初めの印象 上


ロイ・マスタングという人物が完璧でないと、ハボックが
悟ったのは護衛官となって四日目だった。

転任の挨拶をと敬礼をすれば、ロイ・マスタング大佐は貼り
つけたような硬質な笑顔で、『少尉はまだ転任したてで忙しいだろう?
こちらに構わず自分のペースで仕事を進めてかまわん 無駄な
やり取りも不要だ』と告げ手を振られ、挨拶は終了された。
若くして出世街道を歩くだけあって、この人は随分と鷹揚なこってと
頭を下げたのが、出会いの初日。

二日目、身の回りの整頓を済ませたハボックが、書類処理の
息抜きにその上司の行動を観察していると、なぜだか副官である
ホークアイ中尉の方が、上官であるかのような錯覚に陥る。
ロイは書類を差し出されては、眉を顰めてごねるなり納得いかない
などと色々呟いて、都度それは別の場所で仰ってくださいとあっさり
いなされていた。

噂に従い、マスタング大佐は女性に甘いからだというのを差し引い
ても、単純に書類処理業務を嫌っているようだと判断したハボックは、
実質的な処理内容は、こちらに尋ねたほうが手っ取り早そうだと立ち
上がり、自席に戻ったホークアイに歩み寄った。
記入形式を訊ねる傍ら、ちょっとした談話のつもりで 昨日ロイに
『自分のペースで仕事をしろ』と言われた、できうる限り仕事をさせ
たがる上官は多いというのに、随分心広い人ですねとホークアイに
伝えると、聞いた当人はホゥと小さくため息をついた。

「…また、逃亡する気ね」
「へ…? いや俺はまだ、そんな気ありませんが」
なにやら不穏な言葉を返され、ハボックはこの上官とも合わない
ようであれば、軍をやめようかと考えていたこともあって、咄嗟に
そう答えてしまった。

「…まだ?」
「いやその…マスタング大佐ってあんま いい噂聞かねぇ…いや
聞かないものですので…」
鳶色の真摯な瞳に、嘘をつけないハボックが思わず素で本音を
返した後、自分の無礼な言動に気付き口を紡いだ。

きっちり任された仕事さえこなせば、多少の煙草や言葉遣いなんて
差障りある訳じゃなし見逃してくれてもいいだろうという考えの持ち主の
ハボックの行動は、縦社会のきつい軍部という場所では異端で、態度
や言動が不遜だと、都度槍玉に上げられている。

ここは自分の居る場所ではないのかと、今度の転任でもダメであれば
速攻に辞表を叩きつけてやろう、まして相手はヤナ奴だと名高いマスタ
ング大佐という人物なのだから、そう先の話ではなさそうだとハボックは
内心、思っていたのだがさすがにそれは副官殿の前では口に出せない。

「…まあ追求しないでおきましょう それから私が逃亡すると言ったのは
少尉でなくマスタング大佐です」
「…は??」
 部下がサボっているのを、上役が見つけ雷を落とすなんてのは、
そう珍しくないしハボック自身だって、何度か経験済みだ。

だが今の言動だと、…マスタング大佐がサボって逃げ出すと聞こえた
のだがと首を傾げたハボックに、ホークアイが頷きを返した。
「その通りよ 大佐は『お前に自分のペースで仕事をさせてやる代わり
私にも自分のペースで仕事させろ』の言い訳として、そう挨拶したので
しょう だから貴方にお願いしたい第一の仕事は、大佐の逃亡を防ぐ事と
…逃げられた場合責任持って 確保してくること」

聞き間違えではなかったらしいとハボックは目の前のホークアイを見詰
め返すが、彼女は至極まじめな顔だ。
「はあ…了解しました」
逃亡?確保??…真面目な顔で冗談言ってるわけじゃないよなと曖昧
に返事をしたハボックが、その業務に実際に駆り出されたのは転任四日
目だった。

「…やられたわっ ファルマン准尉!席を外したのはいつ?」
「はっ申し訳ございません 先ほど事務課に呼ばれて 10分程
部屋を出ておりました」
遅番の為、午後出勤であったハボックが入室すると、目の前で
一番に交わされた会話はそれであった。
「…えーっと?おはようゴザイマス…」
「ハボック少尉いい所に来たわ マスタング大佐が姿を隠しました
ので捜索お願いします」
「…お願いしますというのは 見つけて掴まえてくる…ということで?」
「ええ、そうよ」




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つづきます 大佐下に着きたての頃のお話