能登放浪記 2004/5/2〜5 


 今回は珍しく、日程を決めた旅行でした。
 一日目は福井経由で能登半島突入。二、三日目はじっくりと能登めぐり。そして、四日はひたすら帰路につくと。
……ま、そんな予定はあってないようなものでしたけどね(笑

第一日目:


 まずは一日目。天気も上々、高速の渋滞も上々(涙)。普段なら30分ぐらいで軽く走り抜ける名阪部分に2時間以上かかりました。でも、旅も始まったばかりで夫婦そろって会話のネタもまだまだ豊富。そういう意味では行きの渋滞はあまり気になりません。
 北陸道に入ってからは意外にすいていて(でも、普段よりは多かった)、渋滞なしで福井まで行きました。
 能登巡りなのに、なぜ福井か。
 今回、めずらしく(?)「どーしても行きたい!」とわたしが主張したのです。目的地は一乗谷、朝倉氏の遺跡。詳しいことは書くのが面倒なので(こら)、こちら(http://www.city.fukui.fukui.jp/kankou/guide/ichijyoudani/)を参照してください。
 一言で言いますと、戦国時代の町並みが復元されているところです。
 ついでに、佐々木小次郎が剣の修行をしたのも、ここ一乗谷。でも、今回小次郎さんの出番はありませんでした。

 のどかな一条谷(大きくなります)

 山と山に挟まれた(って、「谷」なんだから当たり前か 笑)、のぞかな村です。谷の二カ所に城壁を作り、谷ごと要塞にしたという造り。攻めにくい天然の要塞とも言えるのですが……一度破られたら、あとは蹂躙されるだけなぁ。←実際、信長に蹂躙された歴史あり。
 いいところだとは聞いていましたが、ほんとの素敵な場所でした。新緑の季節というものよかったようで、一面の緑の谷の景色に思わずぼぉ〜としちゃいます(笑
 この日は風が強かったのでいけませんでしたが、お弁当を持ってピクニックにはぴったりの谷でした。

 まずは最大の目的、復元された町並みへ。
 ちなみにここの入場料、資料館とセットで260円(こどもは無料)。儲ける気、まるでなしですね?(笑)。駐車場も無料だったし、なんだか、申し訳ないぐらい。
 ここはお勧めです。
 当時の遺跡の上にまんま復元されているのは、庶民の家や武士の家。さすがにお金がかかるのか、有力武士の家は土台だけの復元ですが、それでも、当時の様子が目の前に広がるようです。
 模型ではすべて復元されているので、想像するのも簡単♪
 家だけではなくて、ちょっとした小物(商店の棚など)も置かれていて、子どもにもわかりやすいかったようです。
 
 復元された街並み

 その後、朝倉氏館跡へ(こちらは無料)。堀に囲まれた広い敷地へ立派な門をくぐってはいります。
 こちらも土台のみの復元ですが、それでも感動します(資料館には復元模型あり)。
 後の参考のために、体にしっかりと感覚を叩き込んできました。

 その後、館跡のすぐ裏の山を登り、一乗城跡に向かいました。
 城は山頂にあるのです。
 城へ向かう途中、降りてくる人ともすれ違います。
 そのとき、いや〜な予感がいたしました。誰もがね、子ども連れのわたしたちを見て、かすかな笑みを浮かべるんですよ。その顔が「……へぇ。まあ、がんばって」って言っているようで。考えすぎかな、わたしの偏見かなって思っていたのですが、しばらくして、わたしの勘はやはり正しかったと実感しました。
 とにかく、山道なんです。険しいんです。長いんです。
 行けども行けども城壁なんてまるで見えない山道を登りながら、夫と考えていました。
「お殿さま、毎日こんな山道を出勤していたのかなぁ」
 ほんとにね、ちょっと登るなんてものじゃないんです。山道です。登山です。毎日こんなことをしていたら丈夫になる……前に、へたばりそうです。
 麓の看板から城までは「1.2キロ」。山道の1キロってけっこう長いんだよなと思いながら歩いていましたが、散々歩き(おちびの手をひっぱりつつ)、小川を渡り(おちびのくつを濡らしつつ)岩場を乗り越え(おちびにはどでかい岩だだよなぁ)、「いくらなんでもそろそろか」なんて思っていたときに「城まで0.8キロ」の看板を見たときには死にそうになりました……まだ、半分も来ていないんですか??
 ちょうど城方面から降りてきた家族連れを見て、自分たちの愚かさに気がつきました。だってその家族連れ、完全に登山姿だったんだもの。。。

 おちびは完全にへばっていて、もう歩けないってべそ状態(親も抱っこする余裕がない 笑)。元気なのは上二人の山猿、じゃなくて、娘たち。わたしたちがおちびに合わせて歩いているうちに、どんどん先に行ってしまって姿も見えません状態。
 夫と、このまま二人が野生も戻ってキーキー騒いでいたらどうしよう? いや、そのときには仕方がないから置いて帰ろうと話し合っておりました。じーさんばーさんには「二人とも山に帰りましたって言えばいいよね」(半分本気で言っている親 ^^;)。
 そんな二人ですから、まだ行く! と頑張っていましたが、これ以上は無理だと断念しました。

 行きと同じ道をひたすら下ります。途中、登る人にすれ違いました。その方たちがおちびを見た顔に「こんな小さな子が行って帰ってくるのだから、大丈夫ね♪」という表情が浮かんでいたと思ったのはわたしの気のせいでしょうか? もしかして、罪なことをしてしまった??(笑

 城から降りてきて、二つに別れた道の片方は館に、もう片方は妾宅につながっています。右に行くか、左に行くか。毎回悩んだんだろうなぁとは夫のお言葉(笑

 やっと降りたところでお弁当タイム。いい天気で外で食べると気持ちよさそうだったのですが、あまりに風が強かったので、車の中で。
 この後、資料館を見て、再度高速に乗り、一路金沢へ向かいます。

 金沢から能登半島道路に入り、向かうは千里浜なぎさドライブウェイ。
 砂浜の走るドライブウェイのここは全国的にも有名(のはず)。波打ち際の間近を走るその道は、砂地のくせにかなりしっかりと踏み固められていて、わが夫はわざと固められていないふわふわのところを走ってみたり。
 そういうガキぽいことすんなって。
「子どもだって喜ぶだろ?」
……後部座席の娘たちからの非難囂の言葉、届いていませんか???

 朝早く、まだだれもいない(わけでもない)海

 あまりに気持ちがよかったので、車を止めてしばらく遊ぶことにしました。
 さっそく海へ向かう子どもに混ざって、わたしも靴を脱いで。
「……お前も?」
 悪い?

 ここは遠浅の海。おちびでも安心して遊べます。時間は夕方。傾きかけた日ざして海はきらきらしていて、しわくちゃアルミホイルを一面に敷き詰めたよう(もっと詩的な比喩はできんのか? 笑)。とても綺麗でしたが、それでも水はまだ冷たくて、わたしは早々に退散。
 まだまだ遊ぶ子どもたちを放っておいて(こら)、親は道路を挟んだ屋台っぽい店でこっそりとはまぐりの貝汁を飲みました。これが素朴でおいしいかったです。

 満足して子どもたちを見てみれば、全身ずぶ濡れになっているし。ズボンの裾を捲り上げた意味もないし。いっそのこと、泳いでみます?? って感じだし。
 着替えをさせて、車に乗せて、再出発。目的地は和倉。そう、和倉温泉♪
 楽しかったドライブウェイも終わって……と思ったら、なぜか、車をUターンさせる夫。
「楽しかったから、もう一往復していい?」
……(--;)いいよ。

 時間も遅くなったことなので、この日は和倉はあきらめ、近くの温泉に入って海辺で泊まることにしました。日本海側の海辺っていうのは、ちょっとばかり某国が怖かったりするんだけど。騒ぎになっているから今はなにもしないだろうし(いや、彼らの思考はわからない、、、)、まわりには似たようなキャンパーもたくさんいたので、まあ大丈夫でしょうということで。
 おかげで、綺麗な夕日も見まれました。

 夕日

 この日は、波の音を聞きながら、就寝。



 第2日目。

 予定では能登半島を横断し、富山湾側から北上する予定でしたが、このまま日本海側から北上することに変更。海岸線をひたすら走ります。
 走行予定は立ててはいなかったものの、今回の目的はひたすら海岸線に添って。
 このあたりの地形は越前とはまたちょっと違っていました。
 砂浜と崖と平たい岩場が順番に現れるよう。景勝地とされるのはほとんどが岩。波で現れた奇岩にはそれぞれに名前が付けられています。
 車を降りて見たのは厳門に鷹の巣岩に、弁慶が船を隠した細くて険しい入り江。

 厳門

 泣き砂海岸もあって行ってみましたが、砂は泣かず……。汚れているのかなぁ。
 そうそう、社会の教科書に出てくる千枚田も見ました。もう、教科書そのまんま(笑

 越前のあたりでも、家々は窓が小さくて守りの体制に入っているようなものが多かったのですが、ここらの気候はもっと厳しいのか、海に向かって完全防御の姿勢でした。
 間垣というのだそうですが、竹かなかの背の高い垣。
 かなり、波風が強そうです。こんな波よけが必要なところでも、人は住むものなんだなぁ。
 呆然とすることに、その写真がないという……どうして撮ってないのっ!>夫。

 ということで、画像は素材集よりいただきました。

(ほっと石川旅ネットさまより)


 途中、小さな入り江の小さな村は、村ごと間垣で覆い尽くしていて、冬に来たい! と心底思いました。が、冬にその村まで無事に辿り着けるかどうかはいささか自信がなかったりもする。絶対、怖い。
 夫とも、一度は冬に来ようとは話し合っています。さすがに車泊は辛いかもしれないので、どこか泊まるところを確保して。
 しかし、わたしたちが泊まりたいような寒村に宿泊施設なんてあるのだろうか???

 朝市・漆塗りで有名な輪島は素通りしました。さすがに観光地、市内は渋滞していました。狭い道、狭い町にたくさんの人と車。
 うう、早く抜けようとばかりに、観光する気もさらさらなしの抜け道作戦で通り抜け。

 この日はまたに雨もぱらつく天気。観光も車の中から済ませてしまったりしました。
 塩田も車の中から。塩田体験をさせてくれるとこともあるようでしたが、雨じゃ、ね。

 その後、文化財の古い民家があるというので、どんどん北上。
 なんでも、壇ノ浦で破れた平家のなんとかさん(そのぐらい、覚えておきましょう)が能登に流罪となり、その後あれこれあってここの名家となったそうな。
 文化財となっているのは、二軒。下時国家と上時国家。
 下時国家は築300年の国指定の重要文化財。簡素な農家様式ということなのですが……なんと解体修繕中。おかげでといいますか、めったにみられない骨組みを見ることができました。

 めったに見られない骨組み

 上時国家のほうは築160年の県指定文化財。が、こちらはかなり立派な民家です。中には大納言の間なんてのもあり、庭も鎌倉様式でかなり立派。こんなおうちに住んでみたい。もちろん、お掃除してくれる家政婦さん付きで♪
 台所(土間ですね)の近くのいろりではセルフながらお茶のサービスもあって、くつろいでしまいました。今には立派な神棚が祀ってあり、とてもじゃありませんが、悪さはできない雰囲気。。。
 くわしくはこちらhttp://www.geocities.jp/kamitokikunike/

 その後、雨足も強くなってきたので、能登半島を横断して富山湾側へ向かいました。
 「軍艦島」という名で有名な見付島についたころには雨もやんでいて、やっと車を降りることができました。
 島の近くまではを積み上げた堤防(?)を歩いていけます。子どもたちとお散歩をかねて、その先端まで。が、島まではいけないのです。それが残念。

 軍艦島

 しばらく遊んだあと、宿泊予定の能登島に向かってひた走り。
 能登半島も、日本海側と富山湾側とでは風景がまるで違います。湾側は家も普通で、海岸近くに建っています。穏やかな海なのでしょうね。
 富山湾と言えば、蜃気楼。季節はちょうどなのですが、今回は天気に恵まれず、期待することすらできませんでした、、、残念。天気さえよければ富山湾の向こうに立山連峰も望めたということなのですが、この日、ちょこっと見えただけで、観光ガイドのような綺麗な景色を見ることはできませんでした。

 能登島へは橋を渡って。
 いいかげん疲れていたので、能登島の中の温泉に向かいました。
 が、そこの駐車場で、知人Kさんにを遭遇! あらま、こちらにいらしていたのね。
 Kさん一家も子連れキャンパー。わがやのおちびとKさんちのSくんは同学年でとても気が合う二人なのです。二人の間を裂くのもかわいそうだと(嘘です)、その日は一緒にキャンプをすることになりました。

 温泉はひどく込んでいて、整理券まで発行されていたので、ここで早めの夕食をとり(同じようにここで夕食を作っていたキャンパー夫婦を我が三人娘が襲撃、首尾良く冷凍みかんを奪ってまいりました。「愛想がよくて要領がいいなぁ」とKさんもその手際に感心しておりました ^^;)、その後すいたころを見計らって温泉へ。いつもは「ママと!」とおちびも、この日ばかりはSくんと一緒に男風呂へ。お風呂でも二人はずっと遊んでいたそうな。
 仲がいいですのぉ。なんなら、もうお嫁にいってもいいよ♪ そのまま連れていってもらいなさい。

 温泉の駐車場は夜には閉まるとのことだったので、その日はKさんの宿泊予定地七尾で宿泊することに。
 七尾フィッシャーマンズワーフ(http://www.shokusai.co.jp/)なるところに行き、その駐車場でビバーク決定。
 子どもたちをさっさと寝かしつけ、親たちは酒盛り。
 そのとき、夜中だというのに男の人たちのなにかを引くかけ声が。こんな時間に???
 地元の人をとっつかまえて話を聞くと、ちょうどお祭りの日で、夜通しやっているそうな。
 行ってみたい気もしましたが、さすがにこどもたちを置いていくわけにもいかず、そのまま就寝いたしました。



 第3日目。

 朝から雨。
 朝の準備をしたあと、フィッシャーマンズワーフでおみやげ買い。
 その後、少しでも渋滞を回避して帰宅すべく、Kさん一家と帰路につきます。
 途中、「原始人洞窟住居跡」なるものがあり、わたしが強く主張して雨の中を見に行くも、ただの穴……わたし、みなさまに平謝り。
 とにかく、雨。強い雨。
 車を降りることもできず、観光もできず、ひたすら走り、途中のスーパーで昼食・夕食を仕入れ、ひたすら走り。

 富山県砺波市も走り抜けます。
 ここは散居集落で有名なところ。屋敷林に囲まれた家々が点在している風景はちょっと独特。能登の寒村とは対照的な豊かな印象です。
 富山は全体的に昔から豊かなところだったようで、途中通った城端・井波も街並みの綺麗な町でした。とくに城端の街並みには夫婦そろって惚れ込みました。古い木造の銭湯も発見。これは絶対入りたい!
 このあたり、ゆっくり来たいね、ということで、秋には再訪問することになりました。今から楽しみです。

 白川郷も近くを通るだけ。五箇山(こちらにも合掌造りの集落があります)の道の駅で小休憩をとり、そのあとは宿泊予定の温泉のある道の駅まで。
 温泉についたあとは、休憩所でトランプをしたり、おやつを食べたりのんびりと。
 子どもは子どもで勝手に遊んでいました(笑)
 前二日の温泉は海の近くの塩泉。入ったあとも体がべったりしていましたが、ここにきてやっとさっぱりしました。
 夜にはなんとか雨もやみ、こどもを寝かしつけたあとはまたもや酒盛り。



 第4日目。

 朝起きて、準備が終われば一路名古屋へ。
 とにかく、渋滞だけは、避けたい。さっさと高速に乗ります。
 高速には同じように渋滞を避けたいのであろう車が走っています。
 その車のナンバープレートを見ながら、夫と盛り上がります。
「あの車、今から東京まで帰るのかぁ。首都圏の渋滞にはひっかかるだろうなぁ」
「中央道を行くか、東名を行くか、悩むだろうな」
「中央道を行けば込むは諏訪と河口湖、東名を行けば首都高速の渋滞。今頃悩んでいるぞぉ」
 他人事なので、のんきなものです(笑
 朝から移動を始めたおかげで昼過ぎには(夫の実家に)帰宅することができました。おみやげを持っていくという口実で、昼寝と夕食を得るという、これぞえび鯛作戦。
 
 三泊したわりには、まともに遊べたのは二日だけ。
 天気も悪かったのですが、以外に能登は広く、遠かった。。。
 

 


写真:夫(おまけ