9月30日(火)寒くなり 風邪をひいたら 果物を
9月29日(月)痛い目に あってようやく 目が覚める
9月28日(日)なぜそこで ボールをじっと 見てしまう
9月27日(土)こうなると 勝つしか道は ないようだ
9月26日(金)悪いのも 楽しんでしまう 仮住まい
9月25日(木)ドトールも すっかり水が 悪くなり
9月24日(水)自尊心 かけた戦い 好きですね
9月23日(火)あなたなら 3テン9テン 笑えます?
9月22日(月)恵まれた 方だと言っても いいのかな
9月21日(日)帰化問題 疑問を抱き 帰国する
9月20日(土)3日目で うまいものに ありついた
9月19日(金)街歩き B級男の 血が騒ぐ
9月18日(木)苦労して たどりついたら まずい麺
9月17日(水)船の中 まだベタベタの 韓国だ
9月16日(火)秋夕の日 映画見るなど ぶらぶらと
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9月30日(火)

 昨日、11月1日のチケットの売れ行きが悪いのではないかということを書きましたが、今日のニュースでは10分あまりで売り切れてしまったとのこと。韓国でこういうことは珍しいです。ブラジル戦でもそんなに売れなかったらしいですから。

 ところで、ちょっと風邪気味です。ちょっと急に寒くなってきまして、職場でも流行しつつあります。空気も乾燥しますしね。私はこんな時は、果物を食べることにしてます。ミカンの缶詰や桃の缶詰等。イチゴやぶどうもいいかも。昔から風邪をひいたときに果物を食べると何となく元気になるような気がするので。別に関係ないんだろうけど。


「帰ってきた名古屋の太陽」更新しました。


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9月29日(月)

 今日は、職場の次長の帰国日で朝見送りに行かなければならなかったのですが、昨日のサッカーのせいですっかり忘れてしまい、7時半に気がついて慌てて空港に行きました。何とか間にあってよかったです。すいません、サッカーのせいにしてしまいました。単に私の怠慢のせいです。ところで、今日のニュースを見ていると韓国が逆転した後の瞬間最大視聴率は70%を越えたそうな。そんなにテレビ見るな〜。

 何だか最近サッカーネタばかりです。興味のない方すみません。ちなみに明日から11月1日の日韓戦のチケットが売り出されるのですが、私の家の目の前にある発売所の銀行の前には9月30日7時現在誰も並んでいません。日本とは違うようです。日本はそういう入手しにくいチケットの時しか見に行かない人間もいるように思います。それは貴重な体験でしょうからそれでもいいんでしょうけど、普段関心を持っていない人はそういうときだけ行くのはやめてほしいです。普段から応援して下さい。

 ところで、今韓国では最近O−157菌が輸入牛肉から見つかって騒ぎになっています。途端に肉の売り上げ、ハンバーガー等の客が少なくなったそうです。何とも噂が噂を生んでしまう韓国らしいところだなあと思ってしまいました。しかし、こんなことで騒ぐんだったら肝炎対策も何とかしてほしいものですが。ただそれでも、私は杯を回し、鍋を箸でつつきますけどね。ええ、肝炎が怖くて韓国に住んではいられません。え、強がりじゃないかって。やはり何事も痛い目に遭わないと分かりませんから。それはぼられるのも同じ。痛い目に遭わないと気付きません。


9月28日(日)

 負けるか、ここで。あ、サッカーの話です。本当に悲しかった。でも、見ていて実力どおりって気がした。あんなにフリーでシュート打たせたらね。いくらシュートの決定力が低い韓国でも決まるでしょう。前半からフリーで打たせすぎ。ああいう展開だったから惜しいかもしれないけど、日本がフリーのシュートがほとんどなかったのに対し、韓国は10本くらいあったんじゃないかな。下手な鉄砲も数打ちゃあたるってなもんで、あれだけ打たせたらあたるでしょう。

 それから日本代表はどうしてここって時にボールを見てしまうんでしょう。同点シュートの時なんか、周りに井原、小村、相馬の3人もいたのに、みんな見てるだけ。どうしても受け身になるんだよな。徐正源を止めろ!彼も足が得意で頭は得意じゃないんだから。しかし、徐正源って勝負強いよな。前のW杯の時もスペイン戦で交代出場で出て、同点ゴール決めてるし。正直言って韓国は勝負強いです。決勝ゴールのイ・ミンソンなんか初スタメンだったらしいじゃないですか。車範根(チャ・ボムグン、チャ・ブンクンではないと思うんですけどNHKさん)マジックという言葉も生まれそうですよ。今のところ、リーグ戦で勝ち抜くチームの特徴、日替わりのヒーローが出てきてますから、このまま行ってしまう可能性もありますね。

 個人的には、崔ヨンスを小村がよく抑えていたし、本田もよく動き回っていたし、相馬もいいセンタリングあげていたけど、小村もあそこ見ているだけじゃだめなんだよ。ゲームの流れではほかのところでも指摘されているけど、ロペスに変えて秋田を入れたのが流れを変えたと言えると思う。秋田を入れたのは間違えじゃなかったと思う。相手がFWを2人にしてきたから。でも、変えるのは名波か山口にすべきだったんじゃないかな。名波は最終予選の間中ずっと目立たないし、山口は守備をしないし。それから、こういうときこそ生きる城を入れるべきだったと思う。彼は点を入れるのは苦手だが、前線からの守備は得意だ。結局、入れるタイミングを逃してしまったけど。

 逆転された瞬間、アパートの上の部屋では飛び上がって大喜びしていた。9時のMBCニュースでは30分のニュースのうちの20分間をその試合のニュースに割いていたし。9時半から再放送もするし。おうおう、そりゃ嬉しいでしょうね。日本は今の選手ではダメのような気がした。北沢がほしいな。かき回してくれる選手。森島もそんな選手のような気がする。韓国は岡野の速さと井原の強さを合わせ持った選手が5人くらいいた。今の調子では11月1日のアウェイでも負けてしまうような気がする。それまでに対策を練ってくれい。私は、チケットが手に入れば見に行くつもりです。


9月27日(土)

 昨日も書いたように朝寝を思いっきりしておりますので、何もありませんでした。ずっとメールを書いたりテレビを見たりとそんな生活。夜中にウズベキスタン−UAEの試合の録画放送があったので、結局今日も夜更かし。私はアジア大会で優勝した時のウズベキスタンが好きで、結構応援しているのですが、あれではダメです。メンバーもあの時の主要メンバーが結構出ているんだけど。守備がザルです。一時期の南海ホークスのようです。(いつの話をしているんでしょうか。)結局、3−2でUAEが勝ったのですが、UAEの3点目はセンタリングがそのまま得点になったりとか、ウズベキスタンの2点目はUAEのゴールキーパーがクリアしようとしたボールがウズベキスタンの選手が出した足に当たってゴールという結構間抜けなものでした。UAEの中継を韓国で流していたのでアナウンサーは試合終了の瞬間かなり喜んでいましたが。というわけで、明日はぜひ勝ちたいものです。最悪引き分け。今日は完全に手抜き日記。

9月26日(金)

 金曜日の日記はたいがい土曜日の昼を過ぎて書いてます。用事のないときは思いっきり寝倒すので。飲んでいたので頭が少し痛いです。  語学研修の最終日は、またしてもビデオを見ながらの聞き取り練習でした。こんな楽しい語学研修でいいんでしょうか。本当に。で、その後職場の行事に出席して「韓国の女性の社会的地位や活動について」の講演を聞きました。やはり儒教文化の根強い韓国では女性の社会的地位が低いようです。基本的に東アジアの国は女性の地位が低いみたいです。

 その話を聞きながら、前々から感じていたことが頭に浮かんできました。現在、韓国の儒教文化は間違っている方向に行っていると言うことです。儒教といえば、真っ先に思い浮かぶのが、男尊女卑、それから年上の人を大事にするということです。男尊女卑に関してはいうまでもないところです。今の世界の流れでこれをしていてはあちこちの国からそっぽを向かれることでしょう。その反対に年上の人を大事にするというのは非常にいいことだと思います。

 ただ、私が感じた現在の韓国の儒教文化というのは、権利を持っている人がそれが当然だと思い、そうしてくれる人に対してあまり感謝の念を持っていないんじゃないかということです。さっきの年上の人を大事にするということが、ともすると年上の者は年下の者に対して何をしてもいい、というような風潮になってきています。私の間違った見方なのかもしれないのですが、例えば地下鉄の中などで、席がないときなどわざわざ大学生の前に立ったりするのを見かけます。そうなると大学生の方はすごいプレッシャーです。こうなるともう立たざるを得ません。こんな風景を見ていると何か違うんじゃないかと思います。別にこういったことは、韓国に限ったことではなく日本にもあることだとは思いますが、それがさらにエスカレートして人に感謝することを忘れ、自分が正しいと思いこんでいるじゃないかと思います。自分が最高で、自分が正しいと。自分のことは棚に上げてという表現がぴったりです。何か問題が生じたときなんぞはまさにそれで、相手に問題があったことばかり取り上げて、どうして自分にも問題があったかもしれないという考えにならないんでしょうか。譲り合うとか、歩み寄るとかいう姿勢のある人が少ないです。

 今日はいったいどうしたんでしょうか。ある本に愚痴は言えば言うほどその悪い感情が増幅されると書いてあったので、このへんでやめておきましょう。でも、私はそれでも韓国の雰囲気が好きです。何でなんでしょうね。いいところがないから好きなのかもしれません。いろんなお店が日本のように、マニュアルが徹底されてお客様第一になってしまったらきっと好きじゃなくなるでしょう。ただ、日本風の店が増えてきているのが気にかかるところです。ずっと住まなければならない人にとってはその方がいいんでしょうけど。いいところがないから好きだってのも、仮住まいの強みでしょうかね。


9月19日の日記、書き終えました。「帰ってきた名古屋の太陽」更新しました。

9月25日(木)

 語学研修のあと、よくファーストフードの店やドトールで勉強します。私はああ言うところの方が家より集中して勉強できるのです。今日はドトールで勉強しようかと思いました。ホテルロッテのそばの明洞のドトールへ。しかし、今日は入っていきなり何事かと思ってしまった。60くらいのおっさんばかり。でかい声を出して、やれ大統領選挙がどうだのこうだの言っている。声のでかい韓国人の中でも特にこの年代のひとは特にでかい。おっさんが多いのはこの店に限ったことではなく、職場の近くの清進洞のドトールでもそうでもある。場所柄もあるかもしれないがおっさんが多い。

 これは、タバン(茶房)という昔からある形の喫茶店がなくなってきているからではないかと推測している。今でもビルの地下などには結構存在しているとはいえ、今風の喫茶店はおっさんが入りにくいし、ドトールは安いので話をするために集まりやすいのだろうか。でも、タバンってそんな話をするところじゃなくて、店のアガシと話をするところのような気もするし。私、タバンは何となく怖くて入ったことがないんです。雰囲気が暗くてちょっとって感じなんですね。しかし、おっさんのおかげでドトールはすっかり「ムリ アンジョッタ」(直訳すれば「水がよくない」、雰囲気がよくないの意味)な場所になっています。結局今日は別のファーストフードの店に移動しました。今日は結構寒くさっさと家に帰りましたけど。もうオンドルが少し入っていました。


9月24日(水)

 今出ているニューズウィーク誌の表紙はドジャースの野茂と朴チャンホです。英語版を買ってしまって正確には内容が把握できなかった。で、その表紙に書いてあるのですが、同じ英語版なのに日本で700円で売って、韓国で3500W(500円弱)で売っているとはどういうことでしょうか。それから、英語がこころもとない野茂が朴チャンホと意思の疎通がうまくいっているのか、少し疑問に思いました。まそれはとにかく、今日朴チャンホが14勝目をあげました。また野茂に並んだようです。またも韓国のマスコミが好きな「自尊心をかけた対決」が始まるのでしょうか。サッカーの「自尊心をかけた対決」も近づいて来ていますし。本当に韓国のマスコミは「自尊心をかけた戦い」が好きです。

9月23日(火)

 今日も語学研修。私があまりに授業中に眠り込んでしまうのを見るに見かねてか、今週は、ニュースの聞き取りやTVドラマの理解等をやってくれている。今日の午後にはTVドラマを題材にした授業だった。そのTVドラマは「ナムジャ セッ ヨジャ セッ(男3人女3人)」という月〜金曜日の夜に放送される25分のドラマ。このドラマは、男女3人ずつの大学生が出てくるコメディで面白いので、私は先週の旅行中から毎日ビデオに撮って見ていた。教材に取り上げられたのは全くの偶然であった。

 今日見たドラマの題は「ヘピボスデイ ハルモニ(ハッピーバースデイおばあちゃん)」。6人の大学生は同じ家に下宿しており、そこのおばあちゃんの誕生日を祝うというものであった。いつもは大体の内容は分かっても、細部までは分からないのだが、重要な単語が書き出されてあったので、分かりやすかった。一番面白いところは、そのハルモニが男子学生にわざと住民登録証を見せて、自分の誕生日に気付いてもらおうとするのだが、書かれてある住民登録番号の最初の部分330909(1933年9月9日が誕生日であることを表す)を見た学生が「3テン9テンじゃないか。」と言うところらしい。(韓国の花札が分かる人にはたまらなく面白いらしいのだが、私はルールを知らないのでよく分からなかった。)それから、女子学生の方がプレゼントを買うためにアルバイトをするシーンがあるのだが、ガソリンスタンドの前で踊って客寄せをするというアルバイトだった。私は実際見たことがないのだが、こういうことをしているガソリンスタンドがあるのだろうか。

 とりあえず、少しでも単語を理解して見ると分かりやすい。今日の放送分も録画しておいたのを、見たのだが、ヒントが全くないと難しい。とにかく、しゃべりがむちゃくちゃに速いので。きっと全部聞き取れるようになるのは無理でしょう。でも、難しいことを考えずに見るには最高です。


9月18日の日記、書き終えました。

9月22日(月)

 私は今週語学研修である。職場にまともに2週間も行かないことになる。こんなことでいいのだろうか。
 ところで、その語学研修である。午前と午後では先生が代わる。午前は前回の時にも授業を受けた人。午後の先生は私がこの学校で初めて習ったときの先生である。この2人の特徴は両方ともとても速くしゃべるということである。ただ同じ速くしゃべる先生なのに自分にとっては相性なのか午前の先生の授業は眠くなってしまうことがある。私は昔から授業の時には誰よりも早く眠くなる体質を持っており、午前は1対1の授業にもかかわらず眠くなってしまう。原因はどうしても私の頭がぼーっとしてしまう先生の声のトーンにあるようだ。

 逆に午後の先生は若干声が低めで、非常にしゃべりが早いのだけれども、しゃべっている言葉が聞きやすい。この先生から最初に教わったから、授業が楽しかったんだろうな、と懐かしんだりもする。それと、教え方がやはりうまいんだと思う。授業のテンポがいい。分からないところはすぐに質問できるリズムを作ってくれている。ちょっと分かりにくいかもしれないけど、この先生のテンポのいい授業が最初で非常に良かったんだと思う。最初の頃にテンポのいい先生に習ったので、私は先生には恵まれた方だと思う。


9月21日(日)

 朝7時にはホテルを出て大連空港へ。とうとう旅も終わりである。空港に着いたがチェックインをどこでするかがよく分からない。発券のところはあるが。相変わらず窓口では人が横に並んでいるし。何とかようやく人に聞いて場所が分かった。チェックインが出国手続き等の流れの1つになっているのだった。これは分からない。外から見えないところにあるのだから。これって珍しいんじゃないかな。全然ほかの国を知らないけど。

 空港では日本語の放送もあり、日本との関係の深さを感じさせた。そして中国北方航空の飛行機に乗り込む。スチュワーデスは全員中国人だと思われたが、皆少し韓国語を話すようだった。歓迎もアンニョンハシムニカだったし。搭乗時間は1時間ちょっとなので機内食はなく、飲み物とお菓子のサービスだけ。そんな中で、途中で横の客がこの税関申告カードはどう書くのかと聞いてきた。ちょっと発音が変な気がしたが、カードに韓国人と書いてあるし、教えてあげた。それからいろいろ話をしているとその人は元々中国人だが、結婚して韓国人に帰化したと言っていた。それで発音が少し変だったのか。ただ帰化は結婚して1年で出来たそうである。帰化ってそんな簡単にできるのだろうかと思ったが、実際出来ているんだからきっと出来るんだろう。

 無事に飛行機は金浦空港に着いた。久しぶりに韓国語を話すと少し違和感があるような気がした。特に数字が出てこなかった。その後、職場に行って少し荷物を置いて少し仕事をして家に帰る。やはり疲れた。


9月20日(土)

朝起きて窓から外を見る。5時半頃だ。中山広場では早くも体操やら太極拳をしている人たちがいる。好きだなあ、本当に。そんなことを思いながら6時半にはホテルを出る。バスを乗り継いで瀋陽北駅へ。荷物のセキュリティチェックを受けて駅の構内へ。乗り場は2階だ。改札をあっさりと通過して、列車に乗り込む。来たときと違って今回は満員だ。日本からツアーで来た人も何人かいるようだ。私の背のボックスには日本人のおじさん3人組が座った。彼らが日本語で喋っていると、中国人が片言の日本語で話しかけてきたようで、そこで日本語講座がはじまった。あかさたなから。その声を聞きながら列車は出発。

 それにしても腹がへった。何か食べたいな。頭に浮かんだのは、車内販売で売っていたカップラーメンだ。瀋陽市内で食べたラーメンがまずかったので、少し不安はあったがそれを買ってみた。中はカップラーメンだから日本と同じ。かやくとスープのもとをいれお湯をかける。お湯を車内販売の小姐に入れてもらって5分くらい待ってふたをあける。う〜ん、辛そうな赤い色。ラー油がスープの上に浮いているような感じ。これも失敗か。でも仕方ない。食べてみる。ん?意外とうまい。いや、うまいぞ。これは。スープが醤油味ベースではないか。ああ、こんなカップラーメンは久しぶりだ。うまい、うまい。スープがうまいし。麺もカップラーメンの水準いっているし。少なくともこっちに来てから食べたものの中でベスト3には入る。うまかった。スープを捨てるのももったいなかったので全部飲んだ。

 一昨日の日記などを書きながら列車は4時間ほど走り、大連駅へ。船で着いたときも思ったが、かなり発展している都市で瀋陽とは違い、自転車はほとんど走っていない。同じ国なのにこんなにも違うのかと感心した。駅からまずはホテルを目指して歩く。10分くらい歩いてたどり着く。駅前にはタクシーもあったが、ちょっとこわいのでやめた。でも後から聞いた話では大連のタクシーは2年前くらいにキャンペーンをやってとてもサービスが良くなったそうだ。一般のタクシーもきちんとメーターを使って走ってくれるらしい。

 ホテルに着いたら12時30分過ぎ。窓から労働公園が見えた。高台には大連のテレビ塔。サッカーの街と聞いていたとおり、公園には大きなサッカーボールの像があった。このサッカーボールをモチーフにした像はここだけでなくほかのところにもあった。

 まずは昼食を食べに出かける。はずれのないものが食べたかったので、マクドナルドに入った。中に入ると人がいっぱい。レジはたくさんあるが、その前に横に客がずらっと並んでいる。順番を待つために縦には並んでいない。横に並んでいる。注文するのが大変だった。とにかくレジの人に自分の話を聞いてもらった人が勝ちという感じだった。そこでセットメニューを頼んで食べた。味は変わらない。マクドナルドの味である。ほっとした。

 それからおみやげを買いに百貨店めぐり。大連商場という大きな百貨店があったのでそこに入った。1階の食料品売場が充実していた。何から何まであるという感じ。大連は日本人も多いので日本のものも若干あった。そこでは茉莉花茶とちょっと変わった花のお茶を買った。ただ事務所用のおみやげは何がいいかと次長から頼まれたやせる石鹸はどこにあるのかが分からずひたすらうろうろする。もう1軒、そこの向かいの百貨店にも入った。おみやげ関係はとりあえずなさそうだった。5階にテープ等を売っているところがあったのでのぞいてみた。今一番人気があるのはどれかと聞こうとしたが、それを中国語で言えるわけもなく、筆談に。結局韓国の去年のヒット曲「クンタリシャバラ」を1曲カバーしている草*(虫偏に、猛のつくりの部分がついた漢字)のテープを1本買った。

 それから街をぶらぶらした。結構疲れていたのでホテルに戻った方がよかったのかなと思った。街には韓国衣装市場だったかな、という建物があったのでちょっとのぞいて見た。中を見るとまあ韓国のコスモスプラザのような感じで小さな店がずらっと並んでいるところだった。そこを出て米国加州大麺とかいう店があったのでそこに入ってみた。ラーメンの店だが、これがまたまずい。どうしてこんな味にするんだ。本当に。途中で市場の中をすり抜け、途中でまた鄭秀文という歌手のテープを買い、ブタマンを買うなどしてホテルに戻った。ブタマンはうまかった。まずいものを食べていたせいかうまいものを食べると生きててよかったという気持ちになる。

 夕方7時くらいにようやく大連駐在の友達と会う。やせる石鹸等がほしいがほしいといって、薬局や百貨店まで一緒に行ってもらい通訳してもらう。百貨店にやせる石鹸は確かにあった。まずは10個分のお金を払い、待っていると店員が3個だけもってきた。ないなら仕方がないと、7個分のお金を返してもらうため計算してもらっていたのだが、そのうち店員が何やら口論をし始め、別の店員がその場を離れてしばらくするとちゃんと10個出てきた。出し渋っていたのかなあ。さっぱりわけが分からなかった。それから薬局でローヤルゼリーを買う。そこは特に問題なし。ただ友達が薬局の中のとある売場を案内してくれた。そこには女性用大人のおもちゃがいっぱい。何でも体にいいからと若い子も使っているそうである。そうか、君も使っているのか、君もかと尋ねたい気分だったが、それにしてもあの売場は強烈だった。もし行く機会があったらぜひ見てほしい。

 それからホテルの中華のレストランで晩飯。たくさん注文してかなり食べた。味もなかなか良かった。久しぶりにちゃんとしたものを食べた。その後は日本人駐在員御用達のおねえちゃんつきカラオケの店へ。日本語が話せるおねえちゃんがいるんだから、韓国でいうところの漢南洞(ハンナムドン)である。私はただそういうところに行っても歌うことに命を燃やしてしまうのである。日本語の歌本を見るがさすがに1年半も日本にいないと知らない曲が多い。だめだ。韓国の歌なら歌えるのに。さすがに韓国の歌本はなかった。ターシー・スーの「鴨子」ならハングルで歌えるかもしれんとわけの分からない要求をしたが、それも入っていなかった。結局定番ソングでお茶を濁して出た。でも、韓国と違い、おねえちゃんが客の酒を飲まないのでいいなあと思った。値段も韓国の半分くらいだし。物価水準から見たらかなり高いんだろうけど、それでもそちら方面が好きな人にはたまらないだろうな、と思える環境だった。今日は以上です。


9月19日(金)

 9時半くらいにホテルを出て、昨日買った地図を元にバスに乗る。まずは故宮だ。車掌に聞いてそのバス停で降りたが、その故宮がどこにあるか分からない。7、8分歩いてようやくそれらしいところを見つける。入場料は35元。しかし、この国の物価水準はどうなっているんだろう。昨日食べた麺は6元だったのに。ラーメン6杯分もする入場料っていったい。

 中に入ると確かに昔の王宮らしい雰囲気。オレンジがかった黄色い屋根が印象的だった。中では清の民族衣装を着て写真を撮る商売をしていた。景福宮と同じだと思った。それからそこを出てその辺をぶらぶらしているとゲームセンターを発見。これはと思い、入ってみる。SEGAの麻雀ゲームとストリートファイター系のゲーム等があった。やってみようと思い、聞いてみたがおつりがないらしくダメだった。残念。

 その後大きな門をくぐると電子市場なるものを見つけて入る。今はビデオCDが流行のようで1階はビデオCDをはじめとしたオーディオ売場、2、3階が電球や部品、4階はあやしい医療器具売場だった。しばらくそこにいた後、道ばたで売っていた長さ15cmくらいのピロシキ巻きのようなものを購入して食べる。太いもので中にじゃがいもの千切りと変なにおいの草(あれは野菜ではなく草だ!)が入っていた。それを頑張って食べながら歩くが半分ほどまで食べてギブアップ。それからまたバスに乗り、遼寧博物館へ。しかし地図のあたりに行ってもそれらしい物がない。とりあえず近くにあった中華料理のきれいな店で昼食を食べることにした。

 そこで博物館の場所などを英語で聞いてみるがやはり英語が通じない。博物館はどこですかと聞きたかったのだが、ダメ。結局メニューを見て適当に頼むが出てきたものは出てきたものは牛肉の冷菜と海老の串刺し。店の小姐が、ピーチュが何とかかんとかと言ってきて何だと思い、ビールのことだと理解できたので、とりあえずポスターが貼ってあるものを頼む。確か生力ビールとかいう名前だったと思う。ビールはうまかったです。最後に厠所はどこかと筆談でやって小姐に笑われ店を出る。

 何とか博物館を見つけて昔からの遼寧省の歴史をたどることが出来た。ただ韓国の博物館の展示物とあまり変わらない感じだ。青磁はさすがになかったが、同じ文化の流れ上にあるからそれも当然か。

 その後バス、徒歩、バスと乗り継ぎ、柳条湖9・18博物館へ。バスは満員で車掌のところまでたどり着けなかったのでキセルして降りようとしたが、さすがにダメだった。そこの入場料は外国人が20元、一般が6元でこれがうわさに聞いていた外国人料金かと思ったりする。入場時間は3:30までで入ったのは10分前でぎりぎりだった。展示室が地下にある建物では、日本の兵士達の悪業を表した人形があった。それはもう激しいもので、韓国の独立記念館もこういう感じなのだろうかと思った。ちなみに私は1年半近く韓国にいながら独立記念館に1度もいっていない。

 それから、博物館の入口には10時25分頃をさしている時計の針があり、それがその事件の起きた時間なのだろうかと推測できた。あれだけの悪行を見たらこれで自分の国に誇りを持とうとか言っている最近の動きにも疑問を持たざるを得ない。戦争だから仕方がなかったでは済まされるわけがないと思う。

 その後北陵公園へ行く。清朝の王の陵があるのだが、入口からその陵までは20分ほど歩く。道沿いはパラダイス的要素のある公園だった。ここも例にもれず黄色の屋根の建物である。王が通る道の脇には象、ラクダ等の動物の石像があった。韓国は位を表す文字だけが書いてあったよなと思った。それぞれの動物にも位があるようである。

 そこを終えて、雨もぽつぽつ降り出していたのでホテルに戻ろうとバス停まで歩く。途中にあった公衆トイレはこれがニーハオトイレかと思わせる仕切りと穴があるだけのトイレだった。歩いている途中でトロリーバスが横を通り過ぎた。バスは普通のバスとトロリーバスが半分ずつくらいある。トロリーバスは人が一生懸命走るくらいのスピードで非常にゆっくり走るので私も200mくらい走って何とか乗れた。

 そして、ホテルへ。ホテルに着いたときには雨に雷も重なり大雨であった。着いたのが午後6時半頃。夕食を食べに行こうにも傘がなくて出られなかったが、ガイドブックに書いてあった行きたいと思っていた店が7時半閉店ということが分かり、慌ててタクシーでその老辺餃子館という店へ。ホテルのフロントの人が雨の中、タクシーをつかまえてくれて非常に助かった。日系企業で働いているという人と相乗りで店へ。その相乗りの人と日本語で少しやりとりしたが、中国人の日本語を聞いているといかに韓国人の日本語がうまいかということを感じる。やはり、四声がないとか、語順がほぼ同じとかの理由で韓国人の方が圧倒的に有利なんだろう。

 その店に着くと7時半を回っていたが、中に入った。中は客が誰もおらず、フロア担当の人が10人くらい立っていた。あれは怖かった。それでも少し日本語のできるおじさんがいて、話は通じ三鮮餃子を食べる。それはエビ、ニラ等の三種類の餃子が出てくるもので、うまかったです。ぬるいビールとも合いました。後から聞いた話ですが、ビールもジュースも中国ではあまり冷やして飲まないそうです。何でも冷たい飲み物は体に悪いと信じられているとか。で、その餃子、メニューに書いてある20元のものを頼むと24個×3が出て来るというので、そんなに食べられないので10個×3にしてもらった。ただ後ろでは例の10人くらいの人が立っているので落ちつかない。10個くらいは持ち帰ることにした。実際食べきれないというのもあるが。

 その後日本語の分かる人に言ってホテルまで行きたいのでタクシーをつかまえてくれと言ってタクシーで帰る。乗ったはいいが方向が違うような気がする。北陵公園の方に向かっている。違うと意思表示をするが通じない。結局、着いたところは違って遼寧大厦とホテル。地図を使って必死に説明してようやく理解してくれた。幸いにも料金も元の約束どおり7元で行ってくれた。

 無事ホテルに戻り、部屋でW杯予選を見る。結構危なっかしいなあ、日本。しかし、城はああいう仕事をするためだけに出ているんだろうか。シュートしないし。ポストプレーにしてもノートラップでパス出してほしいなあ。でもシュートする人間もカズしかいないし。引き分けでよしとするかなあ。う〜ん、愚痴ばかり。というわけで寝る。


9月18日(木)

 朝起きる。まだ6時前だ。ぼつぼつ人が起き出している。でもいいや。また寝る。7時前にまた目が覚める。しばらくして電気がついた。人が起き出して顔を洗いに行ったりする。そのうち朝食のアナウンスが。食べに行こうと思ったが、まず甲板に出てみる。四方が海である。当たり前だがそうである。天気はいい。陸は見えない。

 しばらくそこにいて食堂へ。韓定食という名前だったが普通の朝食だった。その後部屋に戻る。電気がついても同じ部屋のお兄ちゃんは寝ている。結局9時くらいまで彼は寝ていた。あちこちの部屋では花札をやっている。そのうち1人のおっさんが靴脱ぎ場のところに置いてあったパネルの板2枚を部屋の中に入れ始めた。何が始まるのかと思ったら、パネルを2枚重ねてそのうえに毛布をかぶせて雀卓の出来上がりである。持ってきたのか、船に備え付けてあるのか知らないが、少し大きめの麻雀牌もいつの間にかあった。

 ルールは基本的に日本と同じだと思うが、違うなと思った点がいくつかあった。ドラがない、捨て牌を並べて捨てない、やたら食いまくる、等。特に捨て牌を適当に捨てて誰が捨てた牌なのか分からないので相手の手を読めないんじゃないかとか、フリテンもあり?等と思った。それから「親」のことを「オヤ」と言っていた。麻雀は日本からの輸入なんだろうか。不思議だ。

 アナウンスが入り、船が1時間ほど早く着くとのこと。もう10時前には大連の陸地が見えてきた。高層ビルが林立している。思った以上に大連は都会である。11時には既に入港し、接岸する。ただそれからまずコンテナ等の荷物を出し、自分が出られたのは12時頃である。ちなみに下りる直前まで麻雀は続いていた。当然ながら1場ずつ精算の賭け麻雀である。

 船を下り、通関を通り、外に出る。大連在住の友達に頼んで車の迎えをお願いしていたが、さすがに1時の約束だったからまだ迎えに来ていなかった。先ず両替をして彼の職場に電話をしようと思っていたのだが、両替所がターミナルにもないし、そとにも見あたらない。ダメだ。20分くらいその辺を回り、いろんな人に聞くが英語が全く通じない。これはショックだった。旅客船ターミナルの人に聞いても埒があかない。結局ターミナルのすぐ横にホテルがあるのに気付いてそこで両替をする。英語よりもハングルが通じて助かった。しかしぼられているのか100円=6元だという。待てよ、と考えどう見てもレートが悪すぎるのでおかしいと言ったがダメでほかに両替するところがないのでそのレートで1万円分換えてしまった。後で聞けば1元=14円くらいだそうで、1600円くらい損した勘定になる。しかしそこはレートの表示もないし、パスポートの提出も求められない非常にいい加減なところだった。

 さて次は電話ということでたくさんあった「公用電話」という看板のところに行くものの100元札しかないため断られる。再度さっきのホテルに行き、くずしてくれという。10元、5元、2元、1元札にくずれたところでもう時計は12時50分。英語すら通じないのでは仕方がないと思い、迎えを待つことにした。1時になって私の名前が書かれた紙を持ったおっさんがうろうろしていた。これだ、迎えは。異常に嬉しかった。全く言葉は通じないまでも友達からの手紙も持っていたので間違いない。彼に着いていき彼のタクシーに乗り市内に入る。港から市内はすぐである。路面電車が走っているのを横目に見ながら。大連ではあまり自転車が走っている印象はない。車もソウルのようにスピードは出さない。車が古くて出ないからなのかもしれないが、この辺はよく分からない。街は日本の車も走っている。ホンダのマークや日野のトラックも走っていた。

 港から10分くらい車に乗り友達の職場のあるビルに行く。とても近代的できれいなビルだった。事務所に入ると女性が1人だけしかいなかった。とりあえずそこでしばらく待つと友達が来た。会ってしばらく話をして、まだ瀋陽行きの列車に間に合うぞということですぐにそこを出て大連駅へ。切符を買ってもらいホームへ。彼も改札で何か言ってホームまで来てくれた。20両くらいはある列車の最前部から後ろから7両目の車両まで歩き、そこで切符を座席票に交換し、乗り込んだ。その各車両の入口には女性が1、2人ずつ立っていて出発すると彼女たちが車掌兼売り子の役割をする。

 間もなく列車は出発する。私が座るはずのボックスではおっさん達がトランプで遊んでおり、座れないのでその後ろのボックスへ。自分の前には23歳くらいの高橋リナさん似の女の子が座った。本を読みながら時折笑っているのが可愛かった。中では車内販売があり、コーヒーやジュース、お茶、時刻表等を売っていた。私は時刻表とコーヒーを買った。時刻表が4元だったかな。「いくらですか」の意味の「多少銭(ドゥオシャオチエン)」と聞いても返って来る答えが4元とか3元なので分かりやすい。韓国のように千ウォン、万ウォン単位じゃないので1〜10までの言い方と単位の言い方(元、角、方)を知っていれば何とかなる。100元以上のものはそうないので大丈夫だ。

 大連を出て、すぐにのどかな農村の風景に変わる。収穫後の風景はとうもろこし畑か?そこを馬や牛が歩いている。木々は日本、韓国とそんなに変わらない感じ。瀋陽に近づくにつれて畑は収穫間近の田んぼに変わった。見ていて思ったが小さな川が畑と同じ高さを流れていて堤防等が全くない。大雨になるとすぐに洪水になりそうな気がした。列車に乗っている間、私は即席の中国語の勉強をしていた。200ページくらいの本の半分くらいまで進んだ。

 列車は4時間ほどで瀋陽北駅に着いた。駅を出るとおばさんが何かの紙を持って寄ってくる。いらない、いらないと言いながら逃げるようにして行ってタクシーを探す。しかし、どこにあるのか分からない。困った。うろうろしているとまたしつこくおばさんが寄ってくる。見ると市内の地図を売っているようだ。3元だったので買った。こちらの物価水準がどうか分からないがどんなもんなんだろう。しかし、ここで買った地図が次の日にとても役に立つ。ホテルにも同じ物があったとはいえ、バス路線が書いてあってこれは本当に役に立った。ただおばさんから地図を買うと、変なおっさんが怒ったような口調で話しかけて来る。何だ、君は。無視して歩く。しつこかったが、何とか振り切った。

 タクシーが見あたらないのでバス停あたりをうろうろする。でも分からず小さな部屋にいた案内の人に聞いてみる。勉強したての片言でしゃべるがだめで、筆談に。瀋陽駅へ行きたいというのは通じたようでバスの番号を教えてくれた。ただ、その直後に気がついたがそこはどうも待合室のようだった。失礼しました。で、その番号の超満員のバスに乗る。そのバスは2台のバスをつなげた構造になっていて、2つの車輌にそれぞれ女性の車掌がいる。その人に言って切符を買う。さっそくさっき買った地図の瀋陽駅の所を指していくらか聞く。チーマオと言ったので7角と理解できた。単位が小さいから助かる。このバスは1〜3区間が3角。4〜6区間が5角。7区間以上が7角ということは次の日の3時頃に気付いた。それまでは近いところでも7角を払っていた。

 乗ったはいいが、どこで下りればいいか分からないので不安である。おまけに超満員ときている。途中、大きな銅像の立っている異常に明るいロータリーがあった。実はそこは私が泊まるホテルの目の前の広場だったが、それに気付かずずっと行く。そのホテルの近くにある中山大厦というホテルが見えたので下りようとしたが、瀋陽駅はまだだと制されて駅まで行った。地図で見ると近そうなのだが、ホテルまでは1kmくらいはありそこを歩いて戻った。さっきの異常な広場まで来てホテルにはいる。ホテルは遼寧賓館といいその昔日本が支配していた時代には、大和ホテルと呼ばれていたところとガイドブックに書いてあったが、確かにその通りレトロな洋館という雰囲気である。私はこういうところに来ると殺人事件が起きて、金田一耕助が出てくるという妄想にかられるが、決してそんなことはない。

 ところで予約はされているのだろうか。不安だったが、予約はされていた。一応いかさま英語が通じていたようだ。部屋は確かに古いが天井が高く家具も古めかしい。まあ快適に寝られそうだ。

 そしてご飯を食べに出かける。適当に街角の食堂に入った。後から聞いたがこれは大連在住の友達も肝炎が怖くてあまり街角の食堂には入らないそうだ。知らないほど怖い物はないということである。さて、食堂にはいると壁に麺類がたくさん書いてあったが、読めない。上海面(麺は面と表記される)だけ読めたので「シャンハイ」と言ってそれを頼む。10分ほど待って出てきたのはどす黒いスープにふやけたような麺のラーメン。食欲が失せるようなにおいもしていた。一口食べると辛い。何だこの辛さは。これはダメだ。ダメだとか言いながら全部食べた。でもなあ。

 その後その近くの新世界百貨に入る。韓国の新世界百貨店とは関係があるのだろうか。品揃えはやはり日本や韓国並みとは行きませんでした。夜のせいか客も少なかったです。併設のホテルは新世界酒店といい英語でNew World Hotelとなっていた。そういえば、韓国にも同じ名前のホテルがあるな。関係あるのだろうか。

 そして、さっきの麺があまりにもまずかったので口直しと思い、もう1軒飛び込みで食堂に入る。中学生くらいの女の子が出てきて、注文を聞いてくる。身ぶり手振りでメニューを見せてくれないか、というが出てきたメニューを見ても何が出てくるか分からない。筆談で冷面あるかと聞くと「有(ヨウ)」と答えたのでそれを頼む。ついでに餃子を食べようと思い、「チャオズ」と頼む。量を聞いて来たようなのでガイドブックに書いてあったとおり3両頼む。味は冷面はダメ、餃子はまあまあだった。その後コンビニに行ってビールとジュース、スナックを買う。オレオが奥利奥だったのが印象的だった。

 部屋に帰り、TVをしばらく見る。チャンネルを変えていると香港のスターTVが入り、さらには日本のBSまで入った。やった。明日のサッカーの予選が見られる。ただ字幕に出ている時間が1時間違う。時差を感じた。


9月17日(水)

 いよいよ大連、瀋陽への出発である。フェリーは6時半発。旅行社いわく、仁川の国際旅客船ターミナルへは3時半まで言ってほしいとのことだったので、1時頃には家を出る。まずバスに乗ってソウル駅まで出て、それから東仁川行きのバスに乗り、そしてさらに旅客船ターミナル行きのバスに乗り、結局3時半頃には着いた。素直に地下鉄で行けばいいのに、私もかなりのひねくれ者である。

 さて、私がインターネット等で調べたところによるとそこはターミナルから既に中国というイメージがあったのだが、むしろベタベタの韓国であった。看板は多少、中国語があったものの乗客も韓国人が多い感じ。4時頃に乗船手続きが開始される。私は乗船券を持って並んだが、チェックインしてくれといわれ、やり直し。そういえば、外国に行くんだからチェックインするのは当たり前か。無知をさらけ出す。その後、チェックインをしてもう一度並び、通過。パスポート、乗船券等をこのかごに入れて持っていってくれと言われて、赤いかごに入れて持っていく。でも、そのかごは次のセキュリティチェックの段階ですぐ回収。いったいあれはなんの意味があったのか。

 税関手続きを終え、小さな免税店を横目にバスに乗り込もうとする。その脇には大量の白いズタ袋が。なんの物資かは分からないが、商売に使う物だろうか、大量の物を一人一人がバスに詰め込んでいる。そしてバスは出発し、2分ほど走ってフェリーに横付けされる。勉強していたとおり、コンテナや車が入るところから人も入り、そこからエスカレーターで上に上がる。私の部屋は最も安い(120$!)の雑魚寝部屋であり、イメージでは薄暗く汚いところを想像していたが、エスカレーターがきれいなのでちょっと当惑する。エスカレーターを上がりきると、案内所があり、アガシがお出迎え。いや、中国人だから小姐と言うべきか。

 小姐のこちらですという案内に従って部屋を見る。部屋というより雑魚寝のための広間である。きれいとは言わないまでも私の感覚では充分いける。自分の席はC−01という場所だったのでどこかと思ったが、C部屋は分かったが、番号自体が見あたらない。どこでもいいやと思い、毛布を敷き横になり天井を見ると天井に番号が書いてあった。まあいいや、番号が違うけど客も多くなさそうだし。

 その時はまだ4時半くらいでそこでずっと座っていても相当に時間があるので船内を見て回る。確かに噂どおり、この船は日本のフェリーの払い下げらしく、毛布にも東日本フェリーと書いてあったり、船内図も日本語で書いてあったりした。何となくほっとした。不思議だ。ただ、トイレで「和式」の表示の下に「Japanese style」と書いてあり、これは別に日本だけのスタイルではないのでは、と思った。私の階には自分が寝る二等船室、個室の一等室、免税店(タバコ、酒のみ)、案内所等があり、上の階にはゲームコーナー、食堂、貴賓室等があった。ゲームコーナ−の奥には、カジノができるスペースもあるようだ。

 そうこうしているうちに、6時頃になりフェリーが動き出す。ついに出発だ。窓から見える仁川の街並みが動き出す。自分は甲板に出る。これは写真に撮ろうと思い、カメラを持って。甲板に出ると、既に宴会をしている輩がいる。例の真露の紙パック15パックくらい入った袋とつまみの入ったタッパ等を広げて。もうベタベタの韓国人やな、あんたら。何だか恥ずかしい気持ちになる。

 その後船はいったん港の出入口で止まる。私はその間食堂でご飯を食べる。セルフサービスの列に並ぶと、「食券下さい」と言われ、食券が必要なことに気付く。プルコギ定食(8千W、これが一番安い)を頼んで食べた。そのうちにまた船が動き出し、月尾島(ウォルミド)の遊園地の明かりを横目に海へ出ていく。

 食事を終えてタバコは吸わないが喫煙場所に行く。KBS歌謡トップ10の秋夕(チュソク)特集をやっているではないか。TVが見れないと思っていたのでこれはラッキー。そこで最後まで見ていたが、全員リップシンク(口パク)のようだ。がっかり。それにしても無意味に前髪を伸ばしている男が多いなあ。じゃまだから切れ!特にGoofyのお前だ、お前。で、結局H.O.Tが1位でした。1週目の1位。でもKBSはH.O.T.が嫌いのようで既にMBCでは3集連続1位になっているのにKBSではようやく1位。わからん。

 TVを見終わって部屋に戻るとキムチくさい。タッパいっぱいにキムチを詰めて宴会をしているではないか。カップラーメンも好きだなあ。わざわざ持ってきたみたいだった。ここもベタベタの韓国。私は中国語の勉強をしたり、TVを横目に見たりした。ニュースは秋夕の帰省ラッシュのニュースがトップだった。釜山→ソウルが17時間。釜山→光州が11時間。今年は特に渋滞がひどいらしい。

 そうこうしているうちに、私はいつの間にか寝てしまう。TVは船が出発してから3時間はきれいに映っていたし、船の中も韓国のお金が通用するのでまだ韓国だ。ふう〜〜。しかし、隣のおっさん、でかい音たてて何回も屁こくな!あ、案内所の前に置いてある中国入国カードの記入を忘れないようにと。


9月16日(火)

 秋夕の当日である。秋夕の連休は3日間続く。それは秋夕の日の前後の日も祝日になっているからである。ニュースを見ているとそろそろ渋滞も始まっている。今年は渋滞がそんなにひどくないという話もあるが、どちらにしても明日は混むのではなかろうか。

 依然として今日もやることがない。こんな時は勉強でもすればいいのだが、何か目標がないのでできていない。それでも、街に出かける。韓国人は今日、店がどこも閉まっていると言っているが、実際街に出てみると百貨店などは全部閉まっているがファーストフードの店はやっている。それに映画館もやっている。私は映画はほとんど見ないのだが、ちょっと気になっていた「チョプソク(接続)」という韓国の映画を家の近くでやっていたので、見に行った。さすがに1人で見に行くのは勇気がいるものだ。映画館は割と空いていました。そりゃそうだろうな。街に人がいないんだから。

 ところで「接続」とはパソコン通信のチャットを意味している。チャットで知り合った男女のそれぞれの恋愛の話である。主演は、ハン・ソッキュとチョン・ドヨンで、お互いにチャットでその状況について話をしたり、助言をしたりする。途中、地下鉄の中で乗り合わせたり、レコード店ですれ違ったりするがお互い、顔を知らないので気付かない。最後のシーンで鍾路3街の映画館の前で2人は待ち合わせをするが、ハン・ソッキュが声をかけずに近くの喫茶店の2階から彼女を見ているシーンがよかった。その横でハン・ソッキュの家に電話をかけて留守番電話にメッセージをいれているチョン・ドヨンも。結構好きなタイプの映画だった。何より暴力場面がないのとどろどろしていなくてよかった。でもストーリーを100%分かったわけではないので言葉がもっと分かったらまた印象が違ったかもしれない。

 その後家に帰り、うだうだ。明日から中国行きのため、準備をするかと思いきや出発が午後で遅いので準備は明日にすることにした。そこでホテルの予約をした。英語で予約したが、通じていたかどうか非常にあやしい。だって1泊3千円くらいなんだもん。いくらなんでもそんなに安いわけがない。多分通じていなかっただろう。というわけで明日から大連、瀋陽へ旅に出ます。次の更新は日曜日になる予定です。


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