ジェーンパウエル キャント ウィ ビーフレンズ(お友だちになれない?)

ジェーンパウエル(JANE POWELL)は、1929年4月1日アメリカ生まれの女優さんです。
彼女は10代の少女の頃から活躍していて、MGMのミュージカル作品などに出演して、類稀なるソプラノの歌唱と愛くるしい容姿で人々を魅了していました。2005年5月の現段階では、私の知ることは少ないのですが、あのMGMアンソロジー大作ザッツ エンタテインメントで紹介されている「スイングの少女」の中で彼女の歌う「it‘s a most unusual for day」の素晴らしさにノックアウトされたのは覚えています。
その後、MGMミュージカルの再上映特集で、「略奪された七人の花嫁」を見ました。当時はそんなに良いとも思わなかったのですが、ジェーンパウエルだけは、素晴らしい歌声が印象に残り、好きなスターの一人という程度には、なっていました。

もう随分前のことですが、NHKBS放送で、「アランJラーナーの夕べ」という番組を放映しました。タイトルを見て、ジュリー・アンドリュースも出ているに違いないと考えた私は、録画して見たのですが、ジェーンパウエルも出ていました!もう15年くらい前の話です。ジェーンはフレッド・アステアと共演した「恋愛順決勝戦」の劇中歌(長いタイトルの言い争いの曲です)を演じました。曲の性質もあるのですが、美声の面影は無くすっかりダミ声になっていて驚きましたが、容姿は相変わらず可憐でした。

これまでジェーンのレコード等を集めるまでにはいたらずに今日まできましたが、今回偶然見つけた復刻CD「can‘t we be friends」を聞き、ジェーンの素晴らしさを再認識したのです。
ソプラノで歌うジャズ・・・・・・半信半疑の方は、騙されたと思って一度このアルバムを聞いてみてください。1956年頃の録音です。

エラ フィツジェラルドの歌う同名タイトル曲とはまた違う素直で、なんのてらいもなく余裕たっぷりのジェーンの語りかけが聞けます。
フレッド アステアの「let‘s face the music and dance」もアレンジの素晴らしさも手伝い、何度でも繰り返し聞きたくなります。

また、ジェーン・パウエルの古い映画を集めたくなってきました。

ジュリー アンドリュース ジュリーアンドリュースシングス

ジュリー・アンドリュース(JULIE ANDREWS)は、1935年10月1日イギリス生まれの女優さんです。
彼女もジェーンパウエル同様12歳で舞台デビューを果たし18歳で渡米後ブロードウェイの金字塔「マイフェアレディ」の主役イライザで、動かしがたい名声を得ました。その後の活躍は周知の通りですが、私にとって一番夢中になったスターとして彼女のことはまた、別ページを設けたいと思いますが、ここでは数少ないソロアルバムの中から、「JULIE ANDREWS SINGS」の紹介をしたいと思います。

このアルバムは、1957年頃の録音で、ジュリー22歳前後です。マイフェアレディで大成功を収めた後の企画で、古今のミュージカルの名曲を歌っています。まだ初々しく幼さの残る甘い声が魅力的です。どこまでも伸びていく高音と肺活量。ブレス(息継ぎ)無しにどこまで続けられるのだろう?と感嘆させられます。私の表現能力が乏しいので、うまく説明できませんが、彼女の声は非常に滑らかで、どんな高音になっても少しも圧力がかからず金属的な響きは皆無です。

さて、ロジャースの「春の如く」に始まり「恋に恋して」での軽やかなワルツ、フレッドアステアの歌でも有名な「ヒーラブズ&シーラブズ」「アイム オールドファッションド」優しい語り掛けるような歌唱です。面白いアレンジのH・アーレンの曲に、ずっと歌い続けていた「マイシップ」ポルタメントの表現が切ないです。バーリンの名曲「チーク・トゥ・チーク」もアステアを彷彿とさせるソフトな歌いまわし。そしてコール・ポーターの名曲中の名曲「ソー・イン・ラブ」 キスミーケートの劇中歌で、やはりソプラノのパトリシア・モリソン、映画ではキャサリン・グレースンが歌いましたが、ジュリーはそれほど大げさでなくさらりと歌っています。

編曲はアーウィン・コスタルで、後に映画版サウンド・オブ・ミュージックの音楽も担当しました。古きよき時代を再現する美しい編曲です。
今年70歳になるジュリーは、もう歌いませんが、本当に僅かに残された希少なソロアルバムを一度お聞きください。


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