新婚ごっこ/ハボ

「………お帰り」
「その続きは?」
「…食事と風呂の用意ができてる どっちだ」
「ブッブー 失格っス 肝心の最後の単語が抜けてますよ」
にこやかな俺の声と対称的に、大佐の眉根には深いシワが刻みこまれ
いかにも不本意で仕方が無いの表情だ。


間抜けな銀行強盗が、証拠を残しまくりのままコの字型の道路に
逃げ込み、たまたま視察で居合わせてしまった俺と大佐が取り押さえる
羽目になってしまったのは先日のこと。
銃の扱いも碌に知りもしない上、身分証明書迄現場に落とし、しかも銀行側が
常に用意している、強盗対策用の一番上だけが本物だという札束を持っての
間抜け極まりない逃走犯どもに、真面目に相対する気持ちになれない俺が、
手袋を嵌める大佐に賭けを一つ持ちかけた。

「右からか左からか賭けません?」
「…不謹慎だぞハボック少尉」
「俺は右だと思うんで大佐は左でいいっスか」
「人の話を聞け」
「俺が負けたら前大佐が羨ましがってた アストロラープさしあげますよ」
「…良かろう では左だ」

アストロラープとは古代の天体観測儀だ。
俺としては星を見るのに便利かな程度で、きちんとした使い方も正式名称
も知らぬまま、偶々出向いたノミの市で手に入れたのだが、骨董的にも学術
的にも貴重品だそうで、先日大佐に売ってくれとせがまれたばかりだった。
大佐がおねだりなんて珍しいから、本当は上げても良かったのだけどそれ
よりは大佐が使いたい時に自由に貸してあげるの方が、なんとなく繋がりを
強く保てそうな気がして、『貸してあげるけど売らない』と宣言していた代物だ。

だけど、やっぱり物だってきちんと価値を知ってくれてる人に大事に扱って
貰う方が嬉しいよな、負けたらそれを理由に大佐への丁度良いプレゼントに
なるだろうからとの――俺なりの計算は外れた。
マヌケどもは筋金入りだったらしく、ちょっと前調べをしておけば解る脇道への
逃走ルートがある左でからでなく、右側へと姿を見せたのだ。

「…野生の勘で生きているお前と 賭けなどしたのは間違えだった」
有利な先行で左を選んだのは大佐なんですから、俺を睨まんでください。
――勿論左に出ようが右に出ようが、その後で掴まえるのは一緒なんだけど
…やつあたりで眉を焦がされ、結局1センズも手にしていない強盗たちには
ほんの少し同情をする。

「…で、お前が買ったのだが…欲しいものはなんだ」
「えーっと…そうっスね…」
…まさか自分が負けるつもりで言い出したので、考えて無かったとは言えな
いし。考えてる最中、目に入ったのはヤジ馬の中のイチャイチャカップル。

安全圏で見学だけをしていたクセに、「怖かったダーリン」「僕が付いてるから
大丈夫さハニー」のやり取りに、うざいから立て込んでる現場に近づくなと蹴り
の一つも喰らわしてやりたいが、それよりは…そのくっつきぶりを一度大佐と
やってみたいと、思いつく。

「物はいりませんので明日俺が帰る時新婚ハニーとして俺を『お帰りなさい♥』
で迎えてください」
「意味が解らん」
「お帰りなさいアナタ お食事できてます…の後は大佐の機転に任せますね」
「任せるな っていうか嫌だ却下だ拒否する」
「ブブーッ 敗者に拒否権はありません」

そして、翌日。冒頭のやり取りにいたる。
失格と言われた大佐は、少し考え込んだ後お帰りの後に続く単語が検討つか
なかったらしく、眉を顰め不本意なようにぽそりと尋ねた。
「…最後の単語とはなんだ」
「勿論 お風呂・食事…と来たら それともわ・た・し?が定番お約束ですよ」
「だ、誰が言うかーーーーーッ!!!!」

顔を真っ赤に居間へと戻るべく踵を返した大佐を、背中越しに追いかけ抱き
締める。
腕の中でもがく大佐が可愛くて、小さく笑う俺は新婚ハニーへのお土産として
わざわざ包装紙を購入し、ラッピングを施したアストロラープをどう渡そうか、
現在幸せに検討中だ。