| 少しからかってやれば、ムキになる反応をよこすハボックを年長 プラス上司という立場でからかうのは、正直楽しかった。 年下といっても、どういう訳か私より世間慣れしている箇所が多々 あるハボックが、負けじと揶揄を返してくるので勝率は五分五分。 傍目から見れば、ばかばかしい応酬の後で 「お前の反応は率直だからな そういう所が好ましいぞ」 と自分の捩れた性格と比較して、褒めてやればへらりとした笑顔で 「そうっスか?」 と返してくる様子は、主人に褒められた大型犬のようで微笑ましか ったのは、当時私の本音だ。 …なのに。 誰だこの男は。戦場という一番危険な箇所から切り外し、努力を してはいるだろうが、それでも『追いかけて来る』という立場で ある筈のハボックが、なぜこうも雄臭く人の悪い笑みを浮かべられ るようになって、私の目の前に立っている? 飼い犬というよりは、野性犬…いやこれは狼に近い危険性を持ち 放っている雰囲気だ。 少し締まった体躯に、入院中はまばらに生えていた髭が整えられ 別人のようだ。 「…見惚れくれてるのはいいっスけど一言何かくれません?」 ニヤリと口端を上げたハボックが、屈んで語りかけてきた言葉で ようやく我を取り戻した私は、恐る恐る手を伸ばす。 目の前に立っているのが、本当に本物なのかを疑って。 ―誰かが、私の弱みを責めるべく用意をした罠ではないかと疑って 温もりを確かめようと伸ばした掌は、手袋を纏った方だと気付き 素手であった左の手を伸ばそうと、右腕の動きを止めた瞬間、二の 腕を掴まれハボックへと引き寄せられた。 「頑張って帰ってきたアンタの狗に ご褒美もお誉めの言葉もなし じゃ…甲斐ないでしょう」 耳元で低く囁く声。ゾクリと背を震わせる。 少し笑いが混じっている余裕が、動揺に支配されている身としては なんだか悔しい。 「え…あぁ……あの…だな…お前またデカくなったか?」 我ながら、努力苦労発奮精励挺身克己したであろう相手になんと 間が抜けた一言だ。 以前のハボックだったら、自分が苦労して帰ってきたのであれば 「…頑張ったのに最初の一言それっスか」と呆れたように洩らした だろうに、目の前の男は笑みを崩さぬままで 「身長体重ベストを維持し続けましたよ…すぐにアンタの役にたち たかったですから」 と私を見下ろし抱き締める力を強め、続けた。 「アンタはちょっと目を離した隙に また細くなりましたね」 「…忙しかったんだ」 「めんどくさがって食事をきちんとしなかったの間違えでしょう」 「……」 間近に見慣れぬ顔を寄せるな。馴染んでいないその顔のせいで、 鼓動が昂って困るんだ、知らぬ奴に抱き締められているみたいで… 顔だってのぼせてしまう、暑いではないか。 「大佐顔紅いっスね さっきは見惚れて何も言えなくなってたし… 俺のこの顔そんな好み?」 「っな なななぬを…いや違うっ何を言ってるんだおまっお前は」 「まあ後でじっくり触るなり拝むなりさせて差し上げるんで…とり あえずご命令をSir アンタの飼い犬が衰えていないと証明してやり ますよ」 すっと腕を解いたハボックは、もう再会を懐かしむ優しい双眸で なく、粗暴で危険な戦場の目付きだ。 「BC地区の境目に今ファルマンがいる 援護に行って来い」 「イエス、サー」 見本にしたいような、綺麗な敬礼は確かに私の記憶にあるハボッ クのもの。嬉しくなって、緩む頬そのままに微笑めば目の前が急に 暗くなり唇が重ねられたと解る。 顎にあたる髭の感触は、私の記憶にないもの。 「…今の俺はアンタに餓えてるんス そういう可愛い油断しきった 顔は注意してください」 そう皮肉っぽい笑いを浮かべたハボックは、こちらの反論に耳を 傾けることなく駆けて行き、私は大人気ないと思いつつもその背中 に向かって「おかえり」の言葉より先に幼稚な罵倒を繰り返し叫ん でしまった。 |