| 人間を、与える者と奪う者大まかに二つに分けるなら、ハボックは 前者であって自分は後者だ。 人当たりの良い笑みや、さりげない手助け、後輩達の面倒見も よくハボックの下に付いた者で、彼を悪く言う人間などいない。 本人は何となく好かれるだけだと思っているようだが、理由が きちんとあるのに、気付いていないというのが正しいだろう。 それ故に、ハボックは奪ったりせずとも常に何者かに囲まれ 充たされているように見える。 一方私は、奪う者だ。 焔で人の命を奪い、住まう処を焼き尽くし、従属という名で部下達 の時間と自由を奪う。 人に疎まれることにも慣れ、独りを寂しいと思わぬ性質も幸いし (――通常であれば『災いし』との表現が適切であるかも知れない が、私にとってこの性格は苦難の道連れを望まなくて済むという だけで充分幸いだ) 今の私の手の中には、何も残っていない。 「…何言ってるんスか」 何気ない会話で、自分とハボックへの見解をそう述べたら、与える 者である部下は、呆れが混じった困惑声で、ハァと煙を吐いた。 煙草を嗜む一連の動作の一つの割には大袈裟だな、と感じたのは 誤りではなかったようで、どうやら溜息も混じっているようだ。 「その論理 俺でもおかしいって解りますよ?」 「どこがおかしいと言うのかね?…私の人を見る目は基本確かだぞ おかげで私の部下となる者達は『あのマスタングが気に入っている』 とそれだけで一目置かれるはずだ」 「置かれるだけならいいんスけど ついでに『あの』大佐の部下か って睨まれることも多いのも……耳塞いで聞かないフリってガキ ですかアンタは」 「まあそれはさておき おかしいというのは何処だ」 「…だって大佐が奪う者だって 言うのなら手の中に何もないって の変でしょう 奪ったなら強奪品は残るはずですもん」 それは理論のすり替えで、私欲で行ったわけではないので何も 残らなかっただけだと返せば、ハボックは何も解っていない子供 を相手にでもするように、私の頭を優しく撫でる。 「大佐が前ばっか見て独り駆けてくから、手の中に何もないように 見えるだけで俺らは一生懸命アンタの後を追っ掛けてますよ …従属なんて言ってますけどそれに伴う尊敬や大佐を護りたい って気持ちは 誰に強要されたもんじゃない俺らの意志です たまには脚を止めて振り返ってみてください 俺らそこに 居ますから」 「そう…か すまないお前たちが随いてきてくれているという 事実を認めていないかのような発言になっていたな… その、今更 なのだが…お前たちが従ってくれるのは権力者という立場の命令 だけではないと…自惚れてもいいものだろうか?」 「平和に暮らしたいなら 命令だけでアンタに従おうなんてとても 思えませんって 多少の評価が下がっても転属願い出しますよ」 「…それは褒め言葉か?」 「事実を答えただけっス 一応補足しますけど大佐が奪ってる だけだというなら誰も忠誠なんて持ち合わせません 大佐が俺らに 信頼とかさりげない思いやりとかをくれてるから…今の俺達が いるんです」 「…やはりお前は与える者だな」 何も持たぬと思っていた私に、周囲の暖かさを教えてくれる。 「ついでに言っておきますけど 大佐が罪だと考えている奪った 物は軍部全体の罪であって 大佐個人の焔には何の責任もない …とは言いすぎっスね どっちにしろその咎はアメストリス 国軍全員が罪として負うべきものでロイ・マスタングが背負う物 じゃないです」 単なる事実だと告げて、優しく低い声は私の心を潤してくれて いるのだが、それすらもハボックにとっては当たり前の行為でしか ないのだろう。私を宥めてやろうとか、慰めてやろうの気負いは 欠片もない自然体だ。 時折訪れる悪夢を薄めてくれる、ハボックのその安定感と現実的 な逞しさは私が望んで得られなかった物で、…正直その率直さと 合わせ羨ましく思う。 和らいだ口元に浮かぶ微笑のままそう呟いたら、ハボックは 下がりがちな瞳を細め、晴れやかに破顔した。 「羨ましいぐらい欲しいなら 俺の身体込みで差し上げますから 遠慮なさらずどうぞ」 「…一応聞くが返品は可か?」 「勿論 不可っス」 与える者はこちらが奪わずとも、与えてくれるのだろうか。 柔和な笑顔のまま、私を抱き締める体勢を取ったハボックは 「来てくれないなら 俺の方から奪いにいきますよ」 と熱の篭もった視線とともに、さりげない…だが逃げられない 力で引き寄せ、その腕の中に私を納めてしまった。 今、自分の手の中にある、温かみ。 これを手にできることが、どんなに僥倖であるかを伝えるすべを 持たぬ私は、ただ目の前の身体に持たれゆっくりと瞳を閉じた。 |