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◆2004年2月の日記◆

040201 つめみがき。

マニキュアとその周辺用品一式を買ってきました。

指先を美しく整えることは、自分のための化粧だという文章を、たぶん2週間くらい前に読んで、それからずっと気になっていたのです。指先って自分の目に留まりますからね。顔はいくら塗っても、自分ではあまり見る機会がないのですけれど。

いっとき、たぶん5年くらい前、しばらくマニキュアを塗り続けていたことがあります。やめたのは、机にマニキュアをこぼしてしまったのがきっかけでした。デスクマットを捨てる羽目に陥りました。また、マニキュアを塗る・除光液で落とす以外の作業をいっさい省いていたため、あまりきれいに塗れませんでした。また、100円ショップの安物を使用していたので、爪がだんだんいたんできたのが自分でよくわかりました。

その反省をふまえ、ドラッグストアでさんざん悩んで、一通りの道具をそろえました。ほとんど生まれて初めて爪をヤスリで磨いたのですが、こんなにきれいになるとは思いませんでした。何も塗らなくてもいいんじゃないかというほど、光ってました。

ベースコートを塗った時点で、ほんとうはこれだけでいいんじゃないかと思いました。でもせっかく買ってきたので、その上に、ほとんど無色のカラーとトップコートを塗りました。確かに色がよくなりました。つやつや、きらきらしています。こんな指先をしていたら、手の動き、指先の動きに、気をつける習慣が形成されそうです。この勢いで起居振舞全体が、多少は優雅になればいいのですが。

040202 他山の石。

学校でちょっとしたことの日程を決めるのにえらく怒っている人がいてびっくりしました。ホルモンバランスがちょっとやばかったのかもしれません。たまたま虫の居所が悪かったのかもしれません。これまで似たような状況下でいろいろ苦労してきたのかもしれません。しかし、眉間にしわを寄せて「はぁ?」って聞き返すのはあまり美しくないですね。年下だし許してあげようと思いつつも、にらみつけられてどぎまぎしてしまいました。顔立ちはけっこうかわいいのに、もったいないです。そして、わたし自身もそんな態度をとっていたことが数知れずあるんだろうなと、ふと自分を振り返りました。自分の顔は自分で見えないから怖いですね。

わたし自身は、月曜日だから憂鬱だったのか風邪が治りきっていないのか単に天気が悪かったからかなんとなく何をするにもおっくうな感じで、学校がたまたま昼までで勉強会もなかったのを幸いにそそくさと家に帰ってきました。多少やる気がなくても、まわりを暗くしない程度ににこにこしていられればとりあえずオッケーかな、と思ったりしています。

040206 お医者さんごっこその5――手洗い実習――

手洗い実習という名の実習がありました。手の洗い方を学びました、というのは必ずしも嘘ではありません。外科の手術着に着替え、外科的方法で手をブラシでこすり、使い捨ての滅菌ガウンを着て、手袋をつけるという実習でした。

この「手洗い」、洗剤をつけて肘から先をブラシでごしごしこすります。手洗い場に入る前にアルコール消毒、手洗い場に入ってから、洗い・すすぎを3回繰り返し、そのあともう一回アルコールで消毒、それでやっと手を拭くことになります。よけいなところをさわると手洗い1回目からやり直しです。手の皮がなくなってしまいそうな勢いですが、もしほんとうに手の皮がなくなってしまうとそこに雑菌がついてしまう可能性が高いので、傷を付けるのは御法度です。トップコートを塗ってかなり丈夫になったと喜んでいたマニキュアは、こすられて半分なくなってしまいました。

手を洗って「先生、手は下げちゃダメだよ」とかなんとか言われながらやっとの思いでガウンを着、手袋をはめました。ふと周りを見回すと、同じ帽子に同じマスク、同じガウンに手袋の、12人の集団ができあがっていました。帽子で髪は覆っているしマスクで眼の下から顎までは隠れているしガウンはお揃いだしそこから見える手術着のズボンも同じでサンダルもデザインは共通、となると、見慣れた顔であるはずなのに、誰が誰だか見分けがつかなくなってしまいそうになるのでした。

本来ならこの時点で準備完了、さあ手術だ、となるのですが、手洗い実習なのでこの日はこれでおしまい。「わたしが財前だ」などと一通り騒いだあと、ガウンと手袋をゴミ箱に捨てて、何事もなかったかのように解散しました。

040209 お医者さんごっこ6――診察の自主練――

12日に、OSCE(オスキー)と呼ばれるテストがあります。要するに、診察の手技の実技試験です。医療面接・頭頚部・胸部・腹部・神経系・外科(救急)についての試験が行われます。各項目について試験を受けます。医療面接は制限時間10分、それ以外は5分です。

で、この試験のために、適宜自主練を行っています。練習には、たとえば聴診で聴く場所を覚えて何に注目して聴くべきか覚える、といった実技のほかに、「せりふをを用意してそれを覚える」という、「医療の本質」と関係あるのかないのかわからない練習が含まれます。

たとえば前胸部の視診。シャツを脱いで上半身裸になってもらって、胸の前面を見ます。

「まず、胸の様子を見せてくださいね。背筋を伸ばして、楽にしていてください。」「胸郭に変形はなく、左右差は見られません。皮疹、着色斑、手術痕はみられません。鎖骨上窩・肋間に陥凹はみられません」

これらのせりふを、まず、作りました。患者さんへの声かけをまず、作ってしまいます。そして、所見の説明も、作ってしまいます。「胸は見た感じ問題ありません」では、何をみているかわからないので、プリントや教科書を見て見るべきポイントを抽出し、せりふにまとめるのです。患者役は学生ですから、所見はおそらく正常です。だから、正常所見であるとの仮定の下に、せりふを組み立ててしまいます。本来は、各項目ごとに「患者さんに」説明するらしいのですけれど、診察で得られる所見には専門用語が多く、すべてを説明するには、各種の診察を合わせて5分間という時間は少し短すぎるようです。よって、試験管に、「これだけわかってるんですよー」と、アピールするにとどめております。

あとは、これらのせりふを覚えて、試験場で間違いなく繰り返すだけです。せりふを覚えることで、「見なければいけないポイント」も一緒に覚えることができますから、「マニュアル丸暗記=使えない」と侮るわけにもいかないかな、とは思っています。

放課後などに、勉強会メンバーで集まって、「さて、じゃあ頭頚部よろしく」とか言って、せりふを繰り返しながら一つ一つの手技を行ってみるのです。「その指示じゃ従えないよ」「そこ、『正常です』で片づけちゃいかんやろ」など、せりふ・手技の添削も行われます。

まだまだ、5分間ですべてを終えられるほどの自信はありません。あと3日間、せいぜい練習しようと思っています。

040211 認めてほしいという欲求の顛末。

わたしの、認められたいという欲求は、おそらく人一倍強いです。認めてもらえないと言っては不当なまでにしばしば、しかも簡単に、落ち込みます。そして、たとえばほかの誰かがほめられているのに自分がほめられなかったりすると、その人に比べてわたしは劣っているのだろうかと真剣に悩んでしまう、そんなところがあります。

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今日の放課後、臨床実技の実習を休んでいた同級生の男の子数人に、補習をしていました。練習の機会が増えることはいつだって歓迎ですし、他人に教えることはわたし自身にとってもいい勉強になります。

そのときふと思ったのですけれど、わたし、ぜんぜん認められてない、なんてことは少なくとも、ないんですね。単にわたしがお人好しだとか、ひまだとか、そういうことかもしれないけれど、「Nokoさんここ教えて」と言ってくれる人は確かにいますし、「おかげでなんとかなりそうだ。ありがとう」と言ってくれる人も確かにいます。そして、実は外科の縫合が非常に苦手なので教えてくれない?と、わたしよりは器用そうな男の子たちに声をかけたら、思ったよりずっと親切に、教えてくれました。

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考えてみれば、わたしの各種能力などを、評価してくれている人は、ちゃんと周りに、いるのでした。評価されているのはひょっとしたら、頼まれたらたいていのことはけっこう快く引き受けてしまう「便利さ」と、勉強さえすれば誰でも簡単に身に付く知識くらいなのかもしれませんけれど、いまわたしはそんなに劇的に忙しいわけではないし、他人のために何かを決定的に犠牲にしているわけでもありません。そしてたぶん、こつこつできるというそれだけのことだって、一つの能力には違いないのです。

そして、教えたり教えられたりしながら、和やかにしている自分自身のことは、わたし自身けっこう気に入っています。

そんなに焦らなくてもいいのかもしれないなと、なんとなく、思ったのでした。誰もいないわけじゃ、決してない。認めてくれない人ばかりがつい、気になってしまうけれど、でも、誰かはわかってくれるし、自分で思うにいいところだってないわけじゃないし、もう少しゆったり構えていても、いいのかもしれないなと。

040212 実技試験の報告。

OSCEと呼ばれる実技試験が、終了しました。ひどく疲れました。

行きがけに、持っていく予定だった時計が見当たらないことに気づきました。五分間探して、プリントの山の陰に転がっているのを見つけました。玄関を出て自転車に乗ろうとして、自転車の前輪の鍵がないことに気づきました。予備がなかったので母の自転車を借りて出かけることにしました。帰ってよく見たら、カバンの中にありました。

1時集合で12時58分にロッカーの前にいて、白衣を取り出していました。携帯が鳴り、点呼をはじめているから早く来いとの電話がかかってきました。駆けつけてみるとわたし以外は全員集合していました。

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まずは胸の診察でした。心音テープを含む課題でした。一番、出てほしくなかった課題です。診察は滞りなく終了したのですけれど、心音テープは0勝2敗。心音のCDを飽きるほど聴いた成果は、発揮されませんでした。

次は腹部、そして神経の診察でした。手技はまったく問題ありません、患者さんへの配慮も十分でした、とのコメントに、練習した甲斐はあったのかもしれないとちょっとほっとしました。

外科は縫合でした。豚三枚肉のブロックみたいな人工皮を「佐藤さん」と見なして話しかけ、傷を縫合して抜糸するのです。誤算は、手袋をつけるのに時間がかかったことでした。サイズの合う手袋がなかったので一回り小さい手袋を選んでしまったのは、純粋なミスでした。少々悔やまれます。しかも、傷口に布をかけるのを忘れていました。さらに、腕まくりするのも忘れていました。腕まくりするときに困るからと、白衣の下に半袖ブラウスを、寒い中着ていったのに。懸案だった糸結びは、今朝2時間練習した甲斐があって非常にスムーズだったのですけれど、手袋装着に時間がかかりすぎたせいで、糸結びが終わったところで時間が来てしまいました。

医療面接は、与えられた10分間のうち9分30秒くらいを使って、「何を心配なさって今日は来られたのですか」以外は全部聴くことができました。実は、頭にはあったのですが、そのまま聞いていいかどうかつい迷ってしまって、聞きそびれました。あぁ、そういえば、「お待たせしました」は言った方がよかったかもしれません。先生には「これだけできるということは、相当練習したでしょう」と言っていただけましたし、SPさんにも「これだけ聞いてもらえればそれだけで治った気がする」とほめていただけたので、まあ、これに関しては、よかったとしておきましょう。先日の医療面接実習のあと大いに反省して、会話をすべて書き出し、1学年上の某氏の協力をあおいで、思いつく限り細部にわたって添削し、読み上げて録音して聴いてさらに添削し、と一晩つぶした甲斐がありました。ほんとうは学生同士でロールプレイをしたかったのですけれど、医療面接の方法論をほとんど教えてもらっていないうちの学校では、うまく周りの理解を得ることができず、結局、練習はしないままでしたけれど、それでも、成果は上がっていたようです。

最後は頭頚部=頭と首の診察でした。流れも滑らか、手技も正確、よっしゃ、と思っていたのですが、部屋を出たとたん、眼の診察で、黄疸と貧血を見るのを忘れていたことに気づきました。指摘はされませんでしたから、別にどっちでもよかったのかもしれません。

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自分の試験が終わったあとは、次のグループの学生のために、頭頚部診察の患者役をしました。診察方法・熟練にかなり個人差があり、見ていて面白かったです。けれど、前述のように半袖ブラウスだったので、廊下で待つのはこたえました。寒かったです。

そんなこんなで帰ってきたらくたくたで、帰ったらぱたんと寝てしまいました。今晩は、手技の練習をしなくていいのがたいへんありがたいです。

040213 できることとできないことに関する思いこみと決めつけ。

自分に簡単にできることは、自分が簡単にできてしまうものだから、他人にも簡単にできるだろうと思っていました。その反面、自分にはどうやってもできなくて他人にやすやすとできることはたくさんあると、しみじみ実感しておりました。

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わたしのできることが他人にできないという場面には、もちろん遭遇します。しかし、それは彼らがまだやってないから、それだけの理由に過ぎないと、考えていました。もし彼らがやってみさえすれば、彼らはわたしよりずっと速く上達して、すぐにわたしよりずっと上手になるのだと、信じていました。ですから、わたしにしかできないことがあったとして、たとえばほめられたり頼りにされたりしても、素直に受け取ることができませんでした。

「できる人にはできない人の気持ちは分からない」、それを地で行っていたかもしれません。本気でわかってなかったんだな、と、わがことながら驚いています。「できるんだから、やればいいじゃん」としか、思っていませんでした。同じことを言われたときにどれだけ辛かったかは、今でもはっきり覚えているのに。

自分にはできないことが多いから、できない人の気持ちも分かるんだと思っていました。気づいてないって、怖いですね。

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他人にできてわたしにできないことがあります。わたしが、すべてを犠牲にしてそれだけをやればできるようになるのかもしれませんけれど、犠牲が大きすぎてできない、というものも含みます。

他の人ができないのは単に今気づいてなくてやっていないからで、やりさえすればすぐにできるようになると考えているときに、自分が何かができないというのは辛いです。無力感にさいなまれます。

しかし、そんな考え方をしていたら、自分、とくにこれまでの自分の努力みたいなものが、ずいぶん気の毒です。がんばったことだっていっぱいあるのに。何でそんなふうに決め付けてしまうんだろうと、自分のことなのに不思議です。できない、ということに不当なまでにショックを受けるのは、そういう思考回路が働くから、なのでしょう。

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やりさえすればできるようになることができるようになっただけなのに、と、ほんとうにこつこつやるということを軽視してしまうときがあります。でも、やらなきゃ始まりません。

他人がこつこつやったことにはけっこう素直に感心するのですけれど、自分がこつこつやったことをうまく評価できていないように思います。「こんなん誰だってやりさえすれば」と、思ってしまうのです。でも、やっぱりやっただけのことはあるのでしょう。それ以上でもそれ以下でもなく。ちゃんと認めたほうが、きっと幸せですね。

昔、「努力できるという才能もあるんだよ」と、弟が言っていました。それもきっと、真実なのでしょう。

040214 化粧の暗示効果と「かぼちゃの馬車」。

星新一の短編に、「かぼちゃの馬車」というものがあります。同名の新潮文庫に収録されています。みにくい女性が、暗示効果によって、自分は美しいと思いこみ、いつかほんとうに美しくなるという話です。中学生のころ読みました。印象深い話でした。先日久しぶりに、本屋で手に取りました。思ったよりも淡々とした文体でした。

わたしはいま、「今日のわたしはけっこうキレイだ」と思うことで、ほんとうに何かが変わるのではないかと、心の隅で期待しながら、日々化粧をしているように思います。何か変わるのでしょうかね、と、自分に対してすら冷静を装いながら、きっと変わるんだよ、と内心思っているあたり、気づくと笑ってしまうのですけれど、そういう自分は、けっして嫌いじゃありません。

040215 結局はレベルの問題だから。

今日本屋で立ち読みした本に、「結局、自分に起こることというのは、今の自分のレベルに沿ったことなのであって、レベルが上がっていさえすればよいことが起こるし、悪いことが起こったとしてもさらさらと解決してしまうものなのだから、直面している問題の先行きにいたずらに心を悩ませるよりも、自分のレベルを上げることに専念した方がよい」と書いてありました。そして、レベルを上げるというのはつまり、気がかりややり残しや罪悪感から自由になって、朗らかで軽い気分でいる、ということのようです。

そういうものかもしれないなあ、と思ったのです。努力と意志さえあればどうにかなるはずだし、運とかタイミングとかそんな不確かなもののせいでどうにもならないことがあるなんていうのは不当なことであってはならないのだと憤っていた時期は確かにあったのですけれど、でも、運だとかタイミングだとかいうものはやっぱり、ことの成否に深く関わってきます。そして、直感というものの働きも無視できません。そういう、直接的な意図や努力以外のものの力を味方につけるには、朗らかですがすがしい気分でいるに越したことはないよなあと、思います。

たとえば部屋の掃除をするとか多少は勉強するとか、人にはできるだけ親切にするとか。そういうことは、しないよりした方が、さわやかな気分でいることができます。そしてわたしの一番の課題は、今自分が直接どうしようもないことについて、くよくよ心配しない、ということです。

ご縁があればきっとなんとかなるし、そしてもしならなかったらそれはそれで一つのメッセージである。はじめに挙げたレベルの話は、そういうことなのかな、と思います。だからできないことに心を占拠されないよう、逆に言えばできることに集中できるように、自分の心を少し注意深く観察していこうと思っています。

040216 わたしにはわからない、けど。

他人には、自分の苦しみなんてわからない、ほんの少し、その痛みを思いやることができるだけ。昼ご飯を食べながら見ていたテレビで、女優さんが言っていました。

悩みを相談して、何を言っているのかわからないと突き放されることがあります。しんどい現状を報告されて、想像はできてもそれはやっぱり想像にすぎなくて、何も言えなくなったり、不適切なことを言ってしまうことがあります。わかった気がしてそう伝えて、おまえにはわかるはずがないんだと、言い放たれてしまうことがあります。

どうしてわかってくれないんだろう、どうしてわかってあげられないんだろうと、少し焦っていました。でも、わからないのが、当たり前なのかもしれません。わからないなりに、それでもできることを探してみようと思っています。

040217 不安なんてものも自分次第なのだから。

わたしが悪い予想を立てたとしましょう。その予想の裏付けは常に、そのへんにたくさん転がっています。わたしがよい予想を立てたとしましょう。その予想の裏付けも常に、そのへんにたくさん転がっています。

気持ちの浮き沈みを嫌というほど体験して、同じことに対する見方が一晩で180度変わってしまうのを何度も何度も実感して、不安になるのも安心するのも、自分次第なんだな、と、ふと気づきました。「周りがわたしを不安にさせている」というわけでは、なかったのです。「こんな状況なんだから、わたしが不安になるのも当たり前だよ」と怒っていたことは数知れずあったのですけれど、今思えば、自分を不安にさせていたのは、自分でした。

不安になろうと思えばどれだけでも、材料を拾ってくることは可能なのですけれど、それは単にそういう材料を選んで拾っているに過ぎない、そういうこともあるのでしょう。できるだけ気持ちをまっすぐ保ちたいものだと、思っています。

040221 過去からのメール。

夜中、そろそろパソコンの電源を切ろうとしているとき、クラスの女の子からメールが届きました。わたしの高校時代のクラスメイトである、とある女性の名前を挙げ、覚えているかどうか問う内容でした。なんでも、彼女の実習先の病院で、わたしのもとクラスメイトに指導を受けているのだそうです。わたしの話を出したら、懐かしいと喜んでいた、とのことでした。

何か伝えることはないかと聞かれて、困ってしまいました。確かに、彼女の顔は覚えています。マイナスの感情を持っているわけではありません。でも、特に伝えたいことは、思いつきませんでした。強いて伝えるとするならば、覚えていてくれて嬉しかったということになりましょうか。ひどく月並みですけれど。

病気だったり回りにとけ込めなかったりした高校時代でした。高校時代を思い出さされると少しとまどうのは、そのせいかもしれません。高校時代の友人と会おうとしないのも、そのころのわたしに引き戻されそうで怖いからなのだろうと、思っています。

040222 因果応報と自衛手段。

日記ログの一部削除と、サイト注意書きの更新を行いました。今までになかったことが一つ起こって、少し取り乱し、そして、自衛の方法を講じなければならないと痛感したからです。このところ少し図に乗っていたかもしれないと反省したから、でもあります。

以前、知り合いの女性が、あるイベントを企画しました。その案内を新聞に載せた際、彼女の携帯電話番号が連絡先として載りました。イベントが終わって、いたずら電話などはかからなかったのかとたずねたわたしに、彼女は、とうとう一件もかからなかったと答えました。「きっと、正しいことをしているからということで、神様か何かに護られているんだろうね」と、彼女は笑っていました。

そういうことって、あると思うのです。気をつけろという警告だと受け止めて、対策を講じました。これからも、今まで通り静かに文章を綴っていこうと思っています。

040223 芥川賞と純文学。

ちまたの流行に乗ってみようと決意して、文芸春秋を買ってきました。もちろん、芥川賞受賞の2作品が目当てです。本屋を3軒回って、やっと見つけました。

そういえば、芥川賞ってそもそもなんだったっけ、と思って調べてみました。

各新聞・雑誌(同人雑誌を含む)に発表された純文学短編作品中最も優秀なるものに呈する賞(応募方式ではない)。主に無名もしくは新進作家が対象となる。

文芸春秋のサイトが出典です。じゃあ、純文学って何よ、と、広辞苑を調べると、

大衆文学に対して、純粋な芸術を思考する文芸作品、殊に小説。

とありました。芥川龍之介の小説は、確かに、純粋な芸術、という感じがします。話の筋自体よりも、文体や、文体によって作られる全体の雰囲気に価値があるように感じられる、というのが、芸術であると思えるゆえんでしょうか。これまで芥川賞を受賞した作品のうちで、読んだことがあると自信を持って言えるのは、以下に挙げる作品です。読んだ気がするけど詳細が思い出せないものは、省きました。

このうち、「芥川賞受賞作だ」と思って読んだのは、「されどわれらが日々── 」「限りなく透明に近いブルー」くらいです。受賞作だったなんて今知ったよ、というものもあります。

「されどわれらが日々── 」はとても好きで、これまで読んだ小説の中でベスト10には絶対に入れたいと思っているのですけれど、これを含めて芥川賞受賞作品って、「絶対面白いから、是非読んでごらんよ」と、人に勧めるような作品ではないように感じます。「個人的には大好きだし大事にしたい作品なんだけど、面白いか、と面と向かって言われたら、ちょっとわかってもらえる自信がないなあ」という感じです。

さてさて、今年の受賞作は今夜読みます。ミーハーですが、楽しみです。

040225 文章について。

ほんとうに書きたいことを書くのでなければ、文章なんて、自分の救いにすらならないし、そして、文章が持ちうると期待されている、自分を救う以外の力も、きっと持ち得ない。そう、思っています。

でも、ほんとうに書きたいことというのは必ずしも、いつも自明なわけではなくて、文章に込めたと思っていた意図とは別に、存在することもあるようです。

何らかの意図があって書いているはずの文章なのに、それ以外の、たとえば嫌われたくないとかそういう雑念が、書いている端から入り込んでくることがあります。書いている間に気づくこともありますし、後日読み返して気づくこともあります。行間から立ち上るそういう雑念は、文面で表しているはずの意味を押しのけて前に出てきます。たぶんそういうときにするべきなのは、だましだまし書くことではなくて、思っていること自体を切り替えること、なのでしょう。

わたしは、大事な文章ほど、いきなり舞台裏から書き始めがちです。たぶん、相手に受け容れられないことが怖くて、だから舞台裏を見せて、かけたエネルギーをむりやりにでも感じ取ってもらおうとしていて、せめてその、労力だけは認めてよというのが、たぶん本音なのでしょう。これのいったいどこが、相手を想った文章なんだ?気づいたときには、暗澹とした気分になりました。

だからどうした、というわけではないのですけれど、なんだかとても久しぶりに、文章を書くということについてまっすぐに考える機会を得たものですから。書けばいいってものではないし、まずは想いありきなんだろうな、と。

040227 CBT受験。

今日は、CBTの日でした。CBTとは、computer-based testingの略で、基礎医学・臨床医学の内容を問うテストです。全部で360問、だったでしょうか。コンピュータ上で行います。マークシートを塗りつぶすかわりに、選択肢の前についているラジオボタンをクリックして回答します。

学校のパソコン室に、真新しいコンピュータが108台、備え付けられていました。

一問あたり1分の回答時間が割り当てられていました。だいたい15秒平均で回答して、早々に退室してきました。分かるものはすぐに分かるし、分からないものは考えても分からない、そんな問題が多かったように思います。

進級には関わりません。今回のテストは、このCBTを2年後に、臨床実習への仮免許として正式採用するまえの、実験の一環でした。とはいえ、後日結果は知らされるそうなので、どういう結果になったのか、多少気になるところではあります。

040228 言葉を選ぶ。

言葉を重ねて、たくさんの言葉を費やして、なるべく正確に語ることを心がけてきました。でも、短い言葉を精選して使うという方法もあるのですね。そのほうがよほど難しい。

文章がうまくなりたいなら詩を読むのがいいと教えてくれた先輩がいました。そのときのわたしには、その言葉の意味がわかりませんでした。今なら、わかるような気がします。

言葉を磨けということですねと、その先輩に確かめてみたいのですけれど、その先輩はもう、そんな会話のことなど、きっと忘れていることでしょう。

040229 チャゲアスカウントダウンライブin札幌。

夕食後、ふとテレビのチャンネルを変えると、2003年の大晦日に行われた、チャゲアスのカウントダウンライブの模様を放映していました。彼らの姿を画面で見るのはとても久しぶりでした。テレビ欄でチェックしていたわけでもなかったのにほとんどはじめから観ることができたなんて、ラッキーだったと思います。

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1979年デビューで、今年で25周年なのだそうです。15周年記念盤のyin & yangを、買おうかどうしようか迷っていたのは、10年前。高校生のころでした。迷っていた場所は、はっきり覚えています。某スーパーの4階にあったCD屋でした。ポスターが天井から下げてありました。さあどうしたものかと、ずっとうろうろして、結局買わずに帰ってきたのでした。買ったのは、大学に入ってバイトを始めたあとでした。

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ぼんやり観ていたら、「SOMEDAY」がかかりました(歌詞)。CHAGEが一人で歌っていました。調子がよかったのでしょうか、とてもよく通る、素敵な声でした。中学生から高校生にかけて、文句なしにいちばん好きだった曲でした。どんな想いで聴いていたのか、今はよく思い出せないのですけれど。

そもそもは、CHAGEが率いていたバンドであるところのmulti maxの曲だったと記憶しています。でも、わたしが聴いていたのは、「太陽と埃の中で」のカップリングで、CHAGEとASKAが二人で歌っているライブバージョンでした。multi maxのアルバムも聴いたことがありますけれど、チャゲアスの二人が歌っている方がずっと好きです。

今聴いても、とてもいい曲だと思います。 It's a long way to you, it's a long way to love.――Yes, it certainly is.


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