追跡


長身というのは便利なもので、特にハボックのように独自の
髪型をしていると、シルエットだけでも誰だか遠目にも判り
やすい。

ハボックが楽しそうに談笑しながら歩いているのを偶然に
確認したロイは、咄嗟に階段の陰へと身を隠してしまった。

別に今は仕事をサボっている訳でなし、何か顔を合わせ
づらいコトをしでかした訳でもない。
何故こんな反応をしてしまったのだろうかと、内心で自分に
問いかけていると、視界が唐突に薄暗くなり何だろうとロイは
顔を上げた。

階段の手すり越しに身を乗り出して、自分を見下ろしている
ハボックと目が合う。

「…隠れんぼっスか大佐」

怪訝な口調は、ロイの行動を図りかねている様子なのだが
困ったことに当人にですら、行動の原因が思い当たらないの
だから、言い訳の仕様も無い。
「や…っその…だな…これは…その…」

しどろもどろに首を振るロイは、自分の口調や行動でハボック
のいぶかしさが深まっていくばかりであろうと自覚があっても、
焦る頭では的確な言い逃れも思いつかず、尚更深みに嵌って
行く。

ハボックが何かを喋ろうと、咥え煙草を指に持ち替えた瞬間、
ロイは全力疾走でその場から、走り去った。

「…え…大佐っ!?」
いきなりのロイの逃亡に、暫く呆気に取られていたハボックの
双眸が、瞬時に冴えた猟犬のそれに変わった。

踊場に設置されている水の溜った灰皿に、煙草を投げ捨てると
凄まじいまでの勢いで、ロイを捕獲すべく後を追う。

元々身体的能力だけで比較するならば、ロイに比べハボック
の方が圧倒的に有利であるが、敵もさる者。
曲がり角や柱の陰を利用して巧みに逃げ仰せ、ハボックの
指先があと少しというところで身をかわす。
無言のままの追いかけっこを続けて十数分、息を切らしかけて
いるロイが、振り返りざまに叫んだ。

「なんでっ!お前 追いかけてくるんだっ!!」

…なんでと言われても、目の前で意味不明に逃亡されれば
追いかけてしまうのは、本能だろう。
「アンタが逃げるからですよっ!」
叫び返しざま、伸ばした掌がロイの手首を捕らえた。

長い走り比べの末二人が辿り付いたのは屋上で、幸い他の者
の姿はない。
それいいことに、ハボックはロイを引き寄せ、片手でロイの二の
腕を掴み直し、後ろ手で扉を閉めた。
再度の脱走を用心したハボックの手は、まだ頬を紅潮させ荒い
息を吐くロイを拘束したままだ。

「……で俺の顔を見て逃げ出した理由 聞かせてください」
表情は変わらぬ物の、沈んだ声音のハボックをロイが恐る恐る
と見上げた。

幾度問われ掛けられても、ロイ自身ですら解らないのだから答え
ようがない。ふるふると無言で首を横に振り続けるロイに、ハボッ
クの目が細く眇められる。
「……ふぅん 顔合わせるのが嫌な位俺が嫌いで 話すのもイヤ
な程近寄りたくなかったというワケですか」
「ちがっ…!」
「じゃあ何で?」

「……わからない」
「わからないって大佐……」
 二の句が告げない様子で、表現に窮したハボックにロイが小さく
続けた。

「…お前を見てると…息苦しくなって…お前が傍にいると鼓動が変に
なって…お前が誰かと話ていると腹が立って…お前が私じゃない者を
見ていると…胸が苦しくなる……だからお前と一緒にいたくなくて…
…その、逃げた…のかもしれない」

本音を伝えあぐむロイが、ようやく探し当てた言葉で訥々と気持ちを
語れば、ゆっくりとハボックの眉間の皺が取れ、その唇が徐々に微笑
へと変わっていく。
「…なに…すっげぇ可愛いコト言ってくれるんですか… うわっ顔が
ニヤついてしょうがないっスよ」
大きな掌で、口元を覆ったハボックは既に満面の笑みだ。

「…かわいい?私が??」
己が他人様に同じ行動をされたなら、戸惑うばかりで理解不能だと、
ロイはハボックの反応に目を軽く瞠った。

「大佐…ひょっとしてモテる一方の人生だから その感情を何て呼ぶか
知らないンすか?」
空を背にしたハボックが、その澄んだ青と同じ瞳を細め、ロイの耳元へ
と屈み頭を寄せた。

「…大佐のその感情 やきもちって呼ぶんですよ」

「ちっ…違っ…な、なんで私がお前にヤキモチを!だって私のほうが
偉いし、頭は良いし、出世してるし国家錬金術師だし――」
「違うっスよ 大佐が嫉妬してるのは俺じゃなく『俺と一緒にいる相手』
…でしょ?」

ハボックの落とした一言は、ロイにとって爆弾の他なにものでもなく、
切羽詰った顔でロイは違うと必死で否定し続ける。
だが、その毛を逆立てた仔猫のようなそぶりも、余裕のハボックにとって
は愛しさを増させるだけであるのを、当人は気付いていなかった。