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◆2003年9月の日記◆

030901 現実と虚構との区別と告白ものの存在。

そもそもネット上では匿名で、性別も自称以上のものではないという現実がある。(最北医学生の日常030831の日記

そういう、フィクションなのかノンフィクションなのか区別のつかない世界で、多くのテキストは公開されています。

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そのワールドが完全に閉じたものであれば、既婚/未婚とか彼氏/彼女がいるかとか、そういうことはあまり重要ではないのだと思う。(同上

世界を閉じたものとする、というのはたとえば、本を読む時に、作者が何者であろうがその本の内容が共感できるものであればそれでよい、という立場に通じるものがあるでしょう。

本においても、作者自身に興味を持ってしまうことがあります。文学研究では、小説家の生い立ち、生活環境などを調べることが、多いようですね。確かに、思い入れのある作者について、その作品だけでなく彼あるいは彼女の生活をも知りたい、そういう気持ちがわいてくるのは、自然なことのように思います。

そしてネットの世界を振り返ります。本を読んでいるときよりももっと、その実生活に、思いをはせることが多いようです。

ネットの世界においては、例えば出版される書籍においてよりも、読者と筆者の距離が近い、そういうことなのでしょうか。その距離の近さには、メールや掲示板、オフ会など、作者と直接接触する手段が、たとえ使わないにせよ用意されていることが、一役かっているかもしれません。

そしてもう一つ。テキストサイトと名のつくサイトで繰り広げられる『身辺雑記』は、卑近な世界を扱うがゆえに、また、描写が細かいがゆえに、そのまま『現実』であるとして認知される可能性が高いように思います。多くの人にとっては、虚構をわざわざ構築するというのは、なかなか荷の重い仕事ですから。わたしにとっても、です。

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現実と虚構との区別があいまいである、まさにそのことが、恋愛日記や愚痴日記などの告白ものの存在意義を支え、また、それらの存在を保護しているのではないかと、ふと思いました。ネット上に、告白めいた文章が多く漂っているのはどうしてなんだろうと、ここしばらく不思議に思っていたのです。

現実だと思ってもらえなければ、書かれた文章が告白として扱われることはありません。同時に、『告白』となってしまうような文章は、関係者に、現実以外のなにものでもないと認知されてはなりません。危険すぎるのです。危険だからこそ『告白』たりえる、ともいえます。そう考えたとき、ネットというあいまいな空間は、ずいぶんと便利、ということなのでしょう。

030902 恋愛告白サイトの現象学。

私はむしろ、あなたに見られてほっとしているんです。
ずっと、苦しかった。でもそれは、家庭のある人を好きになったからではなくて、この世の誰一人として私と彼の関係を知らないという、そのことが苦しかったの。
一人で秘密を抱えていると、この恋が現実のものなのか、それとも自分の作り出した妄想なのかさえよくわからなくなってきて、誰かから「それは本当に起こったことだよ」と認めてもらわないことには、不安でいてもたってもいられなくなってくるんです。
(村山由佳、「きみのためにできること」)

こういう心理は、自然なのだろうなあと思うのです。誰も知らないという状態が続くと、その関係自体が現実味を失ってしまいます。

しかし、その反面、秘密にするというのは、なかなか甘美でもあります。たとえば、岡本かの子が、

ゆるされてやや寂しきはしのび逢ふ深きあはれを失ひしこと

と、歌っているように、です。秘密にするというのも、障害の一種、つまり、恋のスパイスであるかも、しれません。

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わたしたちがあるものを「ある」と認識するのは、

  1. 自分がそれを感覚器官によって知覚する
  2. 他人の賛同を得る

という二つの条件がそろったときであるといいます。2.が、今の話に関連してきます。

例えば、心理学の実験で、つぼに入ったビー玉の数を数えてもらうというものがあります。数人がいっぺんに着手します。同じ数入ってますよ、とのアナウンスがあります。たとえば150粒としましょうか。ところが、被験者以外はサクラで、149粒しか入っていないと主張します。被験者は、不安になります。しばしば、149粒と、言ってしまうそうです。150粒だと、数えたにもかかわらず。

三人虎をなす、ということわざもあります。「町に虎が出た」と、一人が言っても信じないけれど、三人がそろって同じことを言うと、まさかと思いながら信じてしまう、そんなデマの本質をついたことわざです。

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そのように考えると、一部の告白サイトは、当事者が「確かにこの事態は存在する」と確信するために存在している、と言えるのではないでしょうか。

当事者以外の誰かに認識されることによって、「確かにそこにある」と、安心することができる。世にいう「恋バナ」なんてものの存在意義も、半分くらいはそのへんにあるのかもしれません。

030904 診療所実習中なのです。

2日前から、家から自転車で1時間15分のところにある診療所に、実習と称して通っています。朝8時30分集合なので、7時10分に家を出ています。夏休みで生活リズムがぼろぼろになった身には、なかなかこたえる生活ではあります。診療所を出るのは、だいたい6時半くらいです。たまに都合で、帰らせてもらうことがあります。

この診療所には、デイケア・デイサービス・訪問看護センターが併設されています。デイケア・デイサービスというのは、日々お年寄りが通ってくるところです。

午前中が診療所での診察、昼に併設されているデイケアでの診察、午後往診、その後もう一回診療所での診察、というのが、平均的な診療所の一日ということになりましょうか。エコーや胃カメラといった、やや特殊な検査を行う日もあります。そういう中、わたしは、白衣を着て、先生について回っております。

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実は1年生から2年生に上がる春休みにも、一日だけ来たことがあるのです。そのときは外来とデイケア、往診を見学したのでしたっけ。外来で先生が話していることが「だからどうした」のかさっぱりわからなかったという記憶があります。同じことの繰り返し、ではないのだろうけれど、うーむ…、という感じでした。でも、そのとき、そこの所長=唯一の医者の人柄と仕事ぶりに感銘を受けたわたしは、もう少し医学がわかるようになってからもう一度来ようと心に決めました。それが、今回の実習につながっています。

今、4年生の夏になって見ていると、なんだかとても面白いです。訴え─検査─診断─治療の流れも興味深いですけれど、病気を明らかに「治す」以外で医者ができること、というのがいろいろ見えるのが楽しいです。

感染症や一部の急性の病気をのぞいて、けろっときれいさっぱり治る病気は案外、少ないのが現実です。そして、きれいさっぱり治すことはできない、つきあっていくしかない、そんな病気を抱えた患者さんにとっては、「よくなった気がする」「ちょっと安心する」ことが、きっと、ずいぶん大事なのです。そして医者の仕事の少なくとも一部は、そういう「よくなったような気分」や安心といったものを提供して、患者さんの幸せ度を向上させることなんだろうなと、思うようになりました。

030905 感情を殺害する方法。

感情の定義はいろいろあるでしょう。ここでは、「ものごとに接したときに、自分の中に自然にわきあがってくる喜怒哀楽その他の反応」と、定義しておきます。

感情が死ぬとは、「自分の中に自然にわきあがってくる」ものが、なくなる、あるいは少なくとも極度に小さくなることを指す、と、ここでは考えておきます。

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負の感情というものがあります。怒り・悲しみ・ねたみなどですね。不快、と、まとめることが可能でしょう。

負の感情をそのまま表現することは、しばしば不適切であるとされます。怒っているからと周りに当り散らすのはよくないですし、悲しいからと、人目をはばからず泣くというのわけにも、なかなかいきません。不愉快なのに、場を保つためにニコニコしなければならないことも、しばしばあります。社会生活を円滑に行うためには、負の感情をあまり表に出さないほうがよい、といえます。

しかし、負の感情をあまり表に出さないほうがよい、というのは、負の感情を持ってはいけない、ということと、決して等しくはありません。持つのは別にかまわなくて、ただ、ところかまわず表に出してはいけない、それだけなのです。

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負の感情を持ってはいけないという命令を自らに課してしまうと、「自分の中に自然にわきあがってくる」ものをそのまま味わうことが非常に難しくなります。自然な感情の中にはある割合で負の感情が含まれますから、感情が湧き出すままにまかせているかぎり、負の感情を経験することは避けられないのです。よって、負の感情を恐れる人は、自分の感情自体をいったんせきとめて、検閲するようになります。検閲の結果、負の感情を自分の中にみつけるやいなや、その感情を「なかったこと」にし、自分で適宜捏造した「その場にふさわしい感情」で置き換えます。そして、そういう感情を持ってしまった自分を叱りつけるのです。

検閲システムが、幸か不幸か、有効に働いてしまうことがあります。その場合、負の感情は、なかったことになります。しかし、なかったことになるのは負の感情だけではありません。感情をいったんせきとめてしまうのですから、あらゆる感情が、本来あるべき勢いや鮮やかさを、失ってしまうのです。そうなってしまうと、自分で適宜捏造した「その場にふさわしい感情」の需要が、ますます大きくなります。自分で適宜捏造した「その場にふさわしい感情」を、濫用するようになります。

このようにして、「自分の中に自然にわきあがってくる」感情は死に、その隙間を、自分で捏造した「その場にふさわしい」感情が、埋めるようになります。

その場にふさわしい感情のほうが、たとえ捏造されたものにせよ、適応のためには便利です。感情をコントロールできるわたし、というイメージに、酔うことさえできます。しかし、捏造された感情を、しみじみ自分のものとして感じるということは、おそらく不可能です。所詮、つくりものでしかないからです。自発的な感情が捏造された感情に置き換えられてしまうと、本当にそう感じているのかどうか、自分ではよくわからなくなってしまいます。そうして、生きているという実感が、希薄になります。

つらいことがあった時など、「何も感じなければきっと楽なのに」と、つぶやくことがあります。でも、やっぱり、何か感じられたほうが、たとえ辛くても、きっと、ずっとましなのです。

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このたぐいの「殺害」は、たいてい幼児期に起こるものだと思います。負の感情を表に出してはならない、という命令と、負の感情を持ってはいけない、という命令の、区別がつかない年頃だからです。負の感情を表に出してはならない、という命令が、容易に、感情の殺害につながってしまうのではないかと、考えています。

いったん殺害された感情を、どこまでよみがえらせる、あるいは新たに育てることができるのか、それはなかなか心配なところですけれども、まあ、なんとかなるものなのかなあと、これまでの自分自身の経過から、想像しています。

030906 二号線沿いにて。

二号線を、北東方向に、自転車で走っていました。

わたしは、中学校1年生の10月まで、二号線沿いに住んでいました。「国道」なんていう単語を覚える前から、二号線は「にごうせん」として、わたしの地図の中に、確かな位置を占めていました。この二号線が大阪から九州までを結んでいること、「国道」は二号線だけではないこと、そんなことを知ったのは、ずっと後のことでした。

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通っていた小学校が見えてきました。高い高いフェンスがあり、その向こうにサッカーゴールがあり、右手にやや錆び気味の青色をしたジャングルジムがあり、そして、校庭の反対側、ずいぶん遠くに、灰色のコンクリートの、四角い校舎がありました。なにもかも、わたしがいたころと、変わっていないように見えました。生徒は一人もいませんでした。ふと、体育の時間、サッカーをしていて、ボールなんか回ってくるわけもなく、所在なくてつい空を見上げた4年生のある日を、思い出しました。担任の先生が着ていた紫色のジャージと、彼が蹴り上げたらフェンスを越えてしまった、サッカーボールのことも。

少し進むと、もよりのバス停がありました。街に出るとき、そして、塾に通うときに、いつも使っていたバス停です。青いベンチは、ジャングルジムと、同じ色をしていました。緑と白の、縞のバスが来るのを、いつも待っていました。ベンチに座っていたらバスが通り過ぎてしまって、三台見過ごしてやっと気付いて、乗って行ったその日、家に帰ると、窓から見ていたという母親が、帰ってきたわたしを見てため息をついた、そんなことを思い出しました。

そして、住んでいたマンションが見えてきました。青空を背景に、白さがなんだか、際立っていました。たぶん塗りなおしたのでしょう。中に入れば、緑色の床が敷いてあるはずです。左手に、銀色の郵便受けがあって、そのまま進むと、こげ茶色のエレベーターと、クリーム色の階段に突き当たります。階段の上り口の陰には、いつも、台車が二台、置いてありました。押すとからから音のする、これまたクリーム色の板を持った台車でした。布団を屋上で干すときには、いつも台車に積んでいました。ああそういえば、道路から、わたしの住んでいた部屋の、ベランダが見えたはずですね。どれだったのか、確認するのをすっかり忘れていました。

そしてもう2分も進むと、当時のわたしの生活圏は終わってしまいました。

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子供のころ、学校は徒歩三分以内の場所にあり、親しい友人は同じマンションに住んでいました。行くところは近くの公園、スーパー、本屋くらいでした。あとは「バスに乗っていくところ」であり、「遠く」であると、認識されていました。

たったこれだけの距離なのに、と、振りかえったときには、もう、わたしの育った町は過ぎていました。

030908 効率にまつわるパラドックス。

チュートリアルという教育方法があります。始めの時間に課題が配られ、それについて疑問点を小グループで話し合い、各種推論を行います。話し合いが終わってから、教科書を開いて調べものをして、疑問点の答えを見つけます。

話し合いなんか省いて、疑問が出てきたらその場で調べればいいじゃないかと、思っていました。始めの話し合いは、なんのためにあるんだろう?と。早く教科書を開いて、いろいろ調べて、立派なレポートを書くことに、力を注ぐべきじゃないのかと、思っていたのです。

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でも、どうしてなんだろうねえ、と、いろいろ考えてから、やっと教科書を開くと、受ける印象が、ずいぶん違います。

当事者であるときにはなかなかわからないのですけれど、外から見ていると、調べる前に憶測があったときとなかったときとでは、反応の差が歴然としています。へえっ、と、感嘆の声が上がることもあります。

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あれこれ考えることを省いて、教科書を開けば、すぐに目的の知識は見つかります。一見とても、効率的です。その瞬間だけ切り取ってみれば、得た知識の量/かけた時間 の比は、考える時間を省くほど、大きくなります。

それは確かにそうなんですけれど、手に入れた知識がどれだけ自分の中に留まっているかを考えると、多少試行錯誤して、あとから見れば「あの回り道は何だったんだろう」と思うような道をたどってみるのも、見かけほど無駄じゃないのかな、と、思えてきました。いろいろ試行錯誤するのは、実は、楽しいものですしね。

030909 名前を見ればわかること。

明治生命 名前ランキング、というページがあります。ある年に生まれた子どもにつけられた名前の、ランキングです。ここ91年分のベストテンが、載っています。男性の名前第一位の推移を見ていると、なかなか興味深いものがあります。

まずは大正時代。大正元年には正一、2年には正二、3年には正三が、第一位です。年号と生まれ順を、かけているのですね。大正5年辰年には、辰雄が一位です。三郎が一位の年も、ちらほら見かけます。三男の多くが、三郎という名前をつけられたということなのでしょうか。男の子が三人以上いる家庭が多かったことも、示しているようです。いまでは、そういう家庭はずいぶん、めずらしいかもしれません。

昭和元年、昭一は一位になりません。これは、大正から昭和に変わったのが、確か12月であったことが、原因でしょう。間に合わなかったのですね。昭和2年には昭二、昭和3年には昭三が、一位となっています。そのほかの年は、はじめのころは清が一位です。当時の価値観なのでしょうか。これが、太平洋戦争がの時代になると、勇だの勝だのといった、勇ましい名前に、置き換えられていきます。いつかこの子は兵隊さんになるのだ、そのときには勇敢に戦って、勝ってほしい、そんな願いが、あったのでしょうか。

昭和21年以降は、勇や勝といった勇ましい名前は、姿を消します。戦争が、終わったからでしょう。稔、茂、隆、このへんは、豊かになること、栄えること、成功すること、そんな願いを込めてつけられた名前でしょうか。清、博、誠、弘、このへんは、「〜な人間に育ってほしい」そんな感じですね。

2002年の統計をみるかぎり、一位といっても1%に達しません。決して、同じ名前の人がぞろぞろ、なんてことはないと思うのです。それでも、こういうランキングには、大きな流れみたいなものが、見て取れます。決して、1位から10位まで、1年で総入れ替えが起こるような、そんなものではありません。

名前が、子どもに対する親の期待をあらわすと考えると、こういう名前の変遷は、親の期待の変遷であり、それは、時代がよしとするものが移り変わってきたことを、示すのだろうと、思うのです。なかなか、面白いランキングだなと、思いました。

030911 うまくいかないことの処理。

うまくいかないことに対して、必要以上に取り乱す傾向があります。自分のミスでも取り乱しますし、単なる不運にも、取り乱します。

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自分のミスを許せないというのは、「ばれたら怒られるから」のようです。誰に?昔は父親に、でした。けれどいまは、漠然とした他人一般に、その対象が、拡大してしまいました。

だから、隠そうとしてみたり、言い訳して人のせいにしようとしてみたり、じたばたすることになります。そうやってなんとかごまかしているうちに、できてあたりまえ、という思いこみが、わたしの中にも他人の中にも、形成されていきました。その結果、ますます、間違えるなんてとんでもない、と、わたしは、信じこむようになりました。

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じゃあ、たんに「運が悪かった」というのが認められるかというと、これも認めるのがたいへん難しいのです。「運が悪いなんてわたしはなんてどうしようもなくダメなやつなんだ」と、なぜか自分を責めてしまいます。

ときとして、「こんなに運が悪いのなら、何をやったって無駄だ」「どんなに努力しても、運の悪さですべてキャンセルされてしまうのだ」とまで、思考が悪循環を繰り返すことがあります。こうやって文字にすると、どれだけ理不尽か、はっきり見えるのですけれど、悪循環にはまっているときのわたしは、真剣です。

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問題点のひとつは、「うまくいかないわたし」を、自分で責めてしまうことにあります。間違えるなんてなんて愚かなんだ、運が悪いなんてなんてダメなんだ、などなど。

そうしてもう一つは、そういう「うまくいかないわたし」を他人に知られたら、他人が皆わたしから去ってしまう、人格を否定されてしまう、その他、破滅的な二次災害が起こるのではないかという恐れを、わたしが抱いていることにあります。

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ほんとうは、間違えることなんていっぱいあって、すべてを避けつづけることなんかとうていできないのです。世の中には、うまくいかないことなんてごろごろ転がっているわけです。いちいち自分を責めていたら、それこそがたぶん本当の、二次災害です。しかも自分による人災。

「うまくいかない自分」を見せたとしても、そんなに、他人に責められたり拒まれたりすることはないということは、少しずつ学習しつつあります。頭で分かるだけでなく、条件反射が書きかえられるまでには、まだもう少し、時間がかかりそうですけれど。

「絶対間違えない、しかもラッキー続きな、完璧なNokoさん」を演じるのにも、いいかげん、疲れてきました。それに、実際には間違えてばかり、うまく行かないことばかりなのに、自分だけ完璧さを演じている気になっているというのは、ずいぶんこっけいな話だと、気づきはじめているのです。

030912 ケータイ死す。

昨日、台風を予感させる暴風雨の中自転車をこいでいたら、リュックのポケットが浸水してしまいました。あ、そういえば、と、ケータイを取り出してみたら、電源がつかなくなっていました。タオルにくるんで入れておくべきでした。雨だなあ、何か対策を、と思いつきながら、何もしなかったのが悔やまれます。雨の中自転車を停めて何度も何度も電源ボタンを押してみましたけれど、なんの反応も得られませんでした。

改めて本屋に寄り、駐輪場に自転車を停めて、再び挑戦してみました。ボタンを押しつづけても、なんの反応もありません。店に入って入口の左手にピンク電話を見つけ、十円玉を二個入れて家に電話をかけました。「もしもし?あのさ、ケータイ壊れちゃったから、帰るまで連絡つかないけど、別にだからといってわたしの身に何か起こったわけじゃないから、心配せんとって」

外に出ました。もう一度まじまじと画面を見ると、左隅に水が溜まっていました。あ、液晶死んでる、と思ってもう一度みると、保護フィルムがついたままでした。フィルムをはがすと、水は溜まっていないように見えました。ケータイを閉じて逆さにして振ってみると、水がこぼれました。まさか、と思ってもう一度振ると、また水がこぼれました。5回くらい繰り返すと、水は出てこなくなりました。

道行く人達が、ケータイで通話あるいはメールをしているのが、やたらと目に付きます。通話ができる、メールができるというその事実自体が、とてもうらやましく思えます。

家に帰って、夕飯を食べている間ケータイをテーブルに置いていました。食べ終わってもう一度画面をみると、液晶が曇っていました。充電してみよう、と、コードにつなぐと、ふるえ始めました。ん?電源が入るのか?と、期待しましたけれど、それ以上のことは起こりませんでした。ケータイはふるえつづけています。コードを抜きました。まだふるえています。電池をはずしました。止まりました。もう一度電源ボタンを押しました。何も起こりませんでした。電池をはずしているのだから、あたりまえでした。

今日になって昼頃起きて、もう一度コードをつないで、ふるえるケータイの電源ボタンを押しました。一瞬、画面に青い光が見えました。時刻は00:00でした。未受信Eメールを示すアイコンが映っていました。そして画面は再び真っ黒になりました。どうやっても戻ってこなくて、仕方なく、コードをはずしました。

午後、もよりのショップに持っていきました。「あんしんサービス」とやらで、手数料込み5500円にて、新しいケータイにかえてもらうことができました。新しいケータイは、レモンイエローです。

030913 悩みながらでも、いいのかもしれない。

「Nokoには、森田療法とかいいのかもしれない」わたしをもっともよく知る人であろう人に、こんなことを言われました。森田療法ってどんなものだったっけ、と、サイトを検索したら、るなの対人恐怖症というページに、読みやすい解説が掲げてあるのに行き当たりました。

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人生観の第一の条件とする観点を、何に置くかという事について、自分の気分を第一に置こうとするものが気分本位というものである。今日は終日悲観しながらも、一人前に働いたという時に、悲観したから駄目だというのを気分本位といい、一人前に働いたからそれで良いというのを事実本位というのであります(森田正馬=森田療法の創始者)

「そういう自分を受け入れる」という言葉を、しばしば耳にします。でも正直なところ、その言葉の意味するところがどうもよくわからなかったのです。

そういうことなのかもしれない、と思いました。悩んでいても、やるべきことがちゃんとこなせていればそれでよい、そう思えるようになることが、「受け入れる」ということの、ひとつの側面なのでしょう。

030914 医療コミュニケーション教育研究会。

今日は、薫陶塾主催の、医療コミュニケーション教育研究会というものに出席してきました。おもに、歯学部学生・歯科医師・歯科衛生士の方々のための研究会でしたけれど、医学部学生のわたしにとっても、ずいぶん興味深い研究会でした。

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前半は講演会で、後半は模擬患者を使ったデモンストレーションでした。

模擬患者とは、シナリオに沿って患者の演技をしてくださる市民ボランティアのことです。今日のデモンストレーションでは、模擬患者さん相手に、歯学部学生・歯学部大学院生・歯科衛生士の方が、面接をなさっていました。

初診の問診、という設定で面接をした歯学部五年生の方は、あまりに優秀で、「歯学部ってすごーい」と、圧倒されてしまいました。ドアのところまで患者さんを呼びに行って、かばんを置く位置も指定して、自己紹介の上で「いくつか聞かせていただきたいんですけれども」と質問を始め、「では、今までのことをまとめますので、間違っていたらおっしゃってください」とまとめ、「他に気になることはありませんか?」と、締めていました。流れは完璧です。話し方もゆっくり・穏やか・丁寧で、ほんと、学生の面接として、非の打ち所がなかったように思います。

歯科衛生士さんがなさったのは、口が乾燥している末期がん患者さんの病室に、口腔ケアのため訪問する、というシナリオでした。とても難しいシナリオだったと思います。「薬の副作用なのですかねえ?」そんな質問にはたぶん、歯科衛生士さんは答えることができません。でも、ここは、目の前の誰にでもそういう質問を投げかけざるを得ない患者さんの状況を理解しなければならないのだといいます。

一通りのデモンストレーションが終わったあと模擬患者さんが明かされたのは、「お話をしたいけれど口の中が乾いていて、水がほしくてしかたがない。でも動けなくて、だったら頼めばいいのだけれど、水を取って来てくださいと頼んだら、自分が何もできないと言うことを思い知らされるみたいでそれも言えない。それは自分の現状を受け入れられないということでもある。そういう中で、水を一杯持って来てくれたら、ずいぶん関係が変わっただろう。」ということでした。わたしだったら、水を一杯、持ってこようと、気づくことができたでしょうか?

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研究会のあとは、懇親会でした。

歯科の研修医の方や、歯科衛生士さんとお話をして、「医者の卵としてのわたし」の視野に、歯科という領域がほとんど入っていなかったことに気づかされました。看護・薬学・介護とは、連携しなきゃ、と意識していますけれど、歯学となると、なぜか遠く感じてしまっているのです。「看護婦さんって歯科にもいるんですね」「食べていない人でも口の中は汚くなるのですね」「歯医者さんも往診することがあるんですか」

口からものを食べられない人、話すことのできない人ほど、口腔内の状況は悪くなりやすく、きちっとした口腔ケアをすることで、ひょっとしたら食べたり話したりできるようになるかもしれない、そんな話を聞けただけでも、ずいぶん有意義だった、ように思います。一部の人にとっては、とても当たり前のこと、なのでしょうけれど。

実は、そんな話にそこまで感心するほどのセクショナリズムこそが、いちばんの問題なのかもしれません。今日、わたしと数人の歯科関係者の間で、ほんの少しだけ解消された、ということにしておきましょう。

030916 尊敬の念と、認められたいという欲求と。

このところ、「心から尊敬している人に会う機会を作って、会う」ということが、二度ありました。

何を学んだのか、と問われると、うまく答えられないのですけれど、それでも、何かを学んだという実感は、あります。こういう人もいるのだ、と思えただけでも、よかったなと。前向きさだとか、仕事を誇りに思うということだとか、人を育てる際の愛情だとか、好奇心だとか、誠実さとか、フットワークの軽さとか、親切さとか、工夫だとか、優しさだとか、すがすがしさだとか、そんなものを、見せていただいた気がします。

そういう機会を作るというだけの積極性を持ち得たことは、われながら評価に値する、とも、思っています。

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尊敬している人を前にすると、うまくしゃべれなくなるのはどうしてだろう、と、考えていました。結局、尊敬している人にはぜひ認めてもらいたい、だからなのかな、と思えてきました。「この子、できるな」と、思ってもらいたいのですね。

そしてもう一つ、すごいな、と思うあまりに、話を聞く、という行動に集中してしまって、自分のことを話そうという意志を失ってしまう、そういう側面も、あるようです。

そうして、しゃべれずにいると、どうしよう、わたしは何も提供できない、と、焦ります。焦り始めると、焦るからこそ余計に言葉が出てこなくなって、悪循環に陥ります。

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会話に集中しているときには、どう思われているのだろうとか、役に立っているのだろうかとか、気を回すことはありません。会話のあとにも、そんなことは考えません。

そう、いろんなことに気を取られるぶん、会話に集中できなくなっているみたいなのです。本末転倒、ですね。

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「役に立ちたい」「認められたい」というのは、それ自体悪いことじゃないでしょう。でも、それが実現できているかどうかに気を取られてしまうというのは、本末転倒です。

だって、他人の気持ちなんて、せいぜい推測することしかできないのですから。疑い始めたらきりがありません。ある程度、これでよい、と、自分で決めていくしかないのです。

そもそも、確認してもしなくても、結局事態は変わらないのです。確認して、「役に立ってない」と思ったにしても、結局何もできません。心配するだけ、無駄です。

「人事を尽くして、天命を待つ」くらいの心構えが、必要なのでしょうか。まずは人事をつくすことから。やるだけのことはやったと、思えるのならば、余計なことは気にかけなくてもすむようになるかもしれません。

030917 自意識過剰。

サイトでも書籍でも人の話でも、誰かを非難する言葉を聞くと、あら、わたしのことかしら、と、思いこんでしまうという、あまりよろしくない癖があります。わたしのことを直接に指しているわけではないと、明らかにわかったとしても、「あぁ、わたしにも当てはまるし、これは、わたしと同類のひとについての話なのだなあ」と、考えてしまいます。その先たどる道は決まってます。「やはりわたしはダメなのかもしれない」これです。

自意識過剰と短絡思考が、「やはりわたしはダメなのかもしれない」に向けて、ずいぶん密接に協力し合っております。ほとんど条件反射です。何やってんだか、ですね。「まったく意味がわからない」と、あるひとに、一蹴されました。秒殺でした。

こんな条件反射は、わたしの幸せ度を下げる方向に働くに違いありません。ことあるごとにドキッとして、いわゆる欠点らしきものをなんとか直そうと努力してきた、そんな歴史が、わたしのいくつかの長所を作ってきた、そういう部分は確かにあるのでしょう。しかし、それにしても、日々、「誰かを」非難する言葉を聞くたびにびくっとするのは、いくらなんでも不幸せですし、それに、そんな態度でいる限り、周囲に向かってとても友好的に振舞うなんてことは、不可能なのではないかと、疑っているのです。ことあるごとにびくっとしてしまう、そんな緊張は、わたしと向かい合う相手にも伝わっているに違いなくて、そういう緊張は、わたしがその人と仲良くなる際に、きっとマイナスに働いてしまうだろうと、思っているのです。条件反射を起こすのなら、せめて、善意の方向に受け取るほうが、まだ、対人関係を、よい方向に持っていけそうです。

考えてみれば、他人が、わたしが経験しているような自意識過剰+短絡思考の条件反射を見せたとしたら、わたしは、「そんなことあるわけないじゃろ〜」と、背中をぽんぽんと叩いてにっこり笑うに違いないのです。自分自身に対しても、反射が起こるたびに、「そんなわけ、ないよね?」と、一声掛ける習慣をつければ、こういう反射は、いずれ止まるのかもしれない、と、期待しています。

たぶん、そんなに、わたしの周りは、わたしに対して敵対しようとしているわけでは、ないはずなのです。身を守らなきゃ、と、身構えているから、否定的なメッセージだけが、選択的に目に入ってしまうのでしょう。そんなに、縮こまらなくてもいいのかな、そんなふうに、思うのです。

030918 売血行為について。

午前中、ふと思いついて献血センターに出向きました。成分献血をするためです。

先日献血に訪れたとき、「成分献血ポイントカード」なるものを渡されました。成分献血をするとスタンプが押してもらえます。集めたスタンプの数に応じて、カタログの中から景品が選べます。平日午前中に成分献血をするとスタンプ二つ、ということで、ならば平日午前中に献血しよう、と、わたしは決めていたのでした。

今日、献血センターのカウンターでそのカードを差し出すと、このサービスは、本部の命令によって中止させられた、とのことでした。売血行為に、あたるのだそうです。

スタンプのぶん、いま提供している景品を持って帰ってくださいと言われました。通常の景品とは、電動歯ブラシ・MD3枚・使い捨てカメラ・ハンドソープです。スタンプが3つたまっていたので、電動歯ブラシを3本、もらって帰ってきました。すでに一本、わたしは持っているので、今日もらってきた歯ブラシは、両親と弟に譲ることにします。

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そういえば、数年前までは、献血のあと、テレホンカードや図書券をもらって帰ったものでした。正直なところ、図書券目当てに、献血に通っていました。献血して図書券をもらって、帰り道の本屋で文庫に換える、というお決まりルートが、できていました。あれも、売血行為として、中止になったのでした。確かに、「売っていた」感じはします。もちろん、図書券のためだけに献血していたのかといわれればそうでもなくて、ボランティア精神みたいなものも少しは持ち合わせていたのですけれど、それでも。

売血行為といえば、「血を売る」というバイトが成立していた時代が、あったようですね。水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」第一話、「鬼太郎の誕生」には、幽霊族の一人である鬼太郎のお母さんが、血を売りにくる場面が出てきます。昔は、水を飲んでは血を売りに行ったために、血が薄まって黄色くなっている人がいたものだ、と、父に聞いたことがあります。

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献血した見返りがあまりに大きいと、本当は献血してはいけない人たち、たとえば血液中にある種のウイルスを持っている人と自分で気づいている人などが、献血してはいけないということを知った上で、たくさん献血に来てしまうことになります。もちろん、できる検査はするのでしょうけれど、それでも、検査をすりぬける可能性はありますし、それに、検査をして「使えない」となったら、その血液は、無駄になってしまいます。ですから、健康な人から、「善意の」提供を受けることが、もっとも望ましいと、されています。

そう考えると、献血した結果もらえる「おみやげ」が、どんどん魅力のないものに変わっていくのも、仕方がないのかな、と思えてきます。「おみやげ」のために献血しているわけではないのだけれど、と言いながら、献血しよう、とのモチベーションが以前に比べて下がっていることに気づいてしまって、ちょっと苦笑い、な気分です。

まあ、ね。献血も、健康なうちしかできないわけですから、いつまでできるかわからないし、やっぱり、いまのうちに、行っておくことにしようと思います。今度はちゃんと、ボランティア精神で、ですね。

030919 自分で自分にいうことを聞かせる工夫。

日常のこまごまとしたするべきことを後回しにする癖があります。書類を提出する、勉強会の予習をする、学校に印鑑を持っていく、すべて、ついつい、明日に回そうとしてしまいます。今日は外出したくない、その方向には出かけない、せっかく出かけて帰ってきたばかりなのに、今日はせっかく勉強する気でいるのに、もう夜中だ、眠い、その他もろもろ、言い訳には事欠きません。

あんまりなので、ホワイトボードを導入しました。もともとは冷蔵庫に貼ってあったものを、はがして画鋲で壁にとめました。ゴム磁石でできているので、針が通るのです。余っていた赤のマーカーを一本、部屋に持って上がりました。

申込書郵送なら、申込書を印刷する、書きこむ、封筒に入れる、切手を買ってくる、投函する、すべて分けて書きます。少しずつ用事が減っていったほうが、気分がいいからです。書いた用事を、終わったという理由で消すのは気持ちがいいです。一部の用事は、導入当初から今に至るまで変わることなくのさばっていますけれど、少なくとも存在を忘れることはないので、きっといつか、消すことができるでしょう。

これで、もうちょっとてきぱき、できるようになるでしょうか?まずは9月末までをめどに、続けてみる予定です。

030920 言わなきゃ分からない、と言っていてはわからないこと。

言われたことしか受けつけないぞ、と決めたことがありました。文字通り取るから、取ってほしいように言葉にしてよ、と、相手に要求していたころがありました。

不安だったのですね。発せられた言葉しか信じないよ、と言っているわたしがいちばん、言葉なんか信じていなかったのです。裏を読むのに疲れて、もう、裏なんか読まないよと、自分と他人に宣言していたのでした。自分に言い聞かせるために、必要以上に大きな声で、叫んでいました。

でも、なんだか、そうやってシャットアウトしてこぼれてしまうものがもったいないような、そんな気持ちを経験するようになってきました。

分かりやすく誤解されにくいことばで、正しく気持ちや情報を伝えようという努力は、とても大事なことです。伝える努力もせずに察してくれという態度は、傲慢にすぎるでしょう。でも、伝えようとして伝えきれずにこぼれてしまう想いをすくい上げるため、あれっと思ったときにはしばし立ち止まるくらいの心構えは、持っていてもいいのかもしれません。裏を読もうという意味ではなくて。

もう少し敏感でありたいなあと、願っているのです。

030921 5年生存率。

わりに親しくしているひとが、5年生存率なんていう単語を、自分のこととして口にしたので、わたしはあせってしまいました。その病気でその状態だったとするとどのくらいだったかな、と考えて、わたしがはじき出した数字は、本人が口にしたそれよりも、ずいぶん楽観的に修正されたものでした。だってこんなに元気なんだし、入院生活も平和だったみたいだし、たぶんなんにも悪いことしてないし、本人もよくなったって言ってるんだし、きっとこれから20年くらいは余裕だよね、そんなふうに、いつのまにか思いこんでいました。「まだまだ現役でがんばってもらわんといけんのんよ、じゃあね、また来るけんね」そのことばに自分自身なんの疑問も抱かず、元気に言いおいて、その場を去りました。

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家に帰って教科書を開くと、そこに書いてあったのは、わたしが思いこもうとしていたほどには明るくない数字でした。むしろ、本人の言っていた数字に、近いものでした。あんなに元気なひとは含まれないのさ、そう思いたいけれど、そういうひとも含めての、統計なのでした。

わたしは主治医ではありませんし、病状を正確に把握しているわけでもありません。診断してくれと頼まれたわけでもなく、まだ、医者ですらありません。わたしには、予後を占う義務も権利もないのです。

でも、専門家のタマゴとして、「元気そうだったからきっと完治しているんだよ」は、いくらなんでもちょっとお粗末、です。完治していなかったとしても何もできないのですけれど、そして、ひょっとしたらほんとに大丈夫なのかもしれないのですけれど、それでも、大丈夫なんだよと、無邪気に思いこむのは、なんだか正しくない気がします。

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誰だって明日のことはわからない、そんなことは言われなくてもわかっているつもりだけれど、そんなことはいずれ来るにしてもずっとずっと遠くに想定されていたのです。どうしても、今までよりは、少し余計に、気にかかります。

年に3度か4度、顔を見てくることにします。つまり今までどおりです。都合のつくかぎりは、あまり間があかないようにたずねていこうかな、と思っています。

030923 公開捜査特別番組。

夕ごはんを食べながらテレビを見ていると、公開捜査の番組を放送していました。はじめに、「公開捜査のおかげで、解決されないかもしれないと危ぶまれたこんな難事件が、解決されたのですよ」という内容が映し出されました。続いて出てきたのは、今も捜査中である事件の概要と、容疑者として捜査されている人の顔写真でした。

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公開捜査って効果があるのですね。多くの人がテレビを見ています。道端に掲げられた指名手配のポスターを眺める時よりも、ずっと熱心に、画面を見つめているわけです。どこかで見たことがある、となれば、さらに熱心に見つめるでしょう。犯人逮捕につながるのも、うなずけます。

画面に映し出されている写真を、もし犯人が見ていたら、気が気じゃない、でしょうね。本来捕まえられなくてはならないところを逃げまわっているのですから、しっかり肝を冷やして、出来れば自首してもらえれば、いちばんいい、ですね。そうあってほしいと、思います。

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スタジオに切り替わったとき、出ているタレントたちが、「信じられない」「極悪非道」「許せない」などと、いかにも悲憤にたえないといった顔でコメントしていました。

被害者の気持ちを考えるならば、タレントの悲憤慷慨も、十分に許されるはずだ、そういうことなのでしょうか。もちろん、犯人のやったことは、再現フィルムをみるかぎりでは、許せない犯罪、である場合が多いのですけれど、どんな事情があったかわからないしなあ、それに冤罪だったらどうするのだろうと、少し心配になりました。

ときどき、もし加害者だったら、どんな気持ちなんだろうなぁと、気になってしまうのです。被害者に責められるのはしかたがないのですけれど、第三者に責められるというのは、どんな気持ちがするものなのでしょう。どんな立場の人のどういうコメントも、甘受しなければいけない、そんなものなのでしょうかねえ。

030925 「医療ミス 3医師逮捕」と、インフォームドコンセントの関係。

今日、夕刊を手に取ると、一面に「医療ミス 3医師逮捕」という見出しがありました。点滴を間違えたか余計なところを切り取ったか患者さんを取り違えたか、いったい何をしたんだ、と、ドキリとしました。

この事件は、内視鏡手術に関しては経験のない医師が、指導医なしに執刀したために、開腹手術を行っていれば死ななかったはずの患者さんが亡くなったというものです。手続き上の問題もありました。しかしこの事件においてわたしが考えたのは、インフォームドコンセント(納得診療)が結果オーライでいいのかどうか、という問題でした。

インフォームドコンセントについて、毎日新聞オンラインニュースによれば、以下の通りです。

今回の手術には患者側への専用の説明文書と同意書があったが、斑目容疑者らはこうした書類を使わず、腹腔鏡手術の長所のみを説明し、開腹手術については「危なくなったら切り替える」とだけ話したという。

これでは、だましたといわれてもしかたがないですね。内視鏡による手術は、一般に患者さんの負担が少なくて済みます。長所はたくさんあります。それは、そうなのですけれど。

「高度先進医療をやってみたかった。自分たちで研究して問題点を探したかった」と、容疑者の一人は語っているといいます。気持ちは、わかってはいけないのかもしれませんが、想像ができてしまいます。同時に、ここまであからさまではないにせよ、同じような経緯で「ほとんど経験のない治療」を「試して」みて、たまたま結果がよくてめでたしめでたしというケースは、たくさんありそうな気がします。そして、そういう場合、患者さんは、その治療の危険性を十分には認識しないままに治療を受けていることも、多いのでしょう。幸運にも治療が成功したならば、むしろ感謝しているかもしれません。

どこまで情報を「開示」するのが、妥当なのでしょう。わかってもらえるまで説明しろ、というのは正論です。しかし、必ずしも、「話せばわかる」ことばかりではありません。無用な心配も、できるだけ避けたいものです。

このケースは明らかにルール違反です。初執刀なのに、指導医がいませんでした。経るべき手続きが、省略されていました。そして患者さんは、亡くなってしまいました。しかし、手術が成功していれば、たぶん、事件にはならなかったでしょう。

医者は、患者さんより専門知識があります。話を、自分の望む方向に引っ張っていくことができます。インフォームドコンセントというと、知識を共有する技術を磨かねば、とわたしはつい考えてしまうのですけれど、それと同時に、自分が進めている話の方向が、ほんとうに最善であると判断できるだけの、判断力が求められているのだなあと、改めて思いました。

030926 性教育で教えられるべきもの。

性教育について、考える機会があったのです。いかにあるべきか、と、考え始めて、さていったい、何から考えればいいのかと、戸惑ってしまいました。そこで、まず、義務教育で取り上げてほしい知識について、考えてみることにしました。

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妊娠・出産、避妊、ついての知識は必要です。「望まない妊娠」を避けるため、というのがひとつの理由です。そして、今いる人間はすべて、その人の母親が出産を行ったからこそ、いまここにいるわけですから、その経緯について知っておくのは悪くないだろうというのが、もうひとつの理由です。

STD(性感染症)についても、取り上げてもらえるとありがたいです。自分自身が病気にかからないため、そして、パートナーだとか自分の子供だとかを、STDにかからせないために、です。大きな規模で言えば、国民の健康を守るためにとも、いえるでしょう。

そして、もしも望まない事態が起こったときの相談先を、提示しておいてほしいです。こういうことは、起こってしまう前に、知っておくのが肝要です。あってはいけないことだけれど、強姦など、全くありえないとはいえませんから。誰にもいえないまま、時だけが経ってしまう、そんな悲劇を、少しでも防げればと。

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そしてもう一つ、ぜひ、義務教育で取り上げてほしいテーマがあります。自然流産、奇形発生、不妊についてです。いずれも、ずいぶんありがちなことで、しかも、これといった原因はない場合がたいへん多いものです。つまり誰のせいでもなく、誰にでも起こりうることだといえます。今日もある人が、「奇形を産むなんて昔動物に悪いことをしたからだろう」と言っているのを聞きました。そんな無知・偏見・迷信は、いまだにそのへんにはびこっていて、ただでさえ悩んでいる人をさらに追いつめています。

たとえば流産した時に、不当に傷つかないために、また、たとえば周りの不妊の人を、不当に傷つけないために、そういう、いわゆるデリケートな問題についての正しい知識は、きっと必要だと思っています。

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これが、わたしの考える性教育の、最低限です。それ以上のことは、わたしにはまだ、判断できずにいます。そもそも、それ以上のことを、「教える」ことが、必要なのでしょうか。まだ、考えている途中です。

030927 模擬試験を受けてきました。

医学部は6年制で、卒業時に国家試験を受けます。最近、その国家試験に加えて、4年から5年に上がる時に、CBTなるテストを受けることが決まりました。わたしは今、4年生なのですが、今の4年生はまだ、試行期間あるいは実験台ということで、CBTが、とくに進級などに、必ずしもかかわるわけではありません。学校によっては進級判定に用いるといいます。うちの大学は、どっちなのでしょう。先生によって、おっしゃることが違います。

ひょっとして進級判定にかかわってはたいへんだから、ということで、今日、学校で、模擬試験を受けてきました。なんでも、モニター受験なのだそうで、無料なのでした。しかし、無料なぶん、成績資料は個人ごとには返送されず、ただ、学校の資料として、ひとまとめに送られるにとどまるのだそうです。あぁそういえば、20円、払いました。学校へ成績表が送られる際の送料の、カンパなのだそうです。

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個人あてに成績表が返送されないこと、学校で受験しなくても問題・解答解説は持ち帰ることが許されていることのために、多くの人は、試験を受けませんでした。家で解いて、勉強するのでしょう。そもそも来ない人も、たくさんいたようです。

わたしが受けて帰ってきたのは、問題を解かずに持ち帰ってしまうと、結局解かない可能性があるから、です。わたしと同じように、教室で解くことを選んだ同級生は、さあ、20人くらいも、いたでしょうか。たいていは、「真面目」で通っている人たちでした。模試センターが無料でプレテスト受験を勧めているのは、有料化に向けたサンプル収集のためなはずなのですけれど、これではずいぶん、サンプルが偏っています。模試センターのデータベースにとって、有効な情報が提供できるのか、はなはだ疑問です。

マークシートの、塗りつぶすべき楕円が意外と大きくて、鉛筆を持ってくればよかったなと、かすかに後悔しました。記号で答える問題ばかり200問あって、複数の選択肢を選ぶ問題がいくつかあったので、200箇所以上、シャープペンシルで塗りつぶさねばならなかったのです。いささか、骨が折れました。

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それは知っていて当然でしょう、から、そんな単語聞いたことありません、まで、なかなかバラエティに富んだ出題であったと思います。しかし、たいていは知識を問う問題で、知っているなら答えられるし、知らなければ考えるだけ無駄、という感じがしました。結局、200分の制限時間のところを、90分程度で解き終って、帰ってきました。

030928 そこに優劣はほんとうにあるのか、それともないのか。

土曜の晩は飲み会で、あまり酔わないまま話しているうちに、わたしとはずいぶん違う性質を持った人たちに、「あなたたちのほうが進んでいる」と言いました。たとえば彼らは、わたしよりも、「自分」というものをはっきり持っていて、洞察力が鋭く、将来に対して大きな夢を持っていて、自由であるように、思えたのです。

言ってから、「あなたたちのほうが進んでいる」という言いかたは、100%まちがいということはないにしても、それでも、少し、本質からずれてしまった言い方かなと、思いました。代わりの表現をうまく見つけることができないまま、話題は次に、移りました。

わたしは、いくつかの点において、「かくありたい」という思いを、持っています。その、「かくありたい」を、すでに実現している人は、たくさんいます。そういう人が、自分よりすぐれているのだと、決め付けてしまうことが、あります。でも、それは、ほんとうは、せいぜい、「その点においては」の話であって、人格全体だとか存在価値だとか、そういう問題では、ぜんぜんないはず、なのです。

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「進んでいる」あるいは、その対極にある「遅れている」という言葉が出てくるのは、わたしが、わたしの考える「普通にできてあたりまえのこと」ができるようになるまでに、それこそ20年とか、予想以上の時間をかけてしまっていて、それでもまだできていないことがたくさんある、そんな認識が、あるからなのでしょう。あぁ、時間をかけてしまったな、そう思っているからこその言葉なのだと、思うのです。

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「勝っているところを見せなければ」という強迫は、ずいぶん薄れてきました。その結果、わたしのふるまいは、おそらく、少しは自然になりました。

でも、勝とうとしてそのための画策に集中しないぶん、相手の優れているところに注目して、その結果、「そっか、わたしって負けているんだ」「遅れているんだ」という漠然とした不安みたいなものが、姿をあらわすことがあります。

優劣じゃないし、ここで勝つとか負けるとか、そういうことが問題なわけじゃないし、そもそも、優劣や勝敗を決められるようなたぐいの話ではないから、と、早いうちに合いの手を入れられるようになったのは、たぶん、進歩と言ってよいのでしょうけれど。

030930 「荒唐無稽」と「荒唐無けい」。

最近とても不思議なのが、漢字とかなの不自然に混ざった単語です。新聞とテレビで、よく見かけます。たとえば、荒唐無稽を荒唐無けい、拉致をら致と書く、あれです。

常用漢字表というものが存在し、それをを逸脱しない範囲で漢字を選ばなければならないというきまりがある、というのは、しかたがないところがあるでしょう。しかし、熟語の一部をひらがなで書くというのは、いただけません。

漢字は、画像として認識される面があります。荒唐無稽は荒唐無稽という、形として認識されているのです。荒唐無稽と荒唐無けいとは異なる文字として認識されます。

さらに、熟語の途中でひらがなが入ると、助詞などの、単語以外の成分が始まったようにみえてしまいます。「荒唐無けいな」と書かれてしまうと、「荒唐無」と「けいな」が、分離して見えてしまうのです。実際、「荒唐無けいな」を新聞で見たとき、わたしは、思わず目を止めて、その行を読み返してしまいました。

だいたい、「読めない人がいるかもしれない」という配慮をするならば、ふりがなをふればよいのです。戦前の新聞はふりがながたくさんふってあったといいます。ふりがなは字が小さくなるからふりたくないというのならば、言葉を言い換えればいいのです。荒唐無稽はでたらめという意味ですし、拉致はむりやり連れ去ることです。多少、冗長になるかもしれませんけれど、「荒唐無けい」「ら致」よりは、ましであると考えます。

そういえば、小学校でも、この手のよくわからない漢字・ひらがな混じりの熟語は横行していますね。習っていない漢字が多い、という理由で、「体操」が「体そう」になったり、「希望」が「希ぼう」になったりしています。「荒唐無けい」が通用しうるのは、小学校でこの不自然さに慣らされているからなのでしょうか。

漢字で書かれる熟語は、漢字であるからこそすんなりと意味が通るのです。漢字で書いてふりがなを振るか難しいとされる言い換えるかどちらかにして、「荒唐無けい」なんていう表記は、できるだけ早くやめていただきたいと、わたしは考えています。


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