=夏祭り=

 花火という輝きが音とともにあるというのなら、夏に恋が似合うのも頷けるというものだ。


 まず縁側に出てそれから伸びをした。
風呂上りの肌をなでる思いのほかひんやりとした風に身を晒して、虫除け対策をしていない事に気づいてあわてて部屋に逃げ込んだ。
まだ若い齢。あの吸血虫とはいまだに仲良くなれていないのだ。

 最近は便利なもので、煙もなく、匂いもあまりない虫除け用品があるらしい。
らしいというのは実際に使った事がないので、その能力を疑っているから出る言葉だ。
私の脇ではクッキー缶の蓋を皿にして蚊取り線香が鎮座している。
私の家ではこの緑色の渦巻きの形をした虫除け道具が基本であり、最も信頼しているものだ。
なにより、この煙のにおいが嫌いで無い私には無臭の虫除け用品は魅力的ではない。
そして、この蚊取り線香に火をつける際にはマッチを利用する。
これは私の家ではなく私のこだわり。
少し古ぼけた道具には古ぼけた道具が似合うからだ。
ライターなんて駄目だ。チャッカマンなんてもっての外なのだ。
引き出しの奥から出してきたマッチだからか、なかなか火のつきが悪く何本か折ってしまいながら火をつける。
とたんに立ち上る細い煙。多少の頼りなさを内包するその煙をあたりに這わせる。
縁側に座って用意した大福を齧ると、空に上る花の種。
ほぅと息をつくまもなく弾けると、綺麗に咲き誇って見せる。
遅れる事数秒、ドンッという音と衝撃が体を突き抜けた。大福をもう一かじり。
今度は連続で二輪咲き。祭囃子の音をかきけして響く輝きの音。今日は村の夏祭り。

 夏といえば花火だ。
他にも色々と思い浮かべる事はあるけれど、山の中のこの村で育った私には花火が一番しっくり来る。
その花火とセットで祭りというものもあるのだけれど、何年か前からその祭りには行かなくなってしまった。
理由というものは特になく、めんどうくさいという表現を提示されれば、気のない態度で首を縦に振るのだろう。
祭りが嫌いなわけではない、騒がしいのが好きではない事は確かだが、祭りのそれは賑やかと表現するもので不快なものではない。
村の祭りだから、人ごみが生じるわけでもない。
年齢を考えていかないわけでもありえない、私と同い年の友人たちは今頃祭りの真っ最中のはずだ。
きっと、理由を無理やりにでも作るなら、花火が好きだからなんだと思う。

 大福と花火という組み合わせは私にとって最上級のもので、その二つがそろっているときは大概機嫌がいい。
具体的に言うなら、酔っ払いの相手も笑顔でこなせるくらいである。
いい年齢になった両親とその友人の夫婦の酔ってやたら大きく響く声も許せるくらいだ。
正直、夏の情緒に浸りたい私としては今すぐにでも家から放り出したい。
私が移動するという案も既に何度か頭に浮かんでいるのだけれど、もう縁側に腰を落ち着けてしまい、
だらりと下ろした足はひんやりとした地面から離れようとしない。率直にいうと移動が面倒なだけだ。
幼い頃、意味もなく駆け回っていた自分を思い出して、今の堕落した成長を笑ってみる。
こういうものぐさな所がなかったなら今頃は手をつないで神社の石畳だ。
まだまだ、昇る火の花。貫く音の衝撃。少しだけざわつく心。夏祭りはあと一時間。

 この村の夏祭りでは花火の中休みというものがある。
どうやら今さっき上がった少し大きめの花火はそれを告げるものだったらしく、五分ほど空に火がともらないのでそれを推測する。
視線を空から外し大きく伸びをすると、ずっと空を見上げる体制だったので疲れていたのだろう。
背中がぼきりと鳴り、首を回すと首はぐきりと良い音を立てた。
「おじょうさ〜ん。今年もあなたは独り酒ですね〜」
いきなり背後から抱きしめられて、ついでに覆いかぶさってくる。
男性ならどきりと来るであろう柔らかさと甘い声。だが女性である私にはその人が纏う酒気の方が気になってしょうがない。
「……おばさん。私はお酒なんて飲んでいませんし。胸を押し付けられても面白いリアクションは出来ませんよ」
ため息混じりにいうと、ひどく残念がって離れる。きっと自分の息子にも似たような事をして面白い反応を得られたのだろう。
それからぽてんと私の隣に座ると、足を縁側の外に出してぐったりと倒れる。
酔っているせいで何時もは機敏な動きが幼いものになっているらしい。
彼女は私の両親の親友。生まれた私を両親の次、つまり三番目に抱いた人物。
そしてなぜか大体の人に敬語を使い、私に対してなどはお嬢さんと呼んでいる。
背後を振り返り、今まで両親と親友夫妻の飲み会場を見てみると、どうやら私の母が少しダウンしているようだった。
気持ち悪そうにテーブルに突っ伏している。
苦手なら飲まなければいいのにと心の中で呟いて、母を引きずって縁側に寝せる。
ありがとー……なんて呪うような声を発する。まだ意識はあるみたいだ。
部屋に残っている父とおじさんはまだまだ飲み続けるようで、何がおかしいのか全然わからないような話題で大笑いしている。
母のために冷たい飲み物と、おばさんと私のためにお煎餅を補充して花火を待つ。
次にひときわ大きな花火が上がれば夏祭りも後半である。

 何かの形をかたどっているのであろう花火が打ちあがる。
こういった複雑な形をした花火は大体において形が崩れてしまい、見る側の想像力と結託しないと成り立たないものである。
今打ちあがった花火もその大体に漏れず形が崩れているように見える。
頭の中で流行のキャラクター等を思い出し、それをどうにかして変形させて花火に当てはめて推測をする。
毎度のことだがこの推測には自信が持てない。
実を言うと私はこういった複雑な形をした花火が好きではない。ただ単純に綺麗な球体が広がる花火が一等好きだ。
しかしながら、先ほどから昇るのは線香花火の特大と笑顔を振りまく花火等だ、私が求めるシンプルさは其処には無い。
今の昇っているものも決して綺麗でないということはない、ただ一時間近く花火を見続けている私は少々飽きが来てしまったようだ。
毎回最後は決まって特大の球体花火。それだけを期待して少し湿っている煎餅をがりりと前歯で齧った。

 花火から意識を離すと視線は下を向く。
家の中の明かりでぼんやりと見える庭の地面。昼間よりもどこか瑞々しさを感じるのは何故だろうか。

 意識は大分昔のことを回想する。幼い頃夜の闇が怖くて仕方なかった。
家の中からでさえ夜を覗くことを怖がっていたほどだ。
其処に理屈なんてなく、ただただ其処にある不気味で底なしの暗闇を怖がっていたのだ。
その怖い怪物を手懐けていた彼は、その時の自分にとってどんな手品よりも不思議で興味深いものだった。
両親と素晴らしく仲の良い夫妻の息子である彼は、やたらと大きい筒を宝物にしているくせに、
夜の怪物が大口を開けた時に限ってその宝物を外に持ち出し私の元にやってくるのだ。そして一言。

「天体観測をしよう」

 そうして、天体観測という単語の意味を理解する前に私は天体観測に付き合っていた。
夜が開けていたのは大口などではなく、包み込む腕であったことに気づくのに時間はかからなかった。
其処で見上げた星空の記憶が、今の花火好きにつながっている事は分かっている。

今思えば、きっとあの時彼に抱いていた気持ちは――――
思いがけず音と鼓動。

 空を見上げると広がりきった特大の球体が空に溶けていくところだった。
それから両脇と後ろから拍手。いつの間にか起きていた母親とだらけていたおばさん、飲んでいた筈の父親とおじさんが赤い顔して空を見上げていた。
少しの間自己に没頭しすぎていて周りの世界に置いていかれてしまっていたらしい。
楽しみにしていた特大の花火を見逃してしまった寂しさを感じて、その原因であった今まで考え込んでいたことを思い出す。
それと同時に少しだけ強く早くなった鼓動を認識して、頬の温度上昇。
「……なるほど」
色恋沙汰の思考などで早くなるほど私の鼓動は乙女でないことを知っている。
けれども今、鼓動は忙しなく胸を叩き、自分の気持ちを恋の方向へ導こうと躍起になっているのだ。
例えそれが日々思ってきたことであったとしても、こうも直接的な表現をされるとまいってしまうではないか。
「この気持ちは、静かに沈殿していただけだったみたい」
幼い頃からたまり続けた想いは思いのほか多くて、舞い上がった気持ちは心に広がり、乱れた鼓動は沈殿を許さない。

 夏祭りの終りを告げた特大の花火の残り火がちらちらと舞い降りる。
毎年の夏の終りを意味していたそれは、今年に限って少しばかり意味合いを持つものであった。
「……」
私は色々な意味をこめて小さく、けれどもしっかりと頷いた。


花火という輝きが音とともにあるというのなら、夏に恋が似合うのも頷けるというものだ。

おわり