| 遠くで雷が響くと、歪んだ笑みが浮かぶようになったのは 大佐の独白を聞いてからだ。 雷雨を怖れる訳を語って,隠すことがなくなって 安堵したのか、大佐は俺の前だけで豪雨と雷鳴に 怯える自分を曝け出してくれる。 能力特性のせいもあって、大佐が雨を厭うのは知って いても誰も、こんな大佐は知らないだろう。 いつも背中を追う事しか許されていない人が、俺の 腕の中で縋ってくれる充足感は、渇えた身を癒す 水のようにじわじわと俺に浸透し、酒など比にならない ぐらい、俺を陶酔させる。 「俺がここにいますから」 「俺の腕の中にいてくれれば何も怖くないですから」 大佐の身体が、俺より一回り小さいのを利用して 腕の中に納め、何度も何度も繰り返し囁く。 『俺の傍』にいてくれさえすれば安心なのだと。 「…ほら こうしてれば体温が伝わって大佐が 一人じゃないと思えませんか?」 無意識に縋る腕を、わずかに震える身体をあやすように 膝上で抱え、俺への依存という甘い毒を、悟られぬよう じんわりと繰り返し大佐へ囁き、耳元に流しつづける。 「俺にだけは弱味見せてくれて構いませんから」 平常時の職務中に、稲光を確認した俺が屈みこみ 悪戯気に声を掛けると、聞こえないふりをされ早足で 人込みから遠ざかった大佐が、誰もいなく なったのを見計らい、ピタリと足を止めて振り返る。 「…これ位の雷なら お前がいなくても平気だ」 「フゥン?――それは、この後驟雨になれば俺が必要 だって解釈していいですか、大佐」 わざと揶揄する形に唇の片端を上げ、見下ろすと 大佐が少し困ったように口篭もる。 ――ああ、その顔もまた可愛いですね。 誰も知らない大佐を、この表情を俺だけが知っている。 その優越感は歪んだ支配欲を満たし、もっともっとこの人 を自分だけに頼らせたくなる。 しなやかでプライド高い猫科の獣のような大佐を、 ゆっくりゆっくりと飼い慣らしていく愉悦は、たまらない 快楽で、今迄付き合った来た彼女達でも、手管に長けた 商売女ですらさえも与えてくれなかった感情だ。 さてもう少し俺に依存させるには、次はどうしよう。 ああ そうだ。いつもなら、気配を察したら何を言われず とも、大佐の傍らによるけれど。 今日は、雑誌に読み耽っている真似でもして大佐が声を 掛けてくれるまで、外の様子に気付かぬ態でいてみよう。 耐え切れず、大佐が俺の腕の中に縋って来るまで 放置して。少しずつ網で絡め取るよう俺を心頼みとする よう従属させ。 ――グラスも、オピウムですらも及ばない、麻薬より 陶酔させる甘い毒。 溺れているのは俺かもしれないと自嘲しても、 大佐を罠へ と誘う「俺だけが雷雨の日のアナタを癒せるのだ」という囁き は、今だとめられそうもない。 ************************ |