まずは 前フリ


 現代で、詩を書くのは詩人と作詞家、一部の趣味人だ。
ところが昔の日本ではこの歌を作る行為が
教養人として必須だったのだから、奥が深い。

清少納言や和泉式部の旦那など、充分に出世をし
 ばりばりエリートであったにも関わらず、
歌が下手だという理由で、才識豊かな妻達には莫迦にされているのだから、
雅心が少ない私には、身が詰まされる思いだ。
 
当時の人々は、心が動かされるたびに何らかの歌にしていた。
 季節が変わる寂しさや、平穏な日々の安心、苦しい片思い。
日本人なら一度は和歌を目にしているだろう。
(といっても教科書を通して読んだからか、いまいち実感に薄い)

いきなりですが、ここで問題。下記の2つはもっと
ポピュラーな呼び名がありますがなんでしょう?
「小倉山荘色紙和歌」「嵯峨山荘色紙和歌」



これで分かった貴方はすごい。
ブラボー・ハラショー・ワンダホーの絶賛の言葉とともに、
ここから先読むのを止めるのをお勧めする。
 そこまで百人一首を愛し、極めた方なら(あ、答えを書いてしまった)
独特雅なこの世界を、身近に置き換えてみようという試みは
腹立たしいかもしれないからだ。

 そう、答えは古典に出ては中高生に暗記を強いる歌、小倉百人一首。
撰者の藤原定家が京都の嵯峨、小倉山に「時雨亭」という山荘を持っていて、
そこの襖に和歌を書いた色紙を貼ってあったからこれら色紙和歌の別名があるらしい。
 定家が率直に自分の別荘名「時雨亭色紙和歌」と名付けなかったのは、英断である。

本人が名付けたわけでは無いのかもしれないがこれでは高雅な世界が
一昔前の雰囲気の、歌謡曲タイトルに早代わりしてしまうようで、いただけない。
 
 思い起こすと、学生時代に根性で七十首ほど覚えたが、
類いまれな鈍さで競技会では殆ど札が取れなかった。

現代でも新年になると、ニュースで札取り競技会を放映する。
クイーンクラスの女性達が、艶やかな着物で…敵に当らんばかりの勢いで札を叩き出す。
正直、あの迫力は圧倒される。

もはや歌の意味など関係無く、反射神経と勘の鋭さの勝負だ。
感心しつつ、ぼーっと見ているとあまりの素早さに、感心する一方、
何か重大な用事で読み人が「せ…」などといったらどうなるんだろうと考えてしまう。
(ありえないとの ツッコミは置いておき)
「せり出てますよ、そこ」でも「関口さん、注意です」でも何でもいい。

 無論、失言と同時に競技者は条件反射で札を叩き出してしまっているだろう。
 「せ」はいわゆる1枚札で、続く歌は<瀬をはやみ…>しかないからだ。
 勿論、現代ではこんな瑣末時わずらうこと無いようにルール化がある。
(だろう、多分。でもこんな馬鹿げた設定では、考えてはいないだろうなぁ)
では、昔のカルタは?

…あ、そうか貝合わせだから、読み人システムなんてなかったかな。
等と色々考えている内に、もう一度百人一首を読みなおしてみたくなった。
 意味がわからず、丸暗記していたものが殆どだったのに、今ならわかる。
なーんだ平安人の感じ方考え方も、今の私達と源はいっしょじゃない。

現代語訳がついていても、いまいち実感に乏しい解説書。それなら、自分なりに
直してみようと試みたのが、本サイトです。

 心広い皆様、ちょっと百人一首を齧ってみようと思う方。
それぞれしばらくお付き合いくださいませ。
 本文中の○は現代の生活に属した snaoこと私訳で、☆は直訳となっています。



尚、本文中の英訳に関しましては、1917年に翻訳された
クレイ・マッコーレー氏による
「Single Songs of a Hundred Poets」(百人の詩人による一つの歌)
を使用させて頂きました。

日本人でも意味のわからない人が多いのに、すごい方だ。
インターネット上では、下記のアドレスで御覧になります。
http://etext.lib.virginia.edu/japanese/hyakunin/macauley.html

また、今回こちらの英訳は ご好意により
「ヴァージニア大学・ピッツバーグ大学日本語テキストイニシアチブ」
のサイトから利用させて頂いております。
掲載御許可 ありがとうございました。

バージニア大学エレクトロニック・テキスト・センターと
ピッツバーグ大学東アジア図書館が共同で進めている、
日本古典文学の電子テキスト化のページで『百人一首』の他にも、
『源氏物語』や『万葉集』『徒然草』などが英訳されており、大変ためになります。

「えー英語―?わっかんないよ」という方も、日本語版での解説も
ありますのでぜひ一度アクセスされてみて下さい。トップページは下記アドレスです。
http://etext.lib.virginia.edu/japanese/hyakunin

…ちなみに作者も英語能力に、全く自信が有りません。
そこで、パソコンソフトの翻訳機能を利用してみた所、 
ちょっと笑える 妙な訳となりました。

各々の単語がどれを示すかの、比較程度に利用してください。
妖しげなカタコトの日本語のような一方、妙に哲学的だったりして結構面白い。

念の為に書いておきますが、これは日本語への翻訳が無茶苦茶なだけで、
本英文は忠実で立派に成り立っておりますので、御注意を。

またマッコーレー氏の文章では「Tenchi Tenno」となっておりますので、
その名前で使用しております。上記「日本語テキストイニシアチブ」では
英語圏内の方にもわかりやすい「Emperor Tenchi」で名前が挙がっていたり、
文章も少し異なっていたりしますので、ぜひページを閲覧し比較してみてください。

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