7月18日(金)憧れの 梨大正門を 難なく突破
7月17日(木)温泉で 汗を流して 安上がり
7月16日(水)突然に 思い立って 旅に出る
7月15日(火)笑わせて 自己満足で ほっとして
7月14日(月)昼間から 謎にあふれた ステーキ店
7月13日(日)もう一度 来るなら絶対 休暇をとって
7月12日(土)何回も 土を掘ったら 159

7月18日(金)

 今日から親が来ます。家族総出の両親と妹。何て私は忙しいんでしょう。そんなわけで朝から掃除洗濯の嵐。洗濯を山ほどした。そして午前中いっぱいかけて何とか人を迎える体制が整え、空港へ。空港への道は思ったより空いていたので、安心して遅い昼食を食べていたら、もう飛行機が着いていた。予定時刻より10分も早く到着したからだ。でも、まあそんなに早く外には出て来れないもので。やはり20分くらいして出てきた。まずは両替のあと、タクシーで家へ。

 家でしばらく休んだあと、5時半頃出かける。目的地は梨花女子大前の渋谷センター街か、原宿かという通り。妹はすでに3回目であるので、たいがいの所はいってしまっているので、少しこういう目先を変えたところも行かねばならない。ふ〜む、私もたまにしか来ないのでというか1年ぶりなので、新鮮だった。そこを少し見たあと、梨大のキャンパスを抜けて裏門にある食堂に行く計画であったが、果たして私のようなTシャツにジーンズのむさ苦しい男が入っていけるか不安だった。しかし、あっさり正門を突破。中を歩いていると男子学生も結構いる。サークルか何かで遊びに来ているのだろうか。この梨大は、その昔高麗大学の男子学生が悪さをしたという話を聞いたことがあるので、男子は入れないのではないかとと思っていたが、全然そんなことはなかった。入ってすぐ左手に大学の博物館があったが、時間が遅くしまっていた。キャンパスは韓国の大学の例にもれず広く、いかにもキリスト教系の学校という感じだった。

 キャンパスを抜けて、夕食は韓定食でご満悦である。隣のテーブルに、親戚のおじさんにそっくりな人がいて笑えたが、言葉が分からないから堂々と日本語で「そっくりだ〜、韓国で何しとんがよ〜」と方言まるだしで喋っていた。そのテーブルでは一瞬見合いが行われているように見えたが、男の方がジーンズで来ておりよく分からなかった。でも、あれが見合いだったらきっと破談だっただろう。まあ、そんなこんなで腹一杯食って帰宅。料理もなかなかうまかったです。はい。で、明日は1泊2日で釜山へ行きます。最近、旅行づいています。


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7月17日(木)

 今日は、まず扶余の定林寺祉、それから国立博物館、そして英雄の階伯候の銅像等。私も前は歴史なんぞにはさっぱり興味がなかったのですが、次第に必要に迫られ勉強しているところです。ある程度百済の歴史なんぞも分かったつもりになっています。ただこの扶余という街、百済の歴史上での位置と同様にやや地味です。地味といっても悪い意味ばかりではありません。観光地化していないといういい面もあります。韓国では観光地化してしまうと、その土地の人々が我々を幻滅させてしまうような態度(客の呼び込み、おみやげを買わせようとする等)をとるのですが、そんなことはさっぱりありません。だから好きです。

 その後バスに乗り、公州へ。45分ほどで公州へ到着。そこで昼食を食べて、ここにもある博物館へ。言っちゃなんですが、ここのは扶余のものと比べてもたいしたことはありません。ただ、博物館の前に展示されていた顔のないいくつかの仏像が気になりました。誰が壊したのでしょうか。これも例によって豊臣秀吉なのでしょうか。

 それから公山城という山城へ。昨日の扶余のものと違い、まだ城壁がほとんど残っており、そのうえを歩いて行けば一周することもできるというもの。ただ城壁の上を歩いていくのはきちんと舗装されてないので、それにそってある歩道を歩く。しかし、途中であまりのきつさにふらふらになる。途中、カメラのフィルムを買おうとして、「フィルムありますか」と聞いてもなかなか通じず「カメラのフィルムだ」といって、「あ〜、ピルルムね」と言われてあぜんとする。これだからコングリッシュ(韓国式英語のこと)は難しい。しかし、扶余もそうだったが錦江という川沿いの山に山城を築くというのは、昔の人の最大限の知恵なのだろう。確かに外敵から守るには最高の条件かもしれない。

 山城でふらふらになり、その後バスに乗り天安経由で温陽温泉(オニャンオンチョン)へ。バスターミナルから市内バスに乗り、国鉄の駅前に行くと確かに大きな温泉マーク。韓国にしては珍しく温泉らしいところだった。といっても駅前だけで、あとは普通の旅館か、ホテルである。私はホテルの中で一番いいように見えた温陽観光ホテルの大浴場へ。入場料は4千ウォン(約500円ちょっと)で、安い。中はまあ健康ランドみたいなもんでしょうか。健康ランドは好きなのですんなり受け入れられました。それにしても極楽、極楽。風呂から上がって、近くの食堂でサムゲタンを食べ栄養満点である。

 ソウルへは、着いてから予約したムグンファ号(急行にあたる)で帰る。中は結構満員だった。行楽地帰りの学生も多かった。バスで帰ると渋滞でかなり遅くなると思っていたので、列車に乗れただけで幸運である。そんなところで今日は終了。明日もヨルシミ ハゲッスムニダ(一生懸命やります)。ちなみに2日間であちこち行ったのだが、交通費、宿泊費、食費ではどうみても1万円かかっていない。安い。結局、博物館で買った本が2万5千ウォンで一番高かった。


7月16日(水)

 今日は、休暇をとりました。今日だけではなく、来週の月曜日まで。実に長い休暇ですが、明日がこちらの祝日にあたるので、休暇は実際3日間のみです。

 それで、午前中はだらだらと昼寝をしたりで過ごしましたが、午後から急に思い立って扶余(プヨ)、公州(コンジュ)の百済の歴史を訪ねるツアーに出ました。扶余は先週の出張の時にも行ったのですが、仕事だけで全然史跡等を見る機会がなかったのでまた行くことにしました。

 そんなわけで、まずは高速バスターミナルへ。まず公州から行こうと思ったのですがバスが1時間待ち。これは時間の無駄だと思い、地下鉄の駅で2つ隣の南部バスターミナルに行ってみると、扶余行きのバスが10分後に出るところだったので、それに乗る。乗ってみて気付いたが、冷房がきいてない。暑い。しかも窓も開かない。開くのはバスの天井の窓だけ。脱水状態になるのではないかと心配しながらバスは走る。出発後、30分くらいするとすごい雨が降ってきて、開いている天井からも雨が。やむを得ずそれを閉めると、かなりむっと暑くなってくる。このまま扶余まで残りの約2時間を行くかと思ったが、途中で雨もあがり、再び窓を開けることができた。

 しかしながら途中の休憩所で、大部分の客がいなくなった。理由は同じ扶余へ、公州経由で行く冷房付きのバスに乗り移ったからだ。まあ、韓国らしいというか。私はトイレに行っており、それに気付くのが遅れて乗り移ることができなかった。それでも田舎道を走り、1時間ちょっとで扶余に到着。まだ午後6時前だ。

 まだ時間が早いので、昔の百済の山城があったという扶蘇山に入る。山といっても大した山ではなく、丘のような感じである。メインは百済の滅亡の際に追いつめられた3千人もの宮女が身投げをしたという落花岩(ナッカアム)。いったん山を上り、それから少し下った錦江(クムガン)のほとりにある。岩のところには百花亭(ペッカジョン)というものがあり、その上からみる夕日が映る錦江の姿は、雨で水が汚れていたが美しかった。錦江も雄大な流れだった。その後、山を一周し、2時間ほどで下に下りた。結構へろへろである。

 その後夕食はその辺の食堂でソルロンタン。ビールがうまかった。値段を聞くと1万7千ウォン(2千3百円程度)といわれて、ぼられたかと思ったが7千ウォンの聞き間違いだった。どうもぼられるのではないかという恐怖はなかなか消えない。そして2万ウォンの旅館に泊まって今日は終了。旅館も結構あやしかったが、中は普通で風呂がしっかりしていてよかった。部屋の電話から市外電話をかけようとしておやじにしかられるというオチもつきましたが。で、久しぶりにテレビをいやというほど見た。聞き取りの力が少し落ちているような気がしたけど、また頑張ればよくなるでしょう。明日は公州と温陽温泉(オニャンオンチョン)に行く予定です。


7月15日(火)

 韓国語の授業がありました。私が、少し前から授業中に笑えなくなっていまして、それを先生も気にしている様子でした。で、授業の途中からそれについて考えるはめに。結局、韓国に対する新鮮味が薄れてきているというのが大きいという結論にいたりました。そういえば、最近TVもあまり見ないし、勉強もしてないし。

 そんな中、久しぶりに韓国人の友達に会って話をしていると一つ気がつきました。明らかに、受け身になっていることです。何か人に言われてなんでもやっていたような。もう一度新鮮な気持ちで何にでもぶちあたって見ることが必要です。

 で、これも久しぶりに他のホームページを見ていたら、たまに見に行くページが3つも中断していました。暑くて嫌になるんでしょうか。日記猿人の方でもいろいろあって中断する人もいるようですし。私は自己満足で、韓国にいる間は書き続けることを目標にしてます。でも、もっと面白いネタを書きたいと思う今日この頃です。まあ、また明日ですね。


7月14日(月)

 昼食を食べに、職場の近くの新しいステーキの店に行った。中に入るとまだ新装して1週間くらいしかたっていないような感じだった。客も結構たくさんいた。まず、注文をなかなか取りに来ない。5分くらいしてようやく注文を取りに来た。それから15分くらいして、注文したものがもう切れてしまったと言ってきた。おいおい、もっと早く言ってくれ。それから5分くらいしてようやく水が出てくる。う〜ん、この店全然まわってないぞ。

 そして10分後くらいにようやく頼んだビーフカツが出てくる。しかし、ライスがない。ライスはないのかと聞くと、別に注文しないといけないらしい。私は気付かなかったが周りに聞いたら相当むっとしたらしく、それにびびって店員がサービスで持ってきます、と言ってくれた。その後、セットの飲み物がついて勘定を払おうとすると5,500ウォンのはずが5千ウォンでいいという。良くわからん、この店は。結局行った人間、誰一人としてわけも分からず、店をあとにした。謎の多い店だった。何でもこの要領の悪さはアルバイトが休んだからだったらしいが。


7月13日(日)

 ようやく地獄のツアーの最終日である。いろいろ観光地をまわった。ガイドさんが少し声が小さかったけど、良くやってくれて非常によかった。済州島は島の真ん中に大きな山があり、空港の近くの市内からリゾート地に行くには山を越えていくか、海岸沿いにぐるっと回らなければならない。山道と言ってもきれいに整備された道路を1時間ほどかけて走っていった。緑が多く、山道は爽快。牧場や乗馬場等を横目にドライブすると、気持ちよく、仕事でなければ車を止めて昼寝でもしたくなるのどかな風景。なかなか良かったですね。やはり休暇をとってくるべきです。

 観光の最後に、おばけ坂なる所へ行った。目の錯覚で下り坂が上り坂に見えると言うところで、確かに車のエンジンをきると、下り坂に見えるのに車が後ろに下がって行くし、不思議だった。それから、済州島は石が多いというのは聞いていたが、確かに多く、畑の境界線や家の囲い等に、石を積み上げて塀を作っていた。やはり百聞は一見にしかずである。

 そして夕方に無事人を送り届け、夜9時発の飛行機でソウルに戻るはずが旅行会社の力で6時過ぎに帰ることが出来るようにしてもらい、ソウルへ。帰りの機内でベルト着用の放送も聞こえないほど熟睡。それから渋滞もなく車で家に戻る。ようやく普通の生活に戻ることが出来る。


7月12日(土)

 さて、今日は問題のゴルフである。はっきり言ってずっと憂鬱であった。何回土を掘ったことか。空振りすること数知れず。ほとんどパターゴルフのような感じであった。キャディさんに指導を仰ぐも全然効果なし。そんなわけでスコアは夢の159!!それでも何とか18ホールまわったぞ。単にそれだけ。すっかりゴルフ焼けもしてしまった。

 それにしても済州島に来て分かったが、日本からの観光客がほとんどでしかも40代くらいのおっさん連中ばかり。昼はゴルフ、夜は料亭行きというコースばかりのような気がして、少し悲しかった。もっといいところもあるのに。ソウルと違い、車の流れもスムーズで時の流れがゆっくりしていたから、ゆったりしたい気になる。それにしてもホテルは日本人だらけであった。しかも少しガラの悪いおっさん連中。ちょっと怖かった。実際ピストルを撃てる所もあるから、やばい人たちも来ていそうな雰囲気だ。


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