かわいいもの


  ジャン・ハボックは自身が大柄であるゆえか、実は小さな
物が好きだった。

 同世代と並べば、常に頭一つは抜きん出ていた為お兄ちゃん
的扱いをされることを免れず、かといってそれが嫌だと口に出す
ほど悩む訳ではなかったので、必然声に出せない思いが
かわいいものへの逃避という形で噴出してしまっていたらしい。

 そんなハボックが、理想ともいうべきロイ・マスタングに出会え
しかもその直属である部下になれたことは、この上もない僥倖
だった。

 まず相手は年上である。お兄ちゃん扱いをされ続けてきた
ハボックは、頼られるという立場が多かったのだが、このロイ
という人物は『自分を頼れ、代わりに従え』と要求してきた人物
なので、無闇と寄りかかってくることはない。

 またあまり依存されると鬱陶しいが、基本人好きする性格な
ハボックは、抛っておけと言いながら、面倒みずにいられない
ロイの性格も、大変に気に入っている。

 大体、お偉いさんと呼ばれる立場にある人が部下の目を
逃れる為に、資料室の隅っこで上着を頭から被って丸まって
寝ているなんて、想像を遥か越えていてあきれると同時楽しく
させてくれるのだから、苦笑と同時惹かれざるをえない。

 自分ひとりであれば、面倒くさい忙しいと食事自体を厭う
のに、きちんと用意をすれば、どこにこれが入るのだろうと
いう位の欠食児童の勢いで、ご飯を貪り尽くし何気なく苦手
な野菜を皿隅に追いやっているのだから、目が離せない。

 そして自分の腕の中にすっぽりと丁度に納まる、手ごろな
サイズ。

これが女性相手であれば、セクハラとして大問題だし同性相手
でも軍部という、特殊な場所で抱付きを部下に行えばパワハラ
を込めたセクハラになりかねないし、実際親愛の情を込めた
ハグによって勘違いをされ告白までされ、丁重に誤解をさせた
旨を詫びた記憶もハボックにはあった。
 だが、ロイは名うての女タラシとして名高かったので、じゃれて
抱きついても仲良い上司と部下のやり取りにしか周囲に思われ
ないのは、都合良い。

 野郎相手に抱きついたり触れたりしても、本来なら面白くも
楽しくもないはずなのだが、ムキになってハボックの腕を外そう
ともがき、顔を赤く怒鳴りつけてくるロイの反応は新鮮で、何度
おこなっても面白かった。

「なんか こうしてると和むんスよねぇ」

おんぶお化けという言葉を髣髴させる体形で、ロイの背中側
から手を伸ばし上機嫌に目を細めたハボックは、ロイの頭上
に顎を乗せる。
 サラサラの黒髪は、肌触りもよく、時折空疎に感じる腕の中に
守るべき立場の人が憮然とした表情ででもいてくれることは、
ハボックの毎日を充実させていた。
 
 そんな幸せ色をいっぱいに刷いた表情のハボックの行動は、
既にマスタング組と称される東方司令部からの部下ばかりか
中央司令部で手助け要因として配置付けられている事務官達
の間でもまたかとばかり誰も気に留めていない、日常茶飯事だ。

「…重い ウザい 鬱陶しい 邪魔だ どけ」
「大佐がきちんとこの書類 午前中に終わらせてくれたら 放して
さしあげますよ」
「…終わるまでこの姿で拘束するつもりかっ!? …まったく…
お前は男同士がくっついてるなんて傍目にも気色悪い姿だと
思わんのかっ!周囲の目も気にしろっ それにお前だって処理
業務があるだろうが」
 基本単独行動を好むロイは、一定量の限界が越えるとそのまま
ハボックにあたるのだが、言われたほうは涼しい顔だ。

「俺の仕事は大佐ほどでもなし 後で片付けるほうが逃亡される
よりマシです な皆もそう思うだろ」
にんまりと嫌な笑いを刻んでロイを見下ろし、周囲に同意を求める
ハボックに、
「比較論で行けばこちらのほうがマシかと」
「そうですね あ、これのサインもお願いします」
「上下の仲良い姿って仕事の励みになりますよねぇ」
「あーまぁハボの言うとおりなんじゃないですかね」
返ってきた部下たちの台詞は、どう取っても自分に不利でロイは
黙り込んだ。

「…ハボック少尉が私から離れないのは私が好きだから
なのだろう!?」
 ヤケだとばかり、子供じみた嫌がらせを吐いて鍛えられた指を
外そうと企むロイは、むしろハボックには可愛さを増しているばかり
だった。
「あーはいはい そうですね 大好きですよ〜」
あやされる口調で返されたロイは、憤懣やるかたなしの勢いで書類
にサインをはじめた。

 なお、このロイの捨て身の反撃のつもりで叫んだ先程の言葉が
ハボックの恋心を自覚させるきっかけになる。
 ハボックにとって、ロイという人物はどこまでもかわいく
和ませると同時、墓穴掘りで目が離せない存在であった。