| 朱に染まった空が、街に翳を落とす。 焔の焦げ目を連想させる、それぞれの影が濃くなってくると どうにも忌まわしい記憶が、じわじわと胸の内側で 侵食してきて、泣きたいような心持になるのは、 いまだ拭いきれぬ、私の弱みだ。 茜色に染まる街並の壁を眺め歩いていたら、 いつのまにか足を止めていたハボックに気付かず、 その背中にぶつかった。 振り返り無言のまま見下ろしてくる長身は、 夕日を背負っていてその表情を覆い隠していた。 斜陽となっている光でも、眼差しを向けるには 眩しすぎて、なおのことハボックの様子を探れない。 少し目を細め、自分より大柄な体躯の輪郭を 目線で追っていると、ボソリと呟くように尋ねられた。 「大佐は夕焼けが嫌いですか?」 ――好きか嫌いかという観点で考えた事はなかったな。 ただ、この全てを焼き尽くす炎を連想させる茜色が 心を苦しくさせるだけで。 「…それって少なくとも 好きとはいえない感情だと 思いますけど」 顔がみえなくても、優しく言い聞かせるような口調で ハボックが苦笑しているとわかる。 「でも 嫌いじゃないんなら良かった」 ――ハボックに悟られぬよう、表情には出さずに いたつもりなのだが、…夕刻の街を歩く私は 顰め面でもしていたのだろうか。 「いや そんな嫌悪とか言った顔じゃなくて… 怒んないで下さいよ? …なんか迷子になった子供みたいな顔」 ――怒りはしないが…そんなに情けない顔をしているのか この私が? 「俺が大佐に視線を合わせてる時はそうでもないんスけどね ふと振り返った時なんか遠くしかみてないようで 『俺がここにいますよ』って声掛けたくなったこと 何回もありました …っていうか 今もですね」 伸ばされた大きな掌が、私の指先を包みハボックの頬へと 誘導される。 その温かみは、胸中に巣食う漠然とした不安や昏迷を ゆっくりと溶かしていくようだ。 「…ねぇ 大佐 俺は夕焼けが好きなんですよ 単純に綺麗だってのもあるけれど この夕焼けが来て その後になれば 軍服じゃない大佐に会えるから」 「…相変わらず 天然直球タラシめ」 「へ?」 ――しまった ハボックがあまりにこちらの心を見透かした 語り掛けをしてくるので、つい会話をしている気分で、 思いを口にしてしまった。 「…なんか こんな会話前にもしませんでしたっけ?」 「そうだな あれはお前と休日買い物に出かけた時だ …お前はその時も私の言葉を理解してなかったようだが …その顔だと 今もだろう」 「当たり前じゃないっスか ぶっちぎりでタラシこましの 大佐に ンな事言われたってこっちは混乱するだけです」 「だから天然だというんだ まぁいい…つまり お前の 言葉が…その…私の中で大事にしたいと思えるということだ」 そう告げるやいなや、久しぶりに飼い主に会った大型犬の ようにハボックが覆い被さってきた。 きっと尻尾があったなら千切れんばかりに振っている であろう、幸せそうな顔だ。 「やっぱ大佐がなに言ってるのかわかんないけど すっげぇ今の言葉 嬉しいです」 夕焼けもお前とともに見るのなら、悪くないかもしれない。 手を繋いで帰ろうと言うハボックの提案は、さすがに却下だが、 まだ道路を照らす落陽は、私の胸を締め付けなくなっていた。 ****************** 微妙に「デート」の青空の続きっぽく |