| 北方司令部、合同演習が終了して一時間後。 ねぎらいの意も込められて、あと二時間もすれば味方組だった者 同士が、それぞれ反省会と討議の後、なし崩しに宴会に傾れ込む のは互いの親交を深める行事として恒例だ。 元々陽気に騒ぐのを好むハボックが、水を差された気分になった のは、たった今。 氷の女王の異名を持つオリヴィエ・アームストロング少将に内々の 話があると呼び出されては、何があったかと心臓が騒いで、咥えてる 至福の一服が不味くなるほど健康に悪い。 「ジャン・ハボック少尉であります 入ります!」 敬礼とともに扉を開ければ、見返してくるのは三対の目。 少将と、護衛を兼ねた側近だろう二名が、入口に居るハボックを 品定めするかのように見据えていた。 あまり階級というのを意識しないハボックではあるが、改めて アームストロング少将の前に立つと、位階ではなくその発するオーラ とも言うべき強圧さには感服せざるを得ず、常のような軽口は自然に 慎んでしまう。 「単刀直入に言おう ジャン・ハボック少尉 お前の働きを気に入った 私の下へ来る気はないか?」 「…は?」 何らかの叱咤なりお咎めなりを覚悟していたハボックは、咄嗟に 間の抜けた返答をしてしまい、慌てて居ずまいを正した。 「…質問の意味がわかりかねますが マム」 「意味も何もそのままだ 演習の際のお前とホークアイ中尉の動きは 見事だった あのマスタングの元にいるのは勿体無い」 「…光栄です」 「どうだ地位も考慮するし 私のところは働き甲斐もある お前の腕も 存分に奮えるぞ」 「せっかくのお言葉 過分ですがご辞退申し上げます」 逡巡なく、即座に答えたハボックに少将が美しいラインを持つ眉根を 微かに寄せた。 「私の何が不服だ アレよりは決断力も将来性も実行力もあるし 統率性とて負けていない 錬金術という舞台で立てば敵わんが武術と いう場であれば叩き伏せる自信はある」 薄く口元だけで笑う、オリヴィエの顔は元が整っているだけに壮絶な までの威圧感だ。 「はあ…いやその通りだと思いますよ」 地位だけの間抜けが相手であれば、気を抜いた対応がデフォルトで あるハボックですらも臆させる口調ではあったが、なし崩しに引きずり 込まれぬようハボックは言葉を選び、続けた。 「でも俺は大佐のそういった所に惹かれて傍にいる訳じゃないんで」 「では私の何がマスタングより不足だ」 「えっ…いやその本人を前には…」 「構わんから言え」 「…俺の発言が上司の足を引っ張っては拙いので」 「アレの評価に関わるというのか?今更だ」 二度も督促させるなと鋭い視線が睨みつけ、ハボックも覚悟を決める。 「少将殿に不足を感じるのは 可愛らしさと面白さです」 きっぱりと言い切ったハボックの台詞に、側近二名は瞬時顔を見合せ それから剣を杖代わりに、両の掌を重ね座すオリヴィエを見下ろした。 …なるほど、美人ではあるが可愛らしさからは程遠く、また可笑しみと いった面白さとは対極にあるといえよう。 「…それが理由か?職務で必要なものとは思えんな」 否定をしないのは、オリヴィエもハボックの主張自体は飲み込んだの だろう。 「殺伐とした仕事帰り 疲れたから甘いモンでもとお土産でケーキ買って 帰ったら顔を輝かせて『おかえり』を言ってくれた上司はあの人以外に 会った事ないし これからも会えると思えません」 ケーキに顔を輝かせるオリヴィエを、想像して側近達は慌てて首を 振り、その恐ろしい絵面を脳裏から消す。 「それから…まあこれは口外しないで欲しいんですが」 「言ってみろ」 「某お偉いさんが自分のミスを棚に上げて大佐にネチネチ絡んできた 事あるんスけどねその場では薄く笑って『ほぅそうですか』で返してた 大佐が誰も居なくなった途端振り返って思いっきりイーッてやってたり」 「………なるほど それがお前が望む上司像であれば確かに私には 無理なようだ」 百万が一、オリヴィエ・アームストロング少将がそれを実行したと すれば、見たものは恐らく彼女の正気を疑ってしまいそうだ。 退出の許可を貰ったハボックが、一歩を踏み出す前に思い出したと ばかり、振り返る。 「先ほどホークアイ中尉の名前も挙げられてましたが中尉は俺以上に 大佐の元を離れる事を考えてない人ですから、お声を掛けても無駄に なるかと存じます 一応参考まで」 「何故だ?あれは面白みより 遣り甲斐を求めそうな人間に見えたが」 言外にお前は面白みを求めて職務をしているようだがとの軽い皮肉 が含まれていて、ハボックは苦笑した。 「簡単です そもそもの中尉の入隊理由が大佐と出会う為でしたから」 「もう少し詳しく述べろ」 「中尉と大佐は軍に入る前から顔馴染みで…まあ色々あったらしく 大佐の傍にいたくて中尉は追い掛けてきたんですよ 恋愛感情では ないですが あの人は身内に近い見守り方でマスタング大佐の元に 居る事を望んでいて また大佐もそれに全面の信頼で応えています」 たまに妬いてしまうほど、という後半の台詞はさすがに口にできず、 敬礼でハボックは部屋を辞した。 「…まったく理解できんな」 大仰に吐息を吐いた後、背へと凭れかかったオリヴィエにイシュヴァ ールの名残を強く容貌に現す部下が、軽く笑い答える。 「…人間は不完全な生き物ですから 完全な人の前では息が詰まると いう話でしょう」 完全が誰であり不完全が誰であるとは述べずとも、明晰な頭脳をも 併せ持つ少将には、充分な説明であった。 「フン 仕方がない部下のケーキの手土産を喜ぶ上司などあの男の 言う通りそうそうはいまい…マスタングのリタイアを待つとするか」 本人の知らぬ所で、オリヴィエに目を付けられる羽目になって しまったロイ・マスタング大佐は、そんな事を露知らず今日も誰ぞの 土産のチョコレートに顔を輝かせていたのはここだけの話である。 ************************** オリヴィエ少将がハボとリザさんを惜しいといってたので捏造話 ちょっと続きます |