11月30日(日)あどけない 幼い子供に 嫌われて
11月29日(土)釜山から 光州に行って 相変わらず
11月28日(金)あの曲が 選挙運動に 使われて
11月27日(木)見てるより やる方がずっと 難しい
11月26日(水)僻地まで 連れて行かれて 缶詰に
11月25日(火)吉野屋で 朝食を食べて 出勤だ
11月24日(月)最初から そこに行って いたならば
11月23日(日)酒なしで 時間をもたせる 奴だった
11月22日(土)呪われて いるのか単なる 偶然か
11月21日(金)材料が そこにあるから やる気になる
11月20日(木)苦労した 後にやりたい ことは何
11月19日(水)不思議だが 試験になると 寒くなる
11月18日(火)ウリマルに こだわるそんな 姿勢よし
11月17日(月)夜更かしの あとの研修 しんどいよ
11月16日(日)的確な 実況解説 ありがとう
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11月30日(日)

 朝、早めに起きて銭湯に行き、それから市内を回る。昨日見た学生運動の現場と「芸術の道」とかいう道を歩く。まだ朝も早く日曜ということもあってか店はどこも開いていなかったが、まあソウルの仁寺洞というところか。そこを過ぎて学生運動の記念の塔と光州一高を写真におさめる。そして旅館に戻り、荷物を整理してバスターミナルへ。

 光陽行きに乗り込み、1時間ちょっとで光陽に到着。帰りの切符を買い求め、外に出る。田舎だ。ほとんど列車の止まらない光陽駅もあった。自分の田舎にも似た雰囲気のところがあるなあと思いながら、サッカー競技場にはどうやっていけばいいか手がかりを探す。結局交番に入ってサトゥリに悩まされながらここからかなり遠く、製鉄所の近くであることが分かった。教えてくれたとおりに市内バスに乗って揺られること30分。会場に到着。バスはサッカーを見に行く子供で満員だった。会場に向かう途中、DJ.DOCも出演と書いてあり、おいおい本当かよと別の意味で期待した。

 韓国ではいくらオールスター戦といっても切符が売り切れていることはない。予想通り、全席自由の当日券を買うことが出来て、正面のスタンドにスタンドに座った。オールスター戦はKリーグ所属の韓国人選抜チーム対外国人チームという形式で行われた。韓国側は半分以上が代表選手。ソ・ジョンウォン、ユ・サンチョル、キム・ドフン、ハ・ソクジュ、イ・サンユン、キム・ビョンジ等々、なかなかの面子(なんですよ)。試合が始まってから気がついたが、国際試合だと外に出たボールを中に返してくれる人間が一人もおらず、ボールがラインをこえると、いちいち選手がボールを取りに行っていた。草サッカーじゃないんだから、全く。

 試合は前半終了間際に外国人チームが1点入れて1対0で前半終了。ハーフタイムにまず知らないトゥロットの歌手が出てきて1曲歌い、その後本当にDJ.DOCが出てきて2曲歌った。「DOCワ チュムル」を歌うかと思ったが、歌わなかった。テレビでも中継されていたので、特定候補の宣伝になるからダメなのだろうかと思った。もしそうなら年末に向けての賞取りレースはどうなるんだろう。って心配しているのは自分だけか?

 試合は後半に韓国人チームが逆転して2対1で勝利。外国人チームはあまり息が合っていないようだった。ところで自分の席の後ろで元気な4、5才の子供が声を出して応援していた。「韓国頑張れ〜」とか言っていたが、途中で何回か「日本に負けるな〜」とか「ああ、日本ってうまいなあ。」とか言っている。どうも外国人チームを日本と勘違いしているようで、そのたびに別の子供から「日本じゃないよ、外国だよ」とツッコミを入れられていた。それだけならいいのだが、勘違いしていた子供が「僕、日本嫌いだから」と理由になっていない理由を言っていた。こんな4、5才の子供でも日本を嫌いな子がいるのか。何だか、ちょっと悲しかった。

 試合を見終わって、またバスターミナルへ戻る。帰りの高速バスは東ソウルターミナル行きの優等バス。暗い車内で日記を書きながら帰った。半分くらいは寝ていましたが。結局、ソウルに着いたのは11時半ころで、家には何とかその日のうちに着いた。背広を着たままで何をしているのだろうと思いながら、そんな自分が好きだったりもする。う〜む、ちょっとくさいなあ。



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11月29日(土)

 大邱での日程を終え、釜山に向かった。元々の予定は昼頃、大邱から釜山に行ってそのまま金海空港から帰ってもらうというものだったが、釜山を見たいということだったので、大邱を早めに出て、列車で釜山へ。釜山には10時過ぎに到着。荷物も多かったので、模範タクシーを4時間ほど借り切って、博物館等に行く。その後、昔の子供たちが遊んだ凧がほしいという難しい注文に四苦八苦しながら、時間は過ぎる。釜山に来たといっても観光はほとんどしていないのであります。でもそれも客の意向でしたので、まあいいでしょう。

 で2時半くらいに客を見送って、私はそのまま光州に行くことに。とりあえず光州は行ったことがなかったので、一度行ってみたいと思っていたところであり、飛行機の切符は予約してあった。4時半ころに飛行機に乗り込み、釜山日報を読みながら行く。新聞で韓国のサッカーオールスター戦が明日光陽で行われるという記事を見つける。光陽は確か全羅南道だったよなと思い、行くことに決める。

 飛行機はすぐに光州に到着し、私は空港で光州と全羅南道の日本語版の地図を入手して市内へ。模範タクシーがあったので安心した。市内は思った以上ににぎやかで、ちょうど鍾路2〜3街のにぎやかなところを3倍くらいの大きさにした規模で、若い人間がうじゃうじゃしていた。そんな中、ど真ん中にあった旅館に入り、部屋に入ってすぐにイラン対豪州を見る。豪州も強かったけど、イランの勝負強さには目を見張った。特にアジジ。彼は9点くらいあげてもいいでしょう。あと演技派のイランのキーパー。笑わせてくれます。汚いプレーも含めて。彼の余裕が2点リードも追いつく状態を作っているような気がしました。彼、あれでもイランのキャプテンですからね。日本人には絶対あんなことはできない。2点リードされてゴールのネットが外れてもニコニコしていましたからね。

 試合を見終わってから、ちょっと歩いて5・18学生運動の現場や、その記念の塔、そして塔の裏には名門光州一高(宣銅烈の出身校、それだけでなく政治家なども出ている学校だったはずだ)もあった。明日の朝もう一度訪れることにして旅館に戻って寝た。明日は光陽だ。


11月28日(金)

 一昨日からいよいよ大統領選挙に向けた候補登録が行われ、公式に選挙戦に突入しました。とにかく課題は山積みの韓国ですので、いろいろ公約を掲げてはいますが、最大の焦点は現在の経済状態の再生と責任の追及になっているようです。

 街の通りを見れば、大邱市内にも道路に候補者の名前の書かれた幕がはってあり、いよいよ選挙戦に突入したのが、分かります。選挙運動は、候補者または候補者が指名する演説員はTVとラジオそれぞれ各11回以内で1回20分ずつ、政党または候補名義で70回以内の日刊新聞広告と放送別に各30回以内の放送広告が許されているそうです。

 私向けのネタとしては、やはり金大中のCM。DJ.DOCの「DOCワ チュムル」の替え歌を使っています。これは1本取られたと思いました。考えた人はいい感覚持ってますねえ。ただ政治家を馬鹿にしたり風刺した曲も作っているDJ.DOCの曲がこんな時に使われるとは、本人たちにとっても皮肉な気がします。


11月27日(木)

 会議が行われた。ただ日本語の通訳の人がひどかった。日本語の意味が通じていなかった。一方、韓国語に訳する方も私が聞いてもきちんと訳していなかった。結局、通訳は途中で帰り、主催者側に一人日本語のできる人が余っていたので、その人が担当することに。これで会議は割とスムーズに。でも、通訳は難しい。聞いているのとやるのとでは大違いである。

11月26日(水)

 今日から大邱へ出張である。朝荷物を整え、大きなかばんを持って職場へ。考えてみれば今月はほとんど職場に出ていないなあ。出張が2回あったし。まあそれはさておき、客を迎えに空港に行き、そのまま飛行機で大邱へ。国内線のダイヤが乱れているようで、結局定刻よりも1時間ほど遅れて出発。大邱空港で相手の出迎えを受けて、そのまま空港から20〜30分ほど車に乗って八公山のふもとにあるホテルへ。そこは地元の人の行楽地になっているが、日本人から見たら何もないところのように見えるようで、客はつまらなそうだった。

11月25日(火)

 朝8時に鍾路の吉野屋で待ち合わせ。一行と朝食メニューを食べる。内容は平皿にご飯と牛皿と冷凍野菜のあんかけがのり、それに味噌汁、コーヒーがつくもの。日本の朝定食とはかなり違う。そこでご飯を食べて、別れる。私は職場に。一行は帰国の途に。

 さすがに、その日はかなりきつかった。2日間、歩き回ったからなあ。早めに職場から帰って家に帰って熟睡。明日からまた出張である。


11月24日(月)

 案内2日目である。まず朝食を街角トーストとし、それから午前中は景福宮、仁寺洞などを。まあまあ無難に突破。景福宮はいつのまにか中国人の客が増えていたり、M氏の「韓国の女子高校生は全然かわいくない」等の発言はあったものの。そして昼食は参鶏湯を食べる。鍾路で食べたが、その場所に向かう途中、吉野屋を見つけて一部は妙な感動を覚える。私は吉野屋がそこにあるのは知っていたが、この集団が吉野屋に対して妙な思い入れがあるのは忘れていた。朝食メニューもあったので、明日の朝食はここに決定。

 そして午後は汗蒸幕へ女性陣を案内。昼間は女専用になっているので、私が中に入れないので、中からおばさんを呼び出してもらい、交渉する。何をするか、何時に終わるようにしてもらうかを決めた上で、女性陣と分かれる。汗蒸幕、あかすり、そして時間があれば全身マッサージをしてもらうようにした。

 我々男性陣はあかすりをしようと計画していた。どこかのホテルに行くのがてっとりばやいのだが、せっかくだから町中の銭湯でやろうと計画していた。それが失敗だった。まず近くになかなか銭湯が見つからなかった。そんな中、民家の中にようやく1つの銭湯の煙突を見つけた。少し距離があったが、歩いていった。たどりつくと、かなり古そうな銭湯だった。1階で金を払い、あかすりをしたい旨を伝えて、くずれそうな階段を上がった。ドアを開けると本当にやばかった。大丈夫かと思われる設備、客も韓国人の若いにいちゃんが1人と、中近東系の出稼ぎ労働者と思われる人間が1人。風呂場に入ると、片方の風呂には水が張ってなく、サウナも古そうだ。そして極めつけ。水道の水が赤かった。だめだこれは。風呂にも入らずにそこを出た。服を着ているときに、あかすりのおじさんが来たが、水が汚いからここを出ると言ってそこを後にした。そのおやじは最後まで水は水道水だからきれいだと言い張っていたが、見てくれ、ちゃんと!

 で、結局は東大門の方まで戻る。そこのイースタンホテルのサウナへ。一流ホテルではないが、サウナはまあまあだった。まず風呂に入ってそれから順番にあかすり。最後に妙にすーっとして熱くなる石けんなのか、クリームなのかを背中にぬられたが、あれは一体なんだったんだろう。

 それから、また汗蒸幕のところへ戻る。約束時間には出てきて女性陣の方は、結構満足出来たようだった。その後、新羅ホテルの免税店に行き、その後夕食。焼肉である。店の味の良さも去ることながら、手際の良さに驚いた。じつにてきぱきとやってくれる。K氏やH氏は肉をたらふく食べたあと、まだ石焼きピビンパを食べた。昨日同様、担当のアガシのカン・ジャンミさんに「イエッポヨ」作戦はまたも、計画倒れかと思ったが、今日はかなり慣れたM氏、H氏は最後に「イエッポヨ」でそこをあとにする。

 焼肉屋でかなり時間を使ったので、コリアハウスはキャンセルし、乙地路の地下道を通り、ホテルへ向かう。途中、女の先輩のMさん、そして同学年のTさんが、こちらの雑誌を購入。Tさんは昨日、街角のスタンドで見かけたTVジャーナルの表紙になっていたturboの2人がお気に入りのようだった。今日は月曜なので新しい号に変わっていたが、わざわざ先週号を買い求め、そこの地下道の本屋には置いてあったので、購入できた。

 その後、Aさんの要望で明洞のARTBOXというファンシー商品の店に行く。もう閉店寸前だったが、むりやり入り、30分ほどねばった。お店の皆さんすいませんでした。その後コンビニのLG25に行き、また買い物。そして11時頃ようやくホテルに戻る。本来、これからカジノに行く予定だったが、この時間ではタクシーをつかまえるのが非常に難しいのと、私も明日仕事でかなりしんどかったので、そこで終わった。


11月23日(日)

 大学時代の友人が大挙来襲するので、空港に迎えに行った。来るのは男3人、女3人。「ナムジャ セッ ヨジャ セッ」である。それはどうでもいい。空港に早めに到着。飛行機は20分ほど遅れて到着。そのため、場つなぎの菓子など(ポッキーもどき、かっぱえびせんもどき、いかすみえびせん等)を買いに行き、すぐにもどる。

 しばらくして第1陣が名古屋から到着。その後またしばらくして東京から第2陣が到着。全員そろったところで、迎えのワゴン車に乗ってホテルまで行く。それぞれ3人で1部屋に泊まるとのことであった。住んでいるとなかなかホテルに泊まる機会がないので、部屋を見せてもらうことにした。3人部屋とはどういう部屋なのか。中に入って驚いた。ベッドはダブルベッド1つとシングルベッドが1つ。おいおい、2人はダブルベッドで寝ろと言うことか。う〜む、韓国らしい。自分も含めて男4人で大笑い。女性陣の部屋に電話するとそこもやはりそうだという。きれいなホテルなんだけどなあ。これが韓国か〜。所変われば文化も変わる。などと思っていたら、部屋のベルが鳴る。ポーターが予備のベッドを持って来た。何だ、そうだったのか。びびらせないでくれ。でも、これで俺もここに泊まれるか?いや、そうじゃない、そうじゃない。

 ホテルを出てソウルタワーへ。私の持論は観光に来たらまずその街を全部見渡せるところに行くということである。まずはこれが基本。というわけで、ホテルのワゴン車でケーブルカーの乗り場へ。別に車で上まで行けるのだが、あとの計画もありあえてケーブルで昇る。すでに私、自分のプランに酔っています。

 ケーブル乗り場にいくと、日曜ということもあり、結構列がつながっている。その待ち時間で、食品会社勤務のM氏があれは何だと売店の方を指差す。それは、お銚子の瓶に入った牛乳のようなものであったが、少し緑色がかっており栓抜きでふたを開けるようになっていた。売店の横にきてみるとそれはベジミルという名前で英語でベジタブルミルクと書いてあった。とりあえず上りのときは見たたけにした。

 それからタワーに昇る。それぞれが結構勝手に動くので、ケーブルを降りてからタワーの入り口にたどりつくまでも大変だった。上に昇って景色を見ようとしたが、ガスがかかっておりよく見えなかった。まあよくあることではあるのだが。それにしても今回はじめて気がついたが、ガラスの合間に「こちらの方角は札幌とか、カナダとか書いてあるのには笑えた。

 さて、また先ほどのM氏がタワーの売店で、「これはベビースターラーメンじゃないのか」とまさにそのようなものを見つける。さっそく購入。名前は「ラミョンスネク(ラーメンスナック)」というもので、食べると揚げた麺に水飴がぬってあり、甘い味がした。

 その後、下に降りる。行ったことがある人は分かるでしょうが、降り口は地下にあり、そこはゲームセンターやらへんちくりんなお化け屋敷がある。ゲームセンターをちょっとのぞき、その後お化け屋敷(工事中だった)の前で記念写真。長い付き合いのK氏が、うれしそうに「写るんです」の三脚兼タイマーを取り出して、それを取り付けて写真をとる。周りの韓国人はさぞかし珍しそうにそれを見ていた。

 そしてケーブルで下に降り、先ほどのベジミルを試飲。味は何ともいえない豆乳よりも変な味。私は別に嫌いではなかったが、M氏、K氏ともにだめなようだった。そして歩いて南大門市場へ向かう。後輩のH氏が道に書いてある制限速度の「60」を「GO」と読み間違えたり、ハングルで書かれてあった「商業銀行」の看板が「なとり」と書いてあるみたいだ、とかくだらない話をしながら市場へ。

 市場ではまずホットクという中に蜜の入った餅を屋台で買って食べ、そして混雑した中を書き分けて進む。途中M氏の要望に答えて食堂街を通り、そしてまた別のところへ。私がよく行く高麗人参の店の前を通ると、いつも相手をしてくれるおにいちゃんに見つかり、結局店の中に案内される。まずこれを飲んでくださいと言われ、人参茶を飲み結局全員が人参の雨やら、海苔やら、竹塩石けんを買った。

 そして次はロッテ百貨店の地下食品売場へ。月曜日が定休日なのを知っているので、今日しか案内できない。仕事の関係上調味料にこだわるM氏。焼肉をサンチュにまくときにつけるサンジャンという味噌をごっそりと購入し、マヨネーズやら焼き肉のたれやらを丹念に眺める。K氏とH氏はインスタントジャージャーソース、辛ラーメンなどを購入。女性陣は何を購入したんだ?インスタントものとお茶だったようだ。

 その後は、夕食。メニューはコプチャンジョンゴル(いわば辛いモツ鍋)。ビジネス街の中の店のため、休日はガラガラ。最後には我々のほかには誰もいなくなった。久しぶりに食べたが、うまかった。皆辛いとは言っていたが、一部を除いてうまいと言ってくれた。その店を出てHOFで2次会。H氏の「イエッポヨ攻撃」計画は破綻してしまった。

 2次会で女性陣をホテルに帰して、3次会は先ほど通った南大門市場の食堂街へ。豚足とカムジャタン(ジャガイモなべ)をつまみに焼酎を飲もうと思ったが、注文した焼酎が出てこなかった。しかし、それよりももっとおもろいネタがあったため、酒のないことも忘れてしまうほどだった。それは自分の後ろで飲んでいた日本人のためだった。彼は私の見たところ料亭帰りという感じで、日本語を操る韓国人の女と飲んでいた。彼の顔が仲本工事に似ていたため、「仲本」と我々はうちわだけでそう呼んで遊んだ。遊んだのも、彼の話し方とやけに響く声のせいで自分たちの会話が出来なかったためなのだが。彼は「僕はね、・・・」とかやたら僕を連発するやからでもあった。

 結局酒も飲まずにウダウダして、ホテルに戻った。帰り道で2回ポン引きにあったが、それを乗り越えて。ホテルの部屋でまた「松のジュースはなつめのジュースよりもまずい」とかくだらない話をして1時間くらいいたかなあ。お願いだから、10時出発の飛行機なのに9時48分まで平然と出国手続きの列に並んでいないようにしてくれ。最後は私信でした。


11月22日(土)

 久しぶりにノレバン(カラオケ)に行きました。場所は明洞だったのですが、ちょっと歌いにくかったですね。体調があまり良くなかったのと、機械が悪かった。何か歌詞の出るタイミングがちょっとずれていて、そのフレーズが終わる前に次の画面にうつったりしたためだ。ああ、せっかくの「マレジョ」が...。

 韓国の経済もひどいのですが、日本も山一証券まで破綻してしまうなんて・・・。だいじょうぶでしょうか。ただ、おかげで100円が850ウォンくらいまで上がって日本からの旅行者や円で給料をもらっている人間には思わぬ利益です。そういえば少し前に倒産した三洋証券と北海道拓殖銀行の2つのソウル事務所が、今の職場の同じビルにあったんですよ。あのビルは呪われているのか。ちなみにそのビルはある理由で日本のガイドブックにも載っていたりします。


11月21日(金)

 9時過ぎまで職場にいたのですが、久しぶりに前日に自炊でキムチチゲ(のようなもの)を作っていましたので、家に帰って飯を食いました。キムチチゲの材料はキムチと水とマーガリンとハム。これならプデチゲと言った方がいいだろうか。いちおうまろやかさを出すためにマーガリンを入れてみて、まあまあだった。水をちょっと入れすぎたのでちょっと煮込んで、味は食べられるものにはなりました。そういえば、材料のキムチはもらいものだし、ハムの缶詰ももらいものだし、もらいものばかりだな。自分で買ったのは米とマーガリンだけか。まあ、もらいものがせっかくあるから自炊する気にもなるんですが、相変わらず料理はあまりうまい方ではないな。

11月20日(木)

 久しぶりに早く家に帰ってテレビを見ていました。私の好きなキム・ジヒョンさんが出ているお笑い番組がありまして、彼女はそこで漫才をしているのですが(歌手はやめたのか?)、今日のテーマは受験生は試験のあと何をするかというものでした。

 まず異性交際をする(異性交際というところが韓国らしい)と来てその後、十分に寝る、旅行に行く、と来て、最後に成形手術をするときてしまいました。ここで大爆笑かと思ったのですが、笑いが起きませんでした。あたかも当然と言うような雰囲気。こ、こわ〜!そうか、ここの大学生は試験の反動であんなにけばくなってしまい、別人になってしまうのか。以上です。


11月19日(水)

 今日は大学入学修能試験の日です。日本でいえば、昔の共通一次試験のようなものですね。前日から地下鉄の駅には会場案内の張り紙が貼られ、雰囲気は盛り上がっていました。公務員も普段9時からのところが10時出勤になったりと受験生に対して気を配っています。この気の配りようには驚きます。一般企業もこの動きに大部分の企業が追随したようです。また気候の方も試験の日らしく寒くなってきました。韓国では以前からこの修能試験の時にはどういうわけか寒くなるという伝統があるようで、確かに今年もそうでした。

 で、今朝テレビのニュースを見ていると、受験生は会場に8時までに入らないといけないようですね。あちこちの会場から中継していました。日本ではここまでやりませんね。また話を聞いていると遅れそうな受験生のためにボランティアの人がバイクで待機したりしているとのこと。本当にすごい気の使いようです。私はたかが学生の入学試験じゃないかと思うのですが、この国ではそれは一大イベントのようです。要はそれだけ学歴重視の社会だということです。学歴がないと日本以上に社会で生きていくのがつらいようです。私はそんなことにも関係なく韓国語の研修です。まだ先週の出張の疲れが残っていて結構つらいのですが、飲みにいって食べたふぐプルコギがうまかったです。


11月18日(火)

 研修の2日目でありました。今日は寝ませんでした。午前中に眠りそうにはなりましたが、大丈夫でした。だから何なんでしょう。悲しいですね、自分が。
 ところで今日の授業の教材で、少し前の新聞に載った「北の言語と南の言語とがますます異質感が大きくなってきており、最近北から亡命してきた人々の苦労が大きくなってきている。」という記事を使いました。ハングルで書けないので、わけが分からないかも知れませんが、「家庭主婦」が「カドゥニョソン」だったり、「脚線美」が「タリメ」だったりするというものです。要は北は漢字語や外来語を極力排除しているため、昔からの朝鮮半島固有の言葉を使っているものが多く、今の韓国で使っている言葉とは変わってきているということです。特に、南北分断語に出来たような言葉についてが多いです。

 以前も似たようなことを書いたかも知れませんが、日本で外来語が氾濫しているように、韓国も結構氾濫しています。韓国では、韓国固有の言葉(ウリマルという表現をよく使いますが)以外はすべて外来語だとする考え方もあり、漢字語も外来語だと見なす人間もいます。ここまでやると今の韓国ではかなり表現の幅が狭くなるような気もするのですが、厳密にいえば確かに漢字も外来語ではあります。日本でそんなことを言い出したら日本語が崩壊してしまうでしょう。

 私が今使っている教科書には、もっとウリマルを使ってウリマルの発展をさせていくことが大事だということで結論づけている本文がありました。確かに韓国の人、特にマスコミはそういう記事をよく書きます。韓国独自のものが好きなんだなあという気がします。自分の文化を最高と思っているんですね。言葉に関しては私も外来語氾濫が嫌いな方で、同じ意味の日本語と外来語があればできるだけ日本語の方(漢字語含む)を使うようにしています。でも今となってはそれもなかなか難しいね。どうしても外来語を使ってしまう。そのほうが楽だから。ただ個人的な意見としては専門的な言葉ほど英語などをそのまま使わないで日本語に訳して使ってほしいと思う。一般人に分かるように。

 ところで、韓国で外来語が使われていて北では固有語で使われているもののなかに面白いものがありました。「パーマ」のことを「ポックンモリ(直訳すると「炒め頭」)」。笑ってしまいました。頭を炒めてどうするんでしょう。髪を傷めているのは間違いないでしょうが。


11月17日(月)

 今日からまたも1週間の語学研修であります。これでほぼ終わりです。昨日の夜ふかしがたたって、やはり眠かったです。でもいつもよりは寝ませんでした。ほとんど寝ませんでしたから(おいおい)。研修のあとに職場に行って仕事を片づけて、それから家に帰り、早めに寝ました。明日の朝は予習、復習をしなければ。

11月16日(日)

 サッカーは日本が勝ちました。もう神様ってやつはって本当に意地悪でしたが、なかなかお茶目な神様です。あそこまで待って岡野においしいところを持っていかせますか、普通。それにしても監督采配ズバリです。やはり、最後の試合でカズを途中交代させた。これが最終的には全てだったと思います。はっきり言ってカズは何も出来ていませんでした。シュートを打ってもどこにうってんねんと思うこともあったし、お前がオフサイドにならなきゃオウンゴールだったんだぞとか、ドリブルにも切れがないし。ようやく監督が勇気を出して引っ込めてくれたことがその後の展開につながりました。

 監督の采配が最高でしたが、選手では今日のMVPは中田でしょう。何回も「お前なあ、周りはブラジルやナイジェリアの選手じゃないんだぞ」と思うことがありましたが、3アシストは見事です。それから、同点ゴールを決めた城にも副賞をあげたい。とにかく、あれがなければ逆転もなかったわけですから。

 ところで、私はNHKのBSも見れたのですが、あえてMBCで見ました。先日の韓国戦、MBCで録画しておいて勝ったので験をかつぎました。見ていて思いましたが、MBCの実況、解説が実に的確でした。
「今日の中山と三浦の呼吸はうまく合っていません。」
「三浦は体の状態があまりよくありません。日本の専門家は最近の彼のコンディションについて不満を持っています。」
「先日、三浦とロペスが抜けて、中山と高木が入ったときはとても動きが活発でしたね。」
「三浦、動きが重いですね。」
「今のプレーはファウルというよりも勝手に三浦がこけたんですね。」
「今日日本にミスが多いのは、マレーシアに早く来すぎたからじゃないですか。」
「それにしても日本は何故ロペスを入れないんですか。」
「今の中山のゴールも中田の素晴らしいゴールがあったからですねえ。やはり中田は日本のゲームメーカーです。」
「(1対1の同点になって)いやあ、これで見ている方も面白くなりましたねえ。」
「北沢、この選手の長所はよく走るところですが、短所はゴール決定力がないところです。」
「ロペスと城の方が呼吸は合ってますねえ。」
「岡野〜、岡野〜、危ないです。ああ、何故シュートしないんでしょう。ハッハッハ(外したのを見て大笑い)」
「PK戦になったときはゴールキーパーはイランの方がうまいんじゃないですか。」「いや、川口ゴールキーパーもなかなかうまいですよ。」
「(イランのゴールキーパーが何度も痛がっているのを見て)ハッハッハ(大笑い)」

 実に的確な実況、解説。日本人が思っていても怖くて言えないことをずばずばと。本当に痛快な実況でした。第3国の実況だとこんなに楽しく実況できるものなのか。そう思いました。

 最後に、選手の皆さん、スタッフの皆さん、お疲れさまでした。UAEに引き分けた時、私はあきらめましたが、それでもあきらめなかったあなた方はヒーローです。たとえフランスでボロ負けしても私はあなた方を一生たたえます。


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