| 馬鹿馬鹿しい行動だとは思うが、賭けに負けたというのは揺るぎない 事実であって、その代償にハボックの望む行動をしなくてはならない。 ご丁寧にもハボックが自腹を切って用意した、白いエプロン…胸中央に 可愛らしいピンクのリボンと止め紐にレース付きを、覚悟を決めて服上 に装着、腰の辺りでリボン結びで紐を結ぶ。 ピンポーンと帰宅の合図にチャイムが鳴り、ハボックが帰ってくると 言っていた時間だと確認したうえで、玄関の鍵を開けると嬉しくて仕方 がないといったニコニコ顔のハボックが、立っていた。 「…お帰り……なさい」 「はい 戻りました」 ……ここからは、ハボックの希望する言葉だろう単語を選ばねば、失格 になってしまうぞ、ロイ・マスタング!こんな茶番を失格だからと二日 連続で続ける破目になりたいか!?さあ言えっ!言うのだ!! 「…食事と風呂 どっちだ」 よしっ言えた! 「大佐 続きは?」 …続き?……風呂と食事の他…ああそうか、ハボックは楽な姿で過ごす のが普通だったなと、合点する。 「そうか着替えの後食事という選択もあったな すまないが風呂場に 着替え一式は用意してしまったのでそちらに行ってくれ」 「ブッブー失格ペナルティいち 風呂・メシ…それともわ・た・し?が 新婚さんおかえりなさい台詞の定番っスよ」 「…それをこの私に言えと?」 「嫌だなあハニー眉根に皺が寄って 可愛い顔が台無しだよ?」 「おいっ! 寒くなる台詞で眉間をつつくんじゃない」 「…大佐ぁ ハニーときたらダーリンって返してくれなきゃまた追加 ペナルティに数えるっスよ」 「………ダーリン 私は玄関先でうすら寒いコントを繰り広げる夫婦の 心持ちにはどうしてもなれんのだが この場合性格の不一致で離婚の 申請理由になるだろうかね」 「ハッハッハッ 照れ屋さんなハニーの性格を忘れていたよ さあ拗ね ないでおくれ食事にしようか」 …羨ましくはないし、憧れもしないが時折ハボックのこういったサラリ と厭味を聞き流すすべは、大したものだと思う。 なにやら丸め込まれた形で、食卓前へと背中を押されながら着くと、 ハボックが目を輝かせた。 「うわっ 旨そうな肉〜!すっげぇ高そうっスね」 「…自分の料理の腕を承知しているからな ステーキならば材料さえ 良ければ不味くはならん」 「大佐の場合料理が下手なんじゃなくって段取りが悪いんスよ 普通は 『最初に人参を炒めて、五分立ったらくし型に切った玉ねぎを足します』 ってあったら人参を炒めてる間をぬって、玉ねぎを切って用意しておく もんなのに、大佐は五分間一心不乱に炒めた後、火ィ止めてから玉ねぎ を切りはじめるでしょう」 「炒めるとあればその通りに従っているだけだぞ」 「火を止めてもフライパンとかコンロの余熱計算してくださいよ それに 切ったモンの大きさに時間を調整するってのもお忘れなく 結局大佐の 作る料理は味付けそのものは悪くないのに 野菜や肉が炒めすぎに なっちまってるから微妙な味になるんスよ」 「なるほど…お前にしては説得力がある」 レシピに従って正確に分量も計って作るのに、大雑把に目分量で料理 を作るハボックに私の料理の味が劣るのは、そういう訳かと納得だ。 「まあ今日の料理は肉の他 店で買ったバタールとサラダだ喜んで安心 して構わん」 「…そのふりふりエプロンで用意して待っててくれたってだけで充分 嬉しいっスよ …じゃあご飯を用意してくれたハニーにお土産」 両手を差し出してのハボックの言葉に素直に従って、掌を揃えハボック の方に向けたら、きれいに梱包された小箱が置かれた。 「…これは?」 「大佐が欲しがってたモノ」 何かハボックの前で物欲しそうにしてしまっていただろうかと、包装紙 を解くとそこには、先日ハボックが偶然街中で見かけて何となく購入 したというアストロラープ。 繊細な細工と、入り組んだ組み合わせの星座を記載した羅針盤部分は、 趣向が凝っていて骨董的にも高そうな品物であったのに、ハボックが 持ち主と購入して安価で手に入れたと話すのが少々羨ましくて、価値の 解らんお前より、それの価値を計れる私に譲れとは確かに言ったが、… もっとこれを大事にしろの暗喩のつもりで、本気でねだり取るつもりでは なかったのだが。 「…お前は私に甘過ぎるぞ 自分が気に入って買った物まで私にくれよう とするんじゃない」 「俺が持ってたって使い方よくわかんねェし それを買った時の楽しみ より大佐が喜んだ顔してくれるだろうなって楽しみの方が大きかったんで …喜んでくれませんか?」 「…相変わらずお前は 私を甘やかすのがうまい」 ハボックの大らかさと、それにともなう安心感と、私に向けてくれる 好意と温かさと、優しさ。 どれも自分には勿体ないのではないかとも思ってしまうほど、コイツの さりげない言葉に顔が綻んでしまう。 素直になれない自覚がある私としては、せめてもの礼にハボックが望む ことをできるならば叶えてやろう。 翌日、そう決意した私が「お帰りなさい」の台詞と共に、語尾にご待望 ハボック男浪漫とやらの「それとも私」を付け加えて出迎えてやる。 だが、それを聞くなり目を丸くして硬直するとは何事だ。 ……人がせっかく なけなしの努力で口にしてやったと言うのに。 先ほどから響く、私の部屋の扉を叩いて謝り続けるハボックの声など 聞いてやるものか。 おそらく紅くなってるだろう顔と、普段言い慣れぬ言葉を発した羞恥で 潤んだ瞳を、けっして見られてたまるものかと、耳を塞いで扉の前に 座り込んだ私の背に、ドアを叩く振動が伝わってくる。 無視してしゃがみこんだままの私の頬から、赤みが薄れるまで暫く そうしてろと念じる私は、やはりハボックにふさわしくない性格の悪さ かもしれないと、アストロラープを見ながら自省の念に駆られてしまった。 |