淡々としていなくもない日常。>日記・雑記目次 >2003年11月の日記

◆2003年11月の日記◆

031102 「白い巨塔」と世論の形成。

「白い巨塔」を、毎週観ています。ドラマを毎週観るなんて、小学生の頃以来です。原作と比較照合するのが楽しいです。

癌の全身転移を起こした患者さんが出てきました。内科の里見医師が外科の財前医師に、何とかできないかと詰め寄っていました。何もできない、大学病院から市中病院に転院させたほういい、と言い切った財前医師を、冷たいと非難していました。

このドラマには、<患者さんのことを第一に考える里見医師>対<自分のことを第一に考える財前医師>という構図があるようです。その構図に当てはめて考えると、何もできないと言いきる財前医師は人非人、ということになりましょうか。

しかしこの場合、少なくとも手術という意味では、何もできないと思います。もちろん、できるだけ楽にとか抗がん剤だとかそういうことはできるのでしょうけれど、財前医師が、「手術の得意な外科医」としての能力を発揮する場はなさそうです。また、大学病院は、末期癌の患者さんに入院していただくのに、必ずしも常にベストの施設であるとは限らないと思います。その患者さんに必要な医療は、大学病院でなければできないものではないでしょうし、大学病院だからといって最善が期待できるものでもありません。その意味では、里見医師が財前医師を非難するのは、おそらく筋違いです。

ドラマのキャラクターに善悪のイメージを振り分けて、彼らに何らかの言葉を言わせれば、見ている人の意見を誘導するというのは、たとえ製作側にそういうつもりがないにしても、そんなに難しいことではないのでしょう。これからどんな場面が展開されるのかわかりませんけれど、できればこのドラマが、医療に対する誤解を増やさないことを願っています。

031103 CGIの設置。

とあるサークルのサイト管理者を務めています。サイト構築は一通り終わっているので、今の主な仕事は、活動予定の告知と活動記録の書き込みです。

htmlで管理していたのですが、これがなかなか、たいへんでした。いったんいじりはじめると速いのですが、取りかかるまでがたいへんで、月一回程度の更新頻度さえ、保てないほどでした。ついつい延ばし延ばしにして「予定」だったはずのものが「記録」として載ってしまうという失態を、数限りなく重ねてきました。 これはいくらなんでもまずいだろうということで、CGIを導入しました。(→http://www.t-okada.com/cgi/)サークルサイトの置き場には、CGIも置けるのです。文字コードに起因するありえないエラーの嵐などに遭遇しながらも、先ほどなんとか設置を完了いたしました。

ログを移行してみました。これまでの苦労はなんだったんだ、というほどあっさり移動できました。6時間くらいを見込んで作業をはじめたのに、CGI設置からログ移行まで、2時間も経たないうちに終わってしまいました。CGIって素晴らしい。このサイトも、いつかCGIに移行しようかしら。

031104 目標設定、そして評価の技術。

たとえば胃潰瘍について勉強するとします。胃潰瘍について理解しなければならない、あるいは理解したいと思うから、勉強するわけです。そのためにはおそらく、胃の位置だとか形だとか、胃液の組成と分泌される条件だとか、そもそも潰瘍という言葉の定義だとか、胃潰瘍の症状だとか、似たような病気と区別する方法だとか、必要な検査だとか、内視鏡所見だとか、病理所見だとか、結構似たような病気である十二指腸潰瘍だとか、原因として最近話題のピロリ菌だとか、胃の手術だとか、薬だとか、予防法だとか、頻度だとか、まあ、いろいろと勉強する必要があります。

3日間カンヅメで勉強したと仮定しましょう。解剖・生理・内科・薬理・細菌・外科・病理・公衆衛生、その他諸々の教科書を開いて、胃潰瘍と関係ありそうな部分を読んだとします。わからない言葉は別の本で調べました。さて、この時点で、「わたしは当初の目的どおり、胃潰瘍について理解した」と言い切るのは適切でしょうか。

◆◇◆◇◆

「理解した」というのは、簡潔であると同時にあいまいな言葉です。「わたしは理解した」と思っていたとしても、誰かに「ほんとに?」と確認されたら、「たぶん、理解した、と思う」と、ちょっと弱腰になってしまうでしょう。

そういう「理解」を目標に勉強していたとしたら、目標が達成できたのかできていないのか、わからなくなってしまう危険があります。目標が達成できたという自信がなくとも、たぶんいつかはなんとなく疲れたり飽きたりして「胃潰瘍の勉強」はおしまいになるのでしょうけれど、できれば「ここまでやったから目標は達成、よって終了」と言いきることができたほうが、気分はよいはずです。

ということは、目標は、測ることのできる言葉で述べられねばなりません。たとえば、「自分で納得できる胃潰瘍の定義を、A4一枚にまとめて、ノートに書く」とか、「胃潰瘍を疑うべき症状を5つ挙げることができる」などです。できるかできないか、やったかやらないかがはっきりする基準が必要なのです。

◆◇◆◇◆

漫然と学校に通っていると、ノートを書いて教科書を読んで、なんとなく勉強した気になって、でも時に不安になります。はたしてこれでいいのか、と。やる気を失う時もあります。何をやっていいのかわからないこともあります。そもそも目標があいまいだから、どこで満足していいのかよくわからないのですね。

目標を測ることのできる言葉で述べる、というのは、勉強の場面だけでなく、いろいろなところで応用が効く技術だと思います。しばらく試してみることにします。

031105 先入観を持ってサイトをみる。

家族殺傷事件で逮捕された女子高生がサイトを開設していると、今朝の新聞にありました。新聞には、サイトのトップページとおぼしき写真も、掲載されていました。

わたしはいま、こうやってサイトに日記を書いています。もしわたしが警察に捜査されるような身の上になったら、このサイトも重要資料として警察の捜査対象になったりするのでしょうか。「なるほどあやしいやつだ、こういうやつが犯罪を犯すのだな」なんて、当局に「理解」されてしまうかもしれません。それを想像すると、ちょっと憂鬱です。

「このサイトは、これこれの犯罪を犯した人間のサイトである」といわれれば、たとえば今だって、多くの人、特にそのような情報を得てからこのサイトを見る人は、なるほど確かにそのような人物像がうかがえる、と思うでしょう。同様に、「これは、これこれの偉業を成し遂げた人間のサイトである」といわれれば、これまた多くの人が、なるほど、とうなずくでしょう。

くだんの女子高生のサイトは今、多くの人の、「なるほど」という視線にさらされているのでしょうか。それとも今はアクセスできないのでしょうか。

031106 手帳への期待。

「ほぼ日」で、手帳を注文しました。

手帳を持つのは、4年ぶり、くらいでしょうか。一人暮しをやめて実家に戻ってからは、手帳を持たずに過ごしてきました。どうしても必要なことは、冷蔵庫の側面に貼ってある、毎月一日に新聞とともに届けられるカレンダーに書きこんで、それで済ませています。個人的な予定は、部屋のホワイトボードに書いています。机の前の壁に、メモをピンでとめることもあります。一時期は、モバイルに書きこんでアラームを鳴らしていました。

それで確かに用は足りるのですけれど、来年は、手帳を使います。手帳を使おうと決意したから手帳を注文した、というよりは、手帳を注文したくなったから手帳を使うことにした、のほうが、より真実に近いかもしれません。

注文したのは、10月のはじめでした。届くのは、11月末なのだそうです。たとえば臨床実習の日記を書き込もうとか、各種の思いつきはできるだけその場でメモしようとか、使い方をあれこれ、今から想像して楽しんでいます。

◆◇◆◇◆

「手帳が来たら、来年は…」繰り返しているうちにふと、手帳の導入によって、何かしら生活に変化が訪れるのではないかと期待していることに気づきました。「何か」によって生活が劇的に変わるなんてことはそうそうありません。閉塞感を打破してもらおうなんて思っちゃいけません。でも、何か変わってくれるだろうという他力本願な期待はなかなか去ってくれません。

031107 卑下すること。

やたらと自分を卑下する人がいます。「わたしなんか」「わたしの作ったものなんか」「皆さん頭がいいからついていくのが精一杯で」最初はそんなことないよといちいち否定していたのですけれど、あまりにしつこいので、とうとう頭に来ました。「あのさ、そういう態度を取らせているのはわたしなの?わたし、人格を否定するような態度をとってるのかなあ?」そうではない、と言われました。本人が卑屈になっているだけなのだそうです。ひょっとしたら本当のことが言えないだけなのかもしれませんけれど、他の人にも同じような態度をとっているようですし、本人の言葉を信じることにします。「だったらひょっとして、そうやって謙遜すればわたしが喜ぶとでも思ってる?馬鹿にするのもいいかげんにしてよ」

◆◇◆◇◆

謙遜というのは昔から美徳のひとつに数えられています。確かに、わたしはえらいんだと言わんばかりの傲慢な態度は見苦しいです。しかし、だからといって、自分を卑下しつづけるのも困りものです。礼儀として、そんなことないよと言い続けることになるわけですが、5分も続くと疲れてきます。自分を卑下して位置を下げて、わたしを相対的に上げておけば、わたしが喜ぶと思っているのだろうかこの人は、と勘繰ってしまいます。さらに、彼/彼女の自己否定を、わたしが否定するという構図を、強制されているような気がして不愉快になってきます。「ああそうさ、確かにキミはキミの言うとおりダメなやつだね。わたしもまったく賛成だよ。よくわかってんじゃん、そのへん」とか言ったらどうなるのかなと、意地悪なことを想像したりします。言いませんけどね。

落ち込んでいて自己否定するしかない気分、というときというのはあると思うのです。そういう気分が感じ取れたときには、自己否定を否定しつづける役を買って出ることは特に苦にはなりません。それで安心できるなら、つきあったげるよ、そういう感じです。こっちに腹が立たないのは、別にわたしの機嫌をとりたいとかわたしに肯定してもらいたいとかそういうわけではなく、単に自己否定しているだけだから、ということになるでしょう。

◆◇◆◇◆

要するに、回りくどくわかりにくい方法でわたしをコントロールしようとしないで、ということなのです。正々堂々とかけあってくれたら、きっとそれなりに対応しますから。

031108 「やった」という証拠。

バイト先の塾で、生徒に紙を配りました。わたしも同じものを一枚もらいました。勉強時間を記録する紙なのだそうです。たて40マスxよこ4マスに区切られた長方形が、横方向に7つ並んでいます。15分間勉強したら1マス塗る決まりなのだといいます。曜日ごとに色を決めて塗ると、できあがりがカラフルになってよいそうです。

予定を立てるのも大事なのですけれど、やったことを記録するのも大事だと考えています。「今日はがんばった」という小さな達成感を少しずつ積み重ねて生活することは、幸せを味わう上でも、何らかの努力を続ける上でも極めて有効です。そういう意味で、「15分間勉強したら1マス塗る」というルールは、やったらやっただけ視覚に訴える証拠が積みあがりますから、ずいぶん効果があがるだろうと思うのです。

◆◇◆◇◆

そういえばわたしは現在、とある症例集を読む際、一症例終わるたびに目次のタイトルに色を塗っています。受験生時代には問題集を解く際に、解く問題のすべてにその日の日付と解けたかどうかを記入していました。「今日勉強したことノート」を作って、解いた問題すべての問題番号と、読んだ教科書のページすべてを、詳細に書き込んでいたこともあります。そうやって得られる小さな満足感を報酬として、ずいぶん飽きっぽいながらもなんとか、日々の努力というやつを可能にしてきたのでした。

◆◇◆◇◆

せっかくもらったこの用紙、しばらくマニュアルどおりに使ってみようと思います。少しはモチベーションが上がるかもしれません。

031109 クレームの心理、訴訟の心理。

とある人から『おまえはクビだ』と取れるメールがきました。さみしかったですけれど、わたしのできることと彼らの求めることが違うのならば仕方がありませんから、わかりました、やめますと返信しました。すると、実際にはこれこれの事情であって、クビにするという意味ではない、仕事はぜひ続けてくれというメールが来ました。

正直なところ、かなり感情を害しています。「そういうつもりではなかった」ということは頭ではわかるのですけれど、釈然としません。結局ただの間違いだったわけなのですけれど、その間わたしが心を痛めたという事実は、誰からも一顧だにされずに終わるのでしょうか。

◆◇◆◇◆

感情を害した、という旨を伝えようとして、さて、どうしたものかと、キーボードを打つ手が止まりました。

「クビならわかりました、もう降ります」と言うつもりは、今はもうありません。クビにならないのならばもう少し続けてもいいと思っています。

わたしがこのまま仕事を続けるのならば向こうとしてはもうそれ以上のことはどうでもいいのかもしれません。でも、それではわたしの気が済みません。

何を伝えれば、わたしは気が済むのでしょうか。『そういう不注意な言動は二度とやめてくれ』と言いたいのでしょうか。『メールは読み返してから送れ』でしょうか。でも、そんなことを言われたって困るということくらいは、想像できます。別に公式に何かを取り消すというほど公になった話でもありません。失言を認めたうえでちゃんと謝れと言いたいだけなのかもしれません。

◆◇◆◇◆

再発を防ぎたい、対応が気に入らない、一言謝れ、などという気持ちがこうじて訴訟になるケースが、医療訴訟では多くあると聞きます。わたしのケースはもちろん、医療訴訟なんてものに比べたらずっとずっと些細なことなのですけれど、気持ちの流れは似ているのかもしれない、と、ふと思いました。

さてさて。メールには何と書きましょうか。

031111 認知の歪み。

以前ある人に、『いつだってメールが返ってこない』と抗議したら、『返事を書いていないメールを特定せよ』と言われました。では、と転送しようとしたら、3通しかありませんでした。わたしの予想では数十通はありそうだったのに。真相は、一通の『わたしにとって重要なメール』に返信が来ていなかった、それだけのことでした。

◆◇◆◇◆

わたしの読んでいるテキストサイトの管理者さんたちが、同じ地域に固まっているような気がしていて、その地域の人とは気が合うのだろうかと想像していました。実際探してみたら、5サイトしかありませんでした。プロフィール欄にくだんの地名を見つけるとつい注目してしまう、それだけのことでした。

◆◇◆◇◆

「どうしてあの人はいつもいつも…」「だってみんなやってるのに…」「わたしの周りってこんな人ばっかり…」しばしばわたしは、不当なまでに多くの『なにものか』に囲まれていると訴えます。しかしそれは多くの場合、何らかの事情である条件を満たす人あるいはモノが、強く印象に残るからに過ぎないのですね。

「だってみんな持ってるんだよ〜」「みんなって誰と誰と誰、言ってみなさい」幼い頃のこんなやりとりは、ふとした拍子に繰り返されてしまうものなのかもしれません。

031112 疑問の袋小路にはまっていたころ。

031112の、小町さんの日記を読んで思ったことなど。

「なぜ」「なんのために」を、問うてしまう小学生でした。どうしてこんなことをしなきゃいけないんだろう、いわれるままにこれをしていていいんだろうか、そんなことばかり考えてしまう中学生でした。これではたぶん、いけなんだよなあと、考え込んでしまう高校生でした。

たとえば勉強に関しては、『勉強なんかしていていいんだろうか?』と、考えてしまう学生でした。それにはたぶん、二つの理由があります。ひとつは、わたしにとって、いわゆる『学校の勉強』という課題がさして難しくなく、疑問をもつだけの余裕があったこと。もうひとつは、わたしのプライドのよりどころが『学校の勉強』以外になかったために、『勉強ばかりしているとよくない』うんぬんの言論に、過敏になっていたことです。

スポーツはどれだけ努力しても絶望的、クラスマッチや体育祭では明らかに足手まとい、音楽センスも望み薄、集団行動が苦手、そのうえ、プライドが高く臆病でした。そんななかで、自分が他人よりできると思えることは、勉強くらいしかありませんでした。『だよね、勉強はしなきゃ。学生の本分だよね。』と、たとえば祖父母に笑顔でうなずきつつ、『本当にそうなんだろうか、そうでなかったらわたしはどうなってしまうのだろう』とおびえていました。そして、各種の活動あるいは勉強に、特に疑問を抱くことなく打ち込める周りの人達を横目で見ては、ああいうふうになりたいと、一人で悩んでいたのでした。

何度か、音楽やスポーツに挑戦してみましたが、人の5倍の時間を費やして半分も進歩しないという状況は、なかなか耐えがたいものがありました。絵でも描いていれば、もう少し上達がみられて、楽しく過ごせたかもしれませんね。今ではそう思います。

◆◇◆◇◆

今でも当時の自分を思い出すと、少し気の毒に思います。でもまあ、じゃあほかにやりようがあったのかと言われるとなかったような気もしますし、そのときいろいろくよくよ悩んで考えたことが、今のわたしの基盤を作っていることは間違いありません。そして、当時主観的には非常にしんどかったおかげで、人生右肩上がりだと思い込むことができています。ですから、それはそれでいいのでしょう。

031114 べてるの講演会。

明日・明後日は学祭です。学祭に、「べてる」の医師およびメンバーが来ます。べてるとは、精神障害者が地域で活動するための共同体、といえばいいのでしょうか。詳しくは、べてるのサイトをごらんください。

今日は、べてるのメンバーがうちの大学の精神科の先生がたのために講演をするということで、学祭の諸々の準備が終わったあとに、聞きに行きました。明日の講演は学祭の仕事のため、聞けない可能性が大きいのです。

◆◇◆◇◆

講演のなかで医師が、「はじめはアルコール依存症を中心に診療していた。はじめの3年は誰一人として断酒させられなかった。次の4年は、医者としての働きは少なくなった気がしたけれど、しかしそれでも、患者さんは断酒していった。自助グループとチーム医療の威力を、そこで学んだ。」と述べていました。

たくさん努力すれば多くの結果を手にできると期待してしまいがちです。少なく努力すれば少ない結果になるだろうとあきらめますし、あきらめるべきだと自分に言い聞かせます。この場合の努力というのは、使ったエネルギー、費やした時間、結果として感じる疲れ、などです。しかし、特に人間を相手にしているときには、やればやるほど、というわけには行かないことも、しばしばあるのでしょう。

◆◇◆◇◆

高校時代、素行は良くないけど頭は抜群にいい数学の先生がいました。「わしはほとんど教えんじゃろう。じゃけぇ、生徒は危機感を持ってよう勉強する。ほいじゃけぇわしの持ったクラスは、自習は多いが成績はええんじゃ。」と、いつも自慢していました。なんて手前勝手な理屈なんだと当時は疎ましく思っていましたけれど、案外真実なのかもしれません。

031115 裏方仕事。

今日は学祭でした。べてるの講演会があって、わたしはその裏方でした。

朝9時に学校の講堂に準ずる建物に集まり、机を全部どけて椅子だけにし、ほかの部屋から椅子を運び込みました。演者が上がる台は、いったん引っ込めたあとやっぱり後ろから演者の顔が見えないからと出した直後に、べてるの人は聴衆と同じ高さを希望しているという連絡がきて、再び引っ込めることになりました。パソコンで資料を映すということだったのでしかるべく場所を空けたら、結局パソコンは使わないとの連絡がきました。ドアのガラスに「べてる講演会」と貼ったらテープを貼ってはいけないと事務所から苦情がきてあわててはがし、毎日新聞ニュースの板に移し替えました。館内禁煙のため外に喫煙所を作っておいたのに雨が降り出してあわてて屋根のある場所に灰皿を移しました。

だいたいこんなもんかな、と一休みしていると今日の演者であるべてるの人たちが到着しました。彼らのお茶と、自分の昼ご飯を買いに行って戻ってくるとお客さんが続々入ってきていました。ゴミ箱ないよ、といわれてハイハイと段ボール箱にビニール袋を貼って出し、演者用の水がなかった、と言われて買い出しに行き、そうこうしている間に講演会が始まりました。遅れてくる人を空いた席に誘導しているうちに電話がかかってきました。

◆◇◆◇◆

交流会会場の鍵を開けに行き、そのまま交流会の準備に入りました。机と椅子はすでに並べてありました。「べてる交流会会場」の紙を貼り、買ってきてくれたお菓子を皿に並べ、ゴミをまとめて隅に寄せ、インスタントコーヒーとティーバッグの紅茶を淹れました。交流会場に人が来はじめるてからはますます高速でお茶を出し、ポットの水を5回追加して沸かしました。マイクがない、責任者だろ、と言われてそうだったっけ、と首を傾げ、ちょっとわかんないや、と答えるも、ふと記憶がよみがえったのでその記憶を頼りにマイクを壁に作りつけの箱から取り出し、司会に渡しました。交流会が中盤になるとマイクを持った人の話をみんなで微動だにせず聞く、というスタイルができてしまって誰もお菓子やお茶を取りに来なくなったので、手伝いにきてくれた女の子二人と、お菓子とお茶を配って回りました。交流会を時間通りに終了させるか司会に聞かれ、頼む、と答えました。交流会は時間通りに終了しました。

「みなさん、お菓子は食べて帰ってください。そして、もしよろしければ、机の移動を手伝ってください!」司会のマイクを奪って叫び、はーいこっちですよー、とお客さんを誘導、机運びの指揮をとりました。机を並べて残ったお菓子を一カ所に集め、ここで時間切れ。あとの指示を残してバイトに向かいました。

◆◇◆◇◆

なかなか密度の濃い一日でした。一緒に働いた人たちが気持ちのいい人ばかりだったので、気分の良い一日となりました。いなくなる人は居場所を明確にした上でいなくなっていました。仕事を残してその場を離れる際には必ずその場の誰かに一言引き継ぎがありました。あたりまえのことばかりなのですけれど、徹底されていることは少ないものです。

ちゃらちゃらして信用ならんと思っていた人が、ずいぶん細かい気遣いができる人なのだと発見しました。 あれ、これが足らない、と思ったときに、躊躇せずに状況を改善すべく動けたのは、わたしにとって大きな収穫でした。

祭・イベントはあまり好きではないとずっと思ってきました。模擬店のあのテンションは今でも苦手です。結局、昼ご飯は模擬店ではなく、コンビニで買いました。ステージも、3階の窓からちらりと見ただけです。でも、イベントの裏方で働くのは、実はかなり好きなんだなあと、認識を新たにしました。だって今日は楽しかったですもの。

031116 学祭2日目。

今日も学祭でした。今日は医学展の係で、午後学校に行きました。

前半救急蘇生講習の係でした。救急人形を使って、来た人に心肺蘇生の練習をしてもらうのです。後半は心電図の係でした。来た人の心電図をとり、波形の読み方を説明しました。

それなりに明るくて親切な「係の人」であれたと思っています。そのときのテンションの反動で、今はなんだか少し、情緒不安定になっているようです。

明日は朝早く、片付けのため学校に行かねばなりません。その後はいつも通り授業です。

031117 開業医の先生。

今日午後7時から学校で、開業医の先生による講義がありました。わたしの友人が夏休み、その先生のところに実習に行っていて、その縁で実現した講義でした。

◆◇◆◇◆

同じ科の医者複数でグループを作って、診療所を運営していく方法がある、という話がありました。

開業医の先生は、一人で診療していたら24時間拘束されます。物理的に診療室にいないとしても、電話には対応しなくてはならない場合が多いです。慣れによる集中力の低下もあります。何百枚とある正常なレントゲン写真から、肺癌がかすかに写っている写真を一枚探し出すのは、十枚に一枚程度肺癌が隠れていると予測される場合に比べて、難いと予測されます。集中力には、限りがあるからです。

上記の問題の少なくとも一部は、医者が複数いれば解決できます。たとえば二人いれば、完全オフを手にすることはできます。わからないときに相談することもできます。他人に見せるとなれば、たぶんカルテもきちんと書きます。

◆◇◆◇◆

地域、できれば田舎の診療所で働くような将来をイメージしているのです。たいへんそうだけど、たとえばブドウ糖の点滴が必要といわれる子供に「点滴したい?」と尋ねていいやという返事が来たらあめ玉を渡して、「これで3時間くらいして、治らなかったらもう一回おいで」と言えば半数以上はそれで治ってしまうなど、身近で生活に密着しているところがちょっといいな、と思うのです。

でも、その地域全員に対して一人で責任を負うのはちょっとつらい、と躊躇していました。たとえばわたしが、急患について街の病院に行ってしまったら、そのあいだその地域は無医村になってしまう、というのは、怖い話です。病気もできません。遠出もできません。

複数の医者で一緒にやれば、問題はかなり解決しそうに思えます。考えたこともありませんでした。いい話を聞きました。人生設計に加えてみようかなと思っています。

楽しい講義でした。ずっと前から企画していた友人に、感謝しています。

031118 同姓同名。

会員数1000人以上のメーリングリスト(ML)に加入しています。これまでに二度、「おや、うちのクラスの人かしら」という名前にぶつかりました。どちらも別の大学の人で、うちのクラスの人と、同姓同名なだけでした。

どちらも、よくある苗字・よくある名前でした。彼らは、同姓同名には慣れているのでしょうか。どんな気分なのだろうかと、他人事ながら気になります。

◆◇◆◇◆

わたしは、同姓同名の人に会ったことがありません。

親戚以外の同姓はほとんど知りません。同名には会ったことがありません。小説などで読んだためしもありません。名前が同じ人がいたら、ぜひ会ってみたいと心から思っています。友達になりたいです。

◆◇◆◇◆

同姓同名で別人に間違われた経験がない代わりに、苗字・名前を正確に聞き取ってもらえないことは数多くあります。わたしの名前はハンドルネームどおりNoko(のうこ)ですが、初対面の人に口頭で名乗ると、85%の確率で「なおこ」あるいは「ようこ」と聞き間違えられます。苗字が聞き間違えられることも日常茶飯事です。

また、名前を正確に読んでもらえないこともしばしばあります。怪しげな勧誘電話の場合、ほぼ全例において名前を読み間違えるということがわかっているので、うちでは、わたしの名前を間違って呼ぶ電話は、即座に切るというルールが確立しています。

◆◇◆◇◆

もしもこのわたし以外にNokoをみかけたら、ぜひ教えてください。お待ちしております。

031119 現行カリキュラムの問題点。

ある先生に、この大学のチュートリアルの問題は何だと思うか聞かれました。チュートリアルというのは、グループ学習の一種です。先生は、チュートリアル教育の導入によって学生のやる気が下がっていることを感じ、危惧していると言いました。

たとえば症例提示の方法がいまいちだとか、参考図書が少ないとか、扱う疾患に偏りがあるとか、問題はいろいろ挙げることができます。しかし最大の問題は、評価方法にあると、わたしは感じています。

◆◇◆◇◆

チュートリアルの評価は、(1)コアタイムと呼ばれる症例提示の時間の態度評価と(2)コース終了時に行われる小テスト、そして(3)グループごとの発表あるいはレポートの、3つによって行われます。

(1)コアタイムにおいては、提示された症例について、疑問点を出し合います。教科書などで調べることは禁止されています。ここでは、知識は問われません。よって、コアタイムのために勉強することはありえませんし、疑問を発見するという趣旨から考えて、予習が期待されているとも考えられません。つまり、コアタイムの態度を成績に反映させるということは、学生を勉強させることにはつながりません。

(2)小テストは、典型的には○×問題を20問です。授業に出てぼんやりとでも座っていればほぼ確実に解ける問題ばかりです。授業コマ数削減のため、授業で扱う疾患は非常に少ないので、試験前に1時間程度自学自習すれば、合格点をとることは十分に可能です。

(3)グループごとの発表が、最大の問題です。前述のコアタイムにおいて、「発表者」が決められます。勉強するのは、この「発表者」だけだというのが真相です。発表の評価はグループ単位で行われます。グループとしてそれなりの評価を受けるための必要条件は、発表者が十分な準備をすることです。発表に与えられる時間は10分程度ですから、10分程度で発表できるだけの準備をすればいいことになります。その程度の準備は、一人で十分です。よってほとんどの場合、発表者だけが準備を行い、他の人は何もしません。レポートの場合もグループごとの提出で、事態は同様です。

発表者が一人だけであるということは裏を返せば、他の人はいくら調べものをしたり考えたりディスカッションしたりしても、評価される場がないということです。よい成績がつかないくらいならともかく、誰にも認識さえしてもらえない可能性があります。この状況は、著しくモチベーションを下げます。

さらにグループはほとんど毎週入れ替わりますから、実は発表者は毎回同じ人だったりします。科の間の連絡がうまくいっていないために、この事実はなかなか明るみに出ません。

◆◇◆◇◆

上記をふまえて改善策を考えました。

(1)テストを記述式にし、勉強する必要を作る。(2)グループごとの発表を廃止し、一人一人にレポート提出を課す。それに加えて、コアタイム中に、調べたことを手短に発表する時間を設け、その発表も評価に加えるとなおよい。

一言で言えば、もう少し手をかけてほしい、もう少し気にかけてほしい、ということになるのでしょうか。大学生にもなってそんなことを言っていてはダメ、でしょうか。でも、学生がみな「気にかけてもらえているんだ」と自覚したら、全体のモチベーションはきっと上がると考えています。

031120 べてるビデオと行けない理由。

放課後、学祭で行われたべてるの講演会の、ビデオ上映会がありました。当日は裏方仕事で10分くらいしか講演を聴いていられなかったので、観てきました。

◆◇◆◇◆

自分について、また、べてるについて語る、当事者の方々の映像を見ながら、自分のことを考えていました。「べてるに行ってみようかな」と何度も口にしながら、まだ一度も行っていないのです。どうして行かないのだろうかと、自分に問いかけてみました。

たぶん、怖くて行けないのだろうという結論に達しました。クラスに、べてるにすでに3度ばかり行って来た人がいます。彼女が言うには、べてるにいると、その人の本性が顕れるということです。それが怖いのだと思うのです。本性が顕れること自体が怖いというよりは、何かべてるで、わたしが非常に低い評価を受けるようなことがあったとすると、わたしはその低い評価を鵜呑みにして、訂正不可能なダメージを受けそうな気がする、それが怖いのです。べてるの価値観に反対することが、たぶん、わたしにはできません。

この、「わたしが低い評価を受けた場合に、わたしはおそらくその評価を鵜呑みにしてしまうと予測される、それが怖い」というのは、わたしの対人関係における、一つのパターンであるようにも思います。このパターンが発動するのはある種の人に対してだけです。おそらく、わたしにないものを持っていて、わたしに対して好意的であるという証拠・理由がが特に見あたらない人、ということになるのでしょう。ほかにも条件はありそうなのですが、まだ十分に言語化できていません。このパターンが発動する相手というのはたいてい、わたしにとって尊敬に値する人なので、こういうパターンのために近づけないというのは困ります。でも、今のところ、うまく解決できていません。

◆◇◆◇◆

講演の中で、べてるのモットーは、当事者が自分の問題を自分で語ることだ、とありました。それが人生の主役になるということだと、彼らはいいます。「精神科や小児科では、本人の代わりに親が全部しゃべってしまうでしょう。でも、彼らには、悩む権利も失敗する権利もあるはずなんです。」べてるの精神科医は言いました。「そういう苦労・ストレス・プレッシャーといったものは、本来かけがえのないものなんです」とも。

実は実感としてはよくわからないのです。わたし自身はどこかで、悩みとかこういううじうじした部分とかをすぱっと切り落とせたらな、と今この瞬間にも願っています。やっぱり一度は、べてるに赴いてみるべきなのでしょうか。決意が固まるまで、もう少し悩んでみるつもりです。

031121 可能性の問題。

衛生学および公衆衛生学の講義を受けているところです。衛生学と公衆衛生学、どう違うのかは今のところ、わたしにもよくわかりません。現在までに、衛生学ではデータの取り扱い方と感染症対策の話、公衆衛生学では環境問題とアレルギーの話がありました。

◆◇◆◇◆

衛生学の授業で、県の保健医療行政官の方が講義にいらっしゃいました。彼は、県の各種保健医療統計の現状とSARS対策に代表される危機管理の方略を語り、医系技官はやりがいがあると宣伝して、帰っていきました。

「可能性があると一般に公表する際には、それがありそうなのかなさそうなのか明確にしないと誤解を生む」という話が出てきました。

極端な例では、わたしが明日学校に行く途中に交通事故に遭って学校に到達できなくなる可能性は、確かにあります。しかし、無事に学校に到着する可能性の方がずっと多いです。ですから、「交通事故に遭いそうだから学校に行かない」というのは、わたしに霊感が備わっていて危機を感じる、などの特別な理由がない限り、不合理だといえます。でも、油断すると、「・・・の可能性がある」と聞いただけで、「それなら対策をとらなきゃ心配じゃん!」という反応を、してしまうことがあります。下手をすると、パニックになります。

◆◇◆◇◆

「これこれの病気ではこれこれの検査が陽性になる」「これこれの症状はこれこれの病気を示唆する」「この病気は人から人へ空気感染する」「この病気にかかると死ぬ」などなど、「〜だったら必ず〜なんだ」と聞こえる定義は、医学の中にたくさん転がっています。しかしこういう文章は、「これこれの病気ではこれこれの検査が陽性になる『ことが多い』」「これこれの症状はこれこれの病気を示唆する『確率が高い』」程度のことしか意味していないことがほとんどです。

また、「これこれの薬はこれこれの副作用を起こす可能性がある」という文章は、「きっと起こす」から「これまでに1例は報告がある」まで、様々な意味を持ち得ます。

◆◇◆◇◆

「ある」/「ない」の二元論で物事をとらえるのは簡単なのです。そうやって事象を分断して、これまで勉強してきました。しかし、現実にわたしが手にできるのはきっと、確率でしかないのでしょう。

確率の問題を勝手に二元論に変換して勝手にだまされないように、少し気をつけて勉強していこうと思っています。

031122 黄色が似合う女。

バイト先の塾の先生に、手編みのマフラーをいただきました。何色がいい、と聞かれて、鮮やかな黄色、と即答しました。

あたかも既製品のようにビニールにくるまれて差し出されたマフラーを着けてみると、似合うね、と、塾の先生および生徒にほめられました。確かに色が映えるな、と自分でも思います。「あなたは確かに黄色が似合うイメージだわ」先生に言われました。

◆◇◆◇◆

黄色が似合う、と言われたことは今までに何度もあります。母から、友人から。

しかしわたし自身は実は、黄色の服をほとんど持っていません。冬着る色はたいてい、紺・茶・藍色などの暗い色です。夏はもう少し明るい色を着ますけれども、黄色は着ません。持っている小物にも、黄色のものはほとんどありません。それなのにどうして黄色のマフラーを希望したのか、未だに自分でもよくわからないのですけれど、今わたしが持っている服と合わせることを考えると、正しい選択だったみたいです。

◆◇◆◇◆

今日バイトに行ってみたら、高校生が皆、先生にもらったマフラーを巻いていました。それぞれの選んだ色は、いつも着ている上着の色と似ていたり補色だったりいろいろだったのですけれど、皆ちゃんと自分に似合う色を巻いていたのが印象的でした。

031123 よい知らせを運ぶ電話。

よいことがあったのだと友人から電話をもらいました。

そうやってよいことがあった時にわたしの存在を思い出してくれたことがうれしくて、そしてまた、そのよいこと自体も、本当に素敵な話で、ずいぶんと幸せな気分になりました。

よい話になるとつい隠したり、悪いことだけ報告したりしがちです。それはたぶん、一種の謙遜だったり礼儀だったりするのでしょう。やっかまれても面倒だし、という思いもあるかもしれません。けれど、こんないいことがあったんだよ、という話は、聞いている者に、幸せを分けてくれるものでもあるのですね。

031124 医者にとって大事なこと。

先日病院に行きました。最近飲み始めた薬について、調子はどうかと聞かれ、飲んでる方が、調子がだいぶんいいみたいです、と答えました。すると、その医師がカルテから顔を上げ、わたしを見て、よかったね、じゃあこのまま続けようね、と、すごくいい笑顔で応えてくれました。診察はそれで終了でした。でも、その笑顔がとてもうれしかったのです。

その病院は、ずいぶんよくはやっています。待合室はいつ行っても混み合っています。おそらく技術も優れているのでしょうけれど、人気の一番の理由は、医師の態度だとか笑顔だとか、そういうところにあるのかもしれません。

031125 虐待に関する私見。

「虐待ってとんでもないこと?そんなことをするのは極悪非道?」と、あるメーリングリストで問われました。

子どもにとって迷惑なことであるのはまちがいありません。子どもの成長にとっては害になるでしょう。そういう意味ではとんでもないと言っていいと思います。でも、多くの人は、一度や二度、虐待をしそうになってしまうものではないかと、考えています。

◆◇◆◇◆

特に第一子の場合、初めての子供を抱えて不安がいっぱいで自分のやっていることがこれでいいのかわかんないし子供は寝ないし泣いてばかりだしいうこと聞かないし、自分自身睡眠不足で疲れてるし、夫は仕事に出かけてしまったし、早く帰ってきてよぉ、とか文句を言っても関係が悪化しそうな気がするし、何でわたしばっかり、と思うけどそれを言ったらおしまいだし、自分の親に頼ろうと思っても親はたぶん別のところに住んでいるし、電話とかかけて心配させるのも何だし、ひょっとしたら新婚で引っ越してきたばかりかもしれないし、自分自身仕事を辞めていたり休んでいたりして、社会に置いてきぼりにされるような不安が収まらないかもしれないし、外にでようと思っても乳児を連れていては買い物一つ出かけるのも一苦労だし、あれもできてないしこれもできてないし・・・

となると、たぶんお母さんはストレスがいっぱいで、ちょっと精神的に「まともじゃない」状態になって「弱いものいじめ」=虐待(らしきもの)に走ってしまったとしても、そんなに「信じがたい」ことではないような気がするのです。

◆◇◆◇◆

そういう過酷な状況下でも、虐待めいたことをいっさいせずに立派に子育てする人は多いでしょう。おそらくそれが「普通」なのでしょう。でも、するとしないとでは紙一重で、たまたま危ない時期に幸運が重なったからなんとか虐待しなくてすんだ、というケースは多くても不思議ではないように思えるのです。

しつけなどの名目で、まったく悪気がないままに子どもを傷つけることも多そうです。従来行われてきた「しつけ」と、親の中で区別が難しいケースもあることでしょう。昔なら、周りにかばってくれる人が多かったからなんとか耐えて糧にすることのできた「しつけ」でも、今は子どもにとって耐え難いものであるかもしれません。

◆◇◆◇◆

本当は、地域ぐるみの子育てだとか、夫婦共同での育児だとか、多世代同居による協力だとか、いろいろ理想はあるのです。しかし、じゃあ今すぐ実現できるかと言われると、今すぐは無理な場合が多いと思います。

リスクが高そうな家庭を保健師さんが昼間訪問する、という話を聞いたことがあります。そうやって、子供とお母さんの二人だけで密室内に長時間過ごすことを防ぐような手だては、ひょっとしたらすごく、虐待防止に有効なのかな、と思っています。「とりあえず」「いますぐに」行政として介入できる部分ですし。

よし、自分が当事者になったら、とりあえずは「自分と子どもの二人だけで家の中に閉じこめられる」状態をできるだけ少なくするのが目標だ、って、そういう心配は少し気が早すぎる気もするのですけれど。

031126 大学病院の医者は名医なのだろうか。

なかなか扇動的なタイトルです。これは、今日の公衆衛生学の授業のはじめに、問われた問いです。

◆◇◆◇◆

この問いに答えるには、算数が少し必要です。

ある検査があるとします。この検査がどれだけ正確な検査なのか、というのは、感度と特異度という尺度で表されます。感度と特異度が高いほど、正確な検査ということになります。

感度というのは、ある病気を持った人にその検査を行った場合、陽性と出る確率をいいます。たとえば感度99%の場合、100人の病人にその検査を行ったら、99人が陽性と出て、1人が陰性と出ることになります。この1人は偽陰性、つまり、本当は病気なのに検査で引っかからなかった人です。

特異度というのは、ある病気を持たない人にその検査を行った場合、陰性と出る確率をいいます。たとえば特異度99%の場合、100人の健康な人にその検査を行ったら、1人が陽性、99人が陰性と出ることになります。この1人は偽陽性、つまり、本当は健康なのにまちがって検査で陽性となってしまった人です。

◆◇◆◇◆

さてここで、感度・特異度ともに99%の検査を、10万人を対象に行うと仮定します。 10万人のうち、半分にあたる5万人が、検査の対象である病気にかかっているとしましょう。
病気合計
ありなし
検査陽性4950050050000
陰性5004950050000
合計5000050000100000

感度・特異度は上の表で、縦にみたときの数字です。感度、特異度ともに49500÷50000=0.99、つまり99%であることがわかります。

この表を横にみると、「陽性と診断された人のうち何%が本当に病気にかかっているか」が分かります。この場合は、49500÷50000=0.99、つまり99%です。やっぱりすばらしい検査です。

◆◇◆◇◆

もう一度同じような計算を、別の集団にたいして行ってみましょう。10万人のうち、1%である1000人が、検査の対象である病気にかかっているとしましょう。
病気合計
ありなし
検査陽性9909901980
陰性109801098020
合計100099000100000

感度は990÷1000=0.99、特異度は98020÷99000=0.99で、両方99%です。

さて、「陽性と診断された人のうちで、本当に病気にかかっている人の割合」を上と同じように計算すると、990÷1980=0.5、つまり50%になります。検査で陽性と言われても、そのうちの半分しか実際には陽性ではないのです。感度も特異度も99%という立派な宣伝のわりには、情けない結果です。

◆◇◆◇◆

最初の問いに戻ります。「大学病院の医者は名医なのだろうか?」答えはイエスです。

大学病院に来るような人には重い病気の人が多いので、検査で陽性と出た場合に本当に病気がある可能性が高いのです。ちなみに上の例では「検査」といいましたが、この「検査」はいわゆる血液検査でも触診・聴診などの診察でも、問診の結果でも、X線写真でも、CTでもMRIでも、何でもかまいません。

もちろん、ここでいう名医というのは、患者さんの信頼を得ているとか、手術がうまいとかそういう意味ではありません。「診療技術が優れている」という意味ですらありません。単に、「診断が当たる確率が高い」という意味です。同じ技術を持っていたら、重い病気の人が多い大学病院の方が、診断が当たる確率が高くなるのです。でも、外から見てると、「診断が当たる確率が高い」医者こそが、名医に見えてしまうのですよね。

031127 乗っ取られないように。

人は二つのことを同時に考えることができないのです。つまり、考えたくないことを考えてしまう時には、別のことで頭を働かせればいいのです。

わたしは、否定的な考えに乗っ取られそうになると、できるだけ教科書を開いて勉強することにしています。小説を読んでもいいのですけれど、書くという作業が含まれるほうが、問題から気をそらすには便利なのです。

症例集を開いて知らないことを箇条書きにして、教科書で調べてノート一ページをめどにまとめていきます。3ページくらいまとめたら、否定的な考えはちょっと遠くへ退いています。それでもダメなら疲れ切るまで勉強を続けてそのまま寝てしまいます。

そんな動機で始まるわたしの勉強は、少し憂鬱なときが一番よくはかどるのです。季節間で比べると、秋が一番よくはかどります。

031128 新しいことを覚える。

学校の衛生学実習で、アンケートを作らねばならなかったのです。グループ内で各種質問を考え、原案を作りました。その原案をもとにパソコンに打ち込む係が、回ってきました。

ノートパソコンを持っていればよいのですけれど、あいにくわたしのパソコンはデスクトップタイプです。そもそも、ノートパソコンを持っていたところで、学校では印刷することができません。Air H"などでインターネットに接続しているのならばまた話が別かもしれませんけれど。

家に持ち帰るわけにもいきません。家に持ち帰ったら、修正せよとの指令にすぐには対応できないからです。

◆◇◆◇◆

というわけで、学校で打ち込むことになりました。学校のパソコンはLinuxです。Linuxのキー操作は、Windowsのそれと少し異なります。入っているソフトも、似ているけれどやはり別のものです。WordやExcelに比べると、できないことも多いです。WordとExcelを使った場合の2倍くらいの時間をかけて、「あぁもうここが限界だ!悪いのはわたしではなくてLinuxなんだよぉ!」と何度か絶望して、やっと、見るに堪えるだけのものを作り上げました。

さあできたぞ、と先生のところに持っていったらあそこがダメここがダメとダメ出しされました。レイアウト・言葉遣い・配列・質問の論理的整合性などなど、チェックするべき項目は、たかが学生実習のアンケートとはいえ、たくさんあるのです。

パソコン室に戻り手持ちの駒と手持ちではない駒を総動員して作業して、再び持っていきました。そんなことを2日間で6回くらい繰り返して、やっと合格になりました。初期のものと合格したものを比べてみると、内容はほとんど同じなのですけれど、わかりやすさや記入しやすさの点では、雲泥の差がありました。

たぶん、先生がきちんと見た上で、理にかなった指摘をし、とことんつきあってくださったから、ここまでエネルギーを費やせたのだろうと思います。先生もたいへんだったことでしょう。

◆◇◆◇◆

たかがパソコンの使い方、たかが学生実習のアンケートなのですけれど、「今できない課題に直面して、それをなんとかできるようにする」ということは、ずいぶん充実した気分にさせてくれるものなのだなあと実感しました。

「たいへんだったねぇ」と、ほかの人たちには大いに同情されました。確かにたいへんでした。しかも、細かい修正点を探してモニタと向き合う作業は、わたしを抑鬱状態に陥れるのに十分なほど辛気くさいものでした。でも、たいへんだった分、実は充実してたんだよ、と、心の隅でちらっと、思っていたりするのです。ここでLinuxを使えるようになったからといって、この先役に立つことはたぶんないでしょうけれど、それでも。

031130 合気道演武会。

友人の合気道演武会に行ってきました。合気道なんてものにふれること自体、たぶん5年ぶりくらいでした。わたしが前の大学で入っていた部活とは、流派が違うのですけれど、基本的な動作は共通していて、なんだか懐かしい感じがしました。

その流派自体の説明だとか、練習風景だとかを交えて、なかなか飽きさせない構成になっていました。照明も凝っていて、去年部活のために照明の勉強を一通りしてしまったと言っていた友人の話をふと思い出したりしました。

あぁ、こんな技を練習していたなあ、と、すっかり忘れていた基本形を少し思い出すついでに、そういえば、と、いかに自分が落ちこぼれだったかも、思い出してしまいました。3年生になって後輩に教えなきゃいけないのに自分がまだまだで、上手な後輩と組むのが憂鬱だったこととか、受け身の練習でいつまでたっても上達せずに一人痣だらけになっていたこととか、相手が太刀を使うと当たりそうで怖くて技をかけられなかったこととか。今ならもう、笑って話せますけどね。

わたし自身はもう、合気道を練習することはないでしょう。でも、そういう世界も、きっと悪くないよね、と、思い出しました。楽しかったです。


淡々としていなくもない日常。>日記・雑記目次 >2003年11月の日記