かるたの歴史


かるたは、ポルトガル語の「CARTA」が由来。
歌留多・加留多・骨牌などと表記。

ルーツは「貝合」といって貝にちなむ歌を
貝殻に書き、歌のよしあしを競うゲーム。

平安時代には蛤の殻上下を「出貝」「地貝」に分け、
歌と絵を描き分けてそれを合わせる「歌貝覆い」「歌貝」と呼ぶ
優雅な公家社会の遊びに転じた。

はまぐりは貝の蝶番の部分が、それぞれ異なり、
違う貝同士を探してもうまく組み合わせることができない為、
成立したゲームである。
これは現代の蛤でもそうなので、蛤のお吸い物でも出たら、試してみよう。


江戸の中期頃「歌がるた」が現れ、札を競い合うゲームとして庶民にも普及した。
初期のカルタ札は、歌貝の名残から、蛤の形に似せた物もあったが、
しだいに長方形型に統一される。

 上の句に作者の像が描かれ、これを読み上げ、
対になる下の句をとる遊びを「競技がるた」に
発展させたのが、東京かるた会である。

明治三十七年に探偵小説や海外物の翻訳などでも
有名な作家の黒岩涙香を会長とし、発起。

 「かるた名人戦」では持ち札が各二十五枚で、早くなくなったほうの勝ち。
何故半分の五十枚ではないのかというと、そこが競技物。
出場者はほぼ暗記しているので、
逆にそこにはない札を読み上げて、お手つきを誘ったりもするという訳。

札の並べ幅、持ち札の暗記時間、お手つきのルールなどが規定されており、
審判者には絶対服従が基本条件。

とにかくすごい反射神経の競い合いなので、
これをダブルスとか、四人組み団体戦でやったりしたら、
かなり凄まじい物が見れそうだ。(ちょっと見てみたいかも)

一般の人が遊ぶ場合には「ちらし」といって一面に札を広げ、読手以外が取り合う方法、
二組のグループに分かれて行う、自軍の札を早くなくした方が勝ちの「源平」などの方法がある。
源平では相手方の札を取った場合は、自札を相手におくりこめるルール。  
お正月にでも やってみよう


戻る