11月15日(土)試合より 大事なものが あったとは
11月14日(金)訓練の 現場にぶつかる 最終日
11月13日(木)ぼろぼろに なってしまって 中身なし
11月12日(水)久しぶり 雨でも変わらぬ 質問が
11月11日(火)意思疎通 うまく行くよう 準備して
11月10日(月)日本語でも 難しいから 訳せない
11月9日(日)新潟へ 試験を受けに 日帰りで
11月8日(土)いない間に ダイヤが変わって 遠くなり
11月7日(金)割引の チケットが出て 喜んで
11月6日(木)規制され 地下に潜って 変わらない
11月5日(水)天才じゃ ないなら紙に 書いてくれ
11月4日(火)飲む度に 使えない店が 増えていく
11月3日(月)改めて 気がつけばもう 時間がない
11月2日(日)買い物と 案内で終わる 日曜日
11月1日(土)後味が 気持ち悪くても 勝ちは勝ち
日記猿人への投票ボタンです。
私宛の訪問通知
11月15日(土)

 朝、客を見送りに空港へ行った。霧が濃く、漢江の向こう岸が全く見えなかった。飛行機も遅延しているようだった。飛行機は無事飛んだのだろうか。チェックインカウンターで尋ねると、とりあえず出国手続きをして中で案内を聞いてほしいとのことだったので、普通に見送った。朝の8時45分に仕事が終了。

 それから、サウナに行って1時間ほど熟睡して、職場へ行く。カバンを取りに行くだけだったのだが、インターネットを始めていたら、サッカーのアジアクラブ選手権(アジア各国の正規リーグの優勝チーム同士のトーナメント、ホーム&アウェイで行う)が今日行われているというニュースを見つけて、その中継を見た。鹿島アントラーズと蔚山現代の試合。途中から見たのだが、ゴールキーパーの服がおかしい。よく見るとフィールドプレーヤーの服を裏返しに着ている。ゴールキーパーが退場になったようでそのためにDFgの選手が即席キーパーをしていたようだ。しかし、即席のためトンネルなどミスをして、3点を取られ、結局蔚山は5対1で負けた。

 何故こうなったのか。あとで新聞を見て事情が分かった。その日蔚山には控えのキーパーがいなかったのである。蔚山というチームは去年優勝している強豪チームで、ゴールキーパーも国家代表選手が2人いる。韓国代表の正ゴールキーパーも蔚山の選手である。ほかにも代表の守備型MF柳相鉄などいる。韓国代表の試合は1週間前に終わっているから選手は韓国に帰ってきているのだが、今日青瓦台で大統領主催のW杯本戦進出の祝賀宴が開かれそれに代表選手が呼ばれたので、正ゴールキーパーはそちらに行き、控えのキーパーが試合に出た。チームにはもう一人キーパーがいたのだが、その人間も移籍してしまったため、この事態になったのである。

 でも代表のゴールキーパーも自分のチームの試合よりも、大統領主催のパーティーの方を優先するとは。韓国らしい風景である。ちなみに柳相鉄は明日結婚するそうだ。ということは鹿島にも行かないのか。


11月14日(金)

 午後に春川を出発して、車でソウルへ戻る。ソウルに入ったところで、いたるところに民防衛の旗が出ていることに気付く。今日は民防衛のようだった。結局清涼里のあたりでサイレンがなって訓練がはじまった。いつも職場でしか見たことがなく外で訓練に出くわしたのははじめてだった。しかし、サイレンがなっても皆平気な顔をして町を歩いているし、車も普通に走っている。おいおい、こんなものか?結構意外だった。やはり平和ボケしているのか。

 しかしながらどこかで警察が車を止めたらしく10分くらいぴたりと車が動かなくなった。金曜日の週末で普通でもおそらく車の量が多いのだと思うが、訓練のせいでさらに渋滞がひどくなった。結局、市内に着いたのは3時。それから、いろいろあって、9時過ぎには客をホテルに送る。そして、職場に行って荷物を整理してコプチャンジョンゴルのライブへ。弘益大学近くのライブハウスだった。場所がよく分からなかったが、親切な警察の人(徴兵されて警察に配属された人だった)が地下鉄の駅で話しかけてくれて、教えてくれたので助かった。そして、ライブの模様はまた別ページで。

 ライブのあとは運よく模範タクシーに乗ることが出来て、家に帰った。中でタクシーの運転手が「韓国の一番いやなところをきかせてください。」と聞いてきたので、「どこでもつばを吐くところだ。」と答えた。その運転手は日本のタクシーは素晴らしいとか、日本のような経済大国でなぜ証券会社が倒産するのか理解できないとかいっていた。よくしゃべる人で聞き取りに苦労した。まだまだ私も修業が足りない。


11月13日(木)

 何だかぼろぼろになってしまった。自分の実力が足りないということがはっきりと分かってしまい、だけど現状ではどうしようもないという状態になってしまった。まいった。かなり落ち込んでしまった。

11月12日(水)

 朝から雨にたたられた。春川から東海市に行って、束草に泊まるというきつい日程。激しい雨にもかかわらず、車はぶっとばしていった。最近、また一段と車が恐くなってきた。高いところは大丈夫だが、スピードの恐怖はどうも苦手である。

 夕食の時には、とある方から招待を受けたのだが、例により、「韓国には家族と一緒に来たのですか」「いや、一人です」「単身赴任ですか、それは大変ですね。」「いや独身です。」「え、まだ独身ですか、早く結婚しないといけませんねえ。」という会話が話の中にでてくる。。韓国に来て何回この話をしただろうか。う〜む。「パッリ キョロンヘヤジー(早く結婚しないとねえ)」


11月11日(火)

 仕事でいろいろなところにまわった。韓国人との話なので当然話には通訳が必要である。相手側から通訳を出してもらった。しかし専門家ではない。私の方も通訳というところまではきちんとできない。ところが話は実に専門的な科学用語が飛び交う話である。通訳の人もかなり苦労していた。やはり、相手に自分の意思をきちんと伝えるためには

 相手に資料(紙に書いたもの)を渡して説明する。
 通訳の人にも事前に資料を渡しておく。
 何をいいたいのか整理しておき、なるべく短い文章で伝える。
 外来語が日本だけ通用しているものか、相手の国にもその外来語が通じるのか確認しておく

 これくらいはしておいてほしい。自分のためなのだから。


11月10日(月)

 富山からソウル入りし、そのまま春川等、江原道へ出張である。富山空港へ行くと今回の出張者は前に隣の職場で働いていた人で面識はあった。飛行機の出発が別の客の乗り遅れで遅れて、30分以上遅れて出発。金浦空港には、予定から15分くらい遅れて到着。迎えの車に乗り込み、そのまま江原道へ。

 道中は渋滞もなく、すんなりと行った。そして到着してすぐに相手の歓迎を受けた夕食。通訳の人が一人いたが、酒が入るとそれだけで足りるはずもなく、私も即席通訳するはめに。実に適当な通訳をしていた。まだ専門用語が飛び交わないだけいいかと思ったが、なぜか「またたび」だとか「出世魚」や「蔓」や「1反」など出てきてお手上げだった。日本語は難しい。


11月9日(日)

 ハングル検定当日である。朝6時前に起きて6時半に家を出て送ってもらった。駅につくと、愕然とした。ダイヤが変わっているではないか。が〜ん。私は古い時刻表を見ていたのだ。古いといっても家にあった今年の8月の時刻表だったが、10月にダイヤ改正があったようだ。やられました。私が乗ろうとしていた特急は時間が30分ほど遅くなっただけなので問題はないのだが、問題は帰りである。新潟から富山までの特急電車に乗るには、越後赤塚駅を3時57分発の越後線に乗らなければならない。試験は3時50分までである。これは厳しい。それを逃すとちょうどいい時間帯には特急電車はなく、新潟から長野行きの特急で直江津まで行き、そこで普通電車に乗り換えるという ことで家に着くのは10時頃である。まあしかたがないか。

 そんなわけで、新潟行きの特急北越号に乗る。道中で勉強するつもりだったが、早起きのせいで熟睡。ほとんど20分くらいしか勉強できず。とはいえ、新潟で少し時間が空いたので、勉強のできそうなファーストフード店を探す。すると駅前にドトールを発見。う〜む、ソウルでやってることと同じではないか、これでは。でも入る。コーヒー1杯で1時間ちょっと勉強し、また電車に乗り、越後赤塚駅へ。

 さて問題の新潟国際情報大学はどこだと見ると、結構遠くにそれらしい建物が見えた。ほかには田んぼと駅前にぽつぽつ住宅の敷地用に整備されている宅地があった。さて徒歩何分だろうと思って普通に歩くと8分くらい。試験会場の教室までだと10分くらいだった。これでは3時57分発の電車には乗れないか?ちょっと待て、そんなことより試験は大丈夫か。試験のほうは受ける前は聞き取りには自信があったのでまあ何とかなるだろうと思っていた。あ、私は準2級を受けました。で、実際は。

 前回と前前回の試験の問題集をやってはいたのだが、それよりも難しい感じがした。筆記試験も四文字熟語の意味を選択肢の中から選べとか、難しい漢字語を書けとか難しかった。四文字熟語は「塞翁が馬」までは分かったのだが、その四文字熟語の意味を知らなかったりで苦労した。聞き取りはかなり自信があったのだが、3つくらいきちんと聞き取れなかったかなあ。こうなると心配なのだが、筆記、聞き取り両方合わせて70点以上(100点満点)とればいいので、多分合格できるだろう。80%くらいの確率で。

 さて、問題はこれからである。試験は3時50分に終わり、問題用紙回収等で2分経過。そこから駅までダッシュである。5分で駅まで行けるのか。教室から大学の敷地を出たところでばててしまった。思った以上に遠い。あきらめようかと思ったが、少し前に同じ電車を狙っている女性がいたので、それを抜いて行こうと思い、再び走る。ちょうど駅についたところで電車が走り込んでくる。陸橋を渡って何とか間に合った。これですっきりと帰ることが出来る。これに乗れないと富山に着くのが2時間くらい遅れるから。

 そして無事に特急電車に乗り込み、家に帰る。久しぶりに全力で走ったのでふくらはぎが痛い。


11月8日(土)

 田舎に帰る日である。前日にかなり飲んだため、用意を全くしていない。しかも来週は戻ってきてそのまま1週間出張に出るので、1週間分の下着等を持っていかなければならない。朝もぎりぎりまで前日の日記を書き、慌てて荷物をまとめて空港へ。道はすいており、家から30分もかからないくらいで空港に到着した。しかし、タクシーの中で大事なことに気がついた。車の免許証を忘れたのだ。私は明日ハングル検定を受けに新潟国際情報大学に車で行くつもりだったのだが、それができない。さすがに気付いたのが遅くて家に引き返すこともできず、電車で試験を受けに行くことに腹をくくった。

 空港で、チェックインを済ませてちょっと買い物をしてさてゲートの前で待とうかと思ったところ「富山行きのお客様はお急ぎください」とアナウンスが入る。なぜだろうと思っていくと、以前は9時55分出発だったのが、いつの間にか9時35分発に変わっているではないか。ダイヤの改正があったようである。そういえばいつも予約するときは1日に1本しか飛ばないから日付しか確認してないもんな。結構危なかった。

 飛行機の中はガラガラ。30人も乗っていなかったのではないだろうか。ますます不安になるソウル−富山路線である。飛行機は以前よりも時間が早くなったせいなのか滑走路の列を並ぶこともなくすぐに離陸。1時間半ほどで到着してしまった。それから、少し買い物をして家に行く。

 家についてからは、時刻表をチェック。試験場の新潟国際情報大学は越後線の越後赤塚という駅から徒歩で7、8分である。そこに午後の1時頃までにつく方法はと考えているとこれがあまりない。そういえばほくほく線が開通したため、以前は長岡までの特急が多かったのがほとんど越後湯沢行きに変わっている。何事も東京行きが優先されているようである。結局田舎者は東京に行ければいいという風にダイヤが改正されていた。富山から新潟に行く人間なんてあまりいないのだろうか。

 ところで富山と新潟は隣の県だが、富山から新潟市へ行くのはかなり遠い。直通の特急列車でも2時間半から3時間くらいかかる。自分が大学生のころは富山から新潟大学に進学する人間も多かったが、こんな風に新潟市に行く路線が減ってくると大学の選び方も変わってくるだろう。長野新幹線が北陸新幹線にまでつながればますます新潟は遠くなるだろう。

 で、そんなわけで私は数少ない特急路線でかなり新潟市に10時頃につくのに乗っていくことに決めた。ほくほく線経由の方が若干早いし、出発も遅くていいのだが、往復で約9千円ちがうとやはり多少早起きしたほうがいいだろう。

 そして夜になった。日本が勝った。バンザ〜イ!思わぬ大差での楽勝。誰をマレーシアに連れていけばいいかといううれしい誤算が出てきた。日本はFWを誰にするんだろう。さて、相手はイランかサウジアラビアか。A組はドーハの奇跡が起きて、1位カタール、2位イランという可能性が個人的には好みだが。いずれにせよ、次の試合はかなり苦しいものになるだろう。どう見てもA組のチームの方が激しく争っていたから。


11月7日(金)

 明日、ハングル検定を受けるために田舎に帰ります。そして試験を受けて2泊3日でソウルに戻り、そのまま江原道へ出張し、ソウルに戻るのは14日。つまりまるまる1週間家を空けます。したがって日記も同様です。

 今日の昼間、よく使っている旅行会社から電話がかかってきまして、富山行きの割引チケットが出たよとのことでした。これまで私の記憶では一度も富山往復の割引チケットというのは見たことがありませんでした。ちょうど、明日帰ることもありますし、予約だけしてチケットを買っていなかったので、早速購入しました。普通38万ウォンくらいするところが、24万ウォン。うれしい。今まで東京や大阪へ帰る人間が、どこの割引が安いとか話をしているのを聞いて悔しい思いをしてきましたのでとても嬉しいです。

 しかしながら、これを素直に喜んでいいものか。割引チケットが出回るようになると利益が上がらなくなって航空会社自身はそれを理由に便を減らすことになるかもしれない。今の週4便は富山のような片田舎にとっては充分満足できる本数なのでこれが減ったりするとちょっと悲しいかも。そんなわけでしばらく日記はおやすみです。来週末までお待ち下さい。


11月6日(木)

 うちの職場が入っているビルは基本的に禁煙です。ただ、うちの職場では吸っている人がいます。トップがタバコを吸うので禁煙にはなっていません。見つかるとちょっとまずいのかもしれませんが、まあケンチャナでしょう。私は吸いませんが、よっぽどひどい人以外は他人のタバコは我慢できます。

 韓国では飛行機内や列車内は完全に禁煙です。禁煙席と喫煙席と分けるというのではなく、完全に禁煙になっています。では、タバコを吸う人が少ないのかというとそうではありません。誰かが言っていましたが、韓国は一人当たりのタバコ消費量が世界一じゃなかったかなあ。(誰かフォローして下さい)空港には喫煙室(この漢字じゃなかったと思うが)があり、そこはいつもいっぱいでガラス張りで外からも見えるその部屋の中はタバコの煙で煙っています。

 で、今の職場のビル、喫煙室がどこになっているかというと非常階段です。各階の非常階段の踊り場に灰皿が置かれており、そこに人が集まってきています。たまに1つ上の階に行こうとしたり、1つ下に降りようとしたりするときに非常階段を使うのですが、若い女性が2人でスパーッとタバコを吸っているところによく会います。その光景といったら、怖いです。特に化粧の濃い人が吸っていると、学校の裏口に呼び出されたような恐怖。(別にそういうところによく呼び出されたわけじゃないですが。)タバコを吸うのは自由ですが、こんな風に表から追いやられているのはかえって好ましくないような。規制すればするほど、地下に潜って活動を続ける。それが韓国の特徴のような気がします。少し論理が飛躍しているでしょうか。


11月5日(水)

 食堂や喫茶店に行くことが多いですが、毎回気になることがあります。4人くらいで行くと、それぞれが別のメニューを頼むことも多いのですが、客が4人くらいだとほとんどの店は注文をただ聞くだけで紙に書きません。大丈夫かなと思うのですが、やはり大丈夫ではないのです。今日もそういうことがありました。4人で行ってそれぞれ違うメニューを頼んだのですが、一つメニューを間違えて持ってきました。牛肉チャーハンをキムチチャーハンと間違えました。最近特にそういうことが多くなってきたような気がします。何故紙に書かないんでしょうか。商売の常識だと思うのですが。先日もロッテホテルで15人くらいで喫茶店に入ったときですが、紙に書いているにもかかわらず間違えました。それくらい多いと端から聞いていかないと間違うのに、手を挙げさせて適当に数えて違うメニューを持ってきますから。あなたは天才なんですか。そうでなければ紙に書いて下さい。

11月4日(火)

 馬鹿野郎!2度と梨泰院なんかいかねえぞ!何で、ジム・ビーム3杯で9万ウォンも取るんだ。ふざけてる。お前ら、飲み過ぎだ。何か勘違いしてないか。それに一杯ごまかしただろ。許さん!地獄にでも落ちてくれ。

 というわけで、ジム・ビーム3杯に対し、アガシが7杯(でも、6杯しか飲んでないはずだ!)も飲まれたいうことにされて、ぼられました。また行けない店が増えてしまいました。終わり。


11月3日(月)

 昨日書いたように今朝は寝坊しております。仕事にはさほど支障はなかったのでよかったです。おとといから暖かい日が続いています。三寒四温という言葉を韓国でよく使いますが、まさにそんな感じです。背広だけで街を歩いても寒くなく、出かけるのも億劫でなくなるくらいの暖かさです。ただこれもまたすぐ終わり、寒くなるのでしょう。

 昨日夜更かししたせいか、仕事もやる気になりません。そういえば、日本は今日、文化の日で休みでしたね。道理で電話もメールも少なかったし。気がつけば私の任期も残り5ヶ月を切ってしまいました。本当に時のたつのは早いです。期限があると余計にそう思うのかもしれません。まだやるべきことがたくさんある。


11月2日(日)

 いやあ、また寝坊してしまいました。(翌日の夜に書いてます。)遅くまでサッカーの試合を見てましたから。心臓に悪い試合でしたが、何とかウズベキスタンが引き分けてくれたのでよかったです。何だか出来すぎているくらいに流れが良くなりました。ちなみに今朝も停電していました。今回はかなり長くテレビデオのタイマー、時計が全て初期状態に戻ってしまうくらいに長かったようです。起きてすぐに会社に行ったので、どれくらい長かったのかは分かりませんが。

 今日は昼から南大門市場に出かけて、また高麗人参エキスをたっぷり買い込んで日本に送りました。それも15箱。親から頼まれており、親はこれがまた体にいいとか言うのですが、私は何と言われようが信じません。それなら世界中の人が飲むだろう!でもすっかりいいお客さんで、いつもたくさん買ってくれるからという理由で人参茶のパックを一箱もらいました。いらないんですけど…。

 その後、友達と会い、それから日本から遊びに来ている人間の相手。漢江の南のおいしいと評判の韓定食の店に行ったのですが、何せ30人くらいで遊びに来ているので全員に酌をして回ったらそれでほとんど終わってしまいました。料理の味もよく分からなかった。もう少し、落ちついて食べたかった。

 そのあとはホテルに帰り、数人をホテル近くの新村を案内し、そこでパジョンとナクチポックムを食べてビールを飲み(ここは焼酎にすべきだった。)地下鉄で帰る。そして、帰って11時半からのサッカーの録画放送を見て、2時過ぎに寝たとそういうわけです。ああ、時間がない。


11月1日(土)

 今日は仕事でした。えらい人のアテンド。ただこの人はサッカーの日韓戦を見に来たのでした。あまり見ることを期待していなかったのですが、後半30分まで試合を見ることが出来て結構おいしいアテンドになってしまいました。結果は皆さんご存じのとおりで日本の快勝でした。試合が始まるまではかなり心配だったのですが、試合が始まってからは韓国が気合いが抜けているような感じであったのと日本が簡単に先取点がとれたので、不安がなくなりました。

 韓国の選手に気合いが入ってなかったのは、韓国の世論のせいでしょう。試合前に、「日本に負けてもいい」という世論が出てくるようでは、選手も気合いが入らないというもの。見ていても2点取られたのに全然必死になっていませんでしたし。それに洪明甫がいなかったのが韓国にとっては痛かった。2点目は代わりに入った選手がクリアを空振りしたのが得点に繋がりました。

 ところで今日日本が勝ったのはいいですが、韓国がUAEにアウェイで引き分け以上の成績をあげられるかどうか疑わしくなってきました。しかも、崔ヨンスが鼻を骨折したとかいう噂もありますし。もっと痛いのはDFの崔ヨンイルが出られない。実は密かにファンだったのに。彼がいないとディフェンスはどうなるんだ。ああ、心配。出来ることなら今日ウズベキスタンが引き分けてくれればいいのだが、ウズベキスタンも日本が勝ったおかげで望みが完全になくなってしまったわけで、やる気があるかどうか疑問。どちらにしても他力本願なわけです。お願いだ、UAEよ、こけてくれ。

 今日の試合は私、日本人応援席で立ち見でしたが、日本人応援席の盛り上がりは大変なものでした。私もそういえば代表の試合を見るのは初めてだとその時気がつきました。ほとんどホームでした。日本が2点リードしてからは韓国応援席は静まり返っていましたし。で、私は後半30分まで見て一旦人を連れて車のところまで案内し、それからまた競技場に戻らなければなりませんでした。残っていた人たちと一緒にバスに乗り込まなければならず、日本人は韓国の客が出払ってから外に出るという話で、しかも一旦門が閉められると言う話だったからです。日本人の応援席は車が止まっていたところのちょうど反対側、漢江側でした。

 車の運転手さんと会ったのが後半40分くらいだったと思うのですが、それからダッシュで帰ろうとしたものの間に合わないと思い、韓国応援席から回ろうとしました。このときは後半30分以降に韓国が点を入れているのではないかと思い心配でしたが、韓国人応援席に出るとまだ2対0で勝っていました。よしと思い、観客席の上まで上がり会場をぐるっと回ろうとしたのですが、報道席があり回れない構造になっていました。そこでまた下に降りるため階段を下りていくと試合終了。まずい、暴動が起きるのではと思い、慌てて階段を下りてダッシュで競技場の外を半周し、再度日本人席の近くの韓国人席から回って何とかたどり着いた。何とかセーフ。しかし、走りましたがあとからの様子を見ると日本人応援席の門が閉められた雰囲気ではありませんでした。走り損でした。

 で、そのあとですが、何だか気持ち悪かったです。というのは、韓国が完敗したのにブーイングもないし、淡々と人は帰っていくし。バスのガイドさんが「おめでとうございます」というのはともかくとして、ホテルに着くとポーターが「おめでとうございます、ウルトラニッポン最高」とか。おいおい、気持ち悪いぞ。こんなの韓国じゃねえ。しかも競技場の電光掲示板には日本語で「また会いましょう」とかハングルで「日本の勝利をお祝いします」とか出たらしい。その日本語が出るというのは知っていましたが、日本の勝利をお祝いすることを想定しているか、普通。これだから韓国は負けたのでしょう。試合の前から負けたときのことを考えているのでは負けます。

 それから、会場で目立ったのは盛んにゴミを持ち帰ろうという放送や表示が多かったこと。これまでの試合でゴミが多かったのが確かに問題になっていたので、そういう運動をしたようです。文化市民、秩序あるマナー等、多いですね。こういう表示がなくなるときが一番いいのですが。


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