1月31日(土)日の出を見 刺身で締める 1日を
1月30日(金)平凡な 1日を終え さあ旅へ
1月29日(木)またやって 自己嫌悪のまま 北へ北へ
1月28日(水)珍しく 本を読んだ後 酒食らう
1月27日(火)声でかく 礼儀正しい 運転手
1月26日(月)真っ白な 煙に巻かれて 外に出る
1月25日(日)行き先の ない電車を 待つ間
1月24日(土)寒い中 滑りに早起き バスに乗る
1月23日(金)最終日 プロの魂 見せられる
1月21日(水)久々で 新鮮な気持ち 感じたり
1月20日(火)その悔しさ こだわりなのか 変なのか
1月19日(月)寒さより 肌の強敵 防がねば
1月18日(日)経済の 修理を頼む できるかな
1月17日(土)夜も更けて 花の闘い 教わって
1月16日(金)こわいのも いろいろあるけど これだけは
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1月31日(土)

 金曜日の夜に夜行列車で清涼里(チョンニャンニ)駅を出て江陵(カンヌン)へ。目的は正東津(チョンドンジン)駅という駅が江陵の2つ手前にあり、そこは砂浜のすぐそばにあるのだが、そこからの日の出がきれいだということだったから。それから、この駅が急に人気が出たのは今テレビで再放送しているドラマ「モレシゲ(砂時計)」と言うドラマで使われたからだそうだ。私はそのドラマをずっと見ているが、1回だけその駅が出てきた。でもあのシーンだけで人気が出たとは思えないのだが。ちなみにその正東津という地名はソウルの光化門の真東という意味だそうである。

 話を戻そう。列車は11時に出発だったが、その前にちょっとしたアクシデント。3号線の玉水(オクス)駅で乗り換えて京元線で清涼里に行こうとしたのだが、乗った電車が清涼里に止まらずに通過してしまった。この線は急行とかがあるというわけではないし、実際以前は止まっていたはずだ。おかしい。私は気付かなかったが、一応案内の放送ではかかっていたらしい。同じく降りようとしていた横のおじさんたちがそう言っていた。でも、通過してしまったから次の駅の回基(フェギ)駅で降りて地下鉄1号線で清涼里まで折り返す。なかなか電車が来なかったが、それでも11時前には国鉄清涼里駅に到着。で、江陵へ向かう。

 夜行列車ではあるが、ずっと車内販売は通っていくし、電気も消えないし、何と言っても客がよくしゃべっている。学生の集団が多かったが、3時か4時くらいまでずっと話していて結構うるさかった。それに結構頻繁にあちこちの駅に止まるので、ゆっくりとは寝られない。とはいいながら、隣の列の反対側に座った大学生と思われる女の子がちょっと可愛くてずっと気にしていた。眠れなかったのはそのせいかも知れない。いい年こいて全く何してるんでしょう、私は。

 そうこうしているうちに列車はソウルの反対側の東海(日本海)側に出る。夜もだんだん明けつつあり、そして駅に着いた頃にはもうすぐ日が昇るという状態だった。ちなみに砂浜には大変な数の人が来ていた。もうそこは完全に観光スポットになっているようだった。砂浜の入口には記念のモレシゲが売っていたり、モレシゲおでんとかわけのわからない名前のものまであった。そして駅前には車が多数止まっており、車で来ている人もかなりいた。しばらくして、海から日が昇っていく瞬間を見ることができた。確かにとても美しくきれいだった。来てよかったと思えた瞬間だった。日が昇る瞬間、周囲では歓声が上がり、それをバックに写真を撮る人も大勢いた。周りの人たちも私と同じ気持ちだったのだろうか。

 その後、江陵市内を観光する予定だったが、正東津駅の前で市内の観光地を回る観光バスのチケットが売られていたので、それを買ってバスに乗る。バスは8割がた席が埋まっていた。そしてまずはチャムソリ蓄音機・オーディオ博物館という博物館へ。博物館と言ってもそこは5階建てくらいのアパートの中にあり、博物館自体もアパートの建物を改造して作ったような感じだった。よく声の通るお姉さんの説明を聞いていると、ここは館長の趣味をそのまま博物館にしたところで、館長が中学生の時に蓄音機の魅力にとりつかれてそれ以来、蓄音機を相当の数収集したそうである。実際、かなりの数の蓄音機が展示されていた。またそれだけでなく、エジソンの発明品やミュージックボックス等が展示されていた。最後に館長さんが出てきて挨拶をする。米国は200年の歴史しかないのに5千の博物館があるのに(数字はちょっと自信ないです)、韓国は5千年の歴史があるのに150しか博物館がない、我々は博物館をもっと作り、後世にいろいろなものを伝えなければならない、というポリシーを語ってくれた。大きいだけの博物館と違い、規模は小さいながらも個人の博物館らしい雰囲気と、館長の情熱が伝わってくるいい博物館だった。

 その後、観光バスは烏竹軒(オジュッコン)、船橋荘(ソンギョジャン)と回り、昼食は鏡浦(湖)の近くの草洞というスンドゥブ村で食べた。そこは豆腐づくしでソウルなどであるスンドゥブとは違い、唐辛子の味付けがしてなく温めた木綿豆腐を少しくずしたここ独特のスンドゥブだった。確かにうまかった。おかずも豆腐づくしでおからを煮たようなものから、テンジャンにも当然豆腐が入っていた。その後、バスは鏡浦で1時間ほど止まったので、海を見に行った。水がとてもきれいで波が砂浜でサイダーの泡のように打ち寄せては消えていった。私は鏡浦台に行く考えを持っていたが、海を見てどうでもよくなった。でも、そのきれいな砂浜にも警備のための施設があって鉄条網が張ってあったりする。そういえば、一昨年北朝鮮の潜水艦が漂着したところが正東津から江陵市内へ来る途中にあった。

 結局、そのツアーは2時半で終了し、その後バスで束草(ソクチョ)へ。市外バスターミナルのそばの旅館(モーテルだったかな)に荷物を置いて尺山温泉へ。何番の市内バスに乗れば分からず、バス停のそばの店に飛び込んだりしていろいろ聞いて、7番のバスでその温泉へ。ガイドブックにもあまり書いてないところなのだが、そこには風呂が2軒しかなかった。元湯と書いてあったので、別のところにも施設があるのかもしれないが、どうせ風呂に入るだけだから、その元湯に入った。まあ特にどうということはない風呂の水も透明な普通の風呂だった。湿式サウナが強烈に暑くて30秒と持たなかったのだけが目をひいた。

 そして、また市内へ戻る。「地球の歩き方'96〜'97版」によれば中央市場の近くの海沿いに刺身屋街があると書いてあったのでまずはそこに行った。確かにそこに刺身屋がならんではいたが、どこもほとんど客がおらず、怖くて素通りしてしまった。でも、せっかく刺身を食べたいのにと思ったので、もう一つ名前だけ知っていたところを一応見てみることにした。名前だけ知っていたのはデポというところ。なぜ知っていたかというとここのホームページの旅行記に書いてあったからだ。そこも同じようなところだったらちょっとがっかりだなあ、と思っていたのだが、これが行って大正解だったのである。本当にうぉる様、様様だったのである。

 バスの前の小さい表示にデポと書いてあるバスを見つけて市内バスで移動。場所もよくわからないままバスに乗り、不安なまま20分くらい乗っただろうか。デポ何とかと書いてあった看板が見えたので、そこで慌てて降りた。ちょうど途中からそのデポに行くか聞いていた客がいて、その人もそこで降りたので間違いないと確信を得た。車もたくさん止まっていた。バスを降り、横断歩道を渡るとまず「日が昇る村、大浦(これでデポという)」と書いてある石碑があった。そしてその横の道を入っていくと、食堂や海産物の店、いわゆるポジャンマチャ形式の店もずらっと並び、人も多く呼び込みもたくさんいて、漁港の雰囲気があり、こういうところを自分は思い描いていたんだと思った。そういえば、釜山のチャガルチ市場もこんな感じではない。私の思い描いていた刺身屋街というのはこういうところだったのだ。

 とにかく雰囲気がすっかり気に入ってしまい、それだけで幸せな状態。中の1軒の刺身屋に入り、刺身の盛り合わせとサンオジンオ(生きたイカ、切ったばかりでまだ足が動いている)を食べた。それが出てくるまで少し待たされたが、イカを食べてその不満も吹き飛んだ。うまい。うまいぞ、これは。刺身もヒラメはうまかったし、そして旅行記で見たホヤもうまかった。ここで焼酎をかっくらってすっかりいい気分である。最後にメウンタンでご飯を食べて気持ちよくそこをあとにした。ただ、サンチュとかわさびとかを追加すると料金がとられるようになっており、韓国らしくないなと思った。

 大浦を出ようとしたのは10時頃で帰りのバスを待ったがなかなか来ず困っていたときに一人の年配の人が話かけてきた。「どこまで行かれますか」と。私が市外バスターミナルの近くだというと、「中国人ですか」と聞かれ、「いいえ、日本人です」と答えるとその人が日本語で「そうですか」と日本語で返した。私は驚いたが、話を聞くと地域で何か日本との交流があるらしく、昔勉強したこともあり、その仕事を手伝っているとのことだった。そんな話を少ししたが、依然としてバスは来ない。その年配の人が他の人に「バスは何時までありますか」と聞いて、バスが10時までであることが分かった。それで結局タクシーに相乗りすることに。その年配の人とは途中で分かれた。途中で分かれたために料金を初めに乗ったところから計算されて、ちょっと納得行かなかったが、タクシーで無事に旅館に到着。ちなみに運転手はちゃんとメーターを倒していた。それにしても、市内の刺身屋で妥協せずに、大浦まで行ってよかった。そう思うのである。


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1月30日(金)

 今日はいつになく早めの更新。結局昨日も遅くまで起きていて完全に寝たのが午前4時。それでも今日は寝坊せずに6時に起床。昼間もさほど眠くなかった。不思議なものだ。そんな中、朝皮膚科に行って診てもらい、だいぶ良くなったが、もう少し薬をもらう。職場には11時くらいに出勤。今日は明日からまた休みということもあり、何だか静かである。私は来週研修でソウル近郊の城南市というところに1週間行くのでその準備をしていた。ついでに自分の机の下にあるものをいろいろ整理した。日本のおみやげになりそうなものも結構あり、それを持っていって配ることにした。そんなこんなしてあっと言う間に1日が終わる。さて私は旅に出ます。一旦日曜の夜に戻ります。それにしても昨日と今日とついこの前までの寒さが嘘のように暖かかった。

1月29日(木)

 何か変な書き方だが、今日は昨日の日記からまず読んでもらった方がいいと思うので、先ず昨日の日記からどうぞ。

1月28日(水)

 今日はソルラルと言われる韓国の旧正月であった。韓国では陽暦の正月よりも旧暦の正月のほうが重要であり、さすがにソウルの住人も皆故郷に帰っているようであり、私のアパートの駐車場も閑散としており、皆故郷に帰っているようだった。

 そんな日に私はずっと家にいた。夕方にコンビニに出かけた50分くらいを除いて。そんな日ではあるが、今日私はずっと本を読むことにしていた。先日見た映画「ピョンジ」の小説を読むことにしていたが、午前中はインターネットをしていて、読み始めたのは午後の5時半くらいからだったろうか。それから読み始めた。真剣に読んでみて分かったが、やはり難しい。はじめの2、3ページで躓いてしまう。特にはじめの方は情景描写や感情描写が多くずっと辞書をひいているような状態だった。そんな中、頑張って今日は10ページ以上読んだ。まあ、よくやったほうだろう。難しかったが、分からないところがあれば必ず辞書をひくようにしていたから。そんなこともあり、今日はよくやったご褒美に富山の地酒、満寿泉を2合飲み、そして韓国の焼酎をビンの半分くらい飲んだ。そんな状態で今この日記を書いている。結構ヘロヘロである。それでも今日の日記を久しぶりにその日に書いた。(更新は翌日だが)そんなわけで今日の日記は何だかめちゃくちゃかもしれない。ただまだ書きたいことがある。

 その昔は書いていたが、私は地方公務員である。いわば税金で給料をもらっている立場である。そんな私であるが、この連休中にいろんなホームページをじっくりと見る余裕が出来た。他のページを見ていてなんて自分のところは浅はかなんだろうと思ったものだ。私の覚えている範囲ではほとんど韓国に来て苦労した経験なんてない。韓国語の勉強も来る前に1年間する事ができたし、そして金に困ることも普通の生活をしていればない。なのに、他の人のページを見て、自分はとっても恵まれているんだなあと思った。それはこういうページを作っているのにとても恥ずかしいことではないかと思う。少しでも苦労していなければならないのではないか、そんな気持ちになるのである。実際、自分の感覚では困ってどうしようもないという場面に出くわしたことがない。自分でも何とかなるのである。そんな場面が多い。でも・・・。何だか寂しいのである。恵まれた悩みであることは分かっている。でもやはり異国に来たからには苦労したいのだ。韓国語が話せなくて苦労した、タクシーの運ちゃんにぼられた、食堂で高い値段をふっかけられた、そんな経験をしたいのである。でも、不思議と自分にはいい運転手、いい食堂のアジュンマ、そしていい人、そんな人ばかりに出会うのである。本来喜んでいいのだが、何だかちょっと悲しいのである。本当に贅沢な悩みである。でも・・・。本当に悲しいのだ。この悲しみを誰に伝えればいいのか。本当に悲しい。(何だか自分は韓国万歳的な立場にいるような気がする。それでいいのか?)

とまあ、酔っぱらってしょうもないことを書いて、今朝起きたらというか、電話がかかってきて起こされたら9時50分頃だった。まずい。今日は何度も会っている日本語の先生のじいさんと9時30分に会う約束をしていたんだった。その電話は出たらもう切れてしまっており、どうしようもなかった。何とかその先生の家の電話番号を見つけて家に電話したが、先生はピッピ(ポケベル)は持っていないし、とにかく行くしかなかった。でも私だけを待っているわけではなく、先生のほかにも2人待っている。ああ、またやってしまった。大寝坊!自己嫌悪に陥ってしまった。だめだ。この瞬間にもう何もできなくなってしまった。今思えばその時にすぐ約束場所に行けばよかったのだが、何故かそのままぼーっとしていた。

 その後また30分くらいして、電話がかかってきた。ひたすら謝って今からでもいいから来いというので、タクシーをとばして11時頃約束場所のスユというところに行く。計画では先生の田舎に遊びに行くのだったが、かなり遅れてしまった。でもこれから行くという。その時もまだ自分は酒で頭が少し痛いのと、恥ずかしさとで苦しかった。そこから1時間半ほどバスに乗って先生の故郷の新鉄原という北朝鮮との休戦ラインに近いところまで行った。何故新鉄原なのかというと、南北に分断され、元々の江原道鉄原郡が分かれ、元々の郡庁のあった鉄原はあまりにも北朝鮮に近いため、ここに郡庁を移したそうだ。

 バスが止まったところで少し待っていると、先生の息子だと私が勝手に思っていた人が車で迎えに来た。それに乗ってまずはニジマスの刺身とメウンタンを食べる。味はまあまあ。ここで先生は焼酎を一人で1本半くらい飲んで完全に酔っぱらってしまった。私は昨日の夜のこともあって余り飲めなかった。こんなに酒をまずく感じたのは初めてだった。

 その後、かなり北まで行き、それから先生の家に行く。そこには二組の夫婦とその親と思われるおばあさんが住んでいた。帰りにようやく疑問は解決するのだが、先生はこの人たちに田舎の家を貸しているのである。それで週末に帰ってきたりしているそうだ。そこではまず、趣味なのか仕事なのか分からなかったが、テレビカメラのような機械で撮った風景の映像をそこに住む男性に見せてもらった。そんなことをしているうちに、一緒に行った先生の弟子の韓国人の方がユンノリをしようと言った。ユンノリとは、半円柱の木の棒を4本投げてそれで出た目で行う大人の双六のようなものだ。双六のように単純ではなく、4つの駒をうまく4つとも上がらせたら勝ちというものである。単純だが、かなり頭を使い面白い。2回やったが、1回目はルールをよく分からないままやったため、ルールを知っている人が楽しそうにああだ、こうだ言っているのを聞いていらいらした。2回目の前にルールをしっかりと確認したので、2回目は楽しかった。勝ったからでもあるが。

 そんなところで、帰りもバスに乗ってきて帰ってきた。旧正月の最終日であったがさほど道は混んではいなかった。書いてはいないが、結局茶房(タバン)に3回も行った。先生はかなりタバンが好きである。タバンのアガシが好きなのだが。ただインスタントコーヒーをそんなに多く飲むのは体に悪い。でもタバンはどこも結構流行っていた。これはちょっと意外だった。だから街中にもあんなにたくさんあるのか。完全におっさんのたまり場である。

 今回は先生が酔っぱらっており、途中であなたの韓国語は下手ですから、年をとった人に日本語で話してやって下さいと盛んに言っていた。下手と言われたことにもカチンときたが(必要以上に「うまいですねえ」と言われるのも腹が立つが)、何も日本語で話すように強要しなくてもいいじゃないかと思って腹が立った。貸している家のおばあさんはかなり忘れているような感じだったが、少し覚えていた言葉の中に「赤い、赤い、日の丸」という文句があってそれも楽しそうに言うのである。とても複雑な気持ちになった。それにしても今日は韓国語の実力が落ちているように感じた。ちゃんと勉強していないのが原因だが。それから話すことを最近していないから。昨日の続きではないが、恵まれすぎである。

1月27日(火)

 今日からソルラルという旧正月の3連休です。夕方に人に会うために出かけてバスに乗りました。すると、バスの運転手が「オソ オセヨ 。カムサハムニダ。(いらっしゃいませ、ありがとうございます)」というではないですか。驚きました。こんな風に挨拶をしてくれる運転手に出会ったのは初めてです。ちょっと驚きながら空いていた座席に座りました。すると、今度は大きな声で喋っています。初めは独り言かなあと思いましたが(独り言をでかい声で喋る人が多い)、一番前に座っている客と世間話をしているようです。それにしても声が大きい。かかっているラジオの音が聞こえないほど大きい。私はバスの中で新聞を読もうとしていたのですが、うるさくて集中できません。いいところがあれば、必ず悪いところがある。実に韓国的な運転手でした。でも、帰り際にも「カムサハムニダ。アンニョギ カシプシオ(ありがとうございました。お気をつけて)」と言ってくれました。少なくとも悪い人ではなさそうです。まあ、よしとしますか。さすがに街は人通りが少なかったですね。

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1月26日(月)

 朝のことです。会社に行こうとコートを着てさあ、出かけようとした瞬間です。突然部屋の電気が消えました。自動的に消える玄関の電気かと思いましたが、違うようです。と思った瞬間、何か焦げ臭いにおいが。外を見ると煙で真っ白です。これはどうやら火事のようです。おいおい。

 慌てて外に出ると、玄関から出て下を見ている住人が何人かいる。そんなのんきなことでいいのか。階段からは煙が上がってきており、降りられそうにない。それで、向こうの階段から下りて地上に降りると、地下から煙が上がっているのが分かった。そして1分もすると消防車が数台やってきて、ホースを持って地下へ。煙が白いからさほど火災はひどくないことだけは分かるが。それでも少し不安なので10分ほど見ていた。どうやらたいしたことはなさそうなので、会社に出かけた。

 会社から家の留守電に電話をしてみるが、電気はまだ復旧していないようだ。その後何回も電話をして夕方には電気は復旧した模様。それにしても、何ら避難しろという放送もなかったし(まあその必要もなかったのだが)、こんなんでいいのだろうか。何はともあれ、大事にいたらなくてよかった。

1月25日(日)

 最近、地下鉄の駅に次の駅を示す電光掲示板が設置されてきている。今までは、空港の行き先を示すような、パタパタと表示板が回って次の行き先を示すというものだった。今日は夜の帰りが遅く、乗換駅で家までの電車が残っているか少し不安だった。乗り換えを走ってすませてホームに着くと、次の電車は○○行きと自分の家までは行かないことになっていた。しまったと思って地上に出ようとしたら、電光掲示板が広告や、案内をはさんで「この電車は  行き」とどこ行きなのか分からないが、ただ「  行き」とだけ出た表示が出ていた。終電の前の電車なら家まで行くので、次の電車が本当に家まで行く電車なのか確かめることにした。反対側のホームを見ると、この電車の方が早く来るようである。

 そして電車は来た。家まで行く方だった。よかった。それにしても何で電光掲示板に変えたのか。今までの方がぱっと見て分かるのに。しかも行き先が出ていないとわけが分からないではないか。つい最近までは試験期間だったのだが、どうやら正式に稼働し始めたらしい。全然試験期間がいかされていないじゃないか。わけが分からない。わけが分からないといえば、ドラマ「モレシゲ」のセリフが難しすぎてわけが分からない。それでも見ているが・・・。

1月24日(土)

 スキーに行ってきました。場所は江原道にある現代星宇リゾートというところ。名前のとおり財閥の現代が作ったスキー場でリゾート施設のホテルやコンドミニアム等も整備されているところでした。
 朝、6時10分に家のすぐ近くの場所が集合場所です。前々から気にはなっていたのですが、家の近くのスーパーの前によく観光ツアーのバスが止まっていたのですが、本当にこんなところが観光バスの集合場所になっているとは思いもしませんでした。ましてや自分が乗ることになるとも。そんなわけで、朝6時に家を出ても余裕で集合時間には間に合うわけで、それでも少し出遅れたので走って行きました。それにしても朝は寒かった。新聞を見ると江原道の春川の最低気温が−17度、江陵の最低気温が−13度でした。ソウルもそれくらいはあったでしょう。とにかく、これではスキー場はどれほど寒いものかと恐ろしくなりました。

 そして実に何人募集しているか分かっているのかどうかもわからない実にいい加減な受付をすませて、バスに乗り込む。同行者は職場の同僚である。バスは途中ロッテワールド前のもう一つのバスの停車場に止まってスキー場に向かい、途中の休憩をはさんで2時間半ほどで到着。降りると確かに寒い。ほんのわずかな距離でも手袋なしで歩くとすぐに手がかじかんでしまう。そして、スキーと靴を借りるために施設の中をうろうろ。券を買わなければならないということが分かったのだが、その券売所が外にある。何故だ〜。もう最低だった。何だ、このセンスのなさは。列に並んでいたら、何か自分の横で一人の客が「スノーボードを借りるつもりが、間違ってスキーの切符を買ってしまったから、これを買ってくれないか」と言ってくる。何だが、怪しかったが、会員割引のチケットで安かったので購入。5千ウォンくらいは安くついた。

 その後、もたもたしながらも準備を整え、ゲレンデに出る。土曜日の午前ということと景気のせいもあってか空いている。非常に空いている。リフトも待ち時間はほとんどゼロ。すいすい流れる。私も滑るのは3年ぶりであまりうまくはないのだが、緩いコースが多いこともあり、午前中だけでかなり滑った。すでに午前中でひざにきた。でも、天気が最高によかったので気持ちよかった。

 昼を食べて、ビールを飲んで、午後も滑る。午後になり少し混んできたが、それでも待ち時間が1分くらいになっただけ。ただ午後になると急なゲレンデはかなり削られてきて氷でザラザラの状態になってきた。急なコースが3つほどあったのだが、日陰になっていたり、したところはかなり怖かった。それでも、以前に比べれば転ぶことは少なくなったのだが、それでもどういうわけか平地で良く転んだ。なんでもない緩やかなところで。かなり恥ずかしいものがあった。

 まあ、何とか怪我もなく4時頃まで滑った。このころになるとみるみる冷え込んできており、温度計は−11度を指したかと思えば、あっと言う間に−12度まで下がった。最後に缶ビールを飲んで、終了。帰りのバスに乗り込んで、ぐっすり寝ながら帰った。帰りは混むかと思ったが、そうでもなかった。こんなところにも現在の韓国の状態が現れているのか、でも遊びに行く人間にとっては非常に助かるのでありがたい。帰ってからは出前を頼んだのだが、結局持ってこず。電話もしないで家にあったインスタント食品で夕食を済ませた。そして、撮りだめしていたビデオを見て、テレビを見て。眠くなったので12時に寝た。翌朝起きたらかなり疲れていた。

1月23日(金)

 昨日は体調不良のため、休みました。すいませんでした。
 さて、今日は仕事もそこそこに「ピョンジ(手紙)」という映画を見に行ってきました。一人で。寂しい・・・。インターネットで時間を調べて最後の回が9時からだと思い、8時半に映画館に着いたら、始まりが8時半からであせって券を買って中に入る。すでに映画は始まっており、はじめの5分くらいを見逃したことになったか。でも、今日までの上映だったらしく、看板等はもう次の映画に変わっていたので、まあ今日行っておいて良かったのだ。

 噂ではかなり悲しい映画だという話であったが、思ったほどでもなかったというか、別に常に悲しいわけではなく、最後のビデオを撮っているところに電話がかかってくるところが最もいいところなのだが、そこがく〜〜、何を言っているのか分からないではないか。とにかくいろいろな伏線がひかれてあって、それに感動してしまうのである。というか、話が短くて、のめり込んだらとことんのめり込むが、そうしないと全くさめていまうというかそういう映画でした。で、私はもちろん前者ですね。単純です。

 私はとにかくチェ・ジンシルの演技というか、女優魂にいつも感動してしまうのである。何であの年であそこまで可愛くできるのか。あれにとにかく感動する。やはりプロたるもの、こうでなくてはならない。それにしても、またも日韓関係が悪化か。何だか1月、2月は必ずこういう問題が起きているような気がする。竹島問題も同じような時期だったしなあ。この時期は、韓国民の反日感情をあおらねばならない必要でもあるのだろうか。まあ、どうでもいい。どうでもよくはないのだが、どうでもいいのである。これにとっては。

1月21日(水)

 久しぶりに漢南洞(ハンナムドン)の飲み屋に行った。そこは日本人向きの高いカラオケ、おねえちゃん付きの飲み屋が集まっているところである。行ったときは少し早かったせいもあったのだが、しーんとしていて、やはりIMF時代の影響かと思った。それにしても久しぶりである。こっちは全然覚えていないのに、相手のおねえちゃんが覚えていることもあったりしてまあまあ楽しかったです。というか、久しぶりに行ったこともあってやけに新鮮で楽しかったです。そんなことを考えているうちにいつの間にか結構客が入っていた。日本人も多いのだが、韓国人も結構多くて驚いた。あまり景気には関係ないのだろうか。影響はあると思うのだが、思ったより客が多かった。

 それにしても、今日は長く韓国に住んでいて日本に帰った人が職場に遊びに来て、その店に行ったのだが、日本の飲み屋とかではここまでの馬鹿話はできないのに、韓国では店員とのやりとりだけでも面白いと言ったのを聞いて何か嬉しかった。ソウルに住んでいたときは韓国をボロクソに言っていたのだけれど。

1月20日(火)

 今日はソウルにしては珍しく雪が積もりまして、5センチくらいは積もったでしょうか。翌朝になっても残っています。こちらは気温が低いので、積もった雪は一気に凍ってしまうので、スケートのように歩く人たちが出没します。今日ももちろんそうでした。

 ところで、今日は友達と会うために地下鉄の2号線に乗りました。その2号線は途中で地上に出る区間があるのですが、駅の間で途中少し止まったので、また故障かと思ってしまいましたが、単なる信号待ちだったようです。で、その時の会話で雪のほとんど降らない地方の日本人は、地下鉄が雪のためにとまるのではないかと心配していました。富山育ちの私の感覚ではこの程度の雪で電車が止まるという感覚は全くなかったので、面白いものだと思いました。韓国人の友達も雪で止まったというのは聞いたことがないと言っていました。まあそうでしょう。私も学生の時に雪で電車が止まってほしいと思ったことが何度もありましたが、遅れはしたにせよ、運休というのは一度もありませんでした。でも東京だと止まるんだよなあ。いつもはバスで帰る道も今日は凍って怖かったので地下鉄で帰りました。何の問題もなかったです。

 ところで今日の話の中で今人気急上昇の芸能人が、以前その友達の妹と同じ高校に通っていたという話が出てきました。そこで、その芸能人の本名は実はとても田舎くさい名前だという話が出てきて面白かったです。単に名前の一字(韓国人は漢字で姓が一字、名が二字の名前が多い)を変えただけなのですが、それでかっこいい、田舎臭いというニュアンスが出るというのが面白かったです。このへんのニュアンスが分からない自分がすごく悔しかったりしますねえ。そうなんですよ、私は歴史とかを知らなくても全然悔しくないのですが、こういう韓国の大衆的な一般常識を知らないとすごく悔しく思ってしまうんですね。「ソウル市内の映画館と言えば、ここだ」とかそんなことです。そんな私は少し変でしょうか。

1月19日(月)

 久しぶりにソウルらしい寒さになりました。おまけに大変乾燥しているので、もうそこは冷凍庫のようです。零下13度とか言っていました。寒いのは我慢すればいいのですが、乾燥しているのに困っています。最近というか、去年の年末から肌荒れがひどいのです。私が肌荒れというのも気持ちが悪いですが、本当にひどいんです。いちおう、人様から見える顔などは、無事なのですが、見えない胸や肩、腕などがひどい状態です。いちおう、毎日薬をぬったり、ニベアをぬったりとしていますが、あまり良くなりません。一時期に比べたら少しは良くなっているのですが、それでも普通に見ると困ります。銭湯には行けません。別に行っていないからいいとも言えますが。そんなわけですので、肌の弱い方で、今の季節旅行される方は注意して下さい。はっきり言って寒いだけです。そうそう、暖かくていいオンドルも乾燥を助長しているようです。

1月18日(日)

 モデムの修理をしてもらおうと出かけた。まずは、鍾路にあるT-ZONEに行った。噂には聞いていたが、日本の秋葉原にあるものに近い。賞品の配置もそうである。店はビルの3階までが、T-ZONEである。そして、そのうえは映画館なども入っているようだ。で、そこで修理を受けつけてもらえるかと聞いてみたところ、ダメとのこと。買った店に行ってほしいとのことだったので、久しぶりに龍山電子商街に行く。地下鉄に乗り、長い陸橋をわたってさらに歩いて電子ランドへ。久しぶりに行ったら、チョリp(組立)の店がかなり増えていた。半分近く、いや半分以上がチョリpだった。チョリpというのはいわゆるパーツを組み合わせてその店で自分の好みに合わせてオリジナルPCを作ってくれるというもの。実際、安いのかどうなのかは良く分からないが、これだけ店が増えているのを見ると、やはり安いのだろう。モデムの方はというと、その買った時の店が見当たらず、他の店で聞くと、このメーカーのモデムは輸入元の会社が不渡りを出して、今国内にその部品を扱っているところはないと言われ、あきらめた。

 で、その後電子ランド近くのバス停から市内行きのバスに乗って南大門まで行って、そこでカムジャタンで夕食としたが、これが異常に辛かった。ほんの少ししか食べられなかった。久しぶりだなあ、あんなに辛いと思うのは。で、結局そのまま帰って。バスの中でうとうとして。危なく乗り過ごすところだった。最近車が少ないので、すんなり漢江も渡ることができて、思ったよりかなり早く帰ってきた。おもわぬところで経済状況を実感することになった。

1月17日(土)

 知り合いの韓国人の家に呼ばれて行ってきた。奥さんは日本人でソウル市の南の軍浦市の山本(サンボン)というところに家はある。そこはいわゆる新都市といわれるところで、高層団地が集中しているところであり、ソウル市内へは電車で1時間から1時間半といったところか。街が若いということもあり、団地は皆新しいものだった。その人は元々日本で留学しており、当時の写真を見せてもらったが、それはかっこいいソバンチャという感じであった。彼がソバンチャにいれば、日本でももっと売れたに違いない(^_^)。

 まあ、それはさておき、そこで他愛のない話をし、麦酒、焼酎とかっくらって10時頃に近くの職場の現地スタッフの家に行って、花札の講義。「ゴーストップ」というゲームを少し教わった。いちおう、ルールは分かったつもりになったのだが、今考えてみるとやはり今一つ分かっていない。私が日本でやっていたものと比較して役に立たない札というのがないから、頭を使いそうだった。だって、全部何らかの役に繋がりそうな札になるのだから。こういうルールを分かりやすく説明したhomepageはないものだろうか。ふと思ってしまった。そんなわけで家に帰ってきたのは午前3時を回っていました。

1月16日(金)

 今日、今後の予定をいろいろと手帳に書き込んでみました。大体私はこういう事前に計画をたててどうこうするというのはしないほうなんですが、さすがに予定を組んでおいた方がいいかと思い、考えてみた。とりあえず、大変そうだ。でも絶対こんなの実行しねいよなって感じの計画になってしまった。それに絶対に抜けているものがあるよな、って感じだったし。

 そういえば、最近あまり大きいニュースがないですねえ。雪嶽山の大雪くらいでしょうか。ソウルは全然降っていないのですが、あちらの方はかなり降ったようで、高速道路の一部区間で車が身動きとれなくなったところもあるとか。さすがにもうそれは解除されたようですが、登山者がなだれに巻き込まれたとか結構大変だったようです。私の田舎にも遭難することで有名な山がありますが、やはり冬山は怖いです。さすがに行く気になりません。

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