| …あえて人の多そうな、しかも上級仕官が入り込まないような所。下士官用 仮眠室か、ロッカールーム。 勘と本能で生きてきたって言われる男を舐めんなよ? 自分の直感に従うハボックの顔つきは、鬼ごっこをする少年のようにどこか 無意識に楽しそうだ。 ――捻てんだが、素直なんだか。 たまたま一人しかいなかった、仮眠室のシーツに丸まった人物を観察すれ ば、隙間から垣間見える黒髪と軍人にしては小振りの体型で、お目当ての 上官殿だと察知できる。 「はい昼寝タイムはしゅーりょーですっ 可愛い部下たちが上官のお戻りを お待ちしておりまーす」 作ったにこやかな笑顔で、無理やりシーツを引っ剥がすと、髪を少し乱し 目を丸く瞠ったロイ・マスタングが現れた。 「お、お前いきなり!私だからよかったものの そうじゃなかったらどうする つもりだったんだっ!」 ……第一声がソレかい。 声高に部下としての立場を押し付けてくるかと思いきやむしろ慌ててごまか そうとしている様子に、内心ハボックは吹き出した。 「俺の勘って滅多に外れないから大丈夫です」 「勘って…お前な そういう大雑把な行動は…」 「大・丈・夫ですから」 顔をずいっと近づけ なおも深く笑みを刻めば、どう言い逃れようかと、ロイは 線を泳がせた。 意識がそれたその隙に、ハボックはよっこいせの掛け声とともに、ロイを持ち 上げ肩へと担ぐ。 「なっ…! 何を…はなせバカッ」 「…馬鹿って子供のわがままみたいな事言わんで下さい 中尉殿の命令 『どんな手段でも捕まえて来い』に俺は新任として逆らえませんので」 「うっ……」 「ああ この格好がいやなら姫抱っこで執務室までお届けしましょうか それとも木にしがみ付く猫みたいな前抱っこ?普段野郎相手にはしませんが 着任のご挨拶代わりに 大佐殿にサービスしますよ?」 「そんなサービスはいらんっ いらんから放せっ!」 「やですよ ここで大佐殿を逃がしたらお目玉食うの確実に俺ですもん」 「……逃げない」 「聞っこえません〜」 成人男性を軽々と担ぎ上げたハボックは、その姿のまま軽々階段を昇り、 ロイの机上にファイルを山と積み上げていた無表情のホークアイの目前へ と引き渡そうとした。 ―が、降ろした瞬間、それまでハボックの肩で暴れていたロイは、ハボックの 大柄な体を盾に背後へと隠れた。 「…大佐」 「うっ …わかってるとも!今やる ちょっと脳が休憩を欲してなっ」 「そうですか では今から休息分の仕事をなさってください こちらとこちら はあと一時間で期限です」 「なっ…む、無理だろうこれだけの量!」 「大佐が逃亡なさらなければ可能でした」 ある種の夫婦漫才にも似た会話に、笑うのを堪えきれなくなったハボック はこっそり個人執務室を出て、大部屋へと戻る。 扉を閉めると同時、笑い出したハボックの様子から中の出来事を察した 他の者達はお疲れさんと背を叩き労い、仕事の続きを行なった。 「なぁ…厭きない上司だと思うけど お前らなんであの人に呆れず従って るんだ?」 笑いすぎて目尻に滲んできた涙を拭いながらハボックが尋ねると、一番 年若であるフュリーは困った顔で首をかしげる。 「逃げたのは悪いことですけど大佐が忙しいのは本当なんですよ?」 「そうですね 上級仕官として書類業務と命令が下った時にだけ動けば いいものを あちこちの物騒な現場に直接赴くのですから」 「…なんで?」 ロイの行動を単なるサボりとしか認識していなかったハボックは、意外な 思いで尋ね返した。 「本人は言いませんが 自分が出向くのが一番犠牲が出ずに済むと思わ れてるからかと」 「…そうなのか?」 「ええ 実際お一人で遠近両用かつ 単独でも多勢でも切り分けられる 攻撃力を保持し即座に対応できる能力を持ってらっしゃる人はマスタング 大佐お一人でしょうね」 「…犠牲が出ずにってのは? まさか俺達部下が相手じゃないよな」 「『俺達』も含まれてますよ 大佐は部下でも街の市民でもとにかく一人でも 馬鹿の巻き添え出すのが嫌なんで命令が出されずとも出向いて解決されて しまうんです…おかげで部下としては大変ですし 功績を取られたと思い 込む別のお偉い様に睨まれる破目に陥るので 苦労するのですが」 そう言いながらも、微笑むファルマンの表情はその苦労をかけてくる上司を 厭う様子はなかった。 「…部下だけを行かせて功績を丸取りじゃなくて自分から現場に 首を突っ込 んでいくのか?」 ハボックが今まで出会えた上司は、自分の仕事と割り切る以上の行いはしな いか、危険な場所へ部下を赴かせ、その働きは己の評価として独り占めする ような者ばかりで、ロイの行動に驚愕するばかりだ。 「まれに こっちが大佐じゃなくても大丈夫ですから 休んでくれって言っても 少しでもリスクは減らしておきたいって無茶されちゃうのは困るんですけどね」 「まったくだ」 「…だから私達は鬼ごっこに呆れることはあってもこの人に随いて行こうと 誓ってるんですよ もしハボック少尉が現在のアメストリス国軍に見切りを 付けているのでしたら しばらく大佐の行動を見届けてからにしては いかが です?…少なくとも退屈はしません」 今度の上司ともウマが会わず、これ以上つまらない毎日を送るぐらいなら 辞表を書こうかと思っていたハボックは、その言葉を少し興味深く聞き、…… 今に至っている。 なお この時のファルマンの台詞は、後にハボックが他人に『何故ロイ・マス タングに随うのか』を尋ねられた時に答えるそのままの言葉となるのだが、もち ろん現時点で知る余地はなかった。 「あの時見切りつけてとっとと辞表出してたら逃げ切れたかもしんねぇけど… 大佐の内面や それを出さないよう無茶ばかりする姿を見ちゃったら もう無理 離れられねえよ」 そう肩を竦め苦笑するハボックは、口ぶりとは対称的に明るい表情をだった。 ******************** ちょっくら大佐を見直すきっかけをくれた周囲の仲間話になってしまいハボロイではないかも… 一応8/6ハボロイの日に〆られてよかった(笑) |