ブルーステーキ オマケ


  せっかくだから思いっきり食ってやれと、400gで
指定した厚みのある肉は、切り目を入れると紅とピンクが
グラデーションで艶かしく、ナイフを動かすとジュワッっと
濁った肉汁が滲み出る、最高の焼き加減だった。

「ウマっ!…さすが…良い肉は違いますね」
「……そのサイズを食べきれるのか?」
 熱した鉄板に乗っている肉のサイズを見ただけで、こちらの
食欲が失せたとばかりに眉を寄せる大佐の皿には、赤と黄色の
パプリカが彩りとして添えられた、白身魚のポワレ。
 高級店にありがちの、大きな白皿に茶透明のコンソメジュレや
クレソンと盛られたそれは、見た目は確かに綺麗だが俺から
見てみりゃたった二〜三口で食べ終わってしまう食料でしかない。

「大佐こそよくそれで足りますね」
「今日は動き回った訳でもないし…十分だろう」
「まあ大佐の食事量は普段から多くないですし…でも
俺ぐらいの年の時はこれぐらい食えてたでしょう?」
 フォークで肉の切れ端を新しく刺し、咀嚼しながら尋ねると
行儀悪いとテーブル下でこっそり足を蹴られた。
…テーブルの下のキックは、マナー違反にならないだろうかの
俺の疑問は置きやられ、大佐は涼しい顔だ。

小ぶりな一口サイズに切った魚を、口に運ぶ大佐はその表情の
まま、首を横に振った。
「あいにく お前の年の頃は一番痩せていたし 多分生涯で一番
食欲がなかった時期だ」
 生涯で…とはまた大げさなと、今度は怒られないよう肉が喉を
嚥下するまで、大佐の手元を見詰めていた俺は殊更食べ進む
のが遅くなった、大佐のその動きでようやく自分の鈍感さに気付く。

――イシュヴァール最前線だ。
 軍人にとっての評価としては、最高値とも言える功績で
大佐自身にとっては最大の功罪である精神的外傷の地名。
 大佐が今の俺と同じ年だった頃は、焦げた髪と人の焼ける
臭いで肉が食えなかったと、以前自嘲めいて呟いていたのを
聞いた事があったというのに……どうして、俺はこうなんだろう。
 突然砂を噛む様に味気なくなった肉を慌てて飲み下し、
他人の目を引かぬ程度に頭を下げる。

「えっと……デリカシー無い質問…すみませんでした」
「そんな情けない顔をしてるんじゃない 別に今だってお前に
そう思わせようと言った訳じゃなく単なる事実だ」
 伏せた目のまま、ワインを揺らす大佐の顔は、いつもと同じで
含みがないのは本当だろう。
そうは言われても、一度自己嫌悪に陥れば早々浮上できない
のが人間というもので、自然俺の口数が少なくなる。

「…叱られた犬みたいなその顔はやめろ 本当に気にして
いないぞ その顔だとせっかくの料理が美味く感じられない
とっとと浮上しろ……私がお前がおいしそうに食事をするさまを
見るのは嫌いじゃない」
 俺があまりに情けない顔付きをしていたのだろう。
目が合った大佐にくすくすと笑われ、救われた気持ちだ。
「それに昔の話だといっただろう 今の私は当時鍛えられた
おかげで蛇だろうと蛙だろうと兎だろうと隔てなく食べられるぞ」
「…蛇…?大佐が食ったんスか」
「淡白な鶏肉みたいな味だったな」
 自分であれば、食材であるのならばどんな材料でも
食べられるが大佐がというのは意外で思わずまじまじと
その口元を見詰めてしまう。
日頃でも偏食があり、クセのある野菜などを出すだけで
嫌な顔をするのにと問いかけるでなく呟けば、単に
そのものの味が嫌いなだけで、食材の存在自体を忌避してる
訳じゃないと返された。

 先ほどの重い空気を拭い去り、嫌いな食べ物でちょっと
拗ねたみたいな顔になる大佐のおかげで、心が和む。

「大佐のそういう ご飯を美味しく食べさせてくれようとする
さりげない優しさが好きですよ」
少し格好付けたつもりで、大佐に微笑む。
「記憶力の悪さと 変な所では気が利くくせにここぞと
言う時の間の悪さ 奢りとなればの遠慮の無さ どれもこれも
含めてハボックを好きだぞ」

 返された、容赦の無い悪戯めいた笑いは、ちょっとひどい
いわれような気もしたが、大佐の俺だけに見せてくれる表情で、
完食までの心を更に弾ませ、食事を楽しくさせてくれた。

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個人的に蛇でもカエルでもサソリでもハチノコでも料理になってりゃ平気
むしろ生き造りのほうが感覚的には苦手です。