マ行

(最終改訂:2015年7月25日)


1 マイヤー
2 マジェスティック12
3 魔女
4 マヤの予言
5 マンテル事件
6 マンドラゴラ
7 ミステリー・サークル
8 未知動物学
9 ムー
10 ムトワ
11 メイザーズ
12 メスメル
13 メタトロン
14 メディア
15 メンジャー
16 モアイ
17 モーガウル
18 モケーレ・ムベンベ
19 モスマン
20 モーリィ島事件


イヤー(エドアルド・ビリー、Eduard (Billy) Meier)

 1937〜、スイスのコンタクティー。5歳のときにUFOを目撃した経験があり、8才まで頭の中で何者かの声を聞く経験をする。12才で学校をやめると、カーレーサーになったり、窃盗で服役したり、フランスの外人部隊に所属したりと様々な職を経てインドのアシュラムに入り、蛇の捕獲人となる。この頃再び頭の中で声が響くようになり、再度UFOを目撃し始め、スイスに帰国する。1975年1月以来、プレアデス星団のタイゲタ星系にある惑星エラから来たというセムジャーゼやプタハ、アスカットなどとコンタクトを開始した。彼のコンタクトは100回以上に及び、3000ページ以上の記録や数百枚の写真を残す。彼によればUFOはプレアデスからハイパー・スペイス・ドライブにより7時間で地球まで飛来し、彼自身UFOに同乗して他の惑星や恐竜の住む過去の地球などを訪れたという。しかし、彼が撮影した写真をアメリカの民間UFO研究機関GSWが彼のUFO写真を調べたところトリックと判明した。

個人的見解:マイヤーが出会ったというセムジャーゼ、プタハ、アスカットはいずれも非常に地球的な名前である。セムジャーゼはマイヤーのガールフレンドにそっくりだという話もあったが、『エチオピア語エノク書』には、人の娘の美しさに魅せられて自ら天を下った200人の天使の主張についての記述がある。その親玉の名は日本語では「シェミハザ」、「サムヤサ」、などと記されている。「セムジャーゼ」と全然違うじゃないかと言いたくなる所だが、これは結局エチオピア語表記をいかに記すかの問題に行き着く。エチオピア語はセム語であり、母音は表記しない。したがって「シェミハザ」の場合SMIHZのみで表記される。そしてSとSH、IとJは同じ文字で表される上SとZも混同されることがある。SMI(J)HZにどのような母音を加えるかによって「シェミハザ」にも「セムジャーゼ」にもなるのだ。プタハは古代エジプトのメンフィスの創造神と同名だし、アスカットはイギリスの地名に似たようなのがある。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)

ジェスティック12(Majestic12)

 第33代アメリカ大統領トルーマン直属の12名で構成されたUFO問題を専門に検討する委員会。略称をMJ12という。アイゼンハワー概況報告書と呼ばれる米政府の極秘文書によれば、1947年にロズウェル事件が起きた際、トルーマン大統領が12人の科学者、政府関係者を集め、墜落したUFOと異星人の死体を調査するため大統領直属のトップシークレット調査開発情報作戦機関として設置したとされ、、メンバーはヴァニーヴァー・ブッシュ博士、ロスコー・ヒレンケイター中将、ロイド・V・バークナー、デトリーヴ・W・ブロンク、ジェイムズ・V・フォレスタル、ゴードン・L・グレイ、ジェローム・C・ハンセイカー博士、ドナルド・H・メンゼル博士、ロバーツ・M・モンタギュー将軍、シドニー・W・サウアズ少将、ホイト・S・ヴァンデンバーグ将軍。1987年にウイリアム・ムーアが発表した初代CIA長官のロスコー・H・ヒレンケッター提督からアイゼンハワー次期大統領への申し送り文書でその存在が明らかにされたが、この文書にあるトルーマン大統領の署名は他の文書のものをコピーしたものらしい。

参考:と学会著『トンデモ超常現象99の真相』(洋泉社)

女(Witch)

 魔術を行なう男女のこと。特に中世の魔女狩りにおいて、悪魔と契約を結び、社会集団に様々な害悪をなしたと認定された男女のこと。中世の俗説では、魔女は悪魔との契約により、家畜を赴任にしたりチーズを固まらなくしたりして地域社会に様々な害悪を与える。また「使い魔」と呼ばれる小動物を従え、身体のどこかに「悪魔の印」を持ち、水に沈まないと信じられた。そこで魔女狩りにおいては、この「悪魔の印」を見つけることが決め手の1つとなり、イギリスのマシュー・ホプキンス(?〜1647)、フランスのピエール・ド・ランクル(1553〜1631)などの魔女狩り人は刺すと先が引っ込むよう細工を施した針で多くの魔女をでっち上げた。魔女と思われる人間を縛ったまま水に投げ込んで確かめるということも行われた。中世ヨーロッパの魔女狩りでは数十万人の犠牲者が出たという。
 中世ヨーロッパに限らず、アフリカなどの途上国では現代でも魔女の実在が信じられている。中南米諸国のブードゥーの祭司も魔女、あるいは魔法使いと言えるだろうし、欧米にも魔女を自称する人物が大勢いる。ただし現在活動する欧米の魔女はそのほとんどがジェラルド・ガードナーにはじまるウィッカの系統に属するらしい。

蛇足:グリム童話に登場する悪い魔法使いばかりでなく、アーサー王の師でもあったマーリンや眠り姫などの良い魔法使いのように、良い魔女の伝説も古くからあったようである。魔女を主題とする文学や映画は現代に至るまで数多く量産されており、テレビでも「奥様は魔女」だとか東映動画の魔女っ子シリーズだとか数え切れないくらいの作品が生み出されている。
(左図はゴヤの「魔女のサバト」)


参考:バーナード・W・マーチン著『不思議オカルト・ブック』(たま出版)

ヤの予言
 中米のマヤ文明で使用されていた暦の上での周期に基づき、西暦2012年12月21日に現在の世界の終わるというもの。これは、マヤの暦における長期計算周期がこの日終了することによる。マヤの暦にはいくつか種類があるが、この予言は360日のトゥンと呼ばれる周期を基にしたもので、トゥンの400回分(14万4000日)をバクトゥンと呼び、バクトゥン13回(187万2000日)で長周期が終了する。この長周期は紀元前3114年8月13日を起点としているから、計算すると2012年12月21日頃に終了するということになるが、この日は無事終了した。

参考:高橋徹『マヤン・カレンダー2012』Voice
    羽仁礼『図解西洋占星術』新紀元社

ンテル事件(Mantell Incident)

 1948年1月7日、ケンタッキー州ゴッドマン空軍基地上空でUFOを追跡したトマス・マンテル大尉が死亡した事件。当日ゴッドマン空軍基地上空に直径80〜90メートルの巨大UFOが出現し、近くを飛行中のトーマス・マンテル大尉ら4名のパイロットに物体確認の指令が降った。4名のうちヘンドリクスはスタンディフォード飛行場に着陸、ハモンド、クレメンツ、マンテルの3名が追跡したがハモンドとクレメンツの2人は酸素不足のため追跡を中止、マンテルだけが上昇を続け「金属的で恐ろしく大きな物体を正面わずか上方に発見」と無線連絡したがマンテル機は消息を絶ち、その後残骸となって発見された。これにより、マンテル大尉の名はUFO事件史上最初の犠牲者として記録されているが、死因はマンテル大尉が酸素不足で気を失ったためコントロールを失った機体が激しく錐もみして空中分解したものである。空軍は当初、マンテルは金星を見誤ったと発表したが、後に大尉が追跡した物体は大型気球のスカイフックであったと訂正している。

蛇足:以前自衛隊のパイロット(当時三佐でした)と親しくお話させていただいたことがある。その際星をUFOと見誤ることはまずない、と彼は断言していた。しかし気球はわからない、と述べていた。位置も特定できないし形状も一定しないのでそんなものが突然現れるとにわかには確認できないらしい。他方、彼とその知り合いに限って言えばUFOを見た者はいないということであった。少年時に読んだ本などには、自衛隊はUFO情報を山ほど隠しているようなことを言ってる人もあったように記憶しているが、あるとしてもそれほど大量の情報はないようである。ちなみに自衛隊の場合、パイロットになるのは防衛大学に入って希望者の中から適性検査で選ばれるそうで、もちろん視力が悪いと不可。他に平衡感覚とか気圧の変化に対する適応とか(飛行機が降下するときに耳が痛くなるようでは駄目)身体的能力がテストされる。また、ほとんどが理系出身だそうである。そしてパイロット1人の養成には練習機やら整備員の人件費やら含めて1人数億円の経費がかかるという。数百万ドルの男である。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)


ンドラゴラ(Mandragora、Mandrake)

 マンドレイク、あるいはアルラウネとも呼ばれる。地中海産のナス科の有毒植物で、根が2つに分かれ、形状が人間に似ているほど魔力が強いとされる。引き抜こうとすると絶叫し、この声を聞いた者は死んでしまうので、腹を空かせた犬を紐でマンドラゴラにつなぎ、離れたところから餌を投げる。犬が餌に走っていくと、紐でつながれたマンドラゴラは引き抜かれ、その叫び声を聞いた犬は死ぬ。ただし映画「ハリー・ポッター2」では耳カバーを付けてマンドラゴラを扱っていた。抜いた後はまず赤ワインで洗い、赤と白の絹にくるみ、小さな白の僧衣を着せる。いつも暖かくて居心地の良い専用の場所に置き、金曜ごとにワインで洗うと、隠されたもの、未来の出来事を教え、すべての人の友情を勝ち得させる。銀貨を1枚そのわきに置くと、あくる朝には2枚になる。仏典の曼陀羅華(まんだらげ)はマンドラゴラの音訳。

参考:ゲリー・ジェニングス『エピソード魔法の歴史』現代教養文庫)

ステリー・サークル(Mystery Circle)

 イギリスを中心に麦畑などに出現する円形の図形。「クロップ・サークル」、「コーン・サークル」とも呼ばれる。1946年に初めて報告され、イタリア、ブラジル、フランス、カナダ、米、ハンガリーなどでも報告された。イギリスでは1979年から多発するようになり、形も単なる円形から次第に複雑化した。1988年にはイングランド南部で8ヶ月に70件以上が報告された。UFOの着陸痕、プラズマ、つむじ風によるものなどの説があるが、実際には人力で製作可能であり、1991年にサウサンプトン出身のダグ・バウアーとデイブ・コーリーと名乗る老人が、自分たちがイギリスでサークルの製作を始めた旨名乗り出た。彼らは厚板とロープなどの簡単な道具を利用して15年にわたりミステリー・サークルの作成を続けてきたと主張し、実際に彼らが作成したサークルは、研究家たちから本物とされた。他方、依然としてミステリー・サークルは人力では作成不可能であり、本物と偽物とは明らかに異なっており、何らかのメッセージが込められていると主張する研究家もいるが、彼らが偽者のサークルをちゃんと見分けたという話は聞かない。

知動物学(Criptozoology)
 ネッシーイエティなど、通常の動物学からは存在し得ないとして無視されている動物を専門に研究する学問で、ベルギーの動物学者ベルナール・ユーヴェルマンが最初に提唱した名称。「Cripto」はギリシャ語で「隠された」という意味。1982年にはワシントンで国際未知動物学会が設立され、ユーヴェルマンが会長に選ばれた。1986年にユーヴェルマンが作成したリストによれば、未知動物学の対象となる動物は150種に及ぶ。他方日本ではこうした未知動物学の対象となる動物を指して南山宏が考案した「UMA(Unidentified Mysterious Animal)」という名称が普及している。

参考:Bernard Heuvelmans著『On the Track of Unknown Animals』(KPI)

ー(Mu)

 イギリス陸軍の元大佐を自称するジェームズ・チャーチワードがその存在を主張する古代大陸。チャーチワードはインドの寺院に伝わるナーカル文書の解読によりムー大陸の存在を発見したと主張する。チャーチワードによればムー大陸は太平洋に存在し、5000万年前に最初の人類が発生し、東西8000キロ、南北5000キロで、その東端はハワイ、西はマリアナ諸島、南はフィジー、トンガ、東南端はイースター島にまで及んでいた。人口は6400万人で、異なる10の種族が住み、白人が支配階級で宇宙創造神の地上代理人である帝王ラ・ムーが統治していた。首都ヒラニプラなどには屋根のない神殿が建ち並び、マストドンが地上をのし歩いていた。太陽の紋章を掲げ、その勢力は西はアジア、ヨーロッパ、エジプト、東は南北アメリカに及んでいたが、地下のガス・ベルトの爆発により一夜で水中に没したという。チャーチワードはまた、ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアの住民は彼らの子孫の一部であるとし、マヤのトロアノ古写本の記述や世界各地の古代遺跡などにその痕跡を求めるが、太平洋の海底にはムー大陸が存在した形跡はない。

参考:ジェームズ・チャーチワード著『失われたムー大陸』(大陸書房)


トワ(Vusamazulu Credo Mutwa)
  1921〜。南アフリカに住むズールー族シャーマン。クワズールー・ナタール州に婚外子として生まれる。1935年、父親のもとに身を寄せるが、1937年に、鉱夫たちに性的暴行を受けたことがトラウマになり病床に伏す。このとき、母方の祖父に治療を受けてシャーマンの才能を認められ、叔母からイニシエーションを受ける。シャーマンとして人々の相談に携わる一方、詩人や画家としても活動し、ライアル・ワトソン『アフリカの白い呪術師』では岩絵の解説者として登場し、デヴィッド・アイクとも親交がある。またズールー族をはじめとするアフリカ各地の部族伝説に伝わるレプティリアンなどの存在や、自らのアブダクション体験、さらにはグレイの肉を食べた経験などを物語る。さらには、南アフリカの金属球について古代に宇宙を航行していた者が残した磁石だと解説する。ムトワはレプティリアンチタウリと呼び、レプティリアンが人類を支配しているという点ではデヴィッド・アイクと共通するが、ムトワは彼らは宇宙から来たのではなく、地球に古代から住んでいると主張する。

個人的感想:彼が述べる内容を見ると、アフリカ各地の部族に伝わる伝説にエチオピア語エノク書などの要素、ゼカリヤ・シッチンの宇宙考古学的要素、さらにはペルシダー・シリーズやらレンズマン・シリーズなどSF小説の要素もごちゃ混ぜになっているようだ。彼の言うエイリアンは、じつは太古の昔から地球に住んでいる者たちで、アフリカの諸部族に伝わる伝説上の生物のことである。世界の他の地域に同様の伝説があればそれを補強材料としたり、名称や伝承の内容を無理やり近代の科学知識と結びつけるやり方は、他の宇宙考古学徒と同様である。他方彼が伝える民族的知識のなかには、ズールー族のなかでも「サンゴマ」と呼ばれる秘儀に通じた者のみに伝授されたもの、つまり、普通のズールー族に尋ねても確認できないものがあり、その意味ではシリウス・ミステリーと似た構造がある。いずれにせよ、南アフリカにおける陰謀論的宇宙考古学の第一人者と言って良いであろう。なお、アイクと会談した直後、奇妙な白人の訪問を受け、1999年9月9日に南米のチチカカ湖とアフリカで何かが起きると告げられた。1999年9月9日には、リビアのシルテでアフリカ連合が創設されているが、そうするとリビアのカダフィ大佐はレプティリアンの手先なのだろうか。しかしそのカダフィも、2011年にあっさり殺害されてしまった。→ムトワ発言概要

参考:南山宏『オーパーツの謎』二見書房
    http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/watoson7.html
    http://www.davidicke.jp/blog/20061118/

イザーズ(S.L.マックレガー、S.L.Macgregor Mathers)

 1854〜1918。イギリスの魔術師で、黄金の夜明けの共同創設者の1人。ウェスコットフリーメーソンの哲学、薔薇十字会の理念、儀式を学び、1888年、ウエストコット及びウッドマンとともに黄金の夜明けを設立。1880年代にブラヴァツキーに会見するが、その東洋的傾向には反発し、黄金の夜明けに西洋の秘教的伝統を注入した。自らスコットランドの首長の血筋を主張し、1892年には秘密の首領と連絡を取ったと宣言し、セカンド・オーダーの改革を実施するなどして黄金の夜明けの実権を握るが、その後パリに移住し、グランストリエ伯爵を名乗る。1894年にはアハトゥール・テンプルを設立。しかし1900年にシュプレンゲル書簡が捏造であることを暴露したため追放される、「A∴O∴(アルファ・オメガ)」を設立。1918年、インフルエンザで死亡した。同じく魔術師で夫の死後「A∴O∴」を主催した妻のモイナは、哲学者アンリ・ベルグソンの妹である。

参考:『魔術』学研ムーブックス
    荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)

スメル(フランツ・アントン、Dr.Franz Anton Mesmer)

 1734〜1815。メスメリズムの提唱者。現在では催眠術の元祖的存在とも目されている。オーストリアのボーデン湖畔にあるイツナングという村で生まれる。インゴルシュタット大学で神学を学ぶが、25歳のときウィーン大学法学部に入学、すぐに医学部に転部する。1766年5月に「天体の影響について」という論文で医学博士号取得。1774年7月より磁石を用いた治療を開始するが、そのうち磁石を用いずにメスメル自身の介在で治療が発生することを発見、動物の体内に磁石と同様の力があると想定してこれを動物磁気と名付けた。1777年、盲目のマリア・パラディースの治療に失敗してウィーンを追われるが、1778年にパリで治療を開始する。しかし1784年にルイ16世が召集したフランス科学アカデミーの委員会が、メスメルは単に暗示を利用しているとの報告を提出したため1792年にパリを去った。現代ではメスメリズムは基本的に暗示による変成意識状態の生起と考えられているが、後の催眠術の誕生を導くことにもなった。他方、メスメリズムを施された患者は骨相学上の刺激に敏感に反応することが知られており、トランス状態で透視を行なったり、催眠下で霊が乗り移って話したりするという現象も何例か観測されメスメリズム透視と呼ばれた。

参考:コリン・ウィルソン著『オカルト』(新潮社)


タトロン(Metatron)
 ユダヤ教の各種文献において最高位とされる天使。72の神秘的な名を持ち、天使の王、契約の天使などとも呼ばれ、メタトロンのみが神の御前に出ることを許されているとの伝承もある。大天使の1人とされたり、セラフィムの4人の大君主の1人とも言われる。『旧約聖書』に登場するユダヤの族長エノクが変身したものとも、大天使ミカエルが生まれ変わった姿とも言われる一方、サタンと同視されたり、死の天使とされることもある。36万5千の目と36組の翼を持ち、その背丈と身体の幅は世界の高さと幅に等しい。メタトロンという名は、ギリシャ語のメタトロニオス(metathronios、玉座の傍に侍るもの)から派生した言葉というのが通説であるが、ユダヤ神秘主義の権威であるゲルショム・ショーレムは、ユダヤ人がこのようなギリシャ語表現を用いることはありえないとしている。

参考:デイヴィッド・コノリー『天使の博物誌』三交社
    『天使と悪魔の大事典』学研ムー謎シリーズ
    ゲルショム・ショーレム『ユダヤ神秘主義』法政大学出版局)

ディア(Medeia)
 ギリシャ神話の魔女。コルキス王アイエテスとエイデュイアの娘で、ヘリオスの孫娘、キルケの姪。愛の女神アフロディテの呪文により、イアソンに恋し、高熱から身を守る膏薬をイアソンに与え、龍の歯の秘密を教えた。こうしてイアソンは難題をクリアーした。その後メディアは魔法で羊の毛皮を守る龍を眠らせ、アルゴノウツと一緒に逃げ出す。このときメディアは、まだ赤ん坊だった弟のアスピルトスを連れて行く。アイエテスがそれを知って追いかけてきたとき、メディアは弟のアスピルトスをばらばらに引き裂いて殺し、海にばら撒いた。そこでアイエテスは死体を拾おうと追っ手の船を止めたため、イアソンたちは無事逃げおおせた。テッサリアではペリアスがイアソンの両親を殺したというニュースがイアソンを待っていた。メディアは皺だらけの老婆に変身し、侍女たちには一風変わった服を着せ、アルテミスの像を奉じてテッサリアに入り、ペリアスに面会した。そしてペリアスに対し、自分は年寄りを若返らせることができると申し出た。そうしてペリアスの眼前で魔法を解くと、もとの若く美しい姿になった。さらに大なべの中で魔法の薬を煮て年寄りの羊を切り刻んで入れると、中から生きた子羊が飛び出してきた。ペリアスもディアを信用し、ペリアスの娘たちが魔法で眠らされたペリアスを切り刻んだ。切り刻まれたペリアスの肉体は鍋の中に投げ入れられたが、もちろん生き返っては来なかった。イアソンはその後メディアと別れ、テーベ王クレオンの娘グラウスと結婚しようとした。メディアは夫の要請を受け入れたふりをして、グロウスに金の王冠と白い花嫁衣裳を送った。すると婚礼の場でこの衣装が火を吹き、イアソンを除くすべての参列者を殺したという。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシアローマ神話事典』大修館書店

ンジャー(ハワード、Howard Menger)

 1922〜2009。アメリカのコンタクティー。ニューヨークのブルックリンに生まれ、ニュージャージーに移住して小中学校に通う。高校卒業後ピカティー弾薬庫で弾薬担当及び監査係として働く。1942年には機甲部隊に所属、後に軍情報部、海軍情報部、化学兵器に移る。1946年に除隊後ワシントンとニュージャージー州ハイブリッジにメンジャー広告会社を設立。後に電子工学の研究や緊急用パワーパックなどの発明品販売のためのエナジー・システム・リサーチ社を設立した。
 メンジャーによれば、1932年森の中で、小川のほとりの岩の上に座っている、ブロンドで髪の長い少女と出あったのが最初のコンタクトだという。1946年6月、衝動的に最初のコンタクトの場所へ戻った。すると巨大な、ベル型のUFOが着陸、中から2人のハンサムな人物と一緒に、金属的な今風のデザインのスキースーツに身を包んだあの女性が歩み出してきた。彼らはUFO にメンナーを乗せ、ドライブに連れ出したという。1956年8月、メンジャーはUFOで月面を訪れ、月に降り立った最初の人類となった。月には大気があって呼吸でき、またメンジャーの正体は、人類に役立つ善なる行為をするために、地球上で生まれ変わった木星人だと告げられた。彼の妻コニーも金星人の生まれ変わりでもあるという。
さらに1990年代になると、メンジャーが出あった異星人は2012年に戻ってくると述べるようになり、2012年問題に参入してきたが、2012年を待たずに死去。

 参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)

アイ(Moai)

 イースター島に残る独特の形の巨石像のこと。島内各地に700以上が確認されている。絶海の火山島であるイースター島に大量のモアイが残ることから、島内の材料、人的資源のみでは製作不可能であるとして、太古地球を訪れた異星人の関与やムー大陸など超古代文明の名残とする説もあるが、実際には島内のラノ・ララク火山の凝灰岩を用い、10世紀〜11世紀にかけて製作されたものである。本来はアフと呼ばれる台座の上に立てられ、髪の毛を示す赤い岩(プカオ)が頭上に乗り、目が入れてあったが、1774年にイギリスのキャプテン・クックが訪れたときはほとんど倒されていた。モアイ建設の理由、それがその後倒された経緯は不明であるが、1956年にイースター島を訪れたノルウェーの探検家トール・ヘイエルダールは、かつて島を支配していた長耳族と短耳族の対立を述べている。

参考:トール・ヘイエルダール著『アク・アク』(社会思想社)

ーガウル(Morgawr)

 1975年以来英国コーンウォール海岸のファルマス湾で目撃されている海の怪獣。コーンウォールの言葉で海の巨獣の意味。全長は18フィート(5〜6メートル)くらいで色は黒または濃い茶色、背中にはこぶがあり、像の鼻のように見える長い首を持つ。首の後ろには剛毛のようなものも観察されている。た1976年2月には写真にも撮られている。

参考:Janet & Colin Bord著『Modern Mysteries of Britain』(Grafton)

(典型的なモーガウルの図)

ケーレ・ムベンベ(Mokele-mbembe)

 中央アフリカのコンゴにあるテレ湖や、カメルーン南部の淡水湖一帯に生息するといわれる怪獣。リンガラ族の言葉で「河の流れを止める者」の意味で、「コンゴ・ドラゴン」とも呼ばれる。現地の伝説では昔から水中に巨大な生物が住むと言われているが、第二次世界大戦前にドイツの植民行政長官をしていたボックスバーガーの報告で知られるようになる。体長は8〜15メートル、胴体は象と同じくらいだが表面はつるつるしており、灰色がかった茶褐色をしている。首は長くて自在に曲がり、小さな三角形の頭に長い1本の歯、あるいは角を持つ。ドイツ植民地軍大尉フライヘア・フォン・フタインツ・ランスニツの1913年の探検報告に最初に登場。長い首と尾を持ち、水中の岸の穴に住んで岸の植物を食べる。原住民を襲いカヌーをひっくり返すが食べはしない。1980年以降ロイ・マッカル教授率いる探検隊が現地を探索に訪れている。1992年9月には日本のテレビが湖上の物体を収めたが、これはカヌーに乗った2人の人物のボヤケタ映像とされる。最も実在可能性の高い未確認動物とされる一方で、モケーレ・ムベンベの主要な生息地とされるコンゴのテレ湖は、平均水深が3メートルもない浅い湖であり、巨大生物が発見されずに生き続けている可能性は疑問視されている。

参考:Bernard Heuvelmans著『On the Track of Unknown Animals』(KPI)


スマン(Mothman)

1966年から1967年にかけて、アメリカのウエストバージニア州ポイント・プレザントで頻繁に目撃された謎の存在。目撃者の証言によれば、モスマンは身長1.8メートルくらい。こうも りのような翼は、広げると3メートルくらいにもなり、体色は灰色で肩幅が広く、下半身に行くに従って細くなる。大きな、赤く輝く2つの目を持つが、頭部らしき ものは確認されていない。翼を羽ばたかずに飛行することができ、時には時速160キロで走る自動車にも追いすがってくる。
 当時のこの地域ではUFOMIBの目撃も多発していたことから、モスマンもUFOと関係付けられることが多い。アメリカのジョン・キールは、モスマンを含む一連の奇怪な事件と、1967年12月16日のシルバー・ブリッジ崩壊事件との秘められた関係を暗示している。→新釈エイリアン図鑑

参考:ジョン・キール『モスマンの黙示』国書刊行会
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

ーリイ島事件(Maury Island Hoax)

 1947年6月、ワシントン州タコマ近くのモーリー島でハロルド・ダールとフレッド・リー・クリスマンの2人がUFOの群を見たと報告した事件。ハロルド・ダールは10代の息子と犬を連れ、モーリー島近くのピュージェット河口で2人の乗員と船に乗っていて、突然巨大なドーナツ型のUFO6機を目撃した。5機はゆっくり回転していたがダールが写真を撮っていると物体の1つが中央の物体と衝突、融けた岩のようなものを撒き散らしたため息子は怪我をし犬は死んだ。残った5機は高度を上げて飛び去った。この事件に関しレイモンド・パーマーがケネス・アーノルドを調査に送ったが、問題の物体はただのスクラップで、事件はパーマーもからんだ捏造とされている。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社