|
「大佐…メシ時になんつー話題を出してくるんですか」 「つまりお前がしてるのは今みたいな事だと身を持って悟れ」 「へ?」 「個人的意見としては私もお前に同意だよハボック だが対象 を食物と見えない者相手の前で 自分が食べられるからと 話題にするなという意味だ 特に女性は繊細だ地雷はあちこち に潜んでいるぞ」 「大佐…だからわざわざ奥の席に案内させたんですね」 「心配りの利いた上司だろう?部下に躾けてかつ食事も奢って やり周囲への気配りも忘れない」 フフンと鼻先で笑うロイの様子は、悪びれていない。 「…俺への個人的集中砲火にも聞こえますが」 「何度言っても理解しなかったんだ これぐらいしなけりゃお前は 悪気無いまま同じ事を重ねただろうが」 「…ご尤もです」 「悪気ないはけして悪くないではない それから…残すなよ 兎の 肉はそのままで その存在自体を変えた訳ではないのだから」 「勿論スよ…でも意外 大佐はそういう話題平気なんスね」 日頃デリカシー云々のご高説を垂れてくださる上司であれば、 食事中に忌み嫌いそうな話題だろうとハボックは首を傾げるが ロイは会話前と変わらぬ速度で、目の前の皿を片付けていき肉 のソースをパンで拭って、もう一口と頬張った。 「私は殺戮者だよハボック 人の命を奪うのに比べれば既に食料 肉と化した物質に手を加えるのなど欠片も禁忌を憶えぬ程の罪 を重ねている ――兎だろうと鹿だろうと鳩だろうと肉は肉でしか ないさ」 これみよがしに大振りに切った肉をロイは咀嚼し、しばし口を噤む。 その白い喉がごくりと肉を嚥下した後、苦笑を浮かべロイは続けた。 「…もしも…だがたとえ人肉が対象であっても生きる為に切羽詰った 状況下で犯した行為を罪といって私は責められんな 自分が食える かどうかは別としておそらく当人が一生背負う十字架であろうし ―もっとも私とて自己快楽のための殺人カニバリズムを好む精神 病質者には吐き気をもよおすが」 「…スンマセン デリカシーない事聞きました」 「まさかハボックからそんな謝罪が出るとはな」 大げさに目を瞠ったロイは、わざとではなく本心から驚いているよう でハボックは苦笑した。 「ひでェなあ 大佐その反応」 「…気にするな お前に救いになるかは不明だが 逆の意味で素晴ら しい宗教もあるから教えてやろう 東の国の徹底した無殺生主義だ」 「…基本宗教は殺生を戒めるのが普通じゃないスか?」 「徹底した と言っているだろうこの宗教は肉は勿論野菜も生命がある と最低限しか口にせず歩けば虫を殺すかもしれないと常に同位置に 座して 呼吸ですら微生物を殺してしまうからと口元を布で覆ってする んだ 行動だけでなく心の中で相手を傷つけるような事を思うだけでも それが罪となる徹底した不殺生の教えだ 己が正義だとばかりに動物 の種類によって食べるのが可哀想と訴えてくる相手が気に食わない 奴だったらそれぐらいの行いをしてから 寝言を言えと告げてやれ」 「…すごいっスね あーでもそこまでやる人が肉を食べるのを可哀想 だと責めてきたら…まぁ説得力ありそうですね」 「そうだな 私も貫いた戒律に従える意志を尊重するし そういった人に なら私を嫌悪の対象と忌避されても…当然と受け止められる 一度 伺ってこの宗教者たちの訓戒を仰いでみたいのだが、困った点がある のだよ」 「他の宗教の奴らには会わないとか?」 「高位者になればなるほど不殺生の度合いが強まり …次々餓死され てしまうんだ いわゆる全てを殺さずに済む断食だなそしてその死に方 はその宗教の中で最高で理想の死とされている」 「そりゃ凄い 宗教者なんて偉けりゃ偉いほどナマグサかと思ってました が…ちょっと俺でも尊敬しますね」 最後の一口をあんぐりと頬張り、ハボックは感嘆と肩を竦める。 会話が終わったとき、目の前の二人分の料理は綺麗に片付けられて いた。 「ご馳走さんでした」 「勉強代も含めて 今度はお前にたかってやるぞ」 そういって陽射しの下で笑ったロイの顔は、弱さも強さも子供みたいな 無邪気さも残酷さも、清濁併せ呑む老獪さもすべてを含んでいて、一瞬 ハボックを見惚れさせた。 *************** 参考:遭難者の事件『アンデスの聖餐』某宗教『ジャイナ教』 絵で有名なのは『メデュース号の遭難』 |