| 少しだけ開けられた扉の隅から、ロイが個人執務室へ 手招きをしているのにブレダが気付いた。 こういった呼び出しは、大抵他の者に内密にという場合か 職務に関係ない雑談かの二択がほとんどであって、とりあえず そのまま扉奥へ入り込む。 机の上に書類は無い。これは雑談かの方の用件かと 肩の力を抜いたブレダだが、ロイの顔付きはそれなりに 真面目で、何を切り出されるのかと待ち構えた。 「ハボックは何故私を集中攻撃するのだ」 「……は?」 ハボックといえば自分の同僚で、かつロイの護衛官を 勤める立場であって、ロイの後ろをくっついて廻ってはいるが、 集中攻撃という言語に相当する行いを、していたような記憶はない。 「あれが攻撃でなければなんだというんだ!私がちょっと 花屋に立ち寄ろうとすれば余計な寄り道をするなだし シャツの第二ボタンを外せば危険だからやめろと言い 小腹が空いたからフランクフルトを買えばそんな卑猥な 表情を人前で晒すなだとか…訳がわからん」 「…脳みそ沸いてるだけだと思いますから 放っておいたら いずれ厭きるんじゃないですかね」 先日、大佐が俺とのお付き合いOKしてくれたんだと 最上級の笑顔でハボックが言ってきた時は、冗談かと 思っていたが、ロイの言葉もハボックの言動を大目に、 見ているあたり、真実だと裏づけしていた。 「そうは言ってもだな…こちらとて理由がわかるなら 我慢もできるが…あいつが言ってるのは異世界人の言葉 同様で意味が解らんのだぞ」 「…花屋は評判の看板娘が可愛い子で第二ボタンは鎖骨が 見えるからでフランクフルトは擬似的自主規制用語を 連想させるからじゃないですかね」 「…自主規制用語……?」 しばらく考え込んでいたロイの白い肌が、それが何を指すの か気付いた瞬間、見事なまでに紅潮した。 「な、な何を考えとるんだあいつはっ!バカにも程があるっ」 バカな思考回路であるというのは、限りなく同意だが 自分が異性にどう見られているかを徹底的に意識している クセ、同性に対するその方面に関しては、まったく警戒どころ か下手すりゃ存在自体素通りの無防備さで、ハボックが気に病む 感情がわかる分、少しブレダとしては同情する。 実際、ロイのふとした仕草はその気が微塵もないブレダ にも色気を感じさせることがあって、ドキリとさせるのだから それを恋人視点で見てしまえば、口出ししたくなるのも 無理ないだろう。 「…ハボの奴の前でも徹底してやったらどうですかね?」 「徹底とは何をだ」 「あいつが言ってきたこと全部ですよ 大佐の記憶力ならハボックが 言ったこと全部記憶してるでしょう だから二人きりだろうが他に 人目がなかろうがあいつが喚いたこと全部遵守してみりゃ いい加減 自分が無茶言ってるって悟るでしょうよ」 どうせハボックの事だから、しまいには人前で笑顔を見せるなぐらい の無茶を言ってるに違いないとのブレダの読みは当たっていたらしく、 考え込んでいたロイもなるほどと感慨深げに頷くと、素晴らしいとブレダ の手を取った。 「うむ…やってみる価値はありそうだ ありがとうブレダ しばらくハボック の前で笑いかけないで軍服の上着は決して脱がないで アイスやソフト クリームは食べないで腕まくりはしないで うたた寝なんてしないように してみるとしよう」 両の掌で、自分の手を包み込んだロイのにこにこ笑いは貴重で、 ブレダも苦笑交じりで笑みを洩らすと同時、ノック音がして背後の 執務室入口扉が開かれた。 「……何してるんスか」 絶対零度の声色に、ブレダの背筋は凍るが早速先ほどの 提案を実行するロイは無表情に、 「ブレダとの打ち合わせ中だ 控えていろ」の一言。 背後からの沈黙が、ブレダの鼓動をひたすら高めるが 振り返る勇気は、ない。 「そうっスか…失礼しました また後で来ます」 感情の篭らぬハボックの声が、こんなにも自分の寿命を 縮めるものかとブレダが吐息を零してロイを眺めれば、効果が あったとばかりにこちらは顔を輝かせていた。 ――効果は覿面でしょうが、その前にあいつが切れたら多分 大佐が洒落にならん目に合わされると思いますから、やっぱり 止めておいたよさそうですよ。 たった今、実体験でハボックに負の感情を向けられた ブレダの身に沁みての忠告であったが、ロイには届いていない。 その懸念どおり、ロイは結局ハボックからさんざ啼かされる という意趣返しを受けるのだが、当人はまだそんな未来を 予測しておらず、ただ上機嫌だった。 |