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◆2005年11月の日記◆

041102 母親ってすごい。

次の試験は産婦人科です。産婦人科はこれまでほとんど勉強してなくて、基礎知識がない上、範囲が広いのです。婦人科はそれでも、癌や感染症など他科との共通点が多く、月経周期などと実感として理解できるところも多いのですが(男性陣は苦労しているようです)、産科は特有の知識がたくさん求められて辛いです。一度産んでみれば分かるのかもしれません。

産科を勉強していると、妊娠中のトラブル、分娩時のトラブル、分娩後のトラブルの多さに唖然とします。そのへんを歩いている人にはみんな母親がいて、母親から無事に産まれてきたんだと思うと、奇跡を見ている思いです。そして、危険を冒して子供を産んだ母親たちにも、頭が下がります。自分の母親も尊敬する気になりました。産んでくれてありがとうという気持ちです。

わたしもいつかは、母親の一員になりたいと思っています。危険は承知の上で。それでも。

051114 普通の感覚。

今日夕飯どきにテレビをつけていたら、杏林大学で男の子がのどに割りばしを刺してしまって医師に見過ごされ死亡した事件の判決が出たとのニュースがありました。

全例に、手間と時間とお金がかかってしかも患者の苦痛を伴う処置を行うわけにはいかないし、この判決で救急医療はますます難しくなったんじゃないかなあ、と自らの将来に不安を述べるわたしと、救急車で運び込まれたんならそのときできる最新の医療を必ず提供してくれなければ困る、できないのならばできないとその旨表示してほしい、と主張する両親。どちらかというと医師に肩入れしてしまうわたしと、子供の親に肩入れする両親。主張は相容れませんでした。

「Noko、そういう考え方はまずいよ。」と、父に言われました。

わたしはもう、「普通の人」の考え方はできなくなってしまっているのでしょうか。自分では普通の感覚を保っているつもり、だったのですが。

051116 当たり前ではないのです。

夕飯どきにテレビを見ていたら、県北部で産科医がいなくなってしまって実質上「子供が産めない」事態になっているというニュースをやっていました。妊婦さんは陣痛がある程度規則正しくなってからはじめて産むために病院に行くものですし、それはいつやってくるか分からないものですから、ほんとうに不安だろうと思います。実際、病院に向かう車の中で出産に至ってしまったケースもあるとのことでした。

産科医不足は深刻です。実際わたしの周りにも、(同様に不足している)小児科医志望はたくさんいますが、産科医志望は見あたりません。

その背景には、わたしが把握している限り、拘束時間の長さ(子どもが産まれるまで待たなければいけないしお産となればいつでも呼び出されてしまう)と訴訟リスクの高さが挙げられると思います。

とくに後者については、「母子ともに健康なのが当たり前」「妊娠が確認されたら無事出産に至るのが当たり前」という感覚が一般に広まっていることが、一因かと思われます。また、それまで順調だった妊産婦が出産時に急変して、家族(あるいは遺族)が感情のもっていく場に困って訴訟に持ち込むケースも少なくないと聞きます。確かに、120歳の人が亡くなるのと20歳の妊婦が子供とともに亡くなるのとショックが違うのは分かります。あきらめきれないのも分かります。

でも、無事に産まれてくるのが当たり前ではないのです。妊娠が確認されたとしてもその後の流産は多いし、経過中にトラブルが起こることも少なくありませんし、経過が順調だったとしても産まれてくるまで無事かどうかは誰にも分からないのです。もちろん最善は尽くされねばなりませんし、日本の周産期管理は世界最高水準ではありますが、それでもどうしようもないケースは未だにあるのです。妊婦さんが悪いわけでもないし(だから経過が順調じゃなくてもどうか自分を責めないでほしいです。もちろん周りもです。)、産科医が悪いわけでもない。そんなケースが、未だに存在するのです。

お産は決して楽なものではない、そういう認識を国民全体に持ってほしいものだと思います。こんな世界の片隅で一医学生が叫んでみても、蟷螂の斧、なのでしょうけれど。

051119 卒業アルバム。

ポリクリ班の、卒業アルバム写真の編集を買って出ていました。30枚ほども印刷したでしょうか、差し替えに差し替えを重ねてようやく納得のいくものができ、先日の締め切りに間に合うよう提出することができました。 何度も何度も編集し直した写真たちは、今、わたしのデスクトップを飾っています。

ほかの班の写真を数枚見ました。ユーモアや配置の点で、勝てないなあ、という班は確かにありました。でも、あれだけの時間をかけただけあって、わたしにとっては、自分の班=D班が一番です。ちょっと固い印象もありますが、それもまた、D班らしさ、ということで。

We're to be Doctors, Dreamers, Drinkers. 明日の日本の医療をリードする(はずの)4人も、もうすぐ卒業です。

051125 5周年。

すっかり忘れていました。11月17日をもって、このサイトは5周年を迎えていたのでした。あるサイトの1周年報告を見てふと思い出しました。居間のパソコンで無料ホームページの本を片手に格闘していた、サイト開設当日のことは、今も鮮明に覚えています。

削除してしまった記事は多くあります。更新頻度はいっときよりは多くなったものの最盛期には遠く及びません。おそらく、わたし自身も、良くも悪くも多少の変化は遂げました。そんな中、続けて訪問してくださる方がいらっしゃるのは、ほんとうにありがたいことです。

来年のこの日をサイト上で迎えるかどうかは未定です。卒業・就職が一つの区切りになるかもしれませんから。 とりあえず卒業までは続けます。それまではよろしくおつきあいをお願いいたします。そして何より、これまでの5年間、どうもありがとうございました。


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