12月31日(水)年の瀬に 景色について 思ったり
12月30日(火)安東に 日帰りで行き 夜ライブ
12月29日(月)会場が 決まり問題は これからだ
12月28日(日)お休みの 現実逃避は もう終わり
12月27日(土)大丈夫? 物の値段も 知らなくて
12月26日(金)今になり 謝るんなら 元からしろ
12月25日(木)偶然に とても良かった コンサート
12月24日(水)街中を 一色にする 彼の新譜
12月23日(火)情けない 麦酒だけで ヘロヘロに
12月22日(月)お願いだ 僕の質問に 答えてよ
12月21日(日)独立の 歴史を描いた 紀念館
12月20日(土)今年もまた 後送りにする 年賀状
12月19日(金)夜更かしも 最後の授業は 眠くない
12月18日(木)激動の 人生の末に 金大中
12月17日(水)そんなにも キムチの汁は うまいのか
12月16日(火)水のように 飲まれてしまう うまい酒
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12月31日(水)

 午前9時半頃の飛行機で田舎の富山に帰る。日本人の観光客が多かったせいか思ったよりも客は多かった。飛行機に乗る前に昨日買った安東焼酎2本と雑誌、キムチ、おみやげ用のCDを買い込み、準備完了。いつになくゆとりのある出発である。

 飛行機は1時間45分ほどで到着する。何度も見た風景であるが、ずいぶんとのどかで静かな田舎である。今日思ったことだが、韓国の田舎とうちの田舎は似ているようで少し違うような気がしていたのだが、それがなにか分かった。うちの田舎は色が青々としているのである。冬でも道の草が青いのである。韓国だと道の草が枯れて茶色くなっているのでそこが違うのだ。だからうちの田舎の方が明るいような気がする。ただ、韓国の茶色くどこか暗い雰囲気も好きだが。


 昨日に続いて今年を振り返りましょう。7月は
12日の社長とゴルフですね。8月は何故か切れている31日でしょうか。
 続いて9月はサッカーを見に行った12日と中国を旅行した18日ですね。
 10月は雪嶽山に登った19日。印象に残っています。とにかく10月はサッカーのこともあってどこか重苦しかったですね。
 11月は何といってもサッカーの日韓戦を蚕室で見た1日と本戦進出決定の16日、怒涛の旅行案内24日等が印象に残っています。
 12月は19日の最後の授業、そして25日のアン・チファンコンサート、26日の大忘年会、こんなところでした。本当にいろいろあった年でした。来年がいい年でありますように。

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12月30日(火)

 今日は朝早く出かけて飛行機で安東に行って、陶山書院と河回マウルに行ってきた。一度は行ってみたいと思っていたが、なかなか行く機会がなく、昨日思い立って飛行機の切符を買って出かけることにした。といっても、夕方にアン・チファンのコンサートに行く(また行った)という用事があったので、8時発の飛行機でソウルを発ち、3時発の飛行機で安東から戻って来るという強行軍。それでも2カ所を強引に見て回ってそれなりに価値はあった。

 陶山書院は韓国を代表する朱子学者退渓(テゲ)が研究と弟子の育成のために16世紀に建てたもので、安東市内からバスに揺られて50分ほどの山の中のひっそりとしたところにある。そこに至るまでの景色は絵に描いたようなのどかな田舎の風景で、バスも停留所のないところに止まって人を乗せて行く。ここでは人が停留所のようである。今日はかなり寒く川や田んぼには氷がはっていて、訪れる観光客も少な目だったが、それがまた学問の研究をしていたという雰囲気を醸し出していた。それから、目の前を流れる洛東江のゆったりとして、すこし凍っている流れもよかった。

 バスは本数がそんなになく、時間があまったのでそこにあった売店で少し休み、せっかく安東に来たんだからと安東焼酎を買い、またバスに揺られて市内へ。市内へ戻ると若干時間があったので、食事もせずにタクシーを借り切って河回マウルへ。ここは柳家という昔の両班の家が残っている今も人が住んでいる村で、時間は短いながらも趣があった。その柳なにがしという人は秀吉が攻めてきたときにそれに対抗して、その攻撃から守ったということが書かれてあった。

 そこでかなり写真を撮って、空港へ向かう。空港は今もそうだが軍の基地の中にあり、安東市内からはバスで50分くらい。河回マウルからは30分くらいか。そして飛行機でソウルに戻り、明日日本に帰るためのおみやげを買いにとある店にいったが、店を改装するのか店がなくなっており、しかたなく餅だけを買い、荷物を家に置いて再び出かける。そう、アン・チファンのコンサートを見に。先日見た物と構成等は全く同じだが、こう来ると分かっていても感動してしまう。rinaさん、ありがとうございました。


 さて、今年もあと2日ということで、ちょっと今年を日記で振り返って見ます。
 まず、1月。この月は
2日の飛騨ヒッチハイク事件に尽きますね。あの時は本当に助かりました。
 続いて2月。この月は22日にあった職場のイッチャナさんの結婚式です。式自体はあそこまであっさりしているのに見えないところで大変なんですよね、韓国って。
 3月は7日のロッテワールド恥ずかしい写真事件でして、妹を案内していた私の面目が丸つぶれでした。ああ、恥ずかしい。
 4月は18日のRoo'Ra解散。今やチェ・リナはすっかり貫禄がつきました。キム・ジヒョンはどこへ・・・。
 5月は4日15日にインターネットで知り合ったくま子さんや一の橋さんに会ったことです。ともに私がページを立ちあげた頃からの知り合いの人でその後も年内に1度ずつ会いました。
 6月は忘れもしない29日にキム・ジヒョン(本物)に会ったこと。もうこの日は朝からソフトボールの大会があったり、夜遅くまで飲んだりと大変でした。
 続きは明日の日記で。

12月29日(月)

 2002年のサッカーW杯の韓国での開催地が決定されました。開催地はソウル、釜山、大邱、光州、蔚山、大田、水原、西帰浦、全州の10カ所です。時間がないので、評価は避けますが一言で言わせてもらえば、多すぎ!6、7カ所にしぼるんじゃなかったんか!つまらんところで日本に合わせるな!金がないのにそんなことしている場合か!でも頑張って成功させて下さい。以上。

12月28日(日)

 今日もウダウダと。ホームページの新しいページを作ろうかといろいろやっていたが、とても全部完成するのは難しいということが分かり、昼寝して、電話がかかってきて起きて、何かすることはあるんだけど、それを避けていてそのうちに、またニューコアに行って靴下とかシャツとかを買って。昨日と変わらず店員は暇そうだったりして。

 まあ、いずれにせよ、今年も残り3日くらいになったわけでそれまでにしなければいけないことがあることに変わりはない。さあ、やろう。


12月27日(土)

 今日は朝からウダウダと掃除をしたり、写真の整理をしたりしていました。で、写真の整理をするためにアルバムを買おうと思い、近くのニューコア百貨店へ。以前も書きましたが、ここは今経営状態が悪く不渡りを出す寸前のところまで来ています。私が韓国に来たときにはいつもセールをしているような感じで安くお客さんも多かったのですが、今は景気の悪さも手伝って中ががらんとしています。

 で、アルバムを買いに文房具売場へ。アルバムを探しているとおばさんが声をかけてくる。「何をお探しですか?」私が「アルバムはありますか?」と尋ねると「ああ、ここにありますねえ。」と答えてくれる。で、自分の望みの小さめのアルバムを買おうと思い、「これを2つ下さい。」という。するとおばさんは「分かりましたよ。ところでこれいくらなんでしょう?」と言いながら値札を探す。「目が遠くて見えないんですが、ここに値段書いてありますか?」とか自分に聞いてくる。なかなか見つからず「今、店の主人がいないんで分からないんですが、もう少ししたら戻ってきますから、その時にまた来て下さい。」と言った。見るに見かねてか、レジを打っていた若い店員が出てきて値札を探す。よく見るとそれはアルバム本体に書いてあった。これでようやく一件落着。それにしても、ニューコアはやはり大丈夫ではないかもしれない。


12月26日(金)

今日はネットを通じて知り合った呉光朝さん、オカトホさんとその愛読者の皆さんとのソウル大忘年会だった。参加者は総勢9名、私と前述の2人に本間加奈さん、DKさん、うぉるさん、山田ル太−さん、スーバクさん、ハヤミンさん。DKさんのように帯広から出てきて札幌で一泊をしてソウルに乗り込んできた気合いの入った人もいれば、山田ル太−さん、スーバクさんのように大邱や釜山から上京していた人もいる。

 集合時間は5時だったが、私は一応定時の5時半まで仕事をして、それから45分ほどかけて江南(カンナム)にある夕食会場のオデガムというイカ料理の店へ行った。店のドアを開けると目の前にオカトホさんの顔が見えて、ネットで名前だけ知っている人との初対面。個人ごとに書くと、本間加奈さんは想像のイメージよりもあっけらかんとした感じでしたか。DKさんは大体想像通りでしたが、実際の年が若いので驚きました。うぉるさんは、思ったより年上の人だったので驚き、山田ル太−さんはその逆で若さにびっくり。自分と年がそんなに変わらず、山田ル太−さん30代後半と思っていた私はすっかりだまされました。スーバクさんは、う〜ん、私はずっと男と思っていたのだが・・・。しかもベイビーフェイスだし。全然掲示板を読んでいない証拠ですね。そしてハヤミンさんについては、お〜いその年でそういう文章書くのかよ〜と心の中でうなっておりました。

 さて、オデガムは私が行った時にはほとんど皆さん食べ終わっている感じでして、すぐに移動することに。次は呉光朝さんが狙っていたカニの店が満員でその横くらいにあった店で、ポソッジョンゴル(きのこ鍋)とサムギョプサル(豚バラ肉の焼き肉)を食べる。ここでは、個人的には「
伊勝庵」という言葉が呉さんの口から出てきて泣いてしまいました。名古屋大学OB2人と南山大学OB1人がたまたま韓国という地で出会ってしまうのがインターネットの面白さである。

 その後は江南区庁そばの「六本木」という団欒酒店へ行き、カラオケをすることに。そこは日本語の歌もあるということでそこは選ばれた。部屋に入り歌うが、まず日本語のカラオケの方で予約した曲と違う曲が出てくる。これは単に歌本の手動コードを入力するところをオートチェンジャーコードを入れていたという日本を思い出させる間違いだった。しかし自分たちで曲の取り消しが出来ないという機械で、そのたびに店員を呼びにいって曲を止めてもらう。2回目で部屋の電話で118にかけてくれといわれる。そして、日本語で呉光朝さんやDKさんが歌い盛り上がるが、韓国の歌が予約を入れているのになかなか出てこない。また店の人に文句を言いにいくと、機械の後ろにスイッチがあってそれで切り替えるのだそうだ。しかも日本語の予約が全部消えないと始まらないらしい。ああ、こんなややこしいんだったらどっかに書いておけよ〜、って思ったが、普段はそういうのはアガシがやってくれるから書いておく必要はないのだろうか。

 そして次は韓国の歌タイムです。そうなれば私は当然歌うのです。まず「サナイ カヌン ギル(ポムセンポムサ)」で勝負。今までで最高の出来でした。ラップが80点つけられるレベルでした。しかし、それよりもうぉるさんと一緒に「アガシ」や「DOCワ チュムル」を歌えるし、個人的には日本人と韓国の曲を歌えることに大満足でした。さらに、スーバクさんが「ケッツアイ」と「ネガ マニル」を歌うし。その2曲には私弱いんですが、私の心を見透かされているのかと思い、あとで思えば空恐ろしくなりました。オカトホさんのキム・ワンソンもねえ、全然知らない曲ではあったんですが、うまいです。

 その後、再び日本語の歌に戻り、ハヤミンさん歌いましたねえ。普段書いていることと平凡な曲のギャップが面白かったです。今回の会の議長をつとめられた山田ル太ーさんは、その任務のためか少しお疲れのようでした。それにしても皆さんうまいです。さすがにソウルでオフをしようという人ばかりでした。結局そこを11時くらいに出て、次は近くの屋内ポジャンマチャ(屋台)に。ここに入ってから私、急激に鬱モードになってしまいまして皆さんにご心配をおかけしてしまいました。すいません。ここでのことはあまり覚えてないです。

 そして、その次は呉さんの家に行くためにタクシーを捕まえる。どうもその時私はふらふらしていたりしていたそうです。乗車拒否をするタクシーをたたいて、そのタクシーの運転手が怒って少し先で止まったり。ええ、あれははっきりと意識がありました。実はああやってたたくことは今になって始まったことではなく、以前にもしたことがあって、その時私はタクシーが自分を乗せるために止まったのだと思い乗り込んだのですが、少し走ってから運転手が「さっき車をたたかんかったか?」と言われ、「いや」ととぼけながらも冷や汗をかいたことがあります。でもその運転手は私を家まで送ってくれました。いい運転手さんでした。すいませんでした。

 そういった紆余曲折があり、呉さんのサンダーバード駐車場のある家に。ただそこに行っても私は依然として鬱モードであり、すぐに帰ってしまいました。本来ならば皆さんをもてなさないといけない立場にあるんですが、勝手にふるまってしまい申し訳ありませんでした。本当に情けない。でも、私ああいうことが1年に30回くらいあるんです(←ありすぎ)。本当にすいませんでした。掲示板、メールで私を「ナップン ジャシk」などと誹謗中傷しても構いません。もう一度申し上げます。本当にすいませんでした。残りの滞在が楽しいものであったことを祈っております。今日も字余りでした。


12月25日(木)

 アン・チファンのコンサートに行ってきました。良すぎました。内容はまた後日書きます。(本当に)

12月24日(水)

 景気が悪かろうと、資金支援が前倒しになろうと、今日はクリスマスイブでした。不況の中、さぞかし雰囲気が悪かろうと思われるかも知れませんが、そんなことはありません。普通です。去年より悪いとか静かとかいう気はしませんでした。街を行く人はケーキを持っている人が多く、花束かかえてあるく男がたくさんいたり。まあ、当たり前のクリスマスイブでした。

 しかし、去年とはちがうのはこれです。街を歩いていると街角のテープ屋台から聞こえてくるのは、去年はクリスマスソング一色でした。普通のクリスマスものからダンス風にアレンジした企画ものまでいろいろ。ダンスものといえば、去年も今年もturboは企画版を出しているようです。で、今年は何が違うのか?街を歩くとゴンモ一色。うぉぉぉ〜〜!今週はじめに延びに延びていた90年代最高のエンターテイナー、キム・ゴンモの新譜5集が出たのです。去年出たときもそうでしたが、新譜が出るとここまで街のテープ屋台でかかりまくる歌手はキム・ゴンモくらいです。あの独特の張りのある声。いいですねえ。私も今日CDを買いましたが、雰囲気としては4集よりも落ちついた仕上がりになっているようです。


12月23日(火)

 いやあ、ビールだけでベロベロです。久しぶりにキリンビアフェスタというキリンビールがやっている店に行って来ました。まあ、飲むわ、飲むわ。ビールだけで本当にヘロヘロになりました。何杯飲んだんだろうか。職場の人の誕生祝い(天皇陛下と同じ誕生日!)だったのですが、出席者の中には韓国人男性と日本人女性の夫婦もいて、その韓国人男性が下ネタに走るわ、飲むわで大変でした。私の方は少し疲れもたまっていたようです。情けない。それにしても、何で名古屋栄のセントラルさん(長いよ!)にこのページのことを言うんだ〜〜〜。名古屋栄のセントラルさん、これを見ても2度と見ないように(爆)。来ないことを祈ります。

12月22日(月)

 今日はたまに会う日本語の先生もする自由寄稿家のクシャおじさんに会って、夜飲んだ。職場からタクシーで先生の家の近くに行って、まずはコプチャンクイ(モツ焼き、こてっちゃんの味がついてないもの)で焼酎を飲む。昔からそうだがこの人とは話が噛み合わない。結構勝手に喋るのである。そのうえ、人の疑問には答えてくれない。このへんが実にいい。短所も長所にかえてしまう私である。それにしても今日の話で笑えたのはこれ。

 移動中のタクシーの中で、「クィットゥラミ(こおろぎの意味)ボイラー」という店を見て、「ここのボイラーは故障したときにこおろぎの鳴き声がするんで、それが売りなんですよ。」という。本当かよと思ったが、先生がタクシーの運転手にも同意を求めて、運転手も「おお、そうだそうだ」とか言う。う〜ん、韓国人おそるべし。発想がくだらなくていいです。しかもボイラーだけに秋にはあまり鳴らず、冬に鳴るそうだ。実にしょうもなくていい。(え、あまり面白くないですか?その時は面白かったんですけどね。)

 それから途中で弥阿コゲ(峠)を通った。いつも地下鉄で移動するので上を通ったのは初めてだった。どういうわけかここが有名なのは知っていた。そこで私はなぜここが有名なのかと聞いたが、動乱がどうのこうのとか言って別の話になってしまい、結局良く分からずじまいだった。相変わらず話が噛み合わない。まあ、そうこうしているうちに次はその先生が昔通ってよくもてたというタバンへ。行ったものの店のアジュンマに愛想を尽かされて、そして先生の要望によりノレバンへ。また行っている。最近ノレバンづいている。1時間半の間、ほとんどトゥロットのみ。私もそちら方面はあまり知らないのだが、日本語の曲が少しあったのは驚いた。でも、タクシーで行ったためあそこがどこだったのかよく分からない。先生はベロベロに気分良く酔っぱらってごきげんである。相当にノレバンが好きなようである。まあ、私も人のことは言えないが。


12月21日(日)

 天安(チョナン)にある独立紀念館に行って来ました。1週間前に日記に書いただけあって、行く気になりました。天安はソウルから南にバスで1時間ほど行ったところ。京畿道から忠清南道に入ったばかりのところが天安です。特になんと言うところのないまちですが、確か人口は50万人くらい(もっといたかも)いたと思います。朝、高速バスに乗り、天安のバスターミナルに着き、そこから市内バスで揺られて30分くらい。かなり田舎の方にあります。

 そこに着くとまず建物と敷地の大きさに圧倒されます。まず高い民族の塔があり、その後ろには、独立精神を扱った彫刻が中にある「民族の家」があります。「民族の家」の前には記念館創立時に全斗換大統領の言葉の入った記念碑。数字も全てハングルで書いてあったところが印象にのこりました。そしてその後ろに7つの展示館があります。全部真剣に見て回ろうと思ったら、1日かかります。私はまじめにハングルを読もうとしていたので、全部見て回れませんでした。7つの展示館は順番に民族伝統館、近代民族運動館、日帝侵略館、3・1運動館、独立戦争館、大韓民国臨時政府館、大韓民国館。だから私は最後の大韓民国館は見れませんでした。

 1つめの民族伝統館では、創始以来、朝鮮時代までの韓国の歴史。今思えばここは別にほかの博物館でも見れるので、簡単に見た方が良かったような気がします。次の近代民族運動館では東学党の反日運動や、伊藤博文を安重根義士が取り上げられています。私はこの辺の日清、日露戦争の歴史に未だに疎いので、かなり勉強になりました。(でも、また忘れるんですね、これが。)ところで、ここでは伊藤博文も漢字はつけてあるんですが、ハングル読みされて「イドゥンパンムン」と書かれてありました。この後出てくる日本人や日本の地名は全てそうなのです。これはいくらなんでもやりすぎではないかと思いました。

 3つめが何かと話題になる日帝侵略館。その話題の拷問シーンや拷問が体験できるというコーナーがありました。ただ実際見るとあまりいいものではありませんでした。一種ホラー映画に近い感覚ですが、韓国の人たちは平気で小さい子供にこう言うのを見せています。情緒形成上、問題はないのかと思いますが、韓国は普段のニュースでも平気で兵士が死んでいるところとかを映すので、その辺に対する抵抗が薄いような気がしました。展示物自体は西郷隆盛の征韓論から始まり、植民地支配まで実に分かりやすかったです。そもそも私の中で歴史の知識がないので、素直な気持ちで見れたので歴史を学ぶ上では非常に分かりやすく展示されていたかと思います。

 ここまででもう午後3時半くらいでした。1つの展示館に1時間以上時間をかけています。これではいけないと思い、あとは結構駆け足です。4つめは3・1運動館、朝鮮半島内だけでなく海外でも起こった独立運動、5つ目は独立戦争館でその時に活動した人の記録、第6展示館は大韓民国臨時政府館でこのへんではかなり焦りながら見た。第7展示館は見れなかった。でも結局は第4展示館までが面白かったような気がする。いずれにせよ、これだけ国の始まりから現代までを通して見れる博物館はいいと思う。どうも反日的なイメージばかりが大きいためか、ちょっとゆがんだものを想像していたが、それは改まった。なかなか見応えのあるところだった。

 そして、その後夜ソウルに戻ってインターネット仲間のrinaさん夫妻とご飯を食べる。相変わらずボケまくるだんなといい面白かった。最後はノレバンにも行ったし。相変わらず私は歌いまくってましたが。


12月20日(土)

 午後から職場に出て、ちょっと仕事をして年賀状を書いておりました。年賀状といってもこちらのはクリスマスカード形式のもの。元々年賀状を多く書く方ではないのですが、さすがに今年はお世話になった人が何人かいるのでその人には出しておきました。今、街ではあちこちでこのクリスマスカード、年賀状が売っています。今はもう安売りの時期ですね。最も安いところでは1枚200ウォンで売っているところもあります。去年もクリスマスカードを送りたかったのだけれども、結局後送りにしてしまい、クリスマスに間に合わず年賀状にしてしまった記憶が・・・。この性格は変わりそうにないですね。

12月19日(金)

 今日は最後の語学研修でした。学校に行って、今日は寝ませんでした(笑)。昨日1時半頃まで起きていたにもかかわらずです。最後にようやく眠くならない方法を考えつきましたが、遅すぎました。で、最後は私が一番好きな先生でした。そうならいいな、と思っていたので、そうなったので最高でした。ただ、やはりまだまだ知らないことは多いようで。最後にいつかノレバンに一緒に行く約束をとりつけて来ました。こんなことばかりしてるから、ダメなんでしょうが。ところで、自分のレパートリーは何曲あるんだろう。

12月18日(木)

 どうやら第15代大統領選挙は国民会議の金大中氏が当選しそうです。長年の野党生活を終えてついに政権を握ることになります。本当にこの人の大統領への挑戦の歴史は長いです。はじめて出馬したのは1971年です。私が生まれたのが1970年ですから、息の長さと熱烈な支持者がいるということに驚きます。ただし、今回の成功は与党の分裂が大きく後押ししてくれたのは言うまでもありません。票を見ているとソウルや京畿道でトップをとっており、都会の浮動票が多いと言われていたところでその浮動票をしっかり抑えたのが今回の勝ちに繋がりました。李仁済氏は本来都市部から受けなければならない支持を全く受けられませんでした。まあ、どちらにしても李會昌氏は李仁済氏を恨み続けるでしょう。

 現在、韓国にはやらなければならないことが山積みされています。何といってもこの経済をいかにして立て直すか。金大中氏はIMFと再交渉すると言っていたようですが、しない方がいいでしょう。ここで変に人気取りの政策で甘い顔をするとせっかく立て直しに向けてやろうとしていた努力が無駄になります。だから必ずIMFの言うとおりにしてほしい。経済構造の改革は特に。

 それと個人的にはつまらない差別をなくしてほしい。慶尚道と全羅道の対立が諸悪の根源だと思うからである。要は人を見下して自分の足下を見つめない。これが全ての始まりである。だからつまらない地域感情にこだわるのはやめてほしい、とここまで書いたが、この人は地元に帰れば神様なのである。光州とか木浦の人の喜びようを見ると分かる。甲子園で地元の高校が優勝したような大騒ぎである。それにしても一つの地区で95%以上の得票を得るというのはやはり異常である。同じ一票だとはいえ、何か不条理だなあ。


12月17日(水)

 少し為替と株価が安定してきました。もう完全に落ちついたような報道もあります。本当でしょうか。問題はなんら解決していません。とりあえず借金をしてその場をしのいでいるだけ。その場しのぎでしのいだツケがまた回ってくるでしょう。そういえば、借金国に対して援助と称してお金を貸す某国。大規模な減税をするらしい。某国も財政は借金だらけ。減税をして、金を貸して、そんな余裕があるのか。商売(貿易)で儲けているから韓国のようにはならないかもしれないが、借金に頼っていることは確か。借金は怖いですよ。

 また元に戻って韓国。今朝の報道を見ていると、あまりに楽観視しているのが気になります。ちょっと為替が戻っただけなんですけどね。こんな時にこのことわざが思い出されます。
「キムチクップト マシンダ(キムチの汁から飲む)」

意味は早合点するとか、取らぬ狸の皮算用とか。キムチは汁から飲むものではありません。身を食べるものです。そういえば、明日はいよいよ大統領選挙。身を食べる人が大統領になってほしいですが、それに該当する人はいるのか?ちょっと自信がない。ちなみにNHKのBSでも選挙速報をやるようです。私も
ここで個人的にやろうかと思います。よかったらご覧下さい。

12月16日(火)

 職場の忘年会がありまして、料理は日式(日本料理)でした。元々日本に住んでいる人が作った店であり、板前さんも日本人なので完全に日本の味です。刺身を溜まり醤油で食べられたのが良かったですね。ちょっと高い店ではあるのですが、この不景気にかなり繁盛していました。今日は日本酒の持ち込みがOKだったので、日本酒が4本持ち込まれました。私の田舎の富山の酒、満寿泉大吟醸特別限定版も持ち込まれて驚きました。こんな酒をこの忘年会の場で水のように飲んでしまっていいのか。そんなことを考えてしまった。実際水のように飲める口当たりのいい酒ではあるので、水のように飲んでしまうのですが、二本があっと言う間になくなりました。

 で、その後はまたもノレバンに行ってしまいました。ほとんど私の意向だったというか、周りをそういう風にしむけたような気がしますが。「ソウルクギョン」は難しい。大体一度もちゃんと聞いたことがないのに歌ってしまう自分も無茶ですが・・・。


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