クリスマスの贈り物 

 
 透き通るように薄い雲に月がまぶしい夜だった。
 香織はコートの襟元を抑えた。もうすぐ新しい年を迎えようとする頃の風は冷たい。分厚いコートは風を通しはしないが、それでも体温が低くなっていくのを感じる。
 黒い空には満月に近い月が出ていたが、太陽と違って体を温めてはくれない。むしろしんとするほど冴えた光が冷気を漂わせているようだった。
 今日は鍋がいいなぁ。
 香織は暖かい筈の自宅のダイニングを思い浮かべた。
 もうすぐ定年の父は師走だというのに帰宅は早い。きっとお酒も飲みながら母と香織の帰りを待っているはずだ。
 そう思うと、面倒くさいようなくすぐったいようなような気がする。
 早足だった歩調をさらに早める。
 駅から自宅までの道は街灯もほとんどなくて暗かったが、少し先にあるマンションの前だけは明るい。できて5年ほど経つのだが、このあたりでは珍しい高層マンションなのを意識してか、周りに電気をつけていつも明るくしている。この季節には入口に大きなクリスマスツリーとリースが飾られ、その色とりどりの電球が賑やかだった。
 香織の母などは「何をブルジョワぶちゃって」などど言っているが、香織はこの飾りが好きだ。年末にはやはりクリスマス気分が欲しいし、なにより夜道に少しでも明かりがあるのがありがたい。
 香織はいつものようにささやかなクリスマスイルミネーションの前を通り過ぎようとして、どきりとした。マンションの前に人影があったのだ。遠目ではよく分からなかったが、近づくとそれは中年から壮年に変わろうとするぐらいのサラリーマン風の男だった。ずんぐりとした体でツリーの前に立っている。マンションに入るでもなく、立ち去るわけでもなく、じっとマンションを見ている。手には大きな紙袋を持っている。得体の知れない男と紙袋という組み合わせが香織を不安にさせた。
 やだなあ。変な人。
 香織は男に気付かれないようにそっと通り過ぎようとした。が、「やりすごせた」とほっとした瞬間、男が振り向いた。
「すみません」
「はい?」
 無視すればよかった。そう思ったが、もう遅い。とっさに答えて、足を止めてしまったのだから。
「急いでいるところを申し訳ないんですが」
 男は必要以上に香織に近づいては来なかった。悪いことをする気はないから、そう態度で言っているようだった。マンションの明かりに照らされた男の顔は人の良さそうなおじさんの顔だった。父と同じぐらいだろうか。誰かに似ている。
「このマンション、いつ建ちました?」
「は?」
「いえね、ここに家があったと思うんです。いえ、あったんです。木造の2階建ての家なんですけどね」
「あーあ」
 香織は小さくうなずいた。このマンションが建つ前はここに数件の古ぼけた家が建っていたのだ。
「5年ほど前に無くなりましたけど」
「そうですか・・・」
 男はしょぼんとつぶやいた。
 きっとこのおじさん、その家に住んでいた人に会いに来た人なんだ。事情がわかってちょっとほっとする。それにしたって、この寒空、ぼんやり突っ立ってなくてもいいのに。ぱっと見たら家がないぐらいすぐ分かるだろうに。
「それじゃ」
 さっさと立ち去ろうとする香織に、また男が声をかける。
「あの、ここに住んでいた人がどこに行ったかなんで知りませんよね?」
「知りません」
「そうですよね」
 知るわけないじゃないの。そうあきれもするが、香織はこの男がかわいそうに思えた。よっぽど会いたい人が住んでいたのだろうか。
 今度こそ帰ろうとして、また男が声をかける。
「ちょっとすみません」
「はい?」
 香織の声が不機嫌なのがわかったのだろう、男は本当にすまなさそうにかすかに体を小さくした。
「もし、ご迷惑でなかったら、これをもらってもらえませんか?」
 男はそう言って手に持っていた紙袋を香織に出し出す。
「でも…」
「娘にあげるつもりだったんですけどね、もういないみたいだから。ちょうどね、あなたと同じぐらいのはずなんです。やっと会えると思ったんですが…」
 香織は黙って紙袋を受け取った。紙袋の中にはクリスマス用の赤い包装紙に包まれた箱が入っていた。金色の大きなリボンが紙袋にすれてカサカサと音を立てる。
 正直、気持ち悪いとも思った。けれど、目の前でしんぼりしている中年の男を見ていると多少の心遣いをみせてもいいかなと思う。
 男は黙って頭を下げた。そして、もう一度マンションを見上げると思い切ったように駅の方に歩き出した。
 娘さんにあえるといいね。
 香織はその後ろ姿に心の中でつぶやいた。
 立ち去る男のが角を曲がって見えなくなって、やっと香織はその男に似ているのか誰かを思い出した。ケンタッキーの前に建っているおじさん。クリスマスになるとサンタの格好になるあの人形に似ているのだった。

 

★ I wish you a Merry Chrsmas ★