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◆2005年4月の日記◆

050402 精神的な痛み。

わたしの身体の不調は、どこが痛いとか苦しいとかそういうものではありませんけれど、何かできるほどのエネルギーもなく、ただ横になっている時間が多くあるような性質のものです。眠ることもできず、時間が過ぎてエネルギーが満ちるのを待つのです。疲れやすいのも、自覚していています。少し動いただけで、どっと疲れるのです。 ただ寝ている自分の、存在意義を考えてしまうことがあります。何もできずにただ横になっている自分が悔しいのです。もどかしいのです。そんな自分を肯定するのは難しいのです。

精神の痛みと言っていいものだと思います。ボディーブローのように効いてきます。病気の人は、多かれ少なかれ、こんな痛みも抱えているのでしょう。入院しているわけでもなく、最低限の社会生活は営んでいますけれど、それでもずいぶんつらいです。入院したらどれほどのつらさでしょう。想像したことも、ありませんでした。

患者さんのそんな痛みにも気を配れる医師になりたいと思います。医師の仕事に耐えられるくらい健康になることが、もちろん先決ですけれど。

050408 翻訳。

ここ数日間、自分の勉強はそっちのけで翻訳にいそしんでいました。医学関係の、教科書の翻訳です。翻訳といっても無償のもので、数年前にボランティアを募集しており、そのころ応募したのが、今頃回ってきているのです。数年間の間に例えば就職したりして忙しくなった人も多く、中心となって管理している人はたいへんそうです。わたしの担当分野も、当初予定していたより多少増えました。

そういえば1年生のころ、医学翻訳に興味を持ち、通信講座に申し込んだことがありました。もちろん、仕事をもらえるレベルには達しませんでした。専門用語に困らされた記憶があります。いまはそんなに困りません。やはり、5年間で積み上げたものは、それなりにあるということでしょう。また、世に出回っている医学書の翻訳者が、翻訳の専門家であるよりは医学の専門家であることが多いのも、「その分野を理解しているかどうか」が問題になるからなのだろうな、と、いまさらながらに思いました。

翻訳していると、アメリカと日本の医療に驚くことが多くありました。治療に使われる薬が違うのです。たとえ、日本で使われている薬であっても、用途が違う、なんてことはざらにあります。どちらがいい、と判断する力は、いまのわたしにはありませんけれど。


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