隠し事


面倒な箇所に仕舞われた三年前のファイルを探してくれ…と
その場にいる一番偉い筈の司令官が口を開きかけた瞬間に、
部下達は一斉に口を揃え「日頃整頓をしないからだ」と上司へ
の苦言を申し出て、つい反射的にロイは
「もういいっ! 私が自分で探すっ」と叫んでしまっていた。

そうは言っても書庫は莫大な資料があり一人ではこなせそうも
ない。他者をなんとか巻き添えにする方法をと思案していたロイ
は、三つの方法を指折りで数えた。

1.これは私の仕舞ったファイルではなく 他者の部署が必要
 とするもので私の整頓問題とは何の関係もないと改めての
 上官命令
2.ポケットマネーで動員する
3.情に訴えるもしくは…色仕掛け

――その探し物は、事務部の女性が広大な倉庫で迷っているの
をロイが偶然見かけ、「大変だろう」とこちらから協力を申し出た
もので実は本来の意味での職務とは言いがたかった。
だが軍部の仕事である事は事実だと命令しては、職権乱用と
騒がれる可能性がある。
そういわれればその通りで、こちらの立つ瀬がなくなるから1は
却下だろう。

3…が一番元手不要だが、自分達の部下にその手が通用する
かとロイが自問すれば、確実に『いいえ』だ。
一人、色仕掛けが通用しそうな者もいないでもないが、仮に
そちらで成功した場合…報酬として我が身が危ないというリスク
はかなり高く、それならば金で済ませた方が早い。

仕方がないかと吐息をついたロイは立ち上がり、夕飯+酒代で早番
のファルマンに誘いをかけてみるが、申し訳ないが先約があると
断られてしまった。

ブレダは夜番で、フュリーは休暇…ホークアイ中尉に私用で仕事
を頼み、かつ夕飯+酒代などと申し出た場合の後々の周囲の噂を
考えれば、とても言い出せないし何より当人が無表情に「ご自分の
お言葉はご自身で責任とって下さい」と返されるのが、考えるより
先に脳裏に浮かぶのは、日頃のやり取りの賜物だろう。

ハボックは奢りとなると遠慮を忘れる性質なので、できればファル
マンの協力で済ませたがったが、…一人で倉庫を漁るという気鬱
めいた雑務を一人でこなすよりは、懐が少々痛む方がマシかとロイ
は出費を覚悟で、窓辺で煙草を燻らせている部下に、脚を向けた。

「…いいっスよ」
 ロイが謝礼としての報酬を言い出すより先、ハボックは倉庫での
探し物を付き合ってくれだけの申し出で、同行を了承した。
怠け癖があるのは上司と同じで、勤務時間外の働きに関しては、
用意に頷かないだろうと、酒のランクに関して弱冠の応酬を覚悟して
いたロイは、拍子抜けの態でハボックを見返す。

機嫌が良いのだろうかと探ってみるが、飄々とした顔付きは普段と
変わらず、ゆったりとした動作も特に浮かれている様子はない。

「…で 何でそんな作業引き受ける破目になったんスか」
低く問いかける声は、むしろ落ち着いていて日頃の明るいハボック
の表情と少し違っていた。

普段陽気である分、落ち着いているハボックは数割方男らしさが
増しているのだが、現状のロイにとっての問題はそこではなく、
いかにこの件を私用でないかのように言いくるめるかである。

ロイにとっては当たり前であり、至当である『女性に優しく』のモットー
を実行すると、ハボックは機嫌を損ねがちだ。

自分が傍に居る時に女性を無意識に口説くのならばまだいいが、目を
離した隙にそれをやって、こっちがフォローする隙もなく相手に惚れら
れるのだからアンタは性質が悪い、自重しろというのがハボックの言い
分だった。

だがそれはロイにとって、言い掛かりでしかない。女性へと礼儀正しく
接するのは男としてのマナーだというのが、自分の考えである。
ただこの場合、素直に言えば低気圧を招くだろうと判断したロイは
たまたま手が空いていたからだと答えると、ハボックの眉根は軽く
寄せられた。

「…大佐がそんな理由で人の仕事引き受けたんスか?」
「う…嘘は言っていないぞ」
 かなり大幅に自分的な解釈を加え、省略した箇所はあるが。
少し目線を逸らしたロイに、肩をすくめハボックは大股で歩み近づき
ロイの二の腕を取った。
「じゃ とっとと済ませちゃいましょうか」
 
 ロイが返事をする前に、腕を掴んだハボックが強引に倉庫へと足を
進める
「ま…待てハボック まだ倉庫の鍵を……」
「大丈夫っスよ ホラ」

胸ポケットからハボックが引き出した、キーチェーンは確かに倉庫用の
鍵だった。
何故それを今ハボックが所持しているのかを、ロイが目線で問いかけるが
気づいてる筈のハボックは無言で歩むばかりで、答えようとしない。

「じゃ、入りましょうか」
高さだけで、人の身長の二倍はある大きな扉を、潜り込める程度に開いた
ハボックが、ロイの背を押した。
いや応なしに引き摺られてきたロイが、ここは第7倉庫で用事のある倉庫
ではないと振り返れば、既にハボックが後ろ手で扉を閉めていた。

「こちらの方が人来ないから 都合いいでしょう?」

まだ日中であるから、陽射し窓からの明りで倉庫の中は闇ではない。
が、明るい箇所からの移動である為暗い空間に眼が慣れずロイからは
ハボックの表情が窺えなかった。
それでもその声にどこか含まれている不穏な響きに、ロイが無意識に
後ずさる

「…ハボック…?」
「正直に言えば 見逃してあげようと思ってたんスけどね」
「なっ なんの話だ」
「また俺の知らないトコで女の子に優しさ振りまいちゃって しかもその
後始末に俺を巻き添えにしようとしてる恋人に腹を立ててるって話ですよ」
 少し興じているようなハボックのその声は、いつもより重く聴こえロイに
とっての危険信号だ。

「え…っと…ハボ……?」
「ああそうだ さっき伝言預かったの忘れてました 事務官の栗色の髪の
女の子がね 探し物の控えが去年の整理棚から見つかったそうで倉庫
は探さなくてもよくなったそうです お手数ありがとうございました…って」
「っ!お前…それを聞いてて」
「何でここに来るまで言わなかったか?…前に言いましたよね俺は情け
ないことに 大佐に対して劣等感の塊で猛烈に嫉妬深いって」
「………困ってる女性を助けるのは 男の務めだろう」
「じゃあなんで正々堂々と 話さなかったんですか」

 微笑みながら怒気を滲ませるハボックに、ロイは無言で逃路を探すが唯一
の出口は、ハボックが凭れ掛り塞いでいる。
「…まだ素直に吐けばこっちもちょっと嫌味をいうだけにしておこうかと思って
たんですけど」

 あえてゆっくり、歩み寄るハボックの動きは嫌味だけに留めるつもりが消失
したとの意思表示で、ロイをじわじわと壁際へと追い詰める。

闇に慣れてきた目が、真近に寄せられたハボックをはっきりと捉えるが、それ
は雄としてロイに無理無体を強いようとする男の姿でしかなかった。

「…人の来ない 第7倉庫の方で正解でしょ 大佐?」

人を騙そうと罠に嵌ったウサギは、狼の手から逃れるすべを持っておらず
……美味しく食べられてしまうのでした。

  
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ちなみにわざとハボックは中から倉庫の鍵かけない