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第125話
12月8日を迎えて

 今から75年前のことになります。1941年12月8日に日本はアメリカなどに対して宣戦布告し、戦争を引き起こしました。太平洋戦争の幕開けです。日本の海軍はハワイの真珠湾を攻撃しました。日本海軍の当初の目標は、アメリカの空母をたたくことだったそうですが、あいにく真珠湾に空母は一隻もいなくて太平洋上を航行中でした。戦艦アリゾナを撃沈し、ヒッカム基地などを攻撃しました。

 日本は、勝つ見込みがあまりないまま戦争に踏み切ったと言われます。海軍の山本五十六も最初の1、2年は暴れてみせるが、その後は保証の限りではないというような発言をしたということも聞いたことがあります。その証拠に、日本は1942年にミッドウェー沖でアメリカと戦って敗れ、その後は戦線を下げて1945年8月に降伏します。

 戦後、日本は復興して現在の繁栄を築きました。歩いている時や電車や車の車窓から見える東京の町並みは、戦後の日本人が積み上げてきた努力の賜です。この先人の努力の積み重ねには感服しますが、その一方で気になることがあります。それは書店に行くと特に感じることです。

 日本が太平洋戦争でアメリカやイギリスに負けたのは、科学技術や軍事技術や経済力の点で劣っていたからなのは言うまでもありませんが、戦後直後の文化人や出版関係者は、文化の面でも日本は劣っていたから戦争で負けたのだと考えていた節があります。
 確かに、日本には世界無形遺産に指定された和食をはじめ、各地に素晴らしい伝統文化があります。国宝や重要文化財に指定されるような素晴らしい文化財も多数あります。岩波書店が発刊する岩波新書や講談社が発刊する現代新書の刊行の辞を読んでみますと、人に豊かな教養を兼ね備えさせるような文化や土壌が育っていなかったために、戦争に負けたのではないかと考えていたと私には思われます。

 1990年頃までは、岩波新書(岩波書店)、現代新書(講談社)、中公新書(中央公論新社)、日経文庫(日本経済新聞社)などが主な新書でした。それぞれに特徴があったので、特徴に合わせて私は書店で買って読んだものでした。最初の1冊目として最適だったのが現代新書でした。概説的な題名の本が多く、現代新書を読んで、基本的で広くベースとなる部分を学ぶのに良かったです。現代新書がカバーしていないテーマや少し掘り下げて読むのに良かったのが岩波新書でした。さらに絞り込んだテーマについて読むのなら中公新書、という具合に読んでいました。もちろん経済的なことに関して読むなら日経文庫でした。

 ところが、1995年頃になると、新潮新書、ちくま新書、文春新書など出版される新書が増え、私たち読者にとって、選択肢がさらに広がりました。新書が多く出版されるようになった背景には、ハードカバーのような厚い本を読む人が少なくなったので、薄いソフトカバーの新書を出版するようになったことがあったということを聞いたことがあります。

 新書は軽いですし、分量が限られているので読みやすいという利点があります。教養を身に付けるのに、これほどふさわしいものはないのではないでしょうか。知りたいと思った時や学んでみようと思った時に、気軽に手にとって読むことを私は勧めたいと思います。
 ただ残念なことに、品切れになるとそのままになるケースもグッと増えているのも事実です。特に、現代新書(講談社)は、品切れになって手に入らない本が多く、私が読んで良かったものを人に紹介したことが何度もありましたが、品切れで書店で買えなかったという返事をもらったことが多くあります。そこで、実際に大きな書店に行って見てみますと、確かに1990年頃と比べて、現代新書のスペースは3分の1から4分の1くらいにはなっているのではないでしょうか。現代新書の目録を見ても、品切れのマークが付けられている本が多く、「この本もあの本もいつか買って読もうと思っていたのに、買えないんだ」と大変残念に思いました。

 戦後直後と現在とでは状況が異なっているのは確かですが、日本人が豊かな教養を身に付け、平和で民主的な日本になるのに、出版社が果たす役割は大きいと思います。2000年代始めに教養文庫を出版していた社会思想社が倒産した例から考えますと、出版事情は厳しくて、学芸書の在庫を切らさないようにするのは難しいのかもしれません。ただ、岩波書店のようにアンコール復刊を時々行って、品切れになった岩波新書のなかで増刷を希望する人が多いものは復刊しています。

 無理を承知で書きますが、「初心忘るべからず」という言葉にあるように、新書を出版した当初の目標を忘れず、いつの世代の人でも読みたい新書は買って手に入れることができるようにして欲しいと切に願ってます。

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