| そういえば、ハボックの奴が腕を組んでいる姿というのはあまり 見掛けたことがなかったかもしれない。 ごく稀に難しい顔をして、腕を組んだまま煙草を咥えている時は 難しい局面を迎えている時で、その姿は自分があせりを出してしま えば、周囲に動揺を与えてしまうと無意識の現場指示者としての 計算の賜で、そういった行動を深く考えずに行えるという点が、使 える部下として私が認めている点だ。 自分の記憶を反芻し、ハボックに『私は私服でいる時は腕を組ん だりしていない』と答えたが、ハボックの方は寛いだ姿でいる時 どうだったであろうかと考え、ふと出てきた光景。 ――ハボの奴、何回か腕を組んでいなかったか…? 特に会話をせず私が居間のソファの上で寝転んでいる時だとか, 風呂上り面倒だから長めのシャツ1枚で過ごしている時だとか、 絨毯の上に敷いたムートンの感触が心地好くて、ついついうたた寝 をしてしまっている時だとか。 ほら、今だってそうだ。考え事をするのに、私がうつ伏せ状態で クッションを抱えて床に転がっていると、廊下へ続く扉の柱に煙草 を咥え片肩で寄りかかる、腕を組んだハボックの姿。 そのゆったりとした微笑が、余裕ありげでなんだか癪に障る。 クッションを抱えたまま身を起こして座った私は、自分の前を 軽く叩いて、ハボックにここへ座れと促す。 「何スか?」 煙草を指に持ち替えて、膝を折ってしゃがんだハボックの青い眼 が私を見下ろした。…元々お前の方がでかいんだ、身長差を誇示 するような動きはするな、きちんと座れと命じたら、苦笑しながら 「ハイハイ」といなされた。 ――それはまだ良いとして、『身長差を気にしてるんスか?大佐の そういうトコ可愛いですよね』の台詞は余計だ。私だって平均以上 の身長はある、キサマがでかいんだ。 「便利でしょ?おかげで大佐の盾にいつでもなれますもん」 いいながらゆっくりと抱き締めてきたハボックの顔は、私の肩口 に乗せられている為、その表情は見えない。 「…私はそういう意味での行動を お前に微塵も期待しておらん」 「そうでしょうね むしろ大佐は俺だろうと知らん奴だろうと何か あったら咄嗟に自分が盾になって庇っちゃうでしょうね …たまに アンタのそういう暴走を止めるために 鎖にでも繋いでおきたいって 思いますよ…マジで」 少し強められた腕の力に、強い気持ちが込められていた。 私がお前を思うように、お前が私を案じてくれているのは嬉しく 思うと伝えようと唇を開きかけた瞬間、耳朶後ろの辺りでボソリと 不穏な言葉が呟かれた。 「…鎖かぁ…紅い首輪とか…黒革の足かせとか…似合いそうだよな」 …ちょっと待て抱き締めている力が、いっそう強まったのは今の 呟きに呼応してではない…と判断して大丈夫だな? …大丈夫だと 思っておくぞ…だ、大丈夫だ…うん。…ハボックを私は信頼している …信頼しているが、ここは一つ話題をずらしておくとしよう。 「ハボック お前は私が腕を組んでいるとムクれていたくせに自分 だって組んでいたじゃないか しかも私服で二人きりの今、だ」 「…そーでしたっけ?」 「都合の良い脳みそだな!たった今さっきそこに寄りかかっていた 時腕を組んでいただろうが」 「ああ そういやそうっスね」 「…お前は私と過ごすのを無意識に警戒しているのか…?」 寛いでいるように見える表情だったが、どこにも隙がなかった のは私の気のせいではあるまい。 無意識下というのならば、ハボックはやはり…私といるとどこか 安らげずにいるのだろうか。 そう思い沈黙に気鬱になっていると、顔が見えぬままのハボックが 喉奥でクッと笑ったのが分かった。背筋が、ゾクリと来たのはなぜ だろう…ハボックの腕の力が、また強まる。 「ハボック…?」 「警戒は確かにしてましたけどね、アレは自分への戒めっスよ」 「…?」 「無防備な大佐を見てるとね ヤバい感情が血を滾らせるんです 身体の中心から『極上の獲物が目の前で無防備に転がってるぞさあ 喰ってしまえ』ってね …ね、封じておかなきゃヤバいでしょ?」 …聞こえなかったことにしたいのだが、この距離この状態では無理 というものだ。 ハボックの濡れた舌が、ゆっくりと首筋を辿ると抵抗する自分の力 が弱まっていくのを自覚してしまう。せめてもの抵抗に声は出して やるまいと唇を噛み締めれば、ハボックが笑いながら 「相変わらず かわいい反抗してくれますね」 と囁いてきて余計にムカついた。 …とりあえず、もうあちこちに甘い痺れが走り身動きできない私は 声を殺すのも兼ねて、目の前にあるハボックの肩に意趣返しとして 軽く噛み付いてやることにした。 |