口笛/下

「すみません 馬鹿にして笑ったワケじゃないっスよなんか
一生懸命でかわいいなって」
 俺のフォローのつもりの言葉にも、大佐の眉根に刻まれたシワ
は解けぬままだ。

「…年上に向かっての褒め言葉ではないぞ それは」
「お詫びにどっか変じゃないか 見てさしあげますよ…ちょっと
コッチ向いて吹いてみてくれません?」
 大佐の口元を見る為に、指を伸ばして大佐の顎下を軽く掬う。
「…別にいい そこまでして口笛をしたいとは思ってない」
少し拗ねた口調は、可愛らしさを増してるだけなんだけど…きっと
本人は大人の自分を演出しているつもりなんだろうなと、俺の
悪戯心を掻き立てた。

「…フゥン?」
「なんだその 子供をあやすような顔付きは」
「大佐 言いがかりにもホドがありますよ俺何も言ってないし
目上の方をあやすだなんて とてもとても」
「…目がそう言っている」
「大佐の言い分は世間では言いがかりって言うんスよ まあそこ
まで言われたら俺も本音を返しますがね残念でした 予測は外れ
…俺が思ってたのはこういう内容です」

 言い終えるより早く、指先に込めた力を強め大佐を体ごと
俺の腕の中へ引き寄せる。
あいてる左手で、及び腰になった大佐を逃がさぬようしっかり
抱きかかえ、そのまま唇を重ねた。
 しっとりと柔らかい感触を楽しみながら、驚いて黒い目を瞠った
大佐が硬直しているのに乗じて、舌を潜らせる。
舌先の熱くぬめった感触と皮膚で感じる大佐の甘い息に、理性が
麻痺してゆく。

「んっ…! ハ…ボッ…んーーーっ!」
 渇した旅人が、ようやく手にした水に心を奪われるのと同じ位に、
何も見えなくなって何も考えられなくなってひたすらに大佐の唇を
貪っていたら、背中を何度か強く叩かれ、大佐が喉奥でうなり声を
上げた。

名残惜しいと思いつつ、ゆっくりと離すかわりに頬にもキスを
重ねると、顔を紅くした大佐が口を指で拭って俺を睨む。
「…このバカっ…TPOをわきまえろ」
「さっきはキス直前の体勢に似てるなって思ってたのを大佐が誤解
して絡んでこられたので 俺は実践で応えたんスよ」
「…頼んでない」
「俺は敬愛する上司に誤解されたままじゃイヤだったんで…代わり
に大佐が口笛聞きたくなったら 俺がいつでもどこでも吹いて上げ
ますから ご機嫌直してください」
「直すか!」
 跳んできたバインダーをひょいと交わしてキャッチした俺は、この
ままこの場にいては新たに色んな物が跳んでくるに違いないと、
早々に大部屋へとウィンクを残し、立ち去ることにした。 



「お前はいつでもと言った」
「…言いましたけど」
「じゃあ今だ 私は今お前の口笛が聞きたい…そうだな以前
お前が歌ってくれた西の地方の子守唄がいい…あれは好きだ」

 うかつな約束をした俺は、現在大佐が中尉に命じられた仕事を
サボって逃亡中という事態にも関わらず、屋上で眠り歌代わりに
自分が寝付くまで口笛を吹いていろと命じられ、共犯者の汚名を
被せられる破目に陥られそうになっている。

「…まあ 風は気持ちいいし…良いんスけどね…中尉になんか
言われたら俺は大佐にって……あれ?たーいさ」
「ん…聞いてる……」
 曲を吹き始める前に、もう半睡眠モードに入ってしまった大佐に
苦笑しつつ、俺はうろ覚えの郷愁誘うメロディーを、小さく口笛で
大事な人の為に吹き続けた。