泣き上戸/ハボ


  この店名物の茹でたて腸詰は、噛めばカプリと音を立て
じんわり脂と肉汁を滴らせ、荒挽きの胡椒が程よく効き
歯ごたえにとコリコリ細かい軟骨が混ぜられているもので、宵を
迎える前にはヘタをすれば売切れになってしまう人気の品だった。
 一つのテロ事件の首謀者を捕らえた祝いの打ち上げで、運良く
マスタング組人数分頼めたそれを、他の者に食われてなるものかと
自分の皿上にキープして置いておいたロイが、ワインの追加
をしようとリストから選んでいると、横から伸びた腕。

「大佐 食べないんスか? ヘヘッもーらいっ」
「あっ!」
ロイが止めるより早く、普通なら数口分はあるソーセージは
プツリと皮が弾ける音がして、一口でハボックの喉奥へと消えた。

「うまっ!…勿体無いっスねー大佐これ美味しいのに
食べないんだー?」
 酔っ払った人間独特の、巻き舌になりがちな口調で
へらへら笑うハボックを、ロイが鋭く睨み返した。
「バカッ!次のワインが来たら一緒に食べようと取って
おいたんだっ!」
「え…だってずっと皿の上にあったし…」
「自分が食べたくなきゃわざわざ個別の皿に移すはず
ないだろう…まったく お前のそんな考え無しの行動が
恋人に嫌われてきた原因の一つだな」
 好物というほどではないが、それなりに楽しみにしていた
食べ物を横合いから攫われた恨みを、そのままロイがぶつけると
ハボックの動きはそのまま硬直した。

 すこしは反省して謝ってくるかとのロイの予測は、更に上の
反応が返された。
ぼたぼたと音がしそうなほど、大粒の涙を滂沱と流すハボックに
ロイの方が慌てる。
「って…ちょっと待て何で泣くんだ!?むしろ被害者は
私の方で……」
「だって大佐が嫌いって言ったぁーー」
「いやっ待て だからあくまで一般論で恋人への思いやりとか
気配りをもてと…」
「俺が恋人への思いやりが無いってー 大佐が俺を嫌いなんだー」

 何でそうなるんだと、周囲に無言で助けを求めたロイは
視線があったブレダに、現状を説明してくれと訴えかける。
自分よりハボックとの付き合いが長いブレダならば、何とか
してくれるだろうの薄い期待も、肩を竦められたゼスチャーで
儚く砕かれた。
「普段ハボの酔い方って陽性で明るいんですけどね ごくまれに
何かスイッチ入るとタチ悪い泣き上戸になるみたいです
…しかも絡み酒」
「…うー大佐が俺を無視してブレダと話してるーひどいー大佐ぁ
俺より頭いいからってブレダの方がいいんスか!?わーん
俺を見捨てないでーうぅっ」
「ぐっ…ハボック!重いっ貴様の図体わきまえろ
…のしかかってくるなっ!!」

 左隣にいるブレダと話をすれば、必然右隣のハボックには
背を向けてしまうのだが、それを無視されたと取ったらしい
ハボックが、ロイの背中に体重を預け自分を見ろとアピールする。

――幼少から人に育てられた白熊は、悪意無くじゃれるつもり
で大人になっても人間に思いっきりの力を奮い、大怪我・下手
をすれば殺害してしまうという悲劇を、書物で読んだことが
あったが……。
 潰れそうになる体勢を、必死の思いで立て直しても容赦なく
凭れてくるハボックの力に敵うはずもなく、諦めたロイは今度は
意識をして、ハボックに背を向けるとハボックはロイの右肩に
顎を乗せてきた。

「ひどい…大佐やっぱり俺を嫌いに……」
「嫌いじゃないが鬱陶しい!離れ……」
「うわああああん 大佐が俺をうっとうしーって…!!大佐が俺を
嫌いだってーーーーーっ」
 さすがに二人のやり取りに気付いた他の者たちも、
ロイに視線を向けるが、手出しはできないようで酔っ払いの
醜態に苦笑していた。
 唯一、純朴なフュリーは素直に大佐と少尉って仲いいなと
微笑ましく思っているようであったが、この場合はその判断も
間違っている。ただし、今のロイはそんな様子に頓着できる
余裕が無い。

「…あー大佐、ハボの奴がこういう風になるのってホントに
好きとか気に入ってる相手だけなんですよ…いや仲よくて
いいですねホント ははは」
 ブレダの作り笑いは、俺には手出しできませんの最後通牒
で、ロイの全身から力が抜けた。

 動物的カンを持つハボックは、その隙を見逃さない。
すかさず椅子を少し後ろに引いたかと思うと、ロイを持ち抱え、
自分の膝合間に移し座らせた。

「…っ!ハボック こら離せっ何を考えているっ!!」
「へへへぇ これで大佐は俺だけのもん〜」
 大事な宝物を手に入れたとばかり、相好崩して胸元のロイを
抱きしめるハボックの表情は、幸せそのものだったが晒し者に
されている気分のロイは、どんより暗い。

「…誰か助けろ」
呟くように洩らすロイの言葉にも、ハボックの図体と力を
知っている他のメンバーは無理ですと掌を横に振るしかできない。
日頃精神面では圧倒的強さを誇るホークアイ中尉ですら、
今のハボックとの対話は不可能と、小さく首を振って返した。

「大佐ーーどれ食べたい?あーんしてーー」
 ここでこんな状況で物が食べれるかと返せば、どんな
絡まれようをするか想像付かないロイは、明日にはとことん
説教くらわせてやると考えながら、ハボックが口元に運んでくる
オムライスを大人しく口に運ぶ。

 半ば公開羞恥プレイな気分のロイであったが、周囲の反応は
和む可愛い風景だなあという印象。
 それを知れば少しは救いになったかもしれないが、当人は
ひたすら一刻も早く、ハボの酔いが醒めるよう祈るばかりであった。


***************

酔っ払ったハボはロイに無敵だと思います