。その祝いの会をやりますので、とお誘いがあり、阪急ターミナルビル17階の会場へ。37回生は去年の正月に学年同窓会をしたので、1年半ぶりの顔も。郡山先生とは、かれこれ20年以上会ってなかったけれど、まったくあの頃のままで懐かしかったです。郡山先生の「きつい」言い方も、卒業生の話も面白くて、久しぶりによく笑いました。こんな風に再会できるのは幸せなことで、教職といういい仕事に就かせてもらったなあと思います。

 夜は、妻と二人で、伊丹の花火大会へ。伊丹へ引っ越してきて、もう25年になりますが、花火見物はこれが2度目。今日はパーティ+花火見物で合計3時間以上立ちっぱなしで、ちょっと脚にきました。



大阪健康福祉短期大学に行ってきました(8月22日)

 今週のはじめに1通のメールが届きました。大阪健康福祉短期大学の図書館から、高山先生の寄贈図書を整理しましたという連絡で、図書館に配架できないもので、書き込みなどのない本についてはリサイクルしたい、本に挟み込まれていた手紙や写真もあります。ということで、何はともあれ、堺まで出かけていきました。
 日和佐の高山先生のおうちには、書庫があり、智津子先生の本と藤三さんの本とが収められていました。「藤の木文庫」と名付けられていました。お二人が亡くなられて、この蔵書をどうするか、という問題が起こった時、とりあえず全部引き取ってくれたのが、大阪健康福祉短期大学でした。わざわざ日和佐までやってきて、トラックで運び出してくれたそうです。絵本などは現在図書館に配架されていますが、一般の単行本については、配架の予定なしということで、今回のリサイクル会になったようです。
 で、行ってみるとダンボール箱四〇箱、約二〇〇〇冊が並べられていました。その中に、僕の本(絶版)もありましたので、貰って帰りました。
 もう一度、出かけて、研究所の方で引き取れるものは、持って帰ろうと思っています。




『リオ・ブラボー』やら『子猫をお願い』やらビデオをいっぱい(8月13日)

 金井美恵子の世界にどっぷりつかってしまって、抜け出せそうにない。「読書のトレッキング」て゜『文章教室』のことを書いていて、このままでは原稿用紙百枚でも終わらないだろう。それにエッセイが面白くてとうとう『目白雑録』は五巻まで全部読んだ。
 で、金井美恵子、蓮實重彦、山田宏一らの映画に関するエッセイを読んでは、ビデオを借りに行く日々が続いている。
 
 ハワード・ホークスの西部劇『リオ・ブラボー』は名前だけは知っていたが、初めて観て、こんなに面白かったのかと、大感激。ジョン・ウェインがチャーミングなのも納得。マキノ雅弘は、これを任侠映画に転用したのかな。でも絶対『リオ・ブラボー』の方がいい、明るくて、笑いがいっぱい。

 チョン・ジェウン監督『子猫をお願い』に大感激。金井美恵子が、この映画の良さのわからぬ若い娘に苛立っていたが、絶対に金井美恵子が正しい。商業高校を卒業した五人の女の子を描いた韓国映画だが、これだけの高水準の青春映画は、邦画では久しく観たことがない。ペ・ドゥナは観たことあったけど、すっかりファンになりました。

 やっぱり、「先達はあらまほしきものなり」だよなあ。この人の誉めている映画なら、きっと面白いに違いないといえる、批評家を何人か知っておくことは大事だよね。今、シネコンにかかっている映画だけ観て、面白い映画が少ないなんて言っていたらダメだし、ミニシアター公開されている映画やビデオは数限りないのだから。



『グランド・ブタペスト・ホテル』を観ました(8月7日)

 川西図書館へ、ジョンバーニンガムの絵本を借りに行ったついでに、大江健三郎と岩城けい(『さよなら、オレンジ』の作者)の対談が載っているので『群像』を借りて帰った。ページをめくっていくと、蓮實重彦の映画時評があって、そこで『グランド・ブタペスト・ホテル』が紹介されていた。インターネットで予告編を見て、これは面白いに違いないと、翌日すぐに梅田テアトルに出かけていきました。
 始まってすぐに、これは傑作と確信、観ていて何度も声を出して笑いました。が、しかし、七割ほど入った客席からは、笑い声は聞こえてこず、僕だけが浮いた感じで、客の反応の鈍さに、おまえら笑えよ、とイラっときました。さすがに終わり近くなってくると、どうやらこれは笑っていい映画だと安心したのか、あちこちで小さな笑い声が聞こえてきましたが。
 そういえば、三十年以上前に、神戸でスピルバーグの『1941』を藤原洋次郎さんと観に行った時も、声をあげて笑っていたのは僕たち二人と、外国人の人たちだけだったなあ。日本人の観客はおとなしすぎる。
 面白かったので、もう一度観に行く予定です。

マルコ・ベロッキオを観ました(8月3日)

 イタリアの監督マルコ・ベロッキオの特集のことをインターネットで知り、予告編を見て、これはぜひ観てみたいと思いました。東京へ行くしかないかなと思っていたら、大阪のシネ・ヌーヴオ(九条)でも7月12日から、同じ特集(5本)をやっていました。でも僕が気がついたのが遅くて、もう二本しか見ることができません。まず8月1日に、デビュー作『ポケットの中の握り拳』(1965年製作)を。予想にたがわぬ素晴らしい作品だったので、3日にも出かけて行って『エンリコ四世』(1984年製作、日本初公開)も。やっぱり、こまめに情報をキャッチして、あちこち出かけて行こうと思いました。
 でも、『エンリコ四世』は「シネ・ヌーヴオX」でやっていたのです。あるのは知っていたけれど、劇場の二階の小ホールで、座席は二〇数席、今回初めて足を踏み入れました。夜の七時五〇分始まりで、客は三人。マルチェロ・マストロヤンニ、とピアソラの音楽、贅沢で、無気味で、忘れられない体験になりました。


劇工房綺想舎人魚亭の最終公演を観てきました(7月21日)

 長谷川俊夫先生から、お便りをいただき、劇工房綺想舎人魚亭の第66回公演「日曜日の憂鬱」をピッコロシアターへ観に行ってきました。良く練れていて、面白い舞台でした。僕が最初にこの劇団の公演を観たのは2012年の「最後の美貌の都」、今回で二回目です。
 全然知らなかったのだけれど、この劇団は1977年から活動を続けていて、今回が最終公演でした。神戸新聞にその記事が載っていたことを、ネットで知りました。これまでの演目一覧を観ても、別役実、唐十郎、つかこうへい、清水邦夫、宮本研など、僕のような演劇の素人でも知っている同時代の劇作家たちの作品を構成し直し、書き直して上演してきたようです。演目を見るだけでも、強い同時代性を感じます。もっと早く知っていれば、もっと観に行ったのにと、少し残念です。



清教学園に行ってきました(7月18日)

 片岡先生から、一度いらっしゃいませんかとのお誘いを受けて、河内長野の清教学園に行ってきました。探究科の授業(高校3年)を、2時間連続で見学し、そのあと、リブラリア(図書館)のスタッフ5人と、歓談しました。
 授業は、コンピューターを使ってこんな風にできるのかと、感心しました。この日が一万字の原稿の提出日で、授業の最後に各自が自分のパソコンから、メインコンピューターのファイルに次々と転送、スクリーン上で誰が提出し、それがどのくらいの分量か一目で確認できました。生徒は四万字の論文の作成に向けて、この夏にはフィールドワークに出かけるとか。そのテーマ一覧も見せてもらいましたが、そのテーマの多彩さにも驚きました。
 図書館スタッフとの話し合いでは、僕のこれまでの著作をみんなで回し読みして、準備をしてくれていました。『読むこと、書くこと 大人への回路』の「良い子からの七通の手紙」を読んで泣いてしまったと、発言される方もいたり、私りぼんの付録を今でも持っていますとか、この前、僕、田渕由美子さんと会ったんですよ、などと、話のはずむことはずむこと、一時半から始めて五時まで、あれこれ、僕も「読書の記録」を国語科全員で作ったことなど、いろんなことを思い出しながら、楽しい時間を過ごすことができました。


「現代詩の授業」の報告を作りました(6月29日))

 深谷先生から、6月8日の話の報告を書いてもらえないかという、依頼があったので、まとめました。報告はここにあります



 カキナーレ塾で、現代詩の授業について話しました(6月8日)

 京都の深谷先生のお宅で開いている「カキナーレ塾」で、若い先生相手に、「現代詩の授業」について話してきました。

 この日のために、これまで授業で使ってきたプリントの数々を、OCRで読み取って、ワードに変換してという作業をして、「授業のための現代詩アンソロジー(70編)」を作りました。全部で66ページ。コピー、製本の手間を考えて、インターネットで見つけた小冊子製本工房に依頼してみました。これが早くて安くて便利、大正解でした。
 古いビデオは自分でDVDに変換し、複数コピーしました。吉永小百合の原爆詩朗読、詩のボクシング(ねじめ正一VS谷川俊太郎)、現代詩はよみがえるか(石垣りん、町田康らの朗読あり))、東淵修の自作朗読、などこれまで僕が授業で使ってきた、思い出深い、大切なものたちばかりです。このDVDも一部分観てもらったりして、欲しい人にはあげるよ、と言うとあっという間になくなりました。良かった、良かった。
 教育実践の「形見分け」と、自分で名づけたのですが、自分が集めたもの、使ってきた資料など、若い人に手渡せるものは、どんどん手渡していこうと思っています。
 昼の一時半から話始めて、六時すぎまでやって、さらに七時まで、話は続きました。実質六時間ほどの長時間の講義・報告・模擬授業で、肉体的には参加者も大変だったと思います。でも来てよかったという声が多くて、やってよかったと思いました。(まだ話したりないのだけど。)



 なっちゃんとかずくんと3人で新幹線に乗って伊丹に(6月6日)
 
 娘の夫の中国単身赴任が6月中頃には終りそうで、僕の横浜行きも終わることになりました。たぶん最後になる定期的な「横浜・家事手伝い」のついでに、なっちゃんとかずくんは僕と一緒に伊丹に遊びに来ることになりました。京都から悠介も帰ってきて、しっかり叔父さんしていました。久しぶりににぎやかな夕食のひとときを持てました。


舞子高校2回生の同窓会に行ってきました(5月24日)

 僕が最初に赴任した舞子高校は、出来て2年目の新設校でした。僕の赴任と同時に入学してきたのが、2回生で、彼ら彼女らも現在55歳。40年の歳月が流れたことになります。僕はこの学年の担任ではなかったのですが、声をかけてもらい、同窓会に出かけました。大きくて明るい会場でやる「一般的な同窓会」とは違い、自由にあちらこちらで会話がはずむ、というもので、それはそれでおもしろかったです。かつての同僚だった体育の小林先生や数学の三島先生ともゆっくり話すことができました。


 妻が帰って来ました。(4月21日)

 3年半の単身赴任を終えて、横浜から妻が帰って来ました。この1週間は引っ越し荷物の片付けで、バタバタしていました。「もう引っ越しはいやや」と言っていました。今日から、大阪の元の職場に出勤。「地下鉄混みすぎ」「やっぱり食べ物が安くてうまい」など、いろいろ横浜と比較して感想を述べています。


高校の同窓会に行ってきました、他。(4月6日)

 昨日、星陵高校22回生の同期会に行ってきました。卒業以来44年ぶりに顔を合わせた同窓生も多く、本当に「お久しぶりです」という感じでした。それでも一年前にあった中学の同窓会の時よりも、覚えている顔が多く、何人もの人に声をかけてもらいました。亡くなった方の紹介もあり、中山くんや福島さんのことも思い出しました。あの頃は、高校生であることに充足していて、今のような時間感覚(自分の一生のパースペクティブを感じる)は想像もつきませんでした。

 去年の今頃は、何かせきたてられるように、あちこち桜見物に行きましたが、今年は何故か、まあいいか、とどこにも花見に行かず、のんびりしています。これはたぶん、毎月横浜に二往復していることと関係あるのかも。あ、先週、横浜の三ツ沢公園に、なっちゃんとかずきと三人で、花見に行ったっけ。まだ五分咲きだったけど。

 
 京都・カキナーレ庵へ行って、若い先生に話をしてきました(3月9日)

 京都の深谷先生のお宅「カキナーレ庵」で、新しく「カキナーレ塾」を開くことになり、第1回として話をさせてもらいました。若い先生からの要望で「羅生門、山月記、こころ」について授業のヒントになるようなことを話しました(レジメはここにあります)。野村萬斎・作演出の「敦 山月記 名人伝」のビデオも少し上映。1975年からの僕の手書きのノートも見てもらいました。そのあとも鍋や料理を囲んで、参加者全員がいろいろ話をして、1時半開始だったのに、終わりは8時を過ぎていました。深谷先生ご夫妻には大変お世話になりました。


河内長野・清教学園に行ってきました(3月8日)

 ちょうど「研究発表会」があったので、清教学園に行ってきました。南海高野線で河内長野へ、そこからタクシーで。中学・高校共通の図書館リプラリアを見学。そのあと。司書教諭の南さん、司書の山根さん、平井さん、リブラリア館長・探究科の片岡さん、4人の報告を聞きました。「入学時からはじめる読書生活の習慣化」というテーマなので、中学生の話が中心でしたが、「すくど文庫(新入生のための書架、2400冊)」「おためし読書」などユニークでよく考えられた試みが、とても興味深かったです。


 あの田渕由美子さんに会いました(2月22日)

 70年代の『りぼん』で「乙女ちっく」漫画と言われた作家たちがいて、その一人が『フランス窓だより』の田渕由美子さん。僕はよく知りもしないで、自分の本の中で紹介、表紙やイラストを引用した過去があります。まさか、あの一時代を代表する田渕さんに会えるなんて。普段の恥ずかしがりでシャイな藤本なら、遠慮するのですが、なにせ今年の目標は「人に会う」です。先輩の中西さんの紹介で、池田市の小林一三記念館の中のレストランでお会いして、会食をともにしました。


 平山母娘来訪(2月21日)

 県立伊丹高校で担任した平山(旧姓寺井)さんが大学生の娘さんを連れて僕の家まで遊びにきてくれました。三十年を隔てて、思いがけなく「3者面談」実現。娘さんは学校の先生になろうと考えているそうで、その動機や考えを聞いていると、本当にいまどき珍しい、素朴で無垢な子だと感じられました。
 教育の世界はだんだん息苦しくなり、あまりよい職場環境とは言えないけれど、そんな悲観的なことをいくら語ってもだめだと、ここ半年ほどの間に考え方を変えてきたのですが、平山(娘)さんと話して一層その思いを強くしました。若い先生や教師志望の学生にもっと会って、夢と希望を語りたい、託したいと考えています。スローガンは「教育実践の形見わけ」「教育実践の遺産相続」どっちがいいかな。
 

久しぶりに垂水に行ってきました(2月7日)

 中学・高校の頃の友達、下薗(旧姓高田)くんに会うために、かつて暮らした町、垂水に行ってきました。あの頃ほとんど毎日、高下駄をはいて通っていた「文進堂」がまだあった。この本屋さんは、筒井康隆のエッセイに出てくるんだぜ。


 「ペコロスの母に会いに行く」を観ました(2月3日)

 今年は億劫がらずに、映画館に出ていこうと思って、「ブランカニエベス」「鑑定士と顔のない依頼人」「エレニの帰郷」と観てきて、今日は「ペコロスの母に会いに行く」を観に行った。良かった、さすが森崎東、と感心した。映画の文法のこと、物語の神話性など、いろいろ思うことがあった。詳しい感想はこちら。


 朗読会に行ってきました(2月2日)

 京都の深谷先生に会いたいと思って電話をかけると、ちょうど明日中之島で朗読会があってそれに出かけるとのこと、それなら僕もそこに行きますと返事をした。中之島の中央公会堂は何度か出かけたことのある思い出の場所、吉増剛造さんと東渕修さんの詩の朗読もここで聞いた。「スリーK朗読ライブ」という催しで、「藪の中」「花さき山」「伊勢物語・梓弓」などわりと本文になじみのある朗読ばかりだった。立ち見もでるほどの盛会だった。
 終了後、深谷先生たちと食事して、3月に国語教育について話す会をひらくことを決めた。今年の「目標」は人と会うことだが、先送りにせずにすぐに動くことが大事だな、と自分に言い聞かす。


清教学園との出会い(1月20日)

 昨年の夏、清教学園の3年生の岩井さんから取材申し込みがありました。彼女は卒業論文として「スポーツ小説」の面白さとはなにか」というテーマを立てたそうで、先生から、僕の『人気のひみつ、魅力のありか』を勧められて、興味を持ったというのだ。
 彼女は奈良から、伊丹までやってきて、僕にインタビューをして帰りました。で、昨年末に、完成した論文のコピーを送ってくれました。これが130枚ほどの大作で、彼女なりによく考えて書き上げた労作でした。高校生がこんな論文を書くなんてと感心しました。
 で、つい先日、清教学園の担当の先生から、岩井さんの論文が「図書館を使った調べる学習コンクール優良賞を受賞したという連絡をいただきました。

 いやすごいなあ、とひとしきり感心。

 清教学園の取り組みについて、一度話を聞きに行こうと思っています。

 今年の目標の一つに「人と会うこと」をあげましたが、見知らぬ誰かが訪ねてきてくれる、見知らぬ誰かを訪ねていく、というのも、なかなか面白いものです。


池澤夏樹さんの講演会に行ってきました(1月18日)

 宝塚市立図書館主催の池澤夏樹さんの講演会に行ってきました。丸谷才一が始め、池澤さんが引き継いだ毎日新聞の書評欄の話、芥川賞の選考委員をやっていた時の話、河出書房で個人で世界文学全集を作った話などは、とっても刺激になりました。質疑応答の時も、率直で丁寧な答え方で、良かったです。
 
 

 今年の目標は「文章をまとめること」と「人に会うこと」(1月7日)

 2013年の暮れに舞子高校剣道部4回生の集まりに呼んでもらいました。三十数年ぶりに会った子もいて、懐かしくて、楽しい時間を過ごすことが出来ました。彼ら彼女たちも既に五十歳を超えていて、さまざまな人生を歩んでいることもわかりました。

 2014年の目標は何かと、家人に問われて、うーん、と考え込んでしまいました。退職して約2年、健康を保つこと、娘の家事・育児の手伝いをすること、大人の人に小説の話をすること、などを生活の中心にしてきたので、目標と言われてもなあ。
 目標というからには、「達成する」ことを念頭において「努力」しないとなあ。
 ちょっと、まだ目算は立たないけれど゛、あちこちで話してきた内容を、まとまった文章にすること(まずは、新しい個人誌の発行かな)、これが一つ。もう一つは久しく会っていない友人・知人に積極的に会うこと。
 とりあえず、今年はこの二つを目標にします。



2013年

いずみワクワク講座が終わりました(12月3日)

 和泉市男女共同参画センターの「いずみワクワク講座」全三回が終わりました。阪急、地下鉄、南海と乗り継いで泉北高速鉄道の和泉中央駅まで一時間半以上かかります。朝の通勤客に交じって出かけるのは、ひさびさのことでした。満員電車で僕のまわりの全員が携帯をいじっていたのは、ちょっと怖かったなあ。
 講座は毎週火曜で、梨木香歩、絲山秋子、津村記久子について話しました。今回のために作品紹介パワーポイントも作ったんだぜ。やればできる。
 

川上未映子講演会に行ってきました

 今年の谷崎潤一郎賞受賞記念の講演会が芦屋のルナホールでありました。『物語と「前の日」』というタイトルで、受賞作『愛の夢とか』と東北大震災とのことが語られました。途中と最後に質疑応答が入って、面白い講演スタイルでした。川上未映子って、率直で真面目で早口で理屈っぽい子だなという印象でした。
 井上光晴が長崎の被爆を描くために、その原爆投下の前日を描いた『明日』を頭に置きながら、話を聞きました。


久々に「追い詰められ」感を体験

 現役教師時代は、新学期直前には、いつも次の教材を何にするか迷う、迷いに迷って追い詰められる。それを久々に味わった。NHK文化センター2014年前期の教材案を11月末までに提出されたしとの要請あり。「教科書」がないのは自由だが、自分で選ばなければならないのが大変。何か「縛り」を自分で作らなければ考えがあちこちに飛び、まとまらなくなる。
⑴今文庫本で手に入る作品、⑵これまであまり触れていない作家、⑶参加者にある程度評価してもらえるもの、⑷長すぎないもの、⑸2000年以前70年代ぐらいまで、そして何より僕が今読んでもおもしろいもの、などなど、いくつか条件を考える。具体的な作品は……悩みに悩んで決めたのが以下のラインナップ。
 

4月 山田詠美 『A2Z』講談社文庫467

5月 村上龍  『料理小説集』講談社文庫467

6月 池澤夏樹 『スティル・ライフ』中公文庫476

7月 金井美恵子『文章教室』河出文庫819

8月 黒井千次 『群棲』講談社文芸文庫1470

9月 開高健  『夏の闇』新潮文庫476

計画ができて、ほっとしている。来年からこれに向けて準備しなければ。



二代目パソコンが瀕死の重傷 (11月23日)

 僕がパソコンを買ったのは、宝塚良元に勤め始めてからだから、かれこれ10年以上になる。それまではワープロで、長い間二つを併用していた。初代パソコンはほとんど引退・隠居したのだが、今横浜に置いて、向こうで原稿の手直しをすることだけに使っている。伊丹の家にある二代目は、これまでの経緯もあり、メール用に使っている。それで、ネット検索や原稿作成、ホームページの作成、デジカメ写真の印刷、ネット販売の注文、映画館の予約などは。三代目が引き受けている。
 ところが、11月半ばから2代目の様子がおかしい。なかなか動かない。思い余って「パソコン工房」で簡易診断をしてもらうと、が壊れているとのこと。うわあどうしよう。と言っても、原稿はたいていUSBに保存しているから大丈夫。まあ、メールをどうするかやね。僕は頻繁に使うわけではないし、なければないでやっていけないわけじゃないが、やっぱり使えるに越したことはない。この苦境をどう乗り切るか。次回に続く。まあ、そういうわけなので、メール届かないかもね、届いても、返事に時間かかるかも。



「市民のための現代文学講座」連続2回をやりました。

 宝塚市立中央図書館で、「田辺聖子の評伝小説」「丸谷才一とモダニズム文学」と二日間、講演会をやりました。申し込みが48名だったと聞きました。二時間以上喋ると、最後のあたりでは発熱してきて、終わるとぐったり。先日の研究所主催「秋の文学講座」の時もそうでした。もうこれからは、90分以内にしようと決心しました。アドレナリン全開は、血圧に悪いよなあ。
 研究所の方にも、図書館の方にも、40代なかばの卒業生が来てくれました。お互いにあの頃は若かったよなあ、という感慨ひとしお。


 NHK文化センター・西宮ガーデンズ教室12月の作品を変更

  センターの事務局から、鷺沢萠『ウェルカムホーム!』文庫本が絶版のため入手困難です、との連絡を受けて、あわててそれに代わる作品を探しました。森絵都『風に舞いあがるビニールシート』(文春文庫)を選びました。それにしても、本が絶版になるスピードが速すぎる!逆に新しい本の出版量が多すぎる!小説家も書きすぎる人が多いと思う。いい本をじっくり時間をかけて作り、長く売り続けてほしいものだ。


宝塚市立中央図書館で文学講座をやることになりました

 一つ前のTOPICSで各文学講座の予定を挙げましたが、その後宝塚市立中央図書館から依頼があり、引き受けることにしました。

 「市民のための現代文学講座」
 第一回 10月31日(木)10時15分~12時30分
      「田辺聖子の評伝小説~『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』を中心に~」
 第二回 11月3日(日)14時~16時30分
      「丸谷才一とモダニズム文学~『笹まくら』を中心i~」


10月以降の文学講座の予定が決まりました(8月11日)

 今年の秋から来年にかけて、半年分の予定がだいたい決まりました。一部これまで話した内容の再演もあるけれど、大半は初めて話すことばかりです。「小説を読み深める」というやり方と、「小説を読み広げる」というやり方の違いが少しわかってきたので、もう少し頑張ってみるつもりです。

⑴高山智津子・文学と絵本研究所「秋の文学講座」
  10月19日(土) 尼崎トレピエ
  「現代文学は働く女性をどう描いているか  絲山秋子と津村記久子」


⑵NHK文化センター・西宮ガーデンズ教室「小説を読む」(第3木曜日)
 ①川上弘美「センセイの鞄」    10月
 ②堀江敏幸「雪沼の周辺」     11月
 ③鷺沢萠「ウェルカムホーム!」  12月
 ④津村記久子「君は永遠にそいつらより若い」 2014年1月
 ⑤絲山秋子「沖で待つ」                   2月
 ⑥長嶋有「夕子ちゃんの近道」               3月

⑶つかしんカルチャー「おもしろ文学講座」(第2水曜日)
 (⑥菊池寛「形」「入れ札」 9月11日)
 ⑦川端康成「伊豆の踊子」 10月
 ⑧池谷信三郎「忠僕」    11月
 ⑨志賀直哉「清兵衛と瓢箪」「小僧の神様」 12月
 ⑩中島敦「山月記」「名人伝」       2014年1月
 ⑪太宰治「カチカチ山(お伽草子)」        2月
 ⑫谷崎潤一郎「春琴抄」               3月
 

⑷和泉市・男女共同参画センター「文学講座」(3週連続)
 ①梨木香歩を読む  11月19日(火)
 ②絲山秋子を読む  11月26日(火)
 ③津村記久子を読む 12月3日(火)


 世田谷文学館で鹿島茂の講演をきく 6月30日

 横浜へ娘の家事・育児の手伝いに行ったついでに、東京で何か講演会をと探していたら、世田谷文学館が「書物の達人 丸谷才一」という三週間かけて五回連続の講座を開いていた。全部ききたいくらいだが、日程の都合で一つだけ、鹿島茂の「官能的なものへの寛容な知識人」という講演を聞いた。個人的なつきあいがあって、その話はそれなりに面白かったが、全体としては散漫で、予定時間内で終わって、ちょっと準備不足じゃないかと思った。期待していっただけに、ちょっと残念だった。
 講演の始まる前に、県立伊丹高校の教え子、映画研究部のさっかんに会って、ランチ。アメリカ暮らしのあれこれを聞いた


 NHK文化センター梅田教室で『嵐が丘』の講義を聴きました、6月21日

 この4月から3回連続で、廣野由美子さん(京大)の『嵐が丘』の講義を聴きました。以前に、廣野さんの『「嵐が丘」の謎を解く』を読んだことがあり、なかなか優秀な人だなと関心を持っていたのですが、梅田教室で講義をしていると知って、僕も8月9月に水村美苗の『本格小説』の話をする予定もあり、参考になるかなと、とことこと出かけて行きました。実は廣野さんは僕の妻の同級生だということがわかったのですが……。


別役実の新作『不条理・四谷怪談』を観に行きました

 ピッコロシアター(尼崎市)で別役実の新作劇『不条理・四谷怪談』を上演するという記事を新聞で読んで、チケットを買いに走りました。で、6月11日(火)に観てきました。1時間半ほどのコンパクトにまとまったもので、鶴屋南北の『東海道四谷怪談』なら10時間かかるそうですが、それをうまく圧縮した感がありました。映画では深作欣二の『忠臣蔵外伝・四谷怪談』もなかなかよかったなあと、思い出しました。


 愛知子どもと本と文化の会で講演をしました

 6月8日(土)に愛知県豊田市で「かいけつゾロリ徹底分析」という講演をしました。参加者は図書館司書、読みきかせボランティア、小中学校の先生などで、100人を超えて大盛況、よく笑ってくれました。この日のために改良したパワーポイントを使って、二時間半、ゾロリの魅力を話しました。講演会の後で事務局の人たち十数人と会食しながら話しましたが、ゾロリに対する見方が変わったと大好評で、遠くまで出かけた甲斐がありました。久しぶりに大人数の人に向かって長時間話したのでさすがに身体も興奮し、新幹線の中でクールダウンするのに時間がかかりました。梅田まで帰ってもまだ身体が火照るので、大丈夫かなと心配したら、若い女の子が何人も扇子を使っていたので、気温と湿気が高かったのだとわかりました。



横浜で育児の手伝いをする

 横浜に住んでいる娘はこの四月後半から職場復帰、東京まで一時間半かけて通いながら、頑張っている。息子(僕の孫)も四月から保育園に通い始めて、いよいよ新しい生活のペースがスタート。その矢先、娘の夫に突然の単身赴任命令。しかも行先は中国。これはどうする。ということで、とりあえず娘の手伝いのため横浜へ。保育園の送り迎えを手伝ったり、買い物や掃除、洗濯、食事の準備などをしたり。でも子どもが発熱で保育園へ行けなくて、病院に連れて行ったり、ずっと一緒に過ごしたり、乗り馴れぬオデッセイを運転したり、最後の日には激しい下痢、嘔吐に襲われてダウン。這うようにして伊丹に帰ってきました。でもまた行きます。これから月の半分くらいは横浜暮らしかも。



 NHK文化センター「小説を読む」第1回

 4月18日(木)「小説を読む」第1回をやりました。今月は丸谷才一『笹まくら』を読み深めました。「笹まくら①」のレジメはここにあります。来月は読み広げる予定です。


つかしんカルチャー「おもしろ文学講座」第1回

 4月10日(水)「おもしろ文学講座」第1回をやりました。「絵本を読む その①」のレジメはここにありますこれから1年間の予定はここにあります。


続・桜三昧の日々

 4月5日(金)に万博公園にお花見に出かけた。天気予報で、この週末は台風並みの暴風になりそうで、桜は散ってしまうでしょうとのこと。今日は朝から晴天、絶好のお花見日和なので、よし行こうと決心。大きなおにぎりを作って、JR、阪急、モノレールと乗り継いで万博公園へ。ここは昔、家族4人で車で花見に来たが、駐車場がいっぱいで、あきらめて、周りをぐるっと走って帰ったという苦い思い出の場所。桜は満開、店も出てるし、アベック、家族連れ、学生仲間、老人会、車椅子の人たち、乳母車のお母さんたち、いろいろ人も来ていて、大道芸もやってるし、陶器市もある。広い芝生では子どもが走り回ってるし、空間的に開放感がある。桜の名所、お花見スポットといってもいろいろタイプがあるなあとしみじみ感じた。帰るころには桜吹雪も見れたので満足。今年の花見もこれでおしまいだろうなあ。ひょっとしたら、「新・桜三昧の日々」があったりして。


桜三昧の日々

 4月1日(月)に、思い立って、一人で夙川へ桜を見に行った。何年か前に来た時にはいっぱいあった屋台がない。桜は満開で、花びらがほとんど散らない。何となく欲求不満が残る。風に散る桜をながめながら、子どもに屋台で焼きそばやたこやきを買ってやるのが、春の楽しみだったのに。4月4日(木)、よし夜桜見物に行こうと思ったが、昼飯を食ってすぐに出ると、夜桜のライトアップまでの時間をもてあましてしまう。それで急に、昨日テレビで見た淀の背割堤の桜のトンネルを見に行くことにした。あまり乗ったことのない京阪電車で、八幡市まで行く。石清水八幡宮があるところだった。宇治川と木津川にはさまれた堤にぎっしりと桜が満開。ちょっとこれは見たことのないほどの光景。しかもちらちらと散り始めた桜のはなびら。よしよし。1キロ余りの堤をゆっくりと往復。宇治川と木津川の流れの速さと水の色が違い、堤までの距離も違うので、右を見た時と左を見た時の印象が別。堤の上から、ななめ下に長く下がった桜の枝も風情があり、天高く伸びた枝も良かった。満足。(家に帰ったら、毎日新聞の夕刊一面にこの桜のトンネルの航空写真が載っていた。今日見てきたもんね。)京阪で京橋まで帰り、桜ノ宮へ。夜桜はまた格別。屋台が出ていて、宴会している人も多くて、こうじゃなくちゃという気になった。それにしても今日はよく歩いた。8キロはいったと思う。



 NHK文化センターの講座、一期分(半年間)終了

 これまで宝塚良元校でやってきた「文学講座」の中から、短編を中心にもう一度講義しなおせばいいかと思って始めたが、結果的には各回とも調べなおしたり、整理しなおしたりして、とても自分の勉強になった。「作品を読み深め、読み広げていく」という道筋も少しつかめたような気がする。来期(次の半年)もやれそうなので、これまであまりきちんと扱ったことのない長編を中心にやろうと新しいプランを決めた。丸谷才一『笹まくら』、田辺聖子『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』、水村美苗『本格小説』。話せる機会があって、そのために自分で自由に勉強できるというのは、なかなかいいなあと思いながら、そういえば高山先生から「なんでもいいから、今藤本くんが興味のあることを話して」というアバウトな講演依頼を何度もされたなあと思い出した。あれが結果的に、僕を育ててくれたんだろう。


 和泉市の文学講座のラインナップを決定しました。

 10月中旬から11月初旬にかけて、3回連続の講座の案を3つ考えたのですが、相談の結果、一番新しい作品をやることにしました。
   ①梨木香歩
   ②絲山秋子
   ③津村紀久子
 この講座は、読んでいない人でも参加できるようにということで、作者や作品の紹介が主になりそうですが、絲山秋子や津村紀久子についてはまだどこでも喋ったことがないので、これから半年ほどかけて、じっくり準備するつもりです。、



 自分の中学の学年同窓会に行ってきました。

 3月23日(土)に、垂水中学の同窓会がありました。ほとんどが46年ぶりに会う人で、当時の記憶も定かではないのですが、、それでも生徒会長だった有岡くんや副会長だった野田さんと再会できて、それこそ夢のようでした。


舞子高校の生徒会OB会に行ってきました。

 3月10日(日)に舞子高校の生徒会OB会(2回生、3回生あわせて10名)がありました。2回生は僕が38年前に一番最初に教えた生徒です。退職してからの、この1年間に昔の卒業生と久しぶりに会う機会がずいぶんありました。なんだか故郷に帰ってきた旅人のような気分です。

原ゆたかさん、原京子さんにお目にかかりました。

 2月18日(月)に東京で原ゆたかさん、奥さんの原京子さんにお目にかかりました。僕も原さんも映画ファンなので、延々と映画の話をしました。もちろん、かいけつゾロリの話も。


 原ゆたかさんの講演会に行ってきました。

 1月26日(土)に大阪府立図書館で原ゆたかさんの講演会がありました。久しぶりに大阪府立図書館にきたので、ついでに「夢十夜」関係の本や「嵐が丘」関係の本を借りました。原さんの講演会の内容は「ひみつ」ですが、イシシ・ノシシが「助さん・格さん」だったとは!」とちょっとうなりました。


 2013年の仕事の予定(とりあえず今現在の)

 ①NHK文化センター・西宮ガーデンズ教室(毎月第3木曜)、「小説を読む」
    2月「夢十夜」、3月「バースデイ・ガール」
    4・5月「笹まくら」、6・7月「花衣ぬぐやまつわる」、8・9月「本格小説」

 ②つかしんカルチャーセンター(毎月第2水曜)……4月から(内容未定)

 ③愛知子どもと本と文化の会 6月8日 「かいけつゾロリ」徹底分析

 ④和泉市 10月、11月 連続3回の文学講座(詳細は未定)

退職記念の会をしてもらいました。
 
 1月20日(日)、県立伊丹高校34回生が退職記念の会を開いてくれました。1時間半ほど、特別授業をして、2次会は延々と10時過ぎまで続きました。メッセージ集をもらいましたが、その中に女房や娘息子の分もあってびっくり。年末に千香ちゃんが、しきりに女房に会いたがっていた理由がやっと判明。女子会うんぬんとごまかされましたが、こんなたくらみがあったとは。



中島みゆきコンサートに行ってきました。

 1月18日(金)、東京有楽町の東京国際フォーラムのホールで開催された中島みゆきコンサートに行ってきました。5000人ほど入る大ホールの、前から2列目の真ん中の席!!ちょっと信じられないくらいの幸せで、これでこれから先10年分の幸運を全部使ったかもと思いました。中島みゆきのコンサートチケットを手に入れるために、ファンクラブに入って、もう20年以上。コンサートも十回ほどは行きました。今回は前半で3回、後半で3回泣いてしまい、年をとって涙腺がゆるくなってきているのね、と一緒に行った女房に笑われましたが、でも中島みゆきの歌唱力は圧倒的で、声の響きとゆらぎに心を揺さぶれました。



 県立伊丹高37回生同窓会に行ってきました。
  
 2013年1月2日(水)に、37回生の学年同窓会がありました。この学年は学年同窓会を初めて開くので、幹事さんたちはいろいろ苦労したようですが、当日は大盛会。高校卒業後、28年ぶりに顔を見た元生徒に驚くこともいっぱいでした。



2012年
舞子高校剣道部OB会を開きました。

 年の瀬も押し詰まった12月30日(日)にホテルトアロードで、舞子高校剣道部のOB会を開きました。舞子高校は僕が最初に赴任した高校で、開校2年目から5年間勤務し、剣道部の顧問として、毎日生徒と一緒に練習していました。数年前に病気で亡くなった一回生のキャプテン浦戸君を偲ぶために、僕が音頭をとって、久しぶりにOB会を開催したのですが、1回生から4回生まで24名の卒業生が参加してくれました。



県伊丹高34回生同窓会で特別授業をしました。 

 11月24日(土)に県立伊丹高校34回生の同窓会があり、全体会の前に1時間、特別授業をやりました。内容は「十二支のはじまり、中身あてクイズ、いちのへや、小さなよっつの雪だるま」の四章です。中旬頃から体調が良くなかったので、できるだけ無理なくやれるようにと、パワーポイントを中心に教材を作りました。「十二支のはじまり」や「小さなよっつの雪だるま」はデジカメで撮影して、使いました。「いちのへや」は東淵修さんの朗読DVDを紹介。絵本の朗読は吉田(新田)さんに頼んで、極力省力化を計画。でもやっているうちに、だんだん話に力が入って、最後は全力ダッシュ、という次第でした。ビデオ撮影してくれた日下君から、「当日参加できなかった卒業生から希望があるので、ダビングしたものを配布してもいいか」との連絡もありました。


長崎へ行ってきました。

 10月8日から2泊3日で長崎へ行ってきました。長崎くんちを見に行くのが第一目的でしたが、グラバー園も、出島も、稲佐山からの夕暮れ時の海の風景も、朝からの軍艦島クルーズもみんな良かった。市内のいたる所で、庭先回り(くんちの演目を街中でちょっとやって見せてくれる)や、修学旅行生に出くわし、気分は一人修学旅行でした。平和公園では小学生の平和行事に偶然出くわし、ちょっと胸がじーんときました。1日乗車券で路面電車にも何度も乗り、すっかり路線にも詳しくなりました。


 NHK文化センター西宮ガーテーンズ教室で「小説を読む」講座をやります

 10月18日(木)から、毎月第3木曜の10:00~12:00、全6回で、受講料は15750円。
 詳しい内容や申し込み方法については、 NHK文化センター西宮ガーテーンズ教室のHPを見てください



 宝塚市立中央図書館で「大人のための児童文学講座」をやります。

 第一回 10月27日(土) 「かいけつゾロリ」徹底分析
 第二回 11月3日(土) 児童文学はスポーツをどう描いたか
   時間は14:00~15:30
   参加費 無料   定員70名(先着)
   申し込みは電話または窓口にて
   宝塚市立中央図書館(0797-84-6121)



 「授業をつくる」の原稿が一応完成しました。

 9月15日(土)、37年間をふりかえっての「授業をつくる」という原稿がやっと最後までいきました。6月末から着手して約3か月。高校時代、浪人時代もちょっと加筆。


 『最後の美貌の都』を観てきました。

 昨日(7月15日)尼崎のピッコロシアター中ホールで、劇工房綺想舎人魚亭の64回公演『最後の美貌の都』を観てきました。島尾敏雄「死の棘」、山崎哲「大菩薩峠」、矢代静一「宮城野」を原作にしてそれらを構成したものらしい。構成・演出は小林千夜詞、主演萩ゆき。
 宝塚良元校での文学講座のダイジェスト版(36回分)を載せました。ここをクリック。

 『藪原検校』を観てきました。

 昨日(七夕の日)、兵庫県立芸術文化センター(西宮)で井上ひさし脚本、栗山民也演出、野村萬斎主演の『藪原検校』を観てきました。いやあ、凄かった。演劇的な面白さ満載。堪能しました。家に帰ってくると、ちょうどこの日の毎日新聞夕刊にこの劇の記事が載っていました。
 僕の新しい原稿「授業をつくる」も快調に進んでいます。県立伊丹高校時代まで完了しました。


新しい原稿書きに着手しました。6月27日

 京都の土曜日の会で報告したことを元にして、「37年間の授業実践のまとめ」をしようと原稿書きを始めました。書き方のスタイルをどうするか迷って、二転三転、やっぱり講演口調でわかりやすく、よみやすく、脱線もありという風に書くことに決めました。録音してないので、思い出しながら、喋ってないことも付け加えて。現在進行形、未完成、書きかけの原稿はここにあります。


 『海辺のカフカ』を観てきました。

 先日、蜷川幸雄演出の『海辺のカフカ』の公演が大阪であると知って、あわててローソンチケットで購入。6月21日、一階の最後の列で観ました。休憩をはさんで四時間。椅子に座りっぱなしも、結構疲れる。田中裕子がとても魅力的でした(オペラグラスを持っていったので顔の表情もわかった。)劇と小説はもちろん単純に比較すべきではないけど、村上春樹の小説の魅力を再確認しました。来月は野村萬斎主演の『薮原検校』(井上ひさし作)を観に行きます。今度は最後の列のその後、補助椅子です。またオペラグラスを持っていこう、と。


 荒川弘を読んでます。

 マンガ『銀の匙』を読んで荒川弘(あらかわひろむ、女性)に関心を持ちました。(離任式でも話題にしました。)横浜の娘の家に行くたびに、『鋼の錬金術師』を少しずつ読み、ついに全27巻読破。いやあ面白かった。女房に勧められて『百姓貴族』第1巻も読みました。荒川弘がちょっとしたマイブーム。


その6 図書新聞にインタビュー記事が載りました

 図書新聞3065号(2012年6月9日)の「ポートレート」という欄に「児童文学三部作が完結した 藤本英二氏」という記事が写真入りで掲載されました。新聞の四分の一ページほどで結構大きな扱いで、しかも隣のページは別役実さん(劇作家)の連載記事があり、びっくり。五月の連休明けに娘と娘の子どもを横浜まで送っていって、そのついでに東京でインタビューを受けました。一時間半くらいしゃべったかな。


その5 講義を三つしました。

 ①退職を祝う会(3月20日、川西高校宝塚良元校の同僚、元同僚に対して、約一時間)
 ②退職を祝う会(4月29日、県立伊丹高校37回生に対して、約一時間)
 ③京都「土曜日の会」5月例会で(5月12日、約4時間)
   ☆③のレジメはここにあります。

この三つの講義・報告をすることで、これまでの自分の仕事を振り返り、今何を大切に思っているかが、自分でもはっきりしました。今は「白く燃え尽きた」というところでしょうか。気力が戻れば、この内容を原稿に起こしたいと思いますが。ちょっと今は、ゆっくり、のんびりしたいなあ、と怠惰の海にひたっています。

その4 定年退職しました。37年間、兵庫県の高校で国語の教師として働いてきましたが、なんとか最後まで頑張れました。4月からは、完全にフリーの身です。


その3 3月24日(土)に絵本の勉強会をやります。15時からおさなご保育園で。報告者藤本。
 ☆報告の参考レジメはここにあります。


その2 2月8日神戸新聞、9日朝日新聞(阪神版)で文学講座が紹介されました。

 その1 学校で 「文学講座」をやります

  ☆チラシはここにあります。

 ☆全10回36日分のダイジェストはここにあります。

 ☆文学講座最終回の写真です。