武隈の里 
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尊久老稲荷神社(そんくろういなりじんじゃ)

2006/4/21 彼岸桜も満開  水仙とともに 

国道6号線から少し入る。山麓ぞいの旧道の感じだ。

種まき桜がその高台の北東端にある。どれくらいの樹齢なのか定かではないがエドヒガンザクラという。一度咲いた時に訪れたい。google map



「少し前まではこの桜の咲く時期と農家で稲の種籾を水苗代にまく頃とが重なるので
農作業の大事な目安とされた」と案内版にある。
今では農業暦も忘れられて使われないのだろうか? 

そんくろう神社はこの高台 
入り口の鳥居は「安政5年(1858年)」の時代のものだ。
高台の登ると両側に桜の古木が並ぶ。昔から桜の名所らしい。社はどこかと
歩むと、社は左下に見えた。尊久労稲荷神社

案内板からの引用
ここに「竹駒神社」と関係のある文が書かれてある。
 「承和9年 842年、陸奥の太守参議 小野篁 が巡行の際、一人の童子が道案内をした。
 この地に来ると「余の住まいはこの深山なり」
 たちまち黒狐に身を変えて立ち去った。そこで
陸奥守は黒狐の厚意と感じて、ここに小祠をたてて祀ったという。
 その後、この神社は「総黒の狐」を「尊久労の狐」と佳名に
呼び変え、尊久労稲荷神社として尊崇された。
 この台地は桜と古木に恵まれ、伊達氏の時代は桜の名所として
賑わった。また亘理の侍たちの練兵場とされ戊辰戦争では
亘理勢はここに勢ぞろいして出陣した。( 亘理町教育委員会)
 

竹駒神社の創建した「小野篁」がここにも登場、「武隈」の八聲橋では
登場するのは白狐だが、ここでは「黒狐」というのも面白い。
岩沼の竹駒神社につながっているとかいう神社の裏の穴はどこかと
探したが、見つからなかった。穴は無くても小野篁伝説では竹駒稲荷と
関係が深かろう。

 帰り道、白鳥のいるため池を訪れる。古来から白鳥はこの地にやってきた
のだろうか? この高台から南にそった道沿いは古代の縄文から古墳時代
の遺跡がある。古代から住みやすいところだったろう。



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