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◆2004年9月の日記◆

040908 台風一過。

昨日一日、台風が上陸しておりました。県内全域暴風圏内、最大風速記録更新という、十数年ぶりの事態に、ついついテレビをつけっぱなしにして見入ってしまいました。

閉めた窓ががたがたいいました。倒しておいた植木鉢はベランダを転がっていました。風が少し収まってから外に出ると、信号があらぬ方向を向いているのが見えました。道路標識が折れて、道ばたに落ちていました。もう少し海に近いところでは、完全に冠水していたみたいです。

船、電車、バス、飛行機、全部止まりました。ケータイは送信不能でした。月曜日のうちに家にたどり着いておいて本当にラッキーだったと、胸をなで下ろしました。

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今日は何事もなかったように穏やかに曇った一日でした。近所の信号は、あらぬ方向を向いたままです。

040909 悪くない日々。

いつまで夏休みなの、としばしば聞かれます。9月いっぱい、夏休みです。夏休み明けは夏休み前と同様実習がありますけれど、テストがあるわけではありません。夏休みってそんなに長いの、大学生っていいわねえ、と驚かれます。わたし自身も驚いているわけですけれども、わたしが夏休みの期間を決定したわけではありませんし、はい、のんびりさせてもらってます、ごめんなさいねと小さくつぶやくしか、ないのでした。

本来この休みは就職活動に費やされるのだと言います。しかしこの時期、6年生が優遇されることが多いのは確かです。6年生の出願締め切りが10月ですから、彼らはそれまでに、行こうかなと思った病院を回りきらねばならないのです。さすがにわたしも、就職先の候補にしている病院に、顔くらいは出してくることにしました。是非行きたかった病院は、5年生の受け入れを10月以降にしているとのことで、春休みに延期となったのですけれど。

読もうと思いついた分厚い本を、途中で居眠りしながら少しずつ読み進めています。合間に軽い本を挟んで適宜読み切っています。今日の午後には、「ラスト・サムライ」をレンタルビデオで観ました。ドイツでお世話になった人たちに、怪しいドイツ語でメールとはがきを書きました。ドイツ語なんて、日々片言をしゃべっていたに過ぎず、ほとんど全く書けないということを痛感しました。

そんなこんなで、悪くない日々を過ごしています。あれもこれも片づく、というようないわゆる「生産的」な日々ではないのですけれど、それでも、一日の終わりには、「今日も一日なかなか幸せに過ごすことができたな」と、思うことができます。それで、じゅうぶんです。

040912 まるで何かにとりつかれてでもいるように。

まるで何かにとりつかれてでもいるように、寝てばかりいます。ドイツに行っている間に疲れたのか時差ぼけなのか飲んだ薬の副作用なのか、考えている間にまた寝てしまいます。引きずり込まれるような眠気に、何度も襲われ、抵抗できず眠りに落ちる、そんなことを何度も繰り返しました。

午後も半ばを過ぎてさすがに目が覚めました。チョコレートとコーヒーでさらに頭をはっきりさせようと試みました。でもやることはせいぜい、本を読むかパソコンに向かうかなのです。そう考えると、別に、寝ていてもいいのかもしれません。

そろそろ勉強しようかなと、少しだけ思えてきました。勉強会も近づいてきましたし、勘を取り戻さなくてはなりません。

040913 バッファロー’66。

金曜日に借りてきていたバッファロー’66を観ました。ずいぶん前に、ネット上の一部で絶賛されていたのを読んで以来、ずっと気になっていたのです。

観たあとにネットを検索してみたところ、男性にとっての「こんなことあったらいいな」にすぎない、つまり、少女マンガチックな映画だ、という評をかなり見かけました。なるほどそうかもしれないとも思うのですけれど、わたしにとっては、すごくいい映画だったと思います。思いっきり笑えましたし、ほのぼのできましたし。

いい映画だった、と言えるかどうかは、主人公のビリーを、「どうしようもなくダメだけど、かわいい」と思えるかどうかに、かかっているように思います。「かわいいけど、どうしようもなくダメ」と思ってしまっては、きっと、腹が立ちます。わたしは、ヒロインの女性にシンクロするほどに、「かわいい!」と思ってしまったので、この映画を存分に楽しめたのでしょう。

休日の午後によく似合う映画だと思います。

040915 眼科の院長先生。

眼科で、年に一度の検査を受けてきました。久しぶりに訪れた眼科は、建物が新しくなっていて、あの薄暗い待合室も、雑然としたデスクも、怪しげな暗室も、すべて、近代的で白く輝くプラスチックに、取り替えられていたのでした。

「水曜日午後 院長外来」という掲示がありました。待合室に座っている男性二人が目に入りました。一人は院長先生で、患者さんの横に座って白内障の説明をしているのでした。白衣を着ていらっしゃらなかったので患者さんかと思ってしまいました。

このところ息子さんに診察していただく機会ばかりでしたから、院長先生の姿を見かけること自体が久しぶりでした。院長先生はかなりの高齢です。少し足腰が弱っていらっしゃるとお見受けしました。しかし、待合室に飾ってある眼科専門医の資格証書は来年まで有効で、機械に向かう真剣なまなざしと、ゆっくりと重々しいしゃべり方の説得力は、最後に診ていただいた3年前、いや、初めて診ていただいた15年ばかり前と、少しも変わらないのでした。

昔ながらの機械で隅から隅まで検査をしていただいて、とりあえずは無事との結果をいただいて帰ってきました。帰るとき振り向くとまた待合室で別の男性に、病気の説明をしていらっしゃいました。

ひとつの、幸福な老いの形であろうと思います。

040928 場所の感覚。

先週、2日間、泊まりがけで遠くの病院に実習に行っていました。就職活動を兼ねてです。

2日間、ホテルに泊まって、タクシーで病院に通いました。朝から晩まで病院にいました。各病室に窓はありましたけれど、窓の外は記憶にありません。確かに遠くに来たはずなのに、自分がどこにいるのか、わからなくなってしまいました。

ときおり耳にする方言だけが、わたしの存在位置を教えてくれていたように思います。

040929 縁について、考えたこと。

「その人の前に立ったときには、すでに勝負はついているんだよ」

そう、教えてくれた人がいました。わたしがドイツで実感したことに近い、そう思いました。

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ドイツで滞在していた病棟には、わたしが訪れることのできる病室は9つあり、患者さんは約30人いらっしゃいました。この中でどの病室を選ぶか、どの人の近くに座るかというのは、わたし一人が決めることでした。明日もきっと来ようと思えるところと、思えなかったところがあるのは事実です。気に入ってもらおうだとか、自分自身の居心地をよくしようだとか、いろいろ努力した時期もあったのですけれど、結局、何もしなくても歓迎されていると感じられるところ、気分よく過ごせるところで、時には数時間という時間を過ごすことになったのでした。

どこ、あるいはだれ、を訪ねるか、あるいは訪ねないかというのはつまり、わたしが誰を選んだか、ということになるのでしょう。わたし自身が、彼らに選ばれていたとも、言えると思います。

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ある程度努力をしてもうまくいかない人がいます。何もしなくても互いに好感を持ってしまう人もいます。その場でどんなにがんばっても、あるいは失敗があっても、合う人とは合うし、合わない人とは合わないとすら、言えるかもしれません。ひとの本質的な部分はその場で変えることができないものですから。

それって不公平だね、気付いたときにはそう思いました。

でも、これまでの人生をいかに過ごしたかによってともに過ごせる相手が決まるというのは、ある意味、十分に公平なことであるかも知れません。そして、たとえばわたしにも、10人に2人くらいは、気の合う人がいます。たいていの人にはそんなふうに、人数に差はあるにせよ、「話してみれば、合う」人がいるものだろうと思います。そして、そうやって「合う」人とは、そのときのレベルが合っているということなのでしょう。そういう、合う合わないを指して、縁、というのかもしれません。

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実習などで1週間家を空けて戻ってみると、病院で仲良くなった(もと)患者さんからハガキが2枚届いていました。これも縁、なのでしょう。辞書を引き引き読んでいる途中です。

040930 幸せであるように。

人の義務は、幸せであろうとすることだ、このごろ、そんなことを思います。善くあるためには、そして、周りを幸せにするためには、本人が幸せでなければなりません。

もちろん、人生には思い通りに行かないことが多いです。四苦八苦と呼ばれる、苦しさは常について回ります。悲しんではいけないとか、苦しんでいけないとか言うつもりはないのです。しかし、しんどい中でも、幸せになろうとする気持ちだけは、捨ててはならないように思います。

これから先、わたしに子どもができたら、感謝しろとか思いやりの心を持てとかそんな押しつけがましいことはできるだけ言わずに、どうすればより幸せになれるかいつだって真剣に考えようよねと、できれば言葉にすることなく、誘うことができたらいいなと考えているのです。

*四苦八苦


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