| 少し垂れ眼がちなハボックが、さらに目尻を下げて重たい荷物を 運んでやっているのはだらしのない顔ではあるが、まあいい。 だがその親切がハボックの前に歩く軍部でも一、二を争う巨乳の持ち 主が相手であるからだと、一目で分かってしまうというのは人として どういうものか。根本は親切心であっても、あれでは下心が見え見え ではないか、みっともない。 「あれ?大佐 丁度いいやメシ行きません?」 荷物を運び置いたハボックは用件が済んだのか、私の姿を認め後ろ から声を掛けてくるのが聞こえた。 だが、人として恥ずかしい奴と一緒に歩いてなどやるものか。 「大佐ーっ!大佐ってば聞こえてるんでしょ なんで一人行っちゃう んスかーっ?」 聞こえぬフリをして、このまま先に行ってやる。 「――大佐ぁー?」 …気のせいか、後方のハボックの声が少し近づいて来ているような気 がする。…元々アイツの方が足幅があるのだ、追いつかれても無理は ないが……少し足を速めるか。 「えっ?大佐なんで早足になって逃げるんスか!」 ――逃げてなどいないぞ!私は単に早く歩きたいだけで……うわっ なんだかハボックが後ろで駆け始めた気配がするっ!! 思わずこちらもダッシュしてしまったが、…これでは逃げたと認めて しまうことになってしまうのだろうか…まあいい、とりあえずこの場は… …なんであんなデカイ図体のクセに素早いんだっ! 振り返れば、ハボックがもう先ほどの半分しかない距離にいるのが 見えて、こちらもつい本気で走り始める。 司令部内を大の男二人が全力疾走というのは、人目をかなり引く ものだが、このさいそんな外聞を気にしていられるものか。 ハボックより体力が劣る自覚がある分、こちらは頭脳を利用して咄嗟 ではどちらに曲がったか判断のしづらい、十字の廊下角で曲がるだと か、上下どちらに逃げたのか判断しにくい階段を利用するだとかで 振り切って……何故だ!ハボックと私の距離はますます縮まっている ではないか! 息を切らしている私が、ハボックに片腕を壁に縫いとめられたのは 屋上出入り口前の、電気もついていない薄暗い狭い踊場だった。 口惜しい事に、肩で息をしている私に対しハボックの呼吸はほとんど 変っていない。 新鮮な空気を吸い込むことに夢中で、喋る余裕をなくしている私を 見下ろしているハボックが、無言で不気味だ。 ようやく気息が整った頃、がっしりとした掌の手首を掴んでいる力が少し 強まったのがわかった。 だからといって、顔を合わせるのも癪に触ると横を向いていたら、あい ているハボックのもう片方の指先が有無を言わさぬ勢いで、私の顎先を 掬い上げた。 「…で?なんで逃げたんスか」 太陽の下では空に同化しそうな青い双眸は、今は明り取りの窓から 差し込む僅かな陽光しかないせいか、どこか暗い。 「は…放したまえハボック少尉」 「大佐のそういう命令形でも丁寧なトコって好きですよ…で、俺は今質問 してるんスけど? なんで逃げたの」 無感情の好きと言う言葉が、どことなく怖い。押さえつけられた腕を、 ふりほどけない悔しさで睨みつけてやるとハボックは薄く笑った。 少し屈んだハボックの唇が、耳朶近くに寄る。 「…嫉妬した?」 ……何を言っているのだコイツは。……だが……ハボックがにへらと した面をしているのを見た瞬間、もやっとした味わいの悪い感情が少し 浮いたのは事実だった。 …だが、それは断じて!……多分…嫉妬などではない。 「お、お前が追い駆けてくるから逃げたんだ 意味はない」 「あ、やっぱ逃げたんだ だって声聞こえてるのに大佐が無視したから じゃないっスか」 「…なんでお前に私が聞こえてるって断言できる それから…どうして 撒いてやろうと廊下角や階段を気配消して走ってやったのに お前は ついて来れたんだ…?」 逃げた逃げないになると、分が悪い自覚がある私が話題をずらすと ハボックは『さあ』と首を傾げ答えた。 「愛ですかね」 「…お前のは単なる野生の勘だ」 「なんだ解ってんじゃないっスかでも惜しい 俺は愛も無い相手に勘を 利かせられないんでやっぱ愛っスよ」 にへっと笑うハボックが「そうそう話題をずらしても 俺を無視して逃げ たってのは聞き逃してあげませんから」 と私を壁に体を使って押さえ込む。 「は…離せバカ!ここをどこだと……」 「俺を無視して逃げたお仕置きっスよ」 ゆっくりと温かい感触が私の口を塞ぐ。息を接ぐ余裕も無いほど貪って くる唇は、優しくそれでいて性急でゆっくりと私の全身から力を奪って いった。 ************************* つづきます |