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◆2004年10月の日記◆

041001 子どもに障碍があったら。

こどものおいしゃさん日記で、「生まれ来る子の障害を覚悟できるか 」という文章を読みました。

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生まれてくる子に重い障碍があるかもしれないのに、どうして多くのひとは気軽に、子どもほしいねなんて言えるのだろうと、ふしぎで仕方なかった時期がありました。愛せないかもしれない。たとえば自分が職業を持って働くことなど、子どもを育てる以外でやりたかったことを全部あきらめて子どものためにほとんどすべての時間とエネルギーを費やさなければいけないかもしれない。それゆえに、憎んでしまう、あるいは、恨んでしまうかもしれない。そういう可能性を考えて、みんなものを言っているのだろうか、と。

わたしは今、医者になるべく医学部に通っています。医者としての将来を思い描く一方で、いずれは結婚して子どもを持ちたいとも思っています。しかし、もし、産んだ子どもに重い障碍があったら、わたしは医者として働くことを、ひょっとしたら断念せねばならないかもしれません。

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「女子学生のみなさん、結婚して子どもができても、医者はやめないでください。あなたたちは、国のお金でずっと勉強してきたのです。その分はちゃんと、人々に奉仕して返してください。」そうおっしゃった教授がおられました。わたしも、ぜひそうしたいと、思っています。

しかし、子どもにもしものことがあってどうしても仕事が続けられないとなったらそれもまた運命と思ってあきらめよう、そんなふうにも、思うようになりました。今のわたしなら、たぶん、少なくとも、常時は恨まなくて済むだろうと。数年前までは、仕事を続けるという人生設計の妨げになる可能性があるから子どもなんて要らないと、本気で考えていたのですが。

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障碍を受け入れる、そんなに簡単にはいかないでしょうけれど、受け入れた気分になったりやっぱりダメだと思ったり、そんなことを繰り返しながらいつか受け入れるがほとんどになればいいなと、そう思います。育て方のせいだとか責められることもありそうです。耐えられるでしょうか──ここまで来るとちょっと取り越し苦労、でしょうかね。

子どもを産むにせよ産まないにせよ(産めるかどうかさえ現時点ではわかりません。ひょっとしたら不妊症かもしれない、人生何が起こるかわからない、それは今のところわかりません)、子どもが健康であるにせよないにせよ、自分の意に沿わない相手でもそのまま受け入れられる度量と、周囲に応援をお願いできる素直さが必要です。その日が来るまでに、今よりはマシになるように、修行に励みたいと思います。

041003 悪口を言わない、という姿勢は正しいのだろうけれど。

ちりんの部屋の9月28日、「その講座は役に立ったか?」を読んで、思い出したことがあります。

以前、とある病院に実習に行きました。その病院自体は研修先として非常に評判の高いところなのですが、わたし自身は、自分の精神状態が悪かったからなのかそれとも単に合わなかったのか、あまり充実した時を過ごすことができませんでした。しかし、同級生などに「どうだった?」と聞かれると、つい、とてもよかったよと、よかったことをかき集めて強調して、答えてしまうのでした。

この夏休み、同じ病院の同じ科に、同級生が実習に行きました。ヒマだと嘆く携帯メールが来ました。わたしもそうだったよ、と返信しかけて、以前「どうだった?」と聞かれたときには、充実していた部分だけピックアップして答えていたことに気がつきました。

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個々の返事としては、嘘をついたわけではない、と思いたいのですけれど、やっぱり結果的には嘘だったかもしれません。悪口を言わない、という姿勢はおそらく美しいものですし、そうありたいと思ってきたわけですけれど、そうすることで犠牲にするものもあるということなのでしょう。

夏休み海外留学していた別の同級生に、どうだった、と聞いたら、面白かったところもあればそうでもなかったところもあって、微妙だね、と返ってきました。そういう正直さも、嫌いではありません。

041005 スネイルメール。

スネイルメールsnail mailとは直訳するとかたつむり手紙、ネットを介したメールに比べてずいぶん遅い、郵便による手紙を指します。

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ドイツにいる間に仲良くなった人たちに、手紙を送る機会がありました。

まず、文房具屋に便せんを買いに行きました。紅葉模様の、一枚ずつ柄の違う、和紙風味の便せんにしました。次に、封筒を選びました。これは自分の引き出しにあった、羽根模様の封筒にしました。中身はドイツ語なので、ほとんどすべての単語を和独・独和辞典で引きながら、こつこつ書きました。辞書を引いて考えている時間が長いので、手書きにかかる時間は気になりません。封をして宛名を書き入れ、郵便局に持っていって、重さを量ってもらい、これまた引き出しに入っていた記念切手を貼りました。

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相手に届くのは、出してから1週間後くらいでしょうか。急ぐ理由はありません。こんな手間も、たまになら楽しいものです。

041008 気に障る。

気に障る文章というのが、あります。たいていは、ひどくがんばっていらっしゃる方の真摯な正論なのですが、どうしてもその正しさがひっかかってしまうのです。「輝くばかりの正論だよね」と、口元をゆがめて毒づいてしまうのです。

反論の余地がない正しさが、わたしを追いつめるのだと思っていました。でも、自分の気持ちをもう少し子細に眺めてみると、ひっかかっていたのはどうも、正しくあれない自分自身へのいらだちらしいということが見えてきました。

さらに考えてみると、そういう、わたしにとって気に障る文章を書く人たちは、どこかわたしに似ているということにも、気がつきました。細かな差異はもちろんあるのですけれど、どこか本質的な部分が似ているように思うのです。似ているからこそ細かな差異が気に障り、似ているからこそ気に障るといいながら毎日読みに行ってしまうのでしょう。

041010 自分に厳しい人。

自分に厳しい人は、少し苦手です。

その人の持っている基準を、自分が満たさないと気づいたときに、ひどく怖くなってしまうからです。誰かの基準を満たさないということに対して、度を失うほどの恐怖感を味わってしまうのです。

「そうすればいいのはわかっているけど、できない」自分自身に関して、理由をつけて開き直っているようであっても、後ろめたさを感じているがゆえでしょうか。責められているように感じてしまうのは、自分が自分を責めるから、なのでしょう。

わたしに向けて言っているわけでないことくらい、わかっているのです。人それぞれ、こだわりたい点も、それぞれの点に関してどのくらいこだわるかも違うのですから、ある人にとってみればわたしだって、厳しい人に見えているかもしれないと想像することだって、ないわけではないのです。

たぶんこれは、わたしと誰かの間の問題に見えて、わたしの中だけの問題なのでしょう。

041015 閉じられるサイト。

ここ2週間ほど好んで訪問していたサイトが、突然、見えなくなりました。何度更新ボタンをクリックしても、「ページが表示できません」の一点張りです。旅先から旅行記を綴るサイトだったので、何かトラブルがあって、対処できずにいるのかもしれません。管理人さんにメールを送りたいのですけれど、メールアドレスは控えていないのでした。

最近、上のサイトのように突然表示されなくなる、というわけではなくても、閉じられてしまうサイトが多いように感じています。しばらくはさみしいものです。閉じられてしばらくすれば、忘れてしまうのでしょうけれど。取り壊された建物跡を見て、何が建っていたか思い出せないように。

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頻繁にネットにアクセスするようになってから約4年が経ちました。その間、ずっと見ているサイトというのは、数えるほどしかありません。思い返してみれば、たくさんのサイトが、更新されなくなったりいつの間にか消えていたりして、わたしの意識から立ち去っていったのでした。

わたしにしてはずいぶんとエネルギーを注いで育ててきたこのサイトも、いつか閉じ、忘れ去られていくのでしょう。わたしが学校を卒業する2006年3月までは、続けるつもりでいるのですが。

041016 ホステスにあこがれる。

ホステスという職業にあこがれたことがあります。正直に言えば、今でも多少は、あこがれています。

何があこがれると言って、容姿と愛想のよさが売り物になる、ということにあこがれるのです。売り物になるほどの魅力がある、ということにあこがれるのかもしれません。

あこがれるなあ、なんて言っているうちに、20代も後半です。もっと若いころにやっておけばよかったか、と言われれば、わたしの容姿じゃ無理でした、と答えるでしょう。もしもう少し美人でスタイルがよかったら、どうでしょうか。そもそもそんな望みを、持たなかったかもしれません。

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たった一人に気に入ってもらえればそれでいいのではないか、そういう理屈はわかるのです。わたしも確かに、そう思うのです。でも、不特定多数に対して売り物になるほどの魅力があれば、人生もっと楽しかったかもしれないと思ってしまうときは、あります。どう楽しかったと思うんだと聞かれても、明確には答えづらいのですけれど。


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