| 頭に染み付いているんだけれど、タイトルまでは知らない曲を 口笛しながら、大佐の個人執務室をノックと同時に開ける。 普段だったら「返事があるまで待て」だとか、「まだ入室の許可を 出していない」との俺と大佐のお約束やり取りがあるのだけれど、 なぜか今日はその言葉がない。 おやと訝しく、部屋主の机を見ればそこに当人の姿は不在。 どこにいるのかと室内を見渡せば、部屋の一番隅にある窓前に 見慣れた黒髪の軍服姿は、外を見ながらこちらに背中を向けて 佇んでいた。 何か面白いものでも見えるのだろうかと、窓際まで近寄って いくとどこからともなく、ヒューヒューと掠れた風音が耳に入る。 窓の隙間があいているのだろうかと耳を済ますが、きっちり閉め られた窓枠には特にズレもなく、隙間もない。 嗅覚と共に聴覚も褒められる俺が耳を欹てたら、すぐに音の 発信源が大佐の立つ位置からだと、わかったので大佐の背後 から、ひょいと肩に顎を乗せるようにして同じ方向に目線を送った。 「…窓からなんか見えるんスか?」 「…っ!うっ!うわっお前いつの間にっ!!」 「…って人をバケモンでも見たかのように…ひでェ…ちゃんと俺 ノックしましたし 別に気配殺してココに立ったなんて真似してない っスよ?」 会話をしながら、風音が止んだのを疑問に思った俺がザッと 窓を見回すが、ピッチリしまった木枠に隙間はなく、変な穴らしき ものも見当たらない。 そうなると答えは一つ、音は大佐から洩れていた。 「…ひょっとして大佐 口笛でも吹いてました?」 ――ビンゴ 思いついた疑問を口にすれば大佐はむっと口端を への字に下げ、こちらに視線を合わせようとしない。 その様子は、正解だと告げているに等しい。きちんと吹けてない 口笛を聞かれてしまったのが、不本意で仕方ないのだろう。 「大佐 たしか指笛は吹けましたよね」 突発な作戦で、音を出す道具を持ち合わせていない際にタイミング を計る大佐の高めに鳴らす指笛音を合図にした記憶は、一度や二度 じゃない。 「吹けるとも草笛だってできる」 「…一応確認ですが今さっきのひゅーひゅー音は 何か特別な意味 を持たせる暗号代わりの音だとか?」 「…嫌な奴だな 誰にだってできないことはあるんだ第一私は今まで の人生で口笛が吹けぬからといって困ったことはない」 困った事はないけれど、自分にできない物があるというのをあまり 直視したくないタイプである大佐は、こっそり部屋隅で練習をしていた のだろう。 ノックをされても気付かないぐらいなんだから、きっと本人は割合 真剣に集中していた筈。 「…お前は口笛とかも上手そうだな」 「んー意識したことはないけど まあ気付いたら吹いてたりもします から…下手じゃないとは思いますよ」 「…コツとかはあるのか?」 「唇を開ける幅とか…舌のすぼめ方とかはありますけど…口頭で 説明は難しいっス…それより何で指笛が吹けるのに口笛は駄目 なのか 俺から言わせりゃそっちの方が解りませんよどっちも原理的 には一緒でしょうに」 「…理屈は一緒でも鳴らないものは鳴らないんだ どうしてかは私の 唇に聞け」 大佐の少し尖らせた口は、抗議の意味じゃなくてこっそりまた 鳴らしてみようの試みだろう。 生憎というか、やはりというか、洩れ聞こえるのはヒュウフウという 擦れた呼吸音なんだけど。…ムキになって、ひゅーひゅー吹き続け る大佐が、どうにもおかしい。 変なところで意地になる大佐に、思わず小さく吹き出したら、 上目遣いで睨まれた。 |