| 忘れ物である万年筆を取りにくるという名目で、ロイが 再び訪れた病室。 見舞いではなく、あくまで入院していた後処理だと自分に 言い聞かせ訪れた病室までの道のりは長く、温かみの無い 殺風景な蛍光灯の光が、一層ロイの足並みを重くさせていた。 扉を開けても、病室にまだ残っている部屋の主がこちらを 見ようともしないのは、もうともに進むという道行きを断念したと いう事なのだろうか。 ここで返答を確かめておくべきなのだろう。 ――だが、考えたがやはりアンタにはもう随いていけませんと 最後通牒を突きつけられるのが、恐ろしい。 親友を亡くし、あの痛みをもう一度味わうぐらいならと いちかばちかでの荒療治は効をきし、幸い二人の命は助かり ホムンクルスとも対峙できた。 だが助かったのは本来の意味の命のみで、ハボックの軍人と しての生命はほぼ絶たれてしまったに等しい。 …はっきりと別れを告げられるなら、自分から口を開くべきなのだろうか。 声を掛けたら、何もかもが終わってしまいそうないたたまれない 雰囲気は、経験ある数々の惨烈であった戦場と同じほど、心を苛む。 無表情にエドワードの奇行をロイへと教え、その後その行動に ピッタリと当て嵌まりそうな新聞の記事欄をハボックが指し示す。 「賞金は山分けっスよ」 数日前、自分を捨てていけと叫んだ、苦悩に満ちていたハボックの瞳が、 いつもの空の青さを連想される明るさで微笑みかけてきた時、 ロイの中で昏く巣食っていた、迷いも悩みも氷解された。 「ひとつだけ、お願いがあるんスけど」 とりとめもない雑談や、それまで伝えられずにいた 事件の進展を告げると、もうそれ以上会話は続かない。 話したい事は、聞きたい事は色々とあるけれど、 まだ復活したばかりの細い絆の上で、言葉にし難い思い ばかりが先走るのは、両者とも同じだった。 不自然に途切れた会話を縫うようにして、外を眺めながら 言葉を交わしていたハボックがロイへと向き直った。 軽い口調でのお願いとやらは、看護長や医師に見つからぬように 煙草や酒を頼むものだろうかと踏んだロイは、頷きを返す。 「お願いします 俺がアンタを好きでいること許して下さい」 諦観とも取れる感情が浮かんだ穏やかな瞳は細められ ただ、優しい。 「大佐を束縛するつもりはありません 俺が邪魔なら捨ててってくれても 構いません …それでも俺がアンタを思っていることは…許して下さい」 「…お前はついて来れないと思ったとき私を嫌いになるつもりだったのか?」 「嫌いになれたら楽だったと思いますよ こんな人使いが荒くて ワガママでひねくれてて……」 「おい」 「でもね アンタのやな所を想い出そうとするとそれ以上に善い所 ばかり浮かんでくるんですよ…それでも足手纏いになるぐらいなら無関心に なったふりぐらいはできるかと思ってました」 「…過去形だな」 「ええ アンタが待っていてくれるならこの思いも殺さなくていいんだと 解りましたから ………返事はくれないんスか?」 「先で待っていると言った筈だ私が待っているのは …私を好きだと 言ってくれる今のお前だ」 「…YES sir 必ずアンタに追い着きます」 ほんの少し離れる事になるけれど。 今のまま何も変わらないのだと、確認しあった二人の間で 漂う空気は、すでに先ほどまでの重さを払拭していた。 |