| くだらない理由でケンカして、ロイとハボックが互いに 口をきかなくなって三日目。 今日の打上げは、潜伏していたゲリラの一党を取り押さえた 祝いの席で、ともにいるメンバーも一週間共同戦線を張った 班の相手であるので、遠慮が無い。 三十台半ばのファルガー中佐は、中央司令部でも数少ない ロイに好意的な佐官で、年下のロイにも階級からだけでなく 敬語を使う温厚な性格をしていた。 最初にロイが、宴会開始の挨拶を述べ、一堂の苦労をねぎらって 一時間後、無礼講であるのをいいことに、タダ酒ならば入る限り 胃に収めてやろうと、既にテーブルの上の空き瓶は両手の指 を合わせた数を上回り、時折廻ってくるウェイターが料理と 引換えに回収していっても、あっという間に増えていた。 日頃は他人の前では、済ました顔を保てる量しか酒を 嗜まないロイも、数日一緒にいたファルガーの人柄を気に入った のか、珍しく頬を紅潮させほろ酔いのようで、正直対面斜めの席の ハボックには面白くなかった。 同じテーブルであっても、佐官クラスの会話に割って入るには さすが自制が利くうえ、まして二人が楽しそうであれば一層 ハードルが高い。 ここ数日、俺だって職務上の会話しかしていないのにと 幾分かヤケ気味にハボックが杯を乾したところで、こちらを伺う ロイと目が合った。 こちらが機嫌を損ねているんだぞとの、子供じみたアピールで フイッと横を向くと、ロイの顔が強張ったのが解った。 「おいハボック そこのドラムチキン残ってるならくれ」 そんな二人の無言の攻防に気付くはずも無い、隣席の男が 言ってくるのを、チキンを手にしたハボックは手渡しが 面倒とばかり直接相手の口に押し込むと同時、ロイの目から 数滴の涙がこぼれた。 「ど…どうされたんですか マスタング大佐っ」 慌てたファルガー中佐の声に、何があったとハボックが振り向けば ロイが泣いていた。 「な、何か失礼しましたか?」 「…ひっく…ファ、ファルガー中佐は失礼してない」 酒が廻って呂律あやしいロイの返答は、子供のようでどうにも頬が 緩むのだが、今しがた迄機嫌よく会話していた相手が、 ぼろぼろと涙を流し続けるのに平静で相対できるはずも無く ファルガーが恐る恐ると、更に尋ねる。 「ええと…それではどうして……?」 「ハボ…がっ あーんって…私と口きいてもくれないのに…隣の席 の男にあーんって…チキンを…」 ――ちょっと待て、どこでそんなフィルターが掛かったんだ。 泣きながら指さされたハボックと隣の男は、ある種の チンピラの因縁よりタチ悪い言いがかりに目を合わせるが、 それがまたロイの目から涙を誘う。 「ヒック…うぅぅ…今度は見詰め合ってるー…」 「よ、よく解りませんが『あーんってしたチキン』が羨ましかったん ですね!?ラオファルッ!そっちのチキンよこせっ」 「ア、アイサー はいどうぞ」 「マスタング大佐 ほらチキンですよ 泣きやんでくださいー」 あやす口調で差し出された、横のテーブルから強奪したまだ揚げたて の手羽先を見たロイが、袖で涙を拭いながら、上目遣いでファルガーを 見上げた。 ――これがあのマスタング大佐か…?いや間違いなく本人だよな 酔っ払ってると本性出るって言うけど…すげぇ…可愛いんですけど 注目していた者達の頬が、潤んだ双眸でこしこし目尻を拭って 泣き止む努力をしているロイの様子に、紅く染まる。 「……チキンよりアイスクリームがいい」 「えっと 俺厨房ですぐに貰ってきます!」 ハボックによって口にチキンを突っ込まれていた男が、ロイに見蕩れ ていた他の者達一同に無言で『お前今すぐ注文して来い』と目線で 指図され、咀嚼をしながら立ち上がり混み合っているテーブル隙間を 器用に潜り抜けていった。 「お…お待たせしましたっ!」 息を切らした男の往復は約5分。厨房までの距離とアイスの準備と 盛り付けとを計算すれば、素晴らしいスピードで、ロイはまだ少し 濡れてる瞳を向けてにっこり笑った。 「アイスクリーム?」 「そそ、そうですイチゴとバニラですっ!!マスタング大佐は これ…お好きでしょうか!?」 「うん 好き」 微笑みかけられた男、撃沈。 ロイに代わって手を伸ばして受け取ったファルガーが、デザート ディッシュをロイに渡そうとすると、ロイは引き換えにスプーンを 渡してきた。 ロイの意図を掴みかねて、ファルガー困惑してる隙に いつのまにか席を立ったハボックが、スプーンを持ってロイの背後 に廻っていた。 「大佐 …俺のあーんが羨ましかったんでしょ?…俺にやらせて くれませんか」 「ん…いいぞハボックにやらせてやる」 少し屈んで、カラメルソースのかかったバニラを掬いハボックが ロイの口元へと運ぶ。 「はい あーん」 「ん…うまいぞ これ…ハボックにもあーんしてやるから食え」 「ありがとうございます あーん…ん美味いっスね」 見詰め合うハボックとロイは、既に二人の世界だ。 ファルガーが今更、手渡されたスプーンの意味を悟るがもう 時既に遅く、割り込める余地はない。 酔っ払いのたわ言のおかげで、ハボックとロイの喧嘩はなし崩し に終了するのだが、ロイには宴会終了の記憶がない。 後日迷惑をかけたと謝罪に出向いたロイが、 「謝罪は気にしなくて構いませんので ぜひ私にも一度 『あーん』をさせて下さい」とファルガーに言われ困惑すると同時、 ハボックが『大佐にとって味方かもしれないけれど俺にとって敵』 心のリストにファルガー中佐の名前を書き刻むのだった。 *************** 酔っ払ったロイもある種無敵 ところでバニラにバルサミコソースをかける食べ方が あるらしいのですが美味しいのでしょうか |