| 興味本位で潜り込んだ長い緑の生垣を抜けると、そこに広がっていた のは、萌葱色の若芽が眩しい木々と芝生に覆われた空間だった。 心地良さそうな自然に包まれるその場所を、一目で気に入ったロイは 少し休もうと適当な木蔭を探し、大きなノビをした。 「…あれ?先客だ」 見たものが、皆口を揃えて綺麗だと讃える毛並みをつくろって身支度 を整えていたロイの頭上から、落ち着いた若い声。 反射的にビクリと警戒態勢に入ったロイを見た相手は、座って少し頭 を落とし、自分が敵意を持つ者でないとやんわりと示す。 「…えっと…ここはお前の縄張りか?」 襲ってくる気配のない大型犬に、ロイも少し警戒を緩めゆっくりと 腰を落とした。 「いや ここは公園なんで誰の縄張りでもないっスよ黒猫さん」 「…こうえん?」 知らない言葉だと首を傾げる黒猫に、犬はどう説明したものかとこちら も少し首を捻った。 「……えーっと…アンタはよく似合う紅い首輪してますけど…ひょっと して外にほとんど出たことない温室育ち?」 「温室は暖かくて気持ちいい場所だけど あれは植物を育てる場所だぞ 私がそこで育つ筈ないだろう」 エヘンと何故か胸を張るロイに、犬は苦笑して話題を変えた。 「俺は ワン・ハボックって言う名前です…アンタは?」 「ロイだロイ・マスニャング 軍部にいる」 「…軍!?アンタがっ?」 ゆったりとした印象を崩さずいたハボックが、初めて驚いた顔をした のに、ロイが眉を顰めた。 「なんだその反応は 失礼じゃないか」 「だってまだ小せぇし細っこいし…」 「おいハボックとやら 私はよく誤解されるが多分お前より年上だ」 「…アンタ幾つ? 俺二歳だよ」 「私は三歳だ」 「……マジで?仔猫かと……」 「重ねて失敬なっ!」 咄嗟にロイが繰り出した猫パンチを喰らっても、痛くも痒くもなかった ハボックはこの黒猫の様子が気に入り、笑いながら何気なくふさふさの 尻尾を振った。 そのふぁさりと左右に揺れる動きに、猫の本能が刺激されロイの目線 は吸い寄せられる。右に振ればロイの顔は右に、左に振れば左を向くの が面白く、ハボックは暫く無言で尾を振り続けた。 「…遊んでもいいっスよ?」 ハボックの声に、我を取り戻したロイは首を小さく振った。 「な、何を言ってるのかね 私は子供じゃないんだからそんな遊びに 興味はない それよりお前はいい体付きをしているな軍に入らないか」 「俺は首輪嫌いなんでノラの方が性に合ってるんスよ」 「何? どこかに所属しているとでもいうのならばともかく野良で あるならば面倒も少ないではないか 私の部下なら首輪なしでも免除 して貰えるよう掛け合ってやるぞ!」 首輪というのは単なる比喩で、拘束されること事態が嫌いであると 言い直そうとしたハボックは、ロイの言葉に尋ね返した。 「部下…ってアンタひょっとして偉いの?」 「偉いぞ 地位は大佐だ」 つくづく見掛けでは判断できないと、それがどうかしたのかと首を傾 げるロイをマジマジと見返すハボックは、薄く笑った。 「じゃ アンタが俺の尻尾をうまく掴まえられたら考えてもいいっス」 ファサッとそこだけ別種の生き物であるかのように、大きく波立たせ た尻尾を、ハボックはロイの前へ差し出す。 本能的に飛び掛ろうとしてしまい、自制に励んでいたロイはじゃれ つくのに丁度良い口実を与えられ、限界を迎えたようだ。 「ほら コッチ」 「にゃっ!」 わざと手が届くぎりぎり範囲に移動した尻尾は、ロイが飛び掛ろうと すると同時、反対方向へと動く。座っていた位置から腰を上げたロイは ハボックが尾を動かす通りに翻弄され、巧みにかわされてしまう。 何度となく、捕まる寸前にひょいと持ち上げられる尻尾にロイは今度 こそと慎重に狙いを定め飛び掛るが、それもやはりかわされ、ハボック の前脚横に転げ落ちた。 「はい失敗」 重く潰さぬようにの配慮を込められたハボックの肉球が、ロイの体の 上に落とされ、地面へと押さえつける。 「にゃっ 放せバカッ!!」 加減しての押さえ付けではあるが、それでも不愉快な事態には違い なく、ロイがいささかの抵抗を込めて猫パンチを繰り返すが、ハボック には何の障害にはなっていないようで、涼しい顔だ。 「……そんなに私の部下になるのが嫌なのか?」 じゃれついてきていた猫が、突然しょんぼりと小声で顔を前脚に埋め たのに慌て、ハボックはロイを解放した。 「いやっ 違いますよちょっと反応が可愛かったから からかっただけ で… ああもう、解りました!ついてきますよ」 ひょいとロイの襟足を咥え、その体を持ち上げたハボックが降参の意 を込めて、どちらに向かうかを尋ねる。 「……私は仔猫じゃないんだから咥え歩くな 不愉快だ」 「じゃあ どうすればいいんで」 「お前の背中に乗せろ」 金の毛並みが美しい大型犬に乗った黒猫は、優秀な部下を手に入れた と上機嫌で司令官室に戻り、そこでようやく自分が書類の山から逃亡し 公園へと出向いた事実を思い出し、鳶色の目をした細身のシャム系猫な リザ中尉に散々叱られるのであった。
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